日本公衆衛生看護学会誌
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研究
近隣苦情・相談において保健師が困難ケースと認識した精神障害者の特徴
―医療につながった者とつながらなかった者の比較―
吉岡 京子黒田 眞理子蔭山 正子
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2017 年 6 巻 1 号 p. 28-36

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Abstract

目的:近隣住民等からの苦情・相談(近隣苦情・相談)で保健師が困難ケースと認識した精神障害者と,それを契機に医療につながった者の特徴を解明する.

方法:全国53自治体の精神保健担当保健師261人に無記名自記式郵送調査を行い(有効回答率39.6%),ロジスティック回帰分析を行った.

結果:医療につながった者は156人(59.8%)で,医療につながったことに有意な関連が見られたのは,属性では男性であること,家族要因では精神科医療機関受診時に親族の協力が得られたこと,精神科要因では不潔な身なりと自傷のおそれがあることであった.

結論:精神障害者のセルフケア能力の低下への着目は,早期受診の一助になると考えられる.

I. 緒言

日本の精神病床数は10万人当たり269床であるのに対し,OECD諸国の平均は68床となっており,日本は他国と比較して脱施設化が遅れていると言われている(OECD, 2014).厚生労働省は2004年から精神障害者のQuality of Lifeの向上と精神病床数削減を目指し,退院促進政策を推進している(厚生労働省,2004).長期入院している約20万人の精神障害者のうち,地域移行した者と病状悪化等により新たに入院した者は約5万人ずつとほぼ同数になっている(厚生労働省,2014).このことは精神障害者の退院促進を推進する上で,地域生活の中で病状悪化や再入院をいかに予防するかという課題の重要性を示唆している.

また,地域生活を送る精神障害者は病状悪化に伴い,図らずも大声や妄想的な言動等を呈すことがある(吉岡ら,2010吉本ら,2012).近隣住民や関係機関からこのことについて精神保健を担当する行政保健師あてに苦情・相談(以下,近隣苦情・相談とする)が寄せられ,保健師はその対応に追われている(吉本ら,2012Yoshioka-Maeda et al., 2013a).日本人は諸外国と比較しても精神障害者に対するスティグマが根強く(Haraguchi et al., 2009Ando et al., 2013Richards et al., 2014),精神疾患に対する住民の理解も十分とは言えない(山崎ら,2012).特に都市部では地縁の希薄化が進み,互いの生活音や声などに対する許容範囲が狭まり,結果的に苦情となるケースが相次いで報告されている(山本,1982原田,1986橋本,2007).しかし,どのような特徴を持つ精神障害者が近隣苦情・相談で問題となっているのかについては,一地域における実態調査しか行われていないため,十分に明らかにされていない(厚木保健福祉事務所,2008相模原市保健予防課,2010).また,保健師は近隣苦情・相談をきっかけに把握した情報を有効活用し,地域の中で病状悪化した精神障害者を早期発見し,安定した生活を送る支援の一つとして彼らを医療につなげているが,どのようなケースに対して困難を感じているのかについては量的研究では明らかにされておらず,その実態も不明である(厚木保健福祉事務所,2008相模原市保健予防課,2010吉岡ら,2010吉本ら,2012Yoshioka-Maeda et al., 2013b).精神障害者が地域で安定した生活を送るための予防的支援を保健師がより効果的に展開するためには,全国レベルで近隣苦情・相談で保健師が困難を感じている精神障害者の特徴や,医療につながった者とつながらなかった者の特徴を明らかにすることが重要である.

そこで本研究は近隣苦情・相談において保健師が困難ケースと認識した精神障害者の特徴と,近隣苦情・相談を契機として医療につながった者とつながらなかった者の特徴を明らかにし,精神障害者の病状悪化や再入院の予防に資する知見を得ることを目的とした.

II. 方法

1. 用語の定義

本研究で用いる用語を先行研究(厚木保健福祉事務所,2008相模原市保健予防課,2010吉岡ら,2010吉本ら,2012)に基づき,以下のように操作的に定義した.

・医療につながる:地域で生活する精神障害者が必要に応じて受診または入院すること.

・近隣苦情・相談:近隣住民や関係機関の職員等から寄せられた地域で生活する精神障害者に関する苦情や相談のこと.

2. 対象者と調査方法

精神障害者に対する近隣苦情・相談の問題は主に都市部で発生しているとの先行研究の知見に基づき(山本,1982橋本,2007厚木保健福祉事務所,2008相模原市保健予防課,2010),人口規模の大きい東京都特別区,中核市,特例市,政令指定都市の全127自治体に勤務する精神保健担当の常勤保健師を対象とした.調査票の配票数確定のため,平成27年10月中旬~11月末に保健師業務に関する取りまとめ部署(保健福祉部管理課など)に電話やEメールで調査協力の可否を問い合わせ,53自治体(対象地域の41.7%)に659人分の配票が許可された.平成27年11月~12月に調査票を送付し,回収率を上げるため約3週間後にリマインダーと礼状を兼ねた葉書を送付した.

3. 調査項目

先行研究(厚木保健福祉事務所,2008相模原市保健予防課,2010吉岡ら,2010吉本ら,2012Yoshioka-Maeda et al., 2013a)と11人の保健師へのインタビューから得られた知見(Yoshioka-Maeda, in press)に基づき,以下の調査項目を設定した.

1) 保健師の属性

性別,最終学歴,保健師経験年数,精神保健経験年数,職位,所属部門,地区・業務担当制度,受け持ち人口についてたずねた.

2) 保健師が困難ケースとして認識した精神障害者の特徴

保健師に最も対応が困難だった近隣苦情・相談の1事例について思い出してもらい,問題となっていた精神障害者の特徴として①属性,②家族要因,③精神科要因,④支援の転帰について把握した.

①属性

属性として性別,年代,生活保護受給の有無,住まいについてたずねた.

②家族要因

家族要因として同居家族の有無,親族の健康問題の有無,支援する上でキーパーソンとなる親族の有無,本人の精神科医療機関受診に関する親族の協力が得られたか否かについてたずねた.

③精神科要因

精神科要因として精神科入院歴の有無,精神科治療状況(継続中,治療中断,未治療,不明),過去の近隣苦情・相談歴の有無,近隣苦情・相談が寄せられる以前から保健師が支援していたか否か,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下,精神保健福祉法)第23条警察官通報歴の有無,主な診断名,問題行動,自傷および他害のおそれの有無,自立生活が可能か否か,保健師のアセスメントにおける精神科治療の必要性の有無をたずねた.

④支援の転帰

支援の転帰として近隣苦情・相談を契機として医療につながったかとその内訳(入院や外来治療の種類),苦情・相談が寄せられた後の自宅生活継続の有無についてたずねた.

4. 分析方法

まず保健師の属性について基礎集計した.保健師が困難ケースと認識した精神障害者の属性について基礎集計し,近隣苦情・相談を契機として医療につながったか否かで2群に分けて比較した.すなわち医療につながらなかった者と不明の者を「医療非リンク群」,外来治療や入院につながった者を「医療リンク群」に分けた.単変量解析として対応のないt検定とχ2検定,Fisherの直接確率検定を実施し,有意差の認められた独立変数間の多重共線性をvariance inflation factor(VIF)により検討した(Katz, 2006a).近隣苦情・相談を契機として保健師が精神障害者を医療につながったか否かを従属変数としたロジスティック回帰分析(変数強制投入法)を行った(Katz, 2006b).統計解析には,IBM PASW Statistics 22.0(Windows)を使用し,統計的有意水準は5%未満(両側検定)とした.

5. 倫理的配慮

本調査は,東京医科大学看護研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号27-6,承認年月日平成27年10月7日).調査への協力は自由意思に基づくものであることを強調するため,所属長と対象者に調査協力依頼文を同封し,本研究の目的,方法,個人情報の保護,調査協力は自由意思に基づくこと,同意した者のみが無記名で個別に研究者宛に返信用封筒で返送すること等を明記した.調査票の返送を以て対象者からの同意を得られたものと見なした.

III. 研究結果

1. 回答者の属性

調査対象の659人のうち,292人から回答を得た(回収率44.3%).欠損が半数以上の28人と近隣苦情・相談を契機として医療につながったか否かについて回答が欠損していた3人を除き,261人を分析対象とした(有効回答率39.6%).回答者の属性を表1に示す.保健師経験年数は17.2(SD=9.6)年で,精神保健の平均経験年数は9.1(SD=8.5)年であった.地区担当制と業務担当制を併用している者が半数以上を占めていた.受け持ち人口の平均値は34607.9人(SD=52346.0)人であり,中央値は14500(最頻値=10000)人であった.

表1  回答者の属性(n=261)
項目 n (%)
性別 男性 12​ 4.6​
女性 249​ 95.4​
最終学歴 専門学校・短大専攻科 156​ 60.0​
大学 91​ 35.0​
大学院 13​ 5.0​
保健師経験年数 平均(SD) 17.2​ 9.6​
精神保健経験年数 平均(SD) 9.1​ 8.5​
職位 主事 54​ 21.8​
主任主事 59​ 23.8​
主査・係長級 104​ 42.0​
課長補佐・課長級以上 31​ 12.5​
所属部門 保健部門 175​ 67.6​
保健福祉部門 56​ 21.6​
福祉部門 25​ 9.7​
その他 3​ 1.2​
地区・業務担当制度 地区担当制 47​ 20.0​
地区担当制と業務担当制の併用 136​ 57.9​
業務担当制 52​ 22.1​
受け持ち人口 平均(SD) 34607.9​ 52346.0​
中央値(最頻値) 14500​ 10000​

2. 近隣苦情・相談において保健師が困難ケースと認識した精神障害者の属性・家族要因・精神科要因・支援の転帰

近隣苦情・相談において保健師が困難ケースと認識した精神障害者の属性・家族要因・精神科要因・支援の転帰を表2に示す.

表2  近隣苦情・相談において保健師が困難ケースと認識した精神障害者の属性・家族要因・精神科要因・支援の転帰(n=261)
項目 全体
(n=261)
医療非リンク群
(n=105)
医療リンク群
(n=156)
p-value
n % n % n %
属性 性別 男性 104​ 40.0​ 30​ 28.6​ 74​ 47.7​ 0.002​
女性 156​ 60.0​ 75​ 71.4​ 81​ 52.3​
年代 20歳代 6​ 2.3​ 2​ 1.9​ 4​ 2.6​ 0.27​
30歳代 32​ 12.3​ 8​ 7.6​ 24​ 15.4​
40歳代 68​ 26.1​ 27​ 25.7​ 41​ 26.3​
50歳代 62​ 23.8​ 25​ 23.8​ 37​ 23.7​
60歳代 87​ 33.3​ 40​ 38.1​ 47​ 30.1​
不明 4​ 1.5​ 3​ 2.9​ 1​ 0.6​
生活保護 受給中 54​ 20.7​ 18​ 17.1​ 36​ 23.1​ 0.01​
住まい 持ち家 169​ 64.8​ 74​ 71.2​ 95​ 60.9​ 0.14​
借家等 88​ 33.7​ 30​ 28.8​ 58​ 37.2​
その他 3​ 1.1​ 1​ 1.0​ 2​ 1.3​
不明 4​ 1.5​ 1​ 1.0​ 3​ 1.9​
家族要因 同居家族 あり 105​ 40.2​ 38​ 36.2​ 67​ 42.9​ 0.45​
親族の健康問題 あり 131​ 50.2​ 49​ 46.7​ 82​ 52.6​ 0.13​
キーパーソンとなる親族 いる 101​ 38.7​ 32​ 30.5​ 69​ 44.2​ 0.002​
本人が精神科医療機関を受診する際の親族の協力 得られた 64​ 24.5​ 6​ 5.7​ 58​ 37.2​ <0.001​
精神科要因 精神科入院歴 あり 106​ 40.6​ 26​ 24.8​ 80​ 51.3​ <0.001​
精神科治療状況 継続中 49​ 18.9​ 11​ 10.5​ 38​ 24.7​ 0.03​
治療中断 87​ 33.6​ 26​ 24.7​ 61​ 41.6​ 0.01​
未治療 101​ 39.0​ 49​ 46.7​ 52​ 33.7​ 0.04​
不明 22​ 8.5​ 19​ 18.1​ 3​ 1.9​
過去の近隣苦情・相談歴 あり 129​ 49.4​ 54​ 51.4​ 75​ 48.1​ 0.19​
近隣苦情・相談が寄せられる以前から保健師が支援していたか はい 85​ 32.6​ 31​ 29.5​ 54​ 34.6​ 0.08​
精神保健福祉法第23条警察官通報歴 あり 62​ 23.8​ 16​ 15.2​ 46​ 29.5​ <0.001​
主な診断名a)(複数回答) 統合失調症 138​ 52.9​ 35​ 33.3​ 103​ 66.0​ <0.001​
パーソナリティ障害 21​ 8.0​ 6​ 5.7​ 15​ 9.6​ 0.35​
妄想性障害 19​ 7.3​ 7​ 6.7​ 12​ 7.7​ 0.81​
発達障害 14​ 5.4​ 7​ 6.7​ 7​ 4.5​ 0.58​
アルコール依存症 13​ 5.0​ 3​ 2.9​ 10​ 6.4​ 0.25​
うつ病 9​ 3.4​ 3​ 2.9​ 6​ 3.8​ 0.74​
認知症 8​ 3.1​ 3​ 2.9​ 5​ 3.2​ 1.00​
双極性障害 8​ 3.1​ 2​ 1.9​ 6​ 3.8​ 0.48​
薬物依存症 4​ 1.5​ 1​ 1.0​ 3​ 1.9​ 0.65​
問題行動(複数回答) 暴言 151​ 57.9​ 57​ 54.3​ 94​ 60.3​ 0.37​
大声で叫ぶ 143​ 54.8​ 52​ 49.5​ 91​ 58.3​ 0.16​
理解不能な言動 127​ 48.7​ 42​ 40.0​ 85​ 54.5​ 0.02​
騒音 71​ 27.2​ 25​ 23.8​ 46​ 29.5​ 0.32​
著しい固執 61​ 23.4​ 25​ 23.8​ 36​ 23.1​ 1.00​
ゴミを溜め込む 47​ 18.0​ 16​ 15.2​ 31​ 19.9​ 0.41​
不潔な身なり 47​ 18.0​ 10​ 9.5​ 37​ 23.7​ 0.003​
器物損壊 46​ 17.6​ 16​ 15.2​ 30​ 19.2​ 0.41​
物を投げる 43​ 16.5​ 19​ 18.1​ 24​ 15.4​ 0.61​
行動を見張る 42​ 16.1​ 19​ 18.1​ 23​ 14.7​ 0.50​
暴力 40​ 15.3​ 11​ 10.5​ 29​ 18.6​ 0.08​
悪臭 26​ 10.0​ 7​ 6.7​ 19​ 12.2​ 0.21​
不法侵入 22​ 8.4​ 9​ 8.6​ 13​ 8.3​ 1.00​
自傷のおそれ あり 33​ 12.6​ 6​ 5.7​ 27​ 17.3​ 0.02​
他害のおそれ あり 150​ 57.5​ 54​ 51.4​ 96​ 61.5​ 0.15​
自立生活 可能 129​ 49.4​ 59​ 56.2​ 70​ 44.9​ 0.11​
保健師のアセスメントにおける精神科治療の必要性 あり 235​ 90.0​ 84​ 80.0​ 151​ 96.8​ <0.001​
支援の転帰 近隣苦情・相談を契機として医療につながった者 該当 156​ 59.8​ 0​ 0​ 156​ 100.0​
近隣苦情・相談を契機として医療につながった者の内訳 外来治療 44​ 28.2​
任意入院 15​ 9.6​
医療保護入院 86​ 55.1​
措置入院 11​ 7.1​
治療につながらず 79​ 75.2​
不明 26​ 24.8​
近隣苦情・相談が寄せられた後の自宅生活 継続中 155​ 59.4​ 80​ 76.2​ 75​ 48.1​ <0.001​

註1)a)Fisherの直接確率検定,その他はχ2検定.欠損値は除いて分析した.

属性のうち性別は男性104人(40.0%),女性156人(60.0%)であり,40歳代以上の者が8割以上を占めていた.生活保護の受給者は54人(20.7%)であり,住まいは持ち家が169人(64.8%)と最も多かった.

家族要因のうち同居家族がいる者は105人(40.2%)で,親族の健康問題がある者は131人(50.2%)であった.支援する上でキーパーソンとなる親族がいる者は101人(38.7%)だったが,本人の精神科医療機関受診に関する親族の協力が得られた者は64人(24.5%)に留まっていた.

精神科要因について,精神科入院歴がある者は106人(40.6%)だったが,精神科治療状況は継続中の者が49人(18.9%),治療中断の者は87人(33.6%),未治療の者が101人(39.0%),不明の者が22人(8.5%)だった.過去の近隣苦情・相談があった者は129人(49.4%)だったが,近隣苦情・相談が寄せられる以前から保健師が支援していた者は85人(32.6%)であった.主な診断名は統合失調症の者が最も多く,138人(52.9%)だった.問題行動は「暴言」が最も多く151人(57.9%),次いで「大声で叫ぶ」が143人(54.8%),「理解不能な言動」が127人(48.7%)となっていた.自傷のおそれがある者は33人(12.6%)と少数だったが,他害のおそれがある者は150人(57.5%)いた.保健師のアセスメントにおける精神科治療の必要な者は235人(90.0%)であった.

支援の転帰として,近隣苦情・相談が契機となって医療につながった者は156人(59.8%)で,外来治療が44人(28.2%),任意入院が15人(9.6%),医療保護入院が86人(55.1%),措置入院が11人(7.1%)であった.近隣苦情・相談後も自宅生活を継続している者は155人(59.4%)であった.

3. 近隣苦情・相談が契機となって医療につながったか否かと属性の比較について

261人のうち医療非リンク群は105人(40.2%),医療リンク群は156人(59.8%)だった(表2).医療非リンク群のうち,治療につながらなかった者は79人(75.2%),不明の者が26人(24.8%)であった.医療リンク群の内訳は,外来治療が44人(28.2%),任意入院が15人(9.6%),医療保護入院が86人(55.1%),措置入院が11人(7.1%)であった.

2群比較の結果,医療につながったことに有意な関連が見られたのは,属性では性別が男性の者(p=0.002)と生活保護受給中の者(p=0.01)であった.

家族要因のうち医療につながったことに有意な関連が見られたのは,支援する上でキーパーソンとなる親族がありの者(p=0.002)や本人の精神科医療機関受診に関する親族の協力が得られた者(p<0.001)であった.

精神科要因のうち医療につながったことに有意な関連が見られたのは,精神科入院歴がある者(p<0.001),本人の精神科治療状況が継続中の者(p=0.03),精神保健福祉法第23条警察官通報歴がある者(p<0.001),主な診断名が統合失調症の者(p<0.001),問題行動のうち理解不能な言動(p=0.02)や不潔な身なり(p=0.003)がある者が医療非リンク群よりも医療リンク群の方に有意に多かった.また自傷のおそれがある者(p=0.02),保健師のアセスメントにおける精神科治療の必要性がある者(p<0.001)であった.

支援の転帰で医療につながったことに有意な関連が見られたのは,近隣苦情・相談が寄せられた後に自宅生活が継続していることであった.

4. 近隣苦情・相談が契機となって医療につながったか否かと属性・家族要因・精神科要因との関連の検討

属性,家族要因,精神科要因について単変量解析で有意差の認められた15の独立変数と近隣苦情・相談後に医療につながったか否かを従属変数としたロジスティック回帰分析を行った.なお,精神科治療状況は未治療か否か,治療中断か否かで区分すると,各々の非該当者の中に治療継続の者が含まれてしまうため,一変数にまとめて分析した.12個の関連要因について,多重共線性の確認のため独立変数間でVIFを算出したが,全て2.0未満であったため一括投入した.

その結果,医療につながったことに有意な関連が見られたのは,属性では性別が男性であること(Odds Ratio [OR]=0.33, 95% Confidence Interval [CI]=0.13–0.81),家族要因では本人が精神科医療機関を受診する際の親族の協力が得られたこと(OR=10.14, 95%CI=2.67–38.51),精神科要因では不潔な身なり(OR=6.99, 95%CI=1.59–30.79)と自傷のおそれがあること(OR=6.06, 95%CI=1.33–27.61)であった(表3).

表3  近隣苦情・相談を契機として医療につながったか否かと属性・家族要因・精神科要因との関連(n=165)
項目 Odds Ratio 95% CI p-value
属性 生活保護受給 あり 0.79​ 0.26​ 2.42​ 0.68​
性別 男性 0.33​ 0.13​ 0.81​ 0.02​
家族要因 本人が精神科医療機関を受診する際の親族の協力 得られた 10.14​ 2.67​ 38.51​ 0.001​
キーパーソンとなる親族 あり 1.46​ 0.54​ 3.93​ 0.46​
精神科要因 不潔な身なり あり 6.99​ 1.59​ 30.79​ 0.01​
自傷のおそれ あり 6.06​ 1.33​ 27.61​ 0.02​
保健師のアセスメントにおける精神科治療の必要性 あり 3.45​ 0.56​ 21.35​ 0.18​
理解不能な言動 あり 2.42​ 1.00​ 5.81​ 0.05​
警察官通報歴 あり 1.36​ 0.45​ 4.12​ 0.58​
本人の精神科治療状況:治療中断 該当 0.73​ 0.23​ 2.31​ 0.59​
精神科入院歴 あり 0.65​ 0.20​ 2.13​ 0.48​
統合失調症 あり 0.63​ 0.22​ 1.82​ 0.40​

註1)独立変数の参照カテゴリは,性別は「女性」,受診への親族の協力は「得られない」,精神科治療状況は「未治療」を用いた.他はすべて「なし」を用いた.表は,項目分類ごとにオッズ比の大きい項目順に記載した.

註2)Nagelkerke R2乗:0.40,Hosmer-Lemeshow検定:χ2=4.82(自由度8),p=0.78

註3)95% CI=95% confidence interval.

IV. 考察

1. 近隣苦情・相談において保健師が困難ケースと認識した精神障害者の属性・家族要因・精神科要因について

近隣苦情・相談において保健師が困難ケースと認識した精神障害者の属性は,40歳以上の者が8割で統合失調症の者が半数以上を占めていたが,生活保護受給者は約2割に留まっており,一地域で行われた先行研究の知見とほぼ同様の傾向であった(厚木保健福祉事務所,2008相模原市保健予防課,2010).経済的な問題が少ない独居の統合失調症患者には,福祉事務所等の協力を得て支援することが出来ない.このため,このような特徴を持つ者への近隣苦情・相談の対応は担当保健師の力量に拠るところが大きく,困難事例と化していた可能性が考えられる.

また,本結果では家族要因のうち受診への親族の協力が得られた者は,2割に留まっていた.精神科要因のうち他害のおそれがある者は約6割いたが,措置入院となった者はわずか7.1%であった.保健師は病状悪化した精神障害者を医療につなぐ支援をしているが,家族の受診協力を得られない場合には支援が困難になると言われている(厚木保健福祉事務所,2008相模原市保健予防課,2010吉岡ら,2010蔭山ら,2012吉本ら,2012).また措置入院のレベルまで病状が悪化していなければ,警察官の支援は期待できない(警察官職務執行法,2006精神保健及び精神障害者福祉に関する法律,2015).つまり最も対応が困難だった精神障害者は,介入の糸口が掴みづらく,保健師のみで対応することを余儀なくされた者と考えられる.

さらに精神科要因のうち,過去の近隣苦情・相談歴があった者は約半数に上り,入院形態は様々ながらも近隣苦情・相談が契機となって入院した者は7割を占めていた.つまり近隣苦情・相談で問題となっていた精神障害者は,近隣住民との間でトラブルが繰り返されている可能性と,その病状が入院治療を要する状態にまで悪化している可能性が高いと考えられる.厚生労働省は精神障害者の退院促進政策を強力に進めているが(厚生労働省,2004),地域で精神障害者が安定した生活を送るためには,病状悪化や再入院を予防する仕組みづくりが不可欠である.先行研究では,病院から地域への移行期の支援について,本人や家族も交えたケア会議により方針を共有し,専門職が入院中から継続的に関わり続ける必要性が指摘されている(香山,2010).このため保健師は,近隣苦情・相談を契機として医療につながった者には入院直後から医療機関を訪問し,本人やスタッフと信頼関係を築くと共に,退院後の生活や治療を安定的に継続する方策について本人を交えて検討することが重要と考えられる.また近隣苦情・相談が寄せられた者にとどまらず,保健師は自立支援医療費の申請書や精神障害者保健福祉手帳の保持者の確認を通して,自分の担当地区で暮らす精神障害者とその生活実態を積極的に把握し,近隣苦情・相談の寄せられる前に自立生活が困難になっている者を早期発見し,症状をコントロールしながら地域で安定した生活を送れるように支援する必要があると考えられる.

2. 近隣苦情・相談を契機として医療につながったか否と関連要因の検討について

ロジスティック回帰分析の結果,医療につながったことには,属性のうち男性であることが有意な関連を示していた.今回の結果で半数以上を占めていた統合失調症では,男性の方が女性よりも社会的機能を保ちづらいことが知られている(American Psychiatric Association, 2013).このため男性の方が女性よりも地域での生活継続が困難になりやすい傾向が本結果に影響していた可能性が考えられる.

また医療につながったことには,家族要因のうち本人が精神科医療機関を受診する際の親族の協力が得られたことが有意な関連を示していた.2013年に家族の負担等を考慮し,精神保健福祉法の改正により保護者制度が廃止された(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律,2015)が,精神科受診に際し家族の協力を得ることは極めて重要とされている(吉岡ら,2010蔭山ら,2012吉本ら,2012).本結果は先行研究の知見を支持するものと考えられる.

また医療につながったことには,精神科要因のうち「不潔な身なり」および「自傷のおそれ」があることが有意な関連を示していた.先行研究では自傷や他害のおそれがあることや地域での自立生活が困難なことが精神科入院の関連要因として指摘されていたが,不潔な身なりの有無については十分には検討されていなかった(蔭山ら,2012吉本ら,2012Yoshioka-Maeda et al., 2013aYoshioka-Maeda et al., 2013b).近隣苦情・相談によって明らかになった「不潔な身なり」があることはセルフケア能力の低下を示すものであり,精神障害者の地域での自立生活が困難なことを示すSOSサインの一つと考えられる.保健師は近隣苦情・相談で問題とされている精神障害者のセルフケア能力に着目し関わることによって,自立生活が困難となっている者を早期に医療につなげることができると考えられる.

3. 限界と意義

本調査の限界は四点ある.第一に調査対象が人口規模の大きい自治体に限定されており,協力の得られた地域は対象地域の約4割に留まっている.また,精神保健業務は精神保健福祉士が主担当で,保健師は全く担当していないため調査協力できないと回答した自治体も複数あったため,保健師以外の専門職が対応している近隣苦情・相談については十分に把握できていない.さらに本結果は,各保健師が最も困難と認識したケースの特徴を検討したものである.以上の理由から結果の一般化には限界がある.今後は人口規模の小さい自治体にも調査地域を拡大し,実態把握に努める必要がある.第二に本調査は横断調査のため因果関係の特定が難しい.第三に保健師に対して最も対応が困難だった事例について思い出しによる回答を求めたため,想起バイアスの影響を受けている可能性が否めない.また,近隣苦情・相談への対応についてさほど困難を感じていない者が回答を控えた可能性を考慮する必要がある.第四に,今回の分析は近隣苦情・相談を契機に医療につながったか否かで2群に分けて比較したが,医療につながった者は外来治療から入院治療を要する者まで様々であった.医療につながることには,安定した地域生活に向けて仕切りなおしをするという点で共通性があると考え,今回は一括りにして分析をした.またサンプル数の関係で,今回は医療非リンク群に「不明」の者を含めて分析した.しかし「不明」の者の中には,近隣苦情・相談を寄せた者の訴えや本人の問題行動が一時的に収まった等の理由から,保健師が「相談時の対応」とし,その後の状況把握が滞った者も含まれている可能性がある.このため本来ならば医療非リンク群とは分けて分析する方が望ましい.今後はサンプル数を増やし,治療状況や不明の者ごとに区分し,丁寧に分析をする必要があると考えられる.

このような限界はあるものの,本調査は精神障害者に対する近隣苦情・相談の実態を初めて全国調査により明らかにした基礎的研究である.本結果により,セルフケア能力の低下している精神障害者ほど,近隣苦情・相談後の保健師の関わりによって医療につながっている可能性を示唆した点に意義がある.この知見は,現場で近隣苦情・相談に手探りで対応している保健師にとって,精神障害者のセルフケア能力をアセスメントすることが,自立生活が困難となっている者を早期に医療につなげる際の一助となり,ケアの質を高めることに寄与すると考えられる.今後は調査対象地域を小規模自治体にも拡大すると共に,近隣苦情・相談への対応能力を向上させるために保健師向けの教育プログラムの開発が必要である.

注記

障害の表記については「障碍」,「障がい」,「障害」など様々あるが,本稿では現行の法律で一般的に用いられている「障害」に統一した.

謝辞

本調査の遂行にあたり多大なるご協力を賜りました全国の保健師並びに関係者の皆様に心からお礼を申し上げます.本研究は平成27年度東京医科大学科研費フォローアップ助成金と科学技術振興機構の女性研究者活動支援事業(東京医科大学)の助成を受けて実施した.本研究に関して開示すべきCOIはない.

文献
 
© 2017 日本公衆衛生看護学会
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