日本公衆衛生看護学会誌
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研究
自治体で働く事務職と保健師がとらえる保健師の仕事に関する認識
麻原 きよみ小野 若菜子大森 純子橋爪 さつき井口 理池谷 澄香小林 真朝三森 寧子宮崎 紀枝長澤 直紀佐伯 和子留目 宏美
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2019 年 8 巻 2 号 p. 80-88

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Abstract

目的:自治体で働く事務職と保健師が,両者が関わる中で保健師の仕事をいかに認識しているのかについて記述した.

方法:2つの自治体の事務職10名,保健師15名に対するインタビューを中心として参加観察,資料の検討を行い,質的に分析した.

結果:事務職については〈事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえる〉〈事務職と同じ行政職としての仕事を求める〉のカテゴリと4つのサブカテゴリ,保健師については〈保健師の仕事と専門性が理解されない〉〈行政組織の一員として保健師の仕事をするために努力する〉のカテゴリと4つのサブカテゴリが抽出された.

考察:事務職は官僚制組織の特性を示す基準,保健師は専門職の基準で保健師の仕事をとらえていること,そこには組織内の集団間パワーバランスが関連していると考えられた.保健師は事務職とは判断基準が異なることを前提として,協働のあり方や基礎・現任教育を考える必要がある.

Translated Abstract

Objective: To describe how administrative affairs officials and public health nurses (PHNs) within local government administrative organizations recognize PHN’s work through interactions.

Methods: We conducted ethnographic interviews with 10 administrative affairs officials and 15 PHNs at a prefectural health center and city hall. Observations of seminars and meetings as well as examinations of PHN training manuals were used as supplemental data. All data were analyzed qualitatively.

Results: In total, two categories and four sub-categories were identified for administrative affairs officials. The two categories were (1) “administrative affairs officials recognize PHNs’ work based on their own criteria related to their own administrative working style” and (2) “administrative affairs officials request PHNs to improve their administrative ability.” Similarly, two categories and four sub-categories were identified for PHNs. The two categories were (1) “PHNs felt that their work was not understood by administrative affairs officials” and (2) “PHNs made an effort to collaborate with administrative affairs officials as members of the same administrative organization.”

Discussion: Administrative affairs officials recognized PHN’s work based on bureaucratic organizational knowledge and behavioral patterns. In contrast, PHNs recognized their work from the perspective of a nursing professional. This disparity in perspectives affected their power balance within the organization. When working in collaboration, PHNs must consider that their criteria of values differ from those of administrative affairs officials. We have discussed strategies and education for PHN students and PHNs working at administrative organizations to improve their collaboration with administrative affairs officials.

I. はじめに

平成28年末の就業場所別就業保健師の割合を見ると,市区町村や都道府県など自治体に就業する保健師は,全就業保健師の70%を超えている(厚生労働省,2017).保健師が所属する自治体という行政組織については,縦割り,文書主義,セクショナリズムなど官僚制組織の特性が指摘されてきた(菊地,2004真山,2001村松,2001田尾,1990).このような官僚制組織の特性を有する自治体においては,事務職が多数を占め保健師という専門職は少数である.これは多くが専門職であり,中でも看護職が多数を占める医療施設とは異なるものである.

自治体に所属する保健師を対象とした調査(菅原ら,1997山下ら,2005)では,「事務的な仕事が多い」「専門職本来の仕事に時間がとれない」など,保健師が組織に求められる業務内容や役割と保健師自身が考えるそれとの相違や,「事務職など他職種に理解されない」ことがストレスに関連していると報告されている.とりわけ,自治体における事務職と保健師との関係について,大森ら(2007)は,両者に業務を遂行する上で意向の相違があることを報告しており,工藤ら(2011)は,事務職と保健師との発想や思考そのものに違いがあることを指摘している.保健師に対する全国調査の結果では,自治体の保健師と事務職との意向の相違が,保健師の業務上の主要な倫理的課題であることが示されている(Asahara et al., 2012).

行政組織で働くということは,保健師に行政職の一員としてあるか,あるいは専門職としてあるかといった役割認識におけるジレンマを生じさせているとの報告もある(松林,2011高尾,2013).しかし今まで,行政組織において,事務職と保健師がとらえる保健師の仕事に関する認識にどのような違いがあり,なぜ違いが生じるのか,その実際を明らかにした研究はほとんどみられない.そこで本研究は,自治体で働く事務職と保健師に焦点を当て,両者が関わる中で保健師の仕事をいかに認識しているのかについて記述することを目的とした.このことで,行政組織において,保健師が事務職と協働するための具体的な方法や組織体制のあり方,および基礎教育と現任教育のあり方について示唆を得たい.

ここでいう行政組織とは,自治体の組織の中から議事機関である議会を除いた残余である執行機関およびその補助機関,附属機関の組織を指す(大杉,2009).また事務職とは,自治体において法令等で定められた技術的資格等を必要とする職務以外の事務を行う職員とする.

II. 研究方法

1. 調査地

調査地は,都道府県と市町村の自治体の違いを考慮し,同じ地域特性を有する保健所とその管轄市町村とし,調査の承諾が得られた2か所の行政組織とした.A県B保健所は5課体制であり,職員数は事務職員と技術職員を併せて23名であった.保健師は9名で2名が管理職であった.A県C市はB保健所管内の人口約7万人の自治体である.保健師は28名で健康づくり課への配置が最も多いが,介護保険課など複数の課に配属されている.統括的立場の保健師がおり,保健師による連絡会がある.

2. データ収集および分析方法

Spradley(1980)は,人々が経験を解釈し,行動を起こすために使う習得された知識を文化としている.知識とは「認識の結果として得られた確実で根拠のある事柄(大野ら,1996)」であり,本研究において事務職と保健師が関わる経験の蓄積から得られるものであり,それに基づいて日々の経験を解釈し行動を起こしていると考えられる.このことから,本研究は事務職と保健師の文化を記述する試みであるととらえることができるだろう.エスノグラフィーは特定集団の人々を研究するための方法であり,Spradley(1979, 1980)は文化を記述する方法であるとしている.そこで,本研究は,自治体で働く事務職および保健師という特定集団の文化を記述するためにエスノグラフィーを用いることとした.データ収集期間は2012年1月から2013年3月までであった.データ収集は質的研究の経験のある研究者が行い,研究者がフィールドに入ることへの影響を考慮し,1日に上限3名として1~3名で行った.

1) インタビュー

研究協力者は,事務職10名,保健師15名であった.事務職は全員男性,保健師は全員女性であった.B保健所について,保健師は管理職2名,主査1名,中堅期1名,初任期1名,事務職は管理職3名の計8名,C市について,保健師は統括的立場の保健師1名,管理期4名,中堅期4名,初任期1名,事務職は健康と福祉領域の管理職5名,人事担当職員2名の計17名であった.半構造化インタビューを一人につき1時間程度行った.インタビュー内容は,「保健師/事務職と業務を行う上でやりやすいことややりにくいこと,うまくいっていることや困ったこと,印象に残ること」などであり,許可を得て録音し,逐語録を作成した.

2) 参加観察と既存資料の検討

参加観察は,行政組織での観察の制約から,行政組織の保健師所属部署の物理的環境や保健師の現任教育の研修会などに限定し,意見交換の様子や雰囲気など観察項目に基づいて行いフィールドノートに記載した.研修会等では,研究者は運営を妨げず影響を与えない場所で,かつ全体を観察できる場所に座り,研修中の議事,運営を妨げたり,影響を与えるような言動および行動をとらないように注意した.また,自治体の歴史や人材育成に関する資料(現任教育マニュアル)などについて,関連すると思われる記載内容を転記した.観察と既存資料からのデータは,インタビューを補足するものとした.

3) 分析

事務職と保健師ごとに,インタビューの逐語録から得られたすべての文字データについて,1つの意味が読み取れる最小単位の文章あるいは段落で区切りコードとした.次いで,事務職/保健師が保健師の仕事をどのように認識しているのかについて,各コードの意味内容の共通性から暫定的なカテゴリを生成した.ここまでの分析はインタビューを担当した各研究者が実施した.研究会議において,各分析結果を共有し,カテゴリ抽出の方向性について討議した.それに基づいて,少人数の研究者が文脈を考慮しながら共通した意味に基づいてコードからサブカテゴリとカテゴリを生成した.さらにサブカテゴリを構造化することで再編,融合を繰り返しながらカテゴリの抽象度を高めていった.分析結果については,事務職および保健師に確認を得た.

3. 本研究における倫理的配慮

研究協力者には研究目的と意義,自由意思による参加,研究結果の公表と匿名性の保持,研究協力のメリットとデメリット等について文書と口頭で説明した.インタビューの研究協力者には書面にて同意を得,参加観察については研究に関する説明後,辞退方法を伝えた.一般に公表されていない資料については所属長の許可を得て入手した.本研究は,聖路加看護大学研究倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号,11-073,2011年12月20日).

III. 結果

分析の結果,事務職と保健師がとらえる保健師の仕事に関する認識として,事務職については〈事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえる〉〈事務職と同じ行政職としての仕事を求める〉の2つのカテゴリと4つのサブカテゴリ,保健師については〈保健師の仕事と専門性が理解されない〉〈行政組織の一員として保健師の仕事をするために努力する〉の2つのカテゴリと4つのサブカテゴリを抽出した(図1).

以下,〈 〉はカテゴリ,《 》はサブカテゴリ,「 」とイタリックは研究協力者の言葉として記述する.研究協力者の言葉は,意味がわかるように言葉を加えると共に,個人が特定されないよう意味を変えずに表現を一部修正した.

図1 

自治体で働く事務職と保健師がとらえる保健師の仕事に関する認識

1. 事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえる

〈事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえる〉とは,事務職が自らの仕事についての考え方や業務遂行の方法を基準にして,保健師とその仕事をとらえようとすることであった.その基準について,事務職からは自治体として決定された業務の遂行を重視すること,法令解釈や事業の企画力および予算化が重要であること,仕事の意思決定は発意起案の縦のラインであり,文書に基づいて事業が実施されることなどが語られた.事務職は,このような基準に基づいて《保健師は事務職と違う専門職である》,《事務職と保健師は仕事の進め方が違う》と認識していた.

1) 保健師は事務職と違う専門職である

事務職は《保健師は事務職と違う専門職である》ととらえていた.保健師と同じ部署で働いたことのない事務職は「保健師の仕事がわからない」としていたが,わからないなりに,保健師は住民の健康に直接関わる専門職だから,事務職にとって「一歩踏み込めない部分」「聖域」「ベールに包まれている部分」があるという印象を抱いていた.

(保健師は)住民に関わるデリケートな部分がある.やはり専門職だから(われわれ事務職が)なかなかもう一歩踏み込めない部分がある.行政の私たちにはわからないという部分がある.やはり専門職と事務方ってそういう隔たりがあると思います.事務職,係長A

聖域って言ったらおかしいですけれどもベールに包まれている部分があります.事務職,課長B

一方で,保健師と同じ部署で働いた経験をもつ事務職は,保健師を「専門教育」を受けた「専門知識」を有する専門職であるととらえ,「責任感が強く,きちんと意見を言い,すべきことをする」と評価していた.しかし,その特徴の裏返しとして「こだわりが強く」「自分の意見を変えない」とネガティブな印象をもつ場合があった.

保健師と一緒に仕事をしてみると,そういう(専門職としての)教育がされているんですね.行政の私たちには,そういった知識がない.事務職,管理職C

保健師さんと一緒に仕事をしてきている中で,もちろん健康のことも大事だけれども他の人から見るとそうじゃない部分もあるんだってことをどうしても保健師さんが認めないところがあるんじゃないかな.事務職,課長D

2) 事務職と保健師は仕事の進め方が違う

事務職は,会議や人材育成の方法などについて《事務職と保健師は仕事の進め方が違う》ととらえていた.保健師は会議が多く「共通理解をしている」ようであり,「決められたことを決められたようにやるだけじゃないから楽しいだろうと思う」と事務職との仕事の進め方の違いが語られた.

保健師さんというのはいつも会議をしていてどっちかっていうと共通理解というのをやっているんだよね.一番やり方が違うと感じるのはそこだと思うよ.事務職,管理職E

そして,事務職から一様に語られたのは,保健師は勉強会や人材育成のための「研修が多い」ということであった.それは,以下の語りのように「異動」と職場における実務を通して人材を育成する事務職とは異なるものであった.このような会議や人材育成の進め方について,事務職からは保健師の「仲間意識」が強いように見えると語られ,職種として結束して仕事を進めている印象があることが語られた.

行政の一般職の研修というのはありきたりな研修ですよね.他にもいっぱい研修の機会はあるんだけれども,なかなか行かれない.保健師の研修なり勉強会って多いですよね.すごく多いです.逆にそれに追われちゃっていないかなって,ちょっと心配するところはあるんですよね.事務職,課長C

(事務)職員には異動が必要なので.市民に直接かかわる税務や市民活動の部署で新任(期)に広く動いて(異動して),適正をある程度見極めながら中堅になったら少し狭いところを動きながら,……スキルが身について対応できるようになっていく.事務職,人事担当F

(保健師の)仲間意識みたいなのはすごいあるんだなっていうのは感じますもんね.行政にはないですよね.いわゆる専門職でない職員にはないですよね.そういうのが多分若い人を育てているのかもしれないけど.事務職,課長C

2. 事務職と同じ行政職としての仕事を求める

〈事務職と同じ行政職としての仕事を求める〉は,《保健師を同じ組織の行政職ととらえる》《保健師に行政能力を求める》で構成された.事務職は《保健師を同じ組織の行政職ととらえる》ことで,保健師に行政職に必要な《行政能力を求め》,業務が滞りなく遂行されること,保健師と協働することをめざすものであった.

1) 保健師を同じ組織の行政職ととらえる

事務職は,〈事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえる〉カテゴリにおいて,《保健師を事務職と違う専門職ととらえ》《事務職と保健師は仕事の進め方が違うととらえ》ていた.しかし一方で,保健師を行政能力に専門能力をプラスして併せ持つ「同じ組織の行政職」であるととらえることで,同じ行政組織の目的達成のために協働する相手として認識していた.

(保健師は)行政の職員がやっても出来る部分の上により専門的な知識を上乗せした中で活動していくっていうような分野なので.事務的な,いわゆる行政事務としての事務能力も持っていて,どちらも出来る.保健師さんとは,(行政組織の職員として)目指すところは同じだし,保健業務活動も行政活動なので.そういった意味では普通の行政職の事務職よりもマルチに活躍する人材なんです.事務職,課長C

2) 保健師に行政能力を求める

事務職は《保健師を同じ組織の行政職ととらえる》こと,すなわち保健師にも事務職と同様に行政能力が必要であると認識することで,保健師にはその行政能力を身につけることを望んでいた.

行政能力というのは,事業を企画するとか予算や計画をどう立てて,どういう風に執行していくか,条例や法令関係をどう解釈するかとかどう作るとか.……ある程度自分の仕事の分野の近辺での行政能力というのは非常に重要になっていると思います.住民の保健指導とか集団検診とかそれ以外の部分というのはぜひ身につけてほしい.……事務職でも保健師でも同じだから.みんな基本線だからマスターしなければならない.事務職,課長G

ここでの行政能力は,起案や予算化といった行政組織の機能をさすだけでなく,以下の語りのとおり,行政組織全体の中で保健師業務をとらえること,「どうすれば効率的に経費が掛からないで保健行政ができるか一緒に考えて欲しい」など組織のことを考慮して業務を進めることも挙げられた.そして,保健師が行政職として今後昇進するためにも「行政能力が不可欠」であると語った.

視野が狭いかなという感じですね.健康づくりだけでなく,いろんな部署で保健師としての考え方を求められている.……行政能力,(保健師は)予算的な部分が特に弱点だと思います.そういうことをわかっていないと組織の中で課長とか部長につけなくなってしまう.事務職,課長H

3. 保健師の仕事と専門性が理解されない

事務職は〈事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえる〉.そのため保健師は,直面する困難な現実として〈保健師の仕事と専門性が理解されない〉と認識していた.それは,保健師が《専門職としての保健師の仕事が理解されない》とするだけでなく,《保健師の仕事の成果を示せない》自身の問題とする認識でもあった.

1) 専門職としての保健師の仕事が理解されない

保健師からは「健診」や「訪問」など実施している業務自体は目に見えるが,住民のために将来を見据えた「健康増進」や「予防」活動を行っていること,「専門職の技術向上」を役割として行っていることなど《専門職としての保健師の仕事が(事務職に)理解されない》と語られた.

保健師が何をしているかが見えないんだろうなというのがすごく難しいと思います.健診とか,やっている仕事は目に見えるんですが……多分漠然としてるんですよね.介護予防の事業をやっている,事業は事業なんですけれども,そうじゃなくて(ただやっているだけではなくて)地域の高齢者をどうしていきたいとか,どうなってもらいたいか(見据えてやっている)というのがなかなかわかってもらえない.保健師,中堅期A

保健所には地域の専門職の技術向上っていう役割があるのでそれを説明しても事務職に納得してもらえない.保健師,研修担当B

2) 保健師の仕事の成果を示せない

保健師は《専門職としての保健師の仕事が理解されない》のは,《保健師の仕事の成果を示せない》保健師の能力やあり方に関する自身の問題として捉えていた.保健師からは,「やったことの効果を示す」ことができず,以下の語りのように「もどかしい」思いや専門性への揺らぎが語られた.

保健師の業務というのが数で全部出ないところがあって,事業をする場合も私達(保健師)が行っている場合とそうでないのでは多分(効果が)違うんじゃないかなというところがうまく言葉や数字に出てこないので,相手を説得するためのうまいツールみたいなものにならないんですね.それがすごくもどかしいんです.保健師,中堅期C

保健師としてのという自分の専門性がなかなか見えにくかったりとか.保健師の専門性はどこにあるんだろうと思う.保健師,新任期D

4. 行政組織の一員として保健師の仕事をするために努力する

〈行政組織の一員として保健師の仕事をするために努力する〉とは,同じ行政組織の職員として,事務職と協働して日々の業務をスムーズに遂行するために,保健師が意識して実践しようとする認識であった.それは《事務職と協働できるようアクションを起こす》と《行政組織の仕事を学び保健師自身の認識を変える》で構成された.両者は「行政組織の一員」のとらえ方と「努力」を向ける対象が異なっていた.前者は,行政組織の一員である「専門職として」の保健師の仕事を事務職に理解してもらうために,保健師から事務職にアクションを起こそうとするものであった.一方後者は,事務職も保健師も職種に関係なく「共通の目的をもつ同じ行政組織の一員」であると,保健師自身が捉え直そうとする認識であった.

1) 事務職と協働できるようアクションを起こす

保健師は保健師の仕事を理解してもらい,《事務職と協働できるようアクションを起こす》ようにしていた.

事務職に対して,専門用語等の「わかりやすい説明を心がけ」,コミュニケーションの取り方を工夫していた.また,日頃から同じ職場の職員として「お互いにいろんなことを話し合いながら信頼関係ができるよう」努力し,互いの認識のずれを修正するために,「打ち合わせ」や「話し合い」に時間をかけるようにしていた.一方で,事務職が「実際の住民や関係者の生の声を聞いて,住民の生活実態を理解し,課題を把握することができるように」,保健師は以下の語りのように,事務職に地域の施設や住民の訪問,関係者会議に同行するよう求めることもあった.それは,事務職に保健師活動を理解してもらう方法であり,そのことで事務職の認識が変わったり,保健師自身が事務職の視点を理解する機会にもなっていた.

子ども手当とかが主になって虐待が後回しになる事務の方がいたので,カンファレンスにきてもらった.事務職員の反応に変化がみられ,徐々に認識がかわっていった.……事務の方に,(訪問に)「付いていくだけだよ」と言われたりするけれど,実際の状態を見てもらうのもお互いよい刺激になるし,事務の方の違う目でみてもらうので勉強になる.保健師,中堅期E

2) 行政組織の仕事を学び保健師自身の認識を変える

保健師は,事務職と同様に行政能力が必要な行政組織の一員であるととらえ,「(自分は)企画書や政策とかが弱いので」事務職から学ぼうとするなど保健師自身の認識を変える努力をしていた.また特に,事務職と働いた経験のある保健師は,保健師であっても事務職であっても,「行政組織の一員」として「市民の健康を守るとか生活しやすい地域をつくっていくという根本的なところは変わらない」こと,むしろ「他職種と連携することでそれぞれの見方がわかるし,気づくことや助言をもらうこともできる」ことに気づいていた.さらに,以下の語りのように,互いに補い合いながら協働することが行政における業務の前提であること,保健師自身の専門のみに関連した狭い見方から,配置されたどの部署であっても保健師の専門性は発揮できるという広い視点をもつことに気づき,《行政組織の仕事を学び保健師自身の認識を変え》ようとしていた.

当たり前だと思っていた使命感だとか保健師なんだからとか,違う部署に行ってもっと大切なものがあるんじゃないかと考える経験をした.事務の人たちと一緒に仕事をする違和感がなくなったんですよね.この人たちと力を合わせなければ私はやっていけないんだと.事務の人たちと仕事をするうちに発想や考え方が違うことがわかったし,こうやって仕事ができるんだと学んだ.保健師,管理期F

5. 自治体で働く事務職と保健師がとらえる保健師の仕事に関する認識

本研究結果では,事務職は〈事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえ〉,一方で保健師は,事務職から〈保健師の仕事と専門性が理解されない〉と認識していた(図1).また,事務職は保健師に〈事務職と同じ行政職としての仕事を求め〉ようとしていたが,保健師は事務職に保健師の仕事を理解してもらい協働するために〈行政組織の一員として保健師の仕事をするために努力〉しようとしていた.このように,事務職と保健師は,「保健師の仕事」の専門性を認識している点では共通しているが,互いのとらえ方や基準は異なっており,それに基づいて協働をめざす方向性も異なっていた.

IV. 考察

1. 行政組織において事務職と保健師が準拠する異なる判断基準

本研究結果において,事務職と保健師では保健師の仕事に関する認識に違いがみられた.事務職からは,自治体として決定された業務の遂行を重視すること,法令解釈や事業の企画力および予算化が重要であること,仕事の意思決定は発意起案の縦のラインであり,文書に基づいて事業が実施されるなどが語られ,事務職はこのような自らの仕事についての考え方や業務遂行の方法という〈事務職がもつ基準で保健師の仕事をとらえ〉ていた.これらは,法令遵守と手続き的責任,縦割り,文書主義など,従来から指摘されている官僚制組織の構造と機能の特性(菊地,2004真山,2001村松,2001田尾,1990)に基づく判断基準であると考えられた.一方,保健師は住民のための将来を見据えた健康増進や予防活動を行うこと,保健所保健師からは専門職としての技術向上を役割として行っているなどが語られた.これらは対象となる人々の生命や尊厳・権利を第一に考え,専門能力を自律して発揮し,自ら能力を高めようとする看護職の特性(稲田,2008高田,2014)を示すものであると考えられた.このように両者の認識の違いはそれぞれの集団が準拠する判断基準の違いによるものと考えられた.

保健師は〈保健師の仕事と専門性が理解されない〉のは,《保健師の仕事の成果を示せない》自らに問題があるととらえるだけでなく,事務職と協働するためのアクションを起こそうとしたり,自身の認識を変えようとしていた.一方で,事務職は保健師を同じ組織の行政職ととらえることで,保健師に行政職に必要な行政能力を求めようとしており,両者の協働をめざす方向性に違いがみられた.これは,事務職の判断基準が行政組織において主流の基準となっていることが関連していると考えられる.Goodman(2011)は,ある社会集団において,自身の行動の判断基準が所属集団の基準となっている人々をprivileged group(特権集団)と呼んだ.それらの人々は,所属集団の行動規範が自身のそれと一致するため,その集団を代表する人々として,自身の行動の根拠を集団内の人々にあえて説明する必要はなく,社会的アイデンティティに揺らぎを生じることが少ないとされる.一方で,保健師は自身の行動の根拠をあえて示し,協働のための努力をしようとしていた.このように事務職と保健師の異なる判断基準には組織内の集団間パワーバランスが関係し,両者の行為に影響している可能性がある.菊地(2004)は,部署(課や係)のメンバー間で共有された価値観や意思決定パターンを部門文化とし,他の部署と共同で事に当たらなければいけない時に葛藤が生じるとしている.本研究において,事務職が保健師と同じ部署でない場合は「聖域」などの印象を持つだけだが,共に働く場合は「こだわりが強く」「自分の意見を変えない」とネガティブな印象をもつ場合があったという結果は,このことを示していると考えられる.

2. 事務職と保健師が協働するために

保健師は,事務職に「保健師をわかってもらえない」とするだけでなく,互いの判断基準が異なることを前提として,共に活動する方法を考えていく必要があるだろう.Goodman(2011)は,特権集団の人々の認識を変えるには,尊重し共感すること,直接話をすること,マイノリティ集団の人々の集団内での生活環境を体験してみる機会を提供することなどが有効であるとしている.本研究結果でみられたように,保健師が事務職の仕事を認め,話し合う機会を持ったり,事務職に地域住民の訪問や関係者会議へ同行してもらおうとする努力は有効であったと考えられる.細田(2012)は,複数の専門職同士の見解にずれがあっても,全員が対等な立場で自由に意見を言いやすい環境で対話を重ねることで,よりよい合理的な決定が可能になるとしている.他職種間の対話が協働のための不可欠な要素であると考えられる.

野中(1983)は,官僚制組織のマイナスの機能として,個人のニーズや状況を配慮せずに規則を適用しようとするために,顧客中心のサービスを発揮できないこと,規則の厳守や自部門の利益に貢献することそのものが「目的」になってしまうことを挙げている.対象となる人々の生命や尊厳・権利を第一に考え行動する公衆衛生看護の専門職である保健師と事務職が,行政組織の本来の目的を共有することで住民のための行政サービスが提供できると考える.

本研究結果では,事務職はすでに保健師を《同じ組織の行政職ととらえ》ようとしていた.一方で,事務職と働いた経験を持つ保健師は,職種に関係なく共通の目的をもって協働することが行政活動の前提であると《行政組織の仕事を学び保健師自身の認識を変え》ようとしていた.協働のための鍵は,両者が職種を超えて「同じ行政組織の一員」であることをあえて意識して行うことであると考える.それはむしろ保健師にとって必要であろう.本研究結果では,保健師は事務職に〈保健師の仕事と専門性が理解されない〉としていたが,これは保健師が事務職など他職種に理解されないことを問題やストレスと感じていたとする報告(菅原ら,1997山下ら,2005)と一致する.そこには,保健師は本来専門職としての活動をすべきであり,仕事の仕方が異なる事務職にはその活動は理解されなくて当然だとする前提が保健師自身にあり,事務職との間に壁を作っている場合があるのではないか.保健師には専門職であることと行政職員であることが共存し(松林,2011),実際に保健師が専門職としての考えに基づいて行動する時,事務職との間に意見の相違が生じ(大森ら,2007),自治体における保健師の倫理的課題になっているとの報告がある(Asahara et al., 2012).今後は,保健師の専門能力は行政能力を含むものであることをさらに明確に定義し,基礎・現任教育に位置づける必要があると考える.

また,保健師が事務職と協働できる部署への異動を,保健師の行政職としてのあり方の理解と行政能力育成の機会と位置付けて検討する可能性も考えられるだろう.平野ら(2012)は,保健師が保健・福祉・介護分野の枠を超えた経理・予算・企画部署にも配属され,事務職員と共に行政能力を身につける必要があるとしている.

本研究結果では,保健師と事務職の現任教育のあり方について認識のずれが見られたが,保健師の新人教育を事務職も含めた職場ぐるみで行うことで,相互の専門性と活動,および人材育成に関する理解を促進する機会とすることができると考える.これらは行政組織体制の変革に関わることであり,統括的立場の保健師の役割が大きいと言えよう.

3. 保健師基礎・現任教育への示唆

従来,保健師の基礎教育においては,専門職の知識・技術教育に焦点があてられてきた.坂本ら(2011)は,保健師として就業している卒業生に対して行った調査において,78%が「就職前のイメージと現実が違っていた」と回答したと報告している.勝原ら(2005)は,新人看護師のリアリティ・ショックは,専門職への社会化だけでなく,組織の役割を理解するための社会的知識や技術を習得して,組織に馴染んで組織の成員になっていく,組織への社会化を同時に行わなければならないことから生じているとしている.行政組織に就職する前の基礎教育や新任期の現任教育において,行政特有の機能とシステムを理解する教育(平野ら,2012),および行政組織において事務職と保健師の業務に関する判断基準が異なる状況を伝え,その前提で事務職とどのように協働できるかを考える機会を提供してもよいのではないか.近年,看護基礎教育において,複数の専門職を目指す学生が共に連携と協働について学ぶ専門職連携教育(IPE)と専門職連携実践(IPW)が試みられている(小川ら,2014).保健師の基礎教育および現任教育においても,事務職との協働を含めた専門職連携教育の可能性の検討も必要であろう.

4. 本研究の限界

本研究は,2つの自治体における行政組織を調査したものであり,本研究結果を他の自治体にそのまま適用するには限界がある.また,主にインタビューによるデータ収集・分析であった.今後は,自治体における行政組織の種類や規模,環境的特性などによって違いがみられるか,観察,質問紙調査など多角的な方法を用いて検討する必要がある.

謝辞

本研究にご協力いただきました自治体職員の皆様に心より感謝申し上げます.本研究は,平成22–24年度科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(課題番号22659434)により実施した研究の一部である.

利益相反

本研究に開示すべきCOI状態はない.

文献
 
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