日本公衆衛生看護学会誌
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活動報告
保健師基礎教育における放射線教育プログラムの作成と実施:原子力事故影響下の保健師活動に焦点をあてて
小野 若菜子麻原 きよみ小西 恵美子永井 智子三森 寧子川崎 千恵梅田 麻希江川 優子小林 真朝
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2019 年 8 巻 3 号 p. 172-180

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Abstract

【目的】2011年の原子力事故において保健師は様々な困難に直面した.これまで保健師基礎教育において,体系的な放射線教育が実施されてこなかったことも要因として考えられる.そこで保健師基礎教育における放射線教育プログラムを作成して実施し,教育プログラムの有用性を検討した.

【方法】対象は,大学院の保健師国家試験受験資格取得コースの保健師教育機関に在学中の大学院生8名であった.教育目的は「現存被ばく状況下の住民の生活や気持ちに配慮した対応・支援に必要な放射線についての知識を学ぶ」ことであった.演習,講義,事例検討,ロールプレイングを行い,質問紙調査を実施した.

【結果】参加者は,放射線基礎知識やその活用方法を学ぶことができ,特にロールプレイングを通して住民のおかれた状況について理解が深まった.

【考察】本教育プログラムは,保健師に必要な知識や技術を学ぶ教材として活用できる可能性があることが示唆された.

Translated Abstract

Objectives: Public health nurses faced various challenges following the nuclear accident that occurred in 2011 in Fukushima. These challenges were explained by a lack of education on radiation, which was not systematically included in the basic curriculum of public health nursing. This study describes the development and implementation of a radiation education program into the basic course curriculum of public health nursing.

Methods: The radiation education program was offered to eight students enrolled in the national public health nursing exam-based qualification course of a graduate school. The aim of the program was to provide knowledge of radiation required to provide daily life and emotional support to residents during the recovery phase when environmental radiation levels were decreasing. The program components included practice, lectures, case studies, and role plays. Outcomes of the program were evaluated using a questionnaire that was administered to the students.

Results: The program increased the basic knowledge and skills regarding radiation among participants. Importantly, an understanding of the situation among residents was increased through role play.

Discussion: The educational program and teaching materials evaluated in this study could be used to develop knowledge and skills regarding radiation among public health nursing students.

I. 緒言

2011年の東日本大震災における原子力事故は多大な被害をもたらした.特に周辺の住民は,目に見えない放射線の恐怖や身体への影響に不安を抱き,これまでの生活を続けられない困難に遭遇した.放射線や被ばくの健康影響に関する曖昧な情報があふれる中,自治体保健師は,住民の身近なところにいて直接対応する看護職や行政職としての役割を担う立場に置かれた.

原子力事故の後,保健師は自らも避難しながら,住民の安否確認や健康への支援を担うことになった.事故後の支援活動では,放射線に関連する情報が錯綜する状況下において,保健師自身も不安を抱きながら目の前の対応に追われた(奥田ら,2013).保健師は,「これが正しい情報である」という確信をもって十分に説明できないまま,放射線の健康への影響を危惧する人や,不安な気持ちを抑えている人々に対し,手探りで何とか支援をしようと努めた(川崎ら,2014).また,住民が日常の暮らしを取り戻すことができず,コミュニティが崩壊していく状況に直面し,保健師は多大な無力感に襲われる経験をした(Kawasaki et al., 2016).

保健師の従来の活動は,健康相談や健康教育といった保健活動を通して,住民個人と対話しながら支援を行い,集団における交流を促すことによって住民相互の関係性を構築する地域づくりを特徴としてきた.さらには,地域全体を見て,保健・医療・福祉に関わる地域連携の推進にも携わってきた.しかし,原子力事故の後,これらの保健師の技術は生かされることなく,保健師は放射線の知識の不足や情報の混乱に悩まされたのである.

こうした原子力事故における保健師の困難は,看護基礎教育や保健師基礎教育において,体系的な放射線教育が実施されてこなかったことによる知識不足も要因であると考えられる.2007年の調査において,保健師教育における原子力災害看護の授業を設定している大学は約1割と少なく,未設定の理由としては,時間の確保が難しい,教授する教員がいない,特殊な災害で頻度が少ない等が報告された(浦橋ら,2007).また,保健師基礎教育機関における放射線教育の実態調査において,全国の教育機関218校のうち,放射線に関する「独立科目がある」との回答は2.9%,「科目の一部として扱っている科目がある」との回答は28.8%と報告され,合わせて約3割に留まっていた(麻原ら,2017).しかし教育の実状に反して,放射線を学ぶことが重要であるという回答は9割に上ったのである(麻原ら,2017).これらのことから,保健師基礎教育機関における放射線教育の重要性は認識されているものの,その実施校は少なく,時間の確保や教授の課題等,実施上の困難が推察された.加えて,保健師基礎教育機関における放射線の教授に関する報告は少なく(Konishi et al., 2016永井ら,2017塚本,2015),教育方法の確立が十分とは言い難い.

こうした背景から,原子力事故・災害時,被災地から避難した住民への相談や支援のために,保健師基礎教育での放射線教育が重要である(永井ら,2017)と考えられた.さらに,災害全般における保健師の役割遂行上の不安には,知識不足が最も影響する(北宮,2011)との報告からも放射線教育の充実が求められていると言えるであろう.そこで,保健師基礎教育における放射線教育プログラムを作成して実施し,教育プログラムの有用性を検討した.また,保健師基礎教育における放射線教育のあり方を考察した.

II. 活動内容

1. 放射線教育プログラムの作成

放射線教育プログラムは,原子力事故影響下の自治体における研究結果(麻原,2014),保健師基礎教育における放射線教育に関する文献(麻原ら,2017川崎ら,2017小西ら,2015Konishi et al., 2016永井ら,2017塚本,2015)を基に,放射線や公衆衛生看護の専門家12名が集まり,教育方法や内容を吟味しながら作成した(保健師の活動と放射線研究班編,2018).

放射線教育プログラムの教育目的は,「現存被ばく状況下の住民の生活や気持ちに配慮した対応・支援に必要な放射線についての知識を学ぶ」とした.現存被ばく状況とは,原子力事故時の復興・復旧期において「環境中に放射線物質が存在している.保健師の働きが最も重要な状況である.」(保健師の活動と放射線研究班編,2018,p. 36)とされる.この放射線教育プログラムの特徴は,演習と講義で放射線の理解を深めた上で,保健師活動のトレーニングとして,事例検討やロールプレイングを取り入れた点である.保健師活動は,科学的知識と住民の生活や地域の状況を複合的にアセスメントし健康課題に働きかける特徴があり,事例検討やロールプレイングにおいては,現存被ばく状況下での保健師活動に向けたトレーニングをするという意図が組み込まれている.尚,この教育プログラムは過密な保健師基礎教育のカリキュラムにおいて実施することを想定し,演習,講義,事例検討,ロールプレイングのなかから,単独もしくは複数のプログラムを組み合わせて使用することを想定して作成されたものである(保健師の活動と放射線研究班編,2018).

2. 放射線教育プログラムの実施

1) 参加者

大学院の保健師国家試験受験資格取得コースの保健師教育機関に在学中の大学院生(以下,大学院生とする)8名であった.全員看護師資格を有しており,その内の2名は,病院における看護師としての就業経験があった.また,看護師基礎教育において,放射線基礎教育および災害時支援の教育を受けた経験のある人が7名であった.

2) 放射線教育プログラムの概要

放射線教育プログラムの実施日時と場所,内容を記載した参加募集ちらしを大学院生に配布し,放射線教育プログラムへの参加希望を募った.実施日時は,2018年2月28日10:30–17:20であった.当日,教育プログラム実施について説明を行った後,演習(90分),講義(90分),事例検討(65分),ロールプレイング(70分)の順に行った(表1).放射線の特徴を理解しイメージがついた後に講義を聞くことで教育効果がある可能性を考えたため演習を最初に行った.最後に質問紙調査を実施して終了した.

表1  放射線教育プログラムの概要
方法 担当 目標 内容
演習 公衆衛生看護学の教員 放射線を測定することで,自然放射線の存在,放射線の性質,放射線の量の表し方を理解する ①個人の被ばく線量を知る
②自然放射線による被ばく線量を知る
③自然放射線の存在と性質を知る・考える
④放射性物質の所在や汚染の有無・程度を調べる
講義 放射線の専門家 ①放射線とその影響に関する基礎的事項を理解する
②放射線災害時下の保健師の役割を理解する
①身の回りの放射線利用
②有害要因としての放射線の特徴
③原子力事故の理解
④現存被ばく状況の基本的事項
⑤放射線の健康影響
⑥緊急時の備え
事例検討
ロールプレイング
公衆衛生看護学の教員 ①放射線の基礎知識を実践の場で活用できる
②事例を通して住民の状況に応じた対応について系統的に考察し,実施することができる
③リスクコミュニケーションについて理解できる
保健師として,住民の状況に応じた対応について事例検討したうえで,リスクコミュニケーションの方法を踏まえ,擬似的に住民対応のロールプレイングを行う

次に具体的な内容を説明する.まず参加者が教育プログラムの理解をもって臨めるように,プログラムの目的・目標と時間配分を記載した用紙を配布し説明を行った.

(1) 演習

始めにスライドを用いて,自然放射線や放射線測定器の種類・使用方法,放射線の単位等について,公衆衛生看護学の教員が説明を行った.参加者は,2つのグループに分かれ,ワークシートを確認しながら,次の測定課題を行った:①個人の被ばく線量を知る(測定器:ポケット線量計,MY DOSE mini),②自然放射線による被ばく線量を知る(測定器:環境放射線モニタ,Radi),③自然放射線の存在と性質を知る・考える(測定器:GM計数管式サーベイメータ,ベータちゃん),④放射性物質の所在や汚染の有無・程度を調べる(測定器:GMサーベイメータ).特に④では,机の上に紙をひいて,線源となる昆布を隠しておき,参加者が測定器で探すことを試みた.

(2) 講義

「放射線の基礎知識」について,スライドを用いて放射線の専門家が講義を行った.主な内容は,身の回りの放射線利用,有害要因としての放射線の特徴,原子力事故の理解,現存被ばく状況の基本的事項,放射線の健康影響,緊急時の備えであった.

(3) 事例検討

始めにスライドを用いて,公衆衛生看護学の教員が「リスクコミュニケーション」について,リスクの特性やコミュニケーターとしての心得を解説した.また,事例検討の留意点として,参加者が自由に対等に発言できるように心がけること,他者の意見を尊重し非難しないこと,他者の話に耳を傾けること,積極的に参加することを伝えた.

事例は,事故から3年後の設定で,①高齢者サロンに参加した70歳代男性の農作物に関する相談,②子育て教室に参加した30歳代女性の水に関する相談の2つであった.①には,農産物と大気の放射能濃度の測定結果表,②には水道水中と井戸水等の放射能濃度の測定結果表を添付し,具体的な状況を数値でもイメージできるように工夫した.1グループ4人として,2グループで実施した(45分間).①②の事例をどちらにするかは,それぞれのグループの選択とした.その結果,①と②の事例に分かれて各グループが実施した.また,参加者の主体的な参加を促進するため,司会や記録は大学院生が行い,教育プログラム実施者はグループディスカッションには加わらず,参加者から質問があった際に答える程度に関わることとした.ホワイトボードに記録しながらグループワークを行い,話し合いの内容を整理しながら進めた.グループワーク終了後,グループ発表の時間を設け,参加者相互に学びを共有し,教育プログラム実施者からフィードバックのコメントをした.

(4) ロールプレイング

ロールプレイングは,事例検討で使用した事例について,参加者2名が組になり,保健師役と相談役を交代で行った.始めに,事例を演じることを考える時間を少し設け,役になりきって取り組むように説明した.ロールプレイング終了後,個人で振り返りシートを記入する時間をとり(10分間),グループワークを行い(10分間),グループ発表とフィードバックを行った.振り返りシートは,「相談役になって感じたこと」「保健師役になって感じ考えたこと」「保健師として必要なこと,大切なこと」「学生のうちにしておきたいこと」を記入するようになっており,個人の考え方や思考の整理をすることを目的とした.

3. 放射線教育プログラムの評価

無記名自記式質問紙(5段階尺度29項目と自由記載)を作成し評価を行った.

1) アウトカム評価

放射線の基礎知識,リスクコミュニケーション,住民対応の方法,放射線測定についての達成度を質問した.

2) プロセス評価

進行,説明のわかりやすさ,時間や資料の適切さ等について回答を求めた.

3) 演習,講義,事例検討,ロールプレイングの各評価

演習,講義,事例検討,ロールプレイングについて,内容や学びについて質問した.

尚,1)~3)は5段階尺度であり,回答項目は,「1.全くそう思わない」~「5.全くそう思う」であった.

4) 自由記載

「あなたにとって役立つ学びは何でしたか」「あなたにとって印象に残ったこと,興味深かったことは何でしたか」「全体を通して,気づいたことがありましたら何でも自由に書いてください」という質問項目を設けた.

4. データ分析

有効回答を確認し,変数ごとに記述統計量(分布,中央値,平均値,標準偏差,範囲)の算出を行った.また,自由記載については,内容分析を行った.

5. 倫理的配慮

本教育プログラムは,大学院生を対象としたため,大学院の授業時間外に実施し,評価や成績に無関係であることを保証し,大学院生の学業に不利益が及ばないように配慮した.また,教育プログラム当日に文書と口頭で,教育プログラム参加協力の説明を行い,教育プログラム実施の目的と意義,方法,依頼内容,協力の任意性,匿名性,秘密保持,結果公表などを伝え,文書で同意を得た.尚,本教育プログラムは聖路加国際大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:17-A082).

III. 結果

質問紙の有効回答数は8(有効回答率100%)であった.

1. アウトカム評価

アウトカム評価においては,回答の中央値は,概ね4.0以上であり,参加者は,放射線基礎知識やその活用方法を学ぶことができたと回答した(表2).また,「放射線の測定を通して,放射線を身近に感じましたか」という質問の回答は,中央値5.0(範囲4–5)と最も高かった.しかし一方で,「実際に住民の生活や気持ちに配慮した対応,支援を実施することができると思いますか」という問いは,中央値3.0(範囲2–5)と最も低く,参加者にとって実践への自信には至らなかった.

表2  放射線教育プログラムの評価:質問紙結果① 5段階尺度の質問項目(N=8)
項目 中央値 平均値 標準偏差
I.アウトカム評価
1 放射線とその影響について理解できましたか. 4.0 4.0 0.8
2 事例を通して,住民の状況に応じた対応について考えることができましたか. 4.0 3.9 1.0
3 リスクコミュニケーションの方法について学ぶことができましたか. 4.0 4.0 0.8
4 放射線の基礎知識の実践での活用方法を学ぶことができましたか. 4.0 4.0 0.9
5 放射線の測定を通して,放射線を身近に感じましたか. 5.0 4.8 0.5
6 放射線の測定を通して,放射線に関する基礎的な知識と特徴を理解できましたか. 4.5 4.5 0.5
7 放射線についての知識を身に付けることで,住民の生活や気持ちに配慮した対応,支援について考えることができましたか. 4.0 4.3 0.5
8 実際に住民の生活や気持ちに配慮した対応,支援を実施することができると思いますか. 3.0 3.3 1.1
II.プロセス評価
1 今日のプログラムのねらいはわかりやすく提示されていましたか. 4.0 4.3 0.7
2 全体の時間は適切でしたか. 3.0 3.1 1.0
3 配布資料はわかりやすかったですか. 4.0 4.0 1.1
4 本日のプログラムに参加して満足しましたか. 5.0 4.6 0.5
III.演習
1 演習の説明はわかりやすかったですか. 5.0 4.6 0.5
2 演習は面白かったですか. 5.0 4.6 0.5
3 演習を通して放射線の特性を実際に感じることができましたか. 5.0 4.6 0.5
4 演習を通して放射線の基礎知識について理解を深めることができましたか. 4.5 4.4 0.7
5 演習を通して住民の生活や気持ちに配慮した対応・支援について考えを深めることができましたか. 4.0 4.1 0.8
IV.講義
1 講義の内容はわかりやすかったですか. 4.5 4.5 0.5
2 この講義を通して放射線や放射線災害に関連した住民への対応・支援についての理解が深まりましたか. 4.0 4.1 0.8
V.事例検討・ロールプレイング
1 事例検討・ロールプレイングの説明はわかりやすかったですか. 4.5 4.5 0.5
2 事例を通して住民の状況について理解が深まりましたか. 4.0 3.8 0.5
3 事例検討は面白かったですか. 4.0 4.3 0.5
4 事例を通して住民の状況に応じた対応について考察できましたか. 4.0 3.5 1.1
5 事例検討の進め方は適切でしたか. 4.5 4.1 1.1
6 使用した事例はわかりやすかったですか. 4.0 4.4 0.5
7 グループワークの方法は適切でしたか.(人数,ダイナミクス,進行上のことなど) 5.0 4.6 0.5
8 ロールプレイングは面白かったですか. 4.0 4.3 0.5
9 ロールプレイングを通して住民の状況に応じた対応について考察できましたか. 4.0 4.1 0.7
10 ロールプレイングの進め方は適切でしたか. 4.0 4.1 0.7

2. プロセス評価

プログラムのねらいの提示や配布資料のわかりやすさに関しては,回答の中央値4.0以上であり,比較的高評価であった.プログラムに参加した満足度についても中央値5.0(範囲4–5)と良好であった.しかし,時間に関しては,中央値3.0(範囲1–4)とやや低く,自由記述によると,一日のプログラムを長いと感じた人が複数いた.

3. 演習,講義,事例検討,ロールプレイングの各評価

放射線の演習や講義に関する質問項目においては,全体的に評価は良好であり,「放射線の特性を実際に感じることができましたか」という問いに対しても中央値5.0(範囲4–5)と良好であった.

事例検討についての質問項目においては,全体的に中央値は4.0以上で良好であった.「事例を通して住民の状況について理解が深まりましたか」「事例を通して住民の状況に応じた対応について考察できましたか」という住民の状況の理解や対応に関する回答は,平均値3.0台とやや低い傾向があった.

ロールプレイングについての質問項目の評価は良好であった.「ロールプレイングを通して住民の状況に応じた対応について考察できましたか」という質問は,中央値4.0(範囲3–5)と比較的良好であった.

4. 自由記載

自由記載について,参加者の学びや印象に残ったことを表3に示した.「放射線についての基礎知識を学んだ」「自然放射線について学んだ」等,放射線が身近にあることを知り,放射線の理解が深まったという記載があった.また,「放射線事故後の風評やイメージが人々の行動に影響を与える」という人々の行動への影響に着目する記載もあった.

表3  放射線教育プログラムの評価:質問紙結果② 参加者の学びと印象に残ったこと(自由記載)
分類 主な記述
放射線についての基礎知識を学んだ ・放射線の基本的な特徴や基準値の見方について学ぶことができた.
・放射線の基礎知識について,演習と講義を通して学ぶことが出来たのはとても有意義だった.
自然放射線について学んだ ・自然の中で放射線があるのは知っていたが,その数値は地域によって差があり,また同じ地域でも変動していることを知った.
・自然放射線を受けるのは知っていたが,実際の数字をみることで,身体が影響を受けないことに納得した.
・放射線は福島や原発のある地域,医療で使われるものだけにあるのではなく,ふだん口にする物や大気中にも微量ながら入っているということを知った.
・放射線は特別なものでなく,身近にあるということ.
放射線事故後の風評やイメージが人々の行動に影響を与える ・チェルノブイリ事故後の反応.風評やイメージが人々の行動に大きく影響を与えることを感じた.
保健師としての立場,住民としての立場を考えた ・ロールプレイングを行ったことで,保健師としての立場,住民としての立場について考えることができた.
・ロールプレイングでは,住民にとって,分かりやすく安心できる説明をするために,ただ説明をするだけでなく,実際に放射線量を目の前で測ったりすることは,実感がわいて,安心につながると思った.
参加型のプログラムが良かった ・プログラムの中には演習,事例検討,ロールプレイングと参加型の授業が多く,とても楽しみながら理解を深めることができた.
・実際の測定でゲーム感覚で測定するのが楽しかった.
・始めは演習からスタートすることに少し違和感があったが,全体を通してみると良い流れだったと感じた.放射線という分かりにくいものだからこそ,まず体験することが良かったのではないかと思う.

さらに,ロールプレイングを通して,住民の安心に向けてどうしたらよいかという観点から,「保健師としての立場,住民としての立場を考えた」という記述が見られた.

全体的には,演習で放射線測定をした後,講義に入り,事例検討,ロールプレイングを行うという流れで,「参加型のプログラムがよかった」という記載があった.また,参加型の授業は楽しいという記載も見られた.

IV. 考察

1. 保健師基礎教育における放射線教育プログラムの有用性の検討

今回の放射線教育プログラムは,放射線測定の演習から入り,講義,事例検討,ロールプレイングの順番で進めた.まず放射線について演習・講義で理解を深め,事例を理解した上で,ロールプレイングに臨んだことにより,「ロールプレイングを通して住民の状況に応じた対応への考察ができた」という結果につながったのではないかと考える.

測定の演習は,参加者にとって,楽しく,身近に放射線を理解する機会になった.放射線は,目に見えないものであり,測定の演習は,数値を通して,参加者の興味や理解を深めたと考えられる.測定を通して,自然放射線の存在や放射性物質が身近な物質にも含まれていること,放射線の値が絶えず変動していることを理解することは,放射線の特徴やその特徴を踏まえた対応を学ぶために効果的である(永井ら,2017).参加者にとっては,基本的な放射線の理解を深めた上で,保健活動に臨むことができることから,保健師基礎教育における測定の経験は貴重なものとなるであろう.

今回の放射線教育プログラムで使用した測定器具は高価であまり知られていないかもしれない.しかし,測定器具と放射線の線源は,教育目的での貸し出しも行われるようになった(保健師の活動と放射線研究班編,2018,p. 14).質問紙結果から,測定演習はできるだけ取り入れることが望ましいと考えられるが,やむを得ず測定機器の入手が難しければ,写真等により測定機器を示し,身近なものや自然放射線の測定値を示して説明することも一案であろう.

また,時間が一日で長いという放射線教育プログラムへの評価があった.この教育プログラムは,演習,講義,事例検討,ロールプレイングを一日で実施したため,負担と感じた参加者もいたのではないかと考えられた.

2. 保健師基礎教育における放射線教育のあり方

1) 放射線の基礎知識を保健活動に生かすこと

看護系大学等看護基礎教育機関における看護基礎教育において,放射線について理解するための十分な時間は確保されておらず,教育の充実が図れている状況にはない(井上ら,2011)と報告されている.このことから,保健師養成機関に入学した学生においては,看護基礎教育で十分な放射線の教育を受けていないことが考えられる.また,教育内容の不整備から,放射線教育を受けた場合にも学生が学んできた内容は,看護基礎教育機関によって違いが大きい可能性がある.

2018年の保健師国家試験出題基準において,公衆衛生看護学概論の大項目「人々の健康に影響する背景・要因と健康課題」の中に,小項目「放射能による影響」が含まれた.こうした動向も踏まえ,更なる放射線に関する教育の充実が期待される.

本研究の質問紙自由記載において,「放射線についての基礎知識を学んだ」「保健師としての立場,住民としての立場を考えた」という記述があった.このことから,本教育プログラムは,放射線の基礎知識を得た上で,災害時の保健活動という実践的知識を学ぶことができる特徴を持つと考えられる.保健師基礎教育においては,放射線の基礎知識を得て,保健活動に生かすための教育が重要であろう.

しかし,保健師基礎教育だけでは限界があるため,看護基礎教育の充実,さらには,原子力事故を想定した自治体職員への研修や災害訓練による継続教育等も鍵を握る.さらに,放射線教育を充実させ普及するためには,教授者の不足も考えられるため,教授者の研修や教材の開発・活用が求められる.

2) 原子力事故影響下の住民の状況,保健師の役割を考えること

質問紙結果においては,「住民の状況に応じた対応について考察できたか」について,事例検討では,平均値3.5とあまり高くない回答であったが,ロールプレイングにおいて,その項目は,平均値4.1に高まっていた.これは,ロールプレイングを通して,参加者が保健師や住民の役を体験し,住民の状況を理解し,住民の状況に応じた保健師の対応について考察できたことによると考えられた.また,事例検討やロールプレイングは,事例を通して,原子力事故の状況への理解を深めることができることからも重要である.

質問紙結果において,参加者は,住民の状況に応じた対応を考え,リスクコミュニケーションの方法について学ぶことができたとの回答であった.事例検討やロールプレイングを通して,参加者は,住民の不安の実際を知り,保健師はその不安に耳を傾け,解決案を提示することもあれば,ともに悩みや痛みを共有する存在であることが理解できるであろう.

塚本(2015)は,保健師基礎教育において,放射能・放射線に関する教育実践に取り組み,学生は,単に知識を習得しただけではなく,原子力災害が起きた際の保健師が果たす役割について考えるという意識をもったと報告している.授業の中で,学生としての立場で答えは出なくても,保健師の役割を考えるという意識こそが重要である.災害時には,地域社会の混乱の中,保健師自身も被災者となり,住民と悩みや痛みを共有する.こうした,災害下の保健師の立場や役割に学生が気づき,考える機会を提供することも放射線教育において重要である.

3. 今後の保健師基礎教育への示唆

本教育プログラムは,演習,講義,事例検討・ロールプレイングにより,保健師に必要な基本的知識や技術を学ぶことができるというメリットがある.しかし各保健師養成機関において,放射線教育は,様々な科目に組み込まれ,本教育プログラムをそのまま活用することは難しい場合もあるだろう.このような場合,演習,講義,事例検討・ロールプレイングのどれかを取り出して,現在の関連科目に組み込む方法も考えられる.また,本教育プログラムの講義,演習の基本的な放射線の理解がある学生が対象の場合,事例検討・ロールプレイングのみを実施する等の活用も考えられるであろう.

保健師基礎教育では,実習に出ても,放射線に関する地域保健活動の十分な実践経験を積むことは難しい.そのため,卒後教育,現任教育として,放射線や原子力事故に関する学習の機会も求められる.

原発事故は起こり得るものだと想定し,今後の備えとして,保健師には,原子力災害に対処するための基本的な知識を獲得する系統立てた教育が必要である(根本ら,2014).この放射線教育プログラムは,新しい試みであったが,今後,保健師基礎教育に放射線教育を位置づけ,教育を受けた保健師が現場にでることで,保健師の原子力事故の危機管理意識を高めることにもつながるのではないだろうか.

V. 本教育プログラムの今後の課題

対象者が少なく8人であり,また,対象が大学院生であったため,保健師基礎教育への効果が十分に示されたとは言えない.今後も保健師基礎教育における放射線教育プログラムを継続していくことで,経年的な変化も含め,検討していくことが課題である.

本教育プログラムの事例検討やロールプレイングでは,個人・家族への支援が内容の中心になった.しかしながら,保健師基礎教育では,個人・家族だけでなく,集団や地域に働きかける支援技術の習得を目指している.こうした視点からの理解は,他の講義や実習の進行とともに,複合的な理解が進むことを期待したい.また,放射線教育プログラムにおいて,集団や地域への支援をどう組み込むかは今後の課題である.

VI. 結語

今回,保健師基礎教育における放射線教育プログラムを作成して実施した.放射線の測定演習,放射線の基礎知識についての講義,および,原子力事故影響下の事例について,事例検討とロールプレイングを実施した.これらは参加者にとって,放射線を身近に感じ,被災者の状況を理解し,災害下の保健師の立場や役割を考える機会になった.原子力事故の教訓から,保健師は,保健師基礎教育において放射線に関する知識を学ぶことが重要である.さらに,原子力事故後の長期にわたり,復興・復旧期における地域保健活動の経験を風化させず,語り継ぎ,自治体や地域において,災害時の備えとしていくことが大切である.

謝辞

放射線教育プログラムの作成,実施に当たり,多大なる示唆を頂きました菊地透氏,北宮千秋氏,吉田浩二氏,大森純子氏へ心より感謝申し上げます.

本研究は,JSPS科研費JP15H05107の助成を受けて実施した.

利益相反

本研究に報告すべき利益相反はない.

文献
 
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