目的:精神障がい者をパートナーにもち子育てをする配偶者の経験を記述することを目的とした.
方法:18歳未満の子をもつ当事者をパートナーにもつ妻8名と夫2名の計10名に個別インタビューを行った.逐語録を質的記述的に分析した.
結果:配偶者の経験として【当事者の病気に戸惑い,翻弄される】【病状の悪化に伴い生活がままならなくなり,追い詰められる】【子どもへの説明や病気の影響にひとりで悩む】【病気の偏見や無理解によって孤立する】【理解者や支援者との出会いに救われる】【結婚生活を続けるかどうか考える】という6つのカテゴリーが生成された.配偶者としての経験は結婚生活を継続するか否かという帰結に向かっていた.
考察:配偶者が自分の意思で結婚生活を継続するようになるためには,配偶者が学ぶ場の提供,配偶者の障がい受容のためのサポート,周囲の理解と支援,子どもへの支援が必要であることが示唆された.
Purpose: This qualitative study aimed to describe the experiences of spouses who are raising their children while living with partners who have mental disorders.
Methods: Individual interviews were conducted with 10 spouses (8 wives and 2 husbands) raising children aged under 18 years. The transcripts were descriptively analyzed.
Results: The following six categories of spouse experiences emerged: (1) Confused and bombarded by their partner’s mental illness; (2) Driven into a corner with a lower quality of life due to worsening disease conditions; (3) Anxiety about providing explanations to their children and the effects of the partner’s illness on them; (4) Isolation due to stigma and a lack of understanding of the illness; (5) Rescue by someone who understands and offers support; and (6) Wondering whether to continue the marriage. Consequently, these experiences led the spouses to contemplate whether to continue the marriage.
Discussion: Learning opportunities, supporting spouses to accept their partner’s disorder, opportunities to better understand their social support, and support for children must be provided to spouses who want to continue their marriage.
わが国の精神保健医療福祉施策は入院中心で進められてきた長い歴史があり,2004年の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」によって地域生活中心の方向性が明確に打ち出された.2016年の全国調査では,地域で暮らす65歳未満の精神障がい当事者(以下,当事者)の27%が配偶者と暮らし,15%が子どもと暮らしていると報告されている(厚生労働省,2018).米国では精神障がいをもつ女性の約6割,男性の約半数が親になると報告されており(Nicholson et al., 2001),精神障がいがあっても,親になる人は多い.わが国においても,精神疾患を合併する妊婦は増加傾向にある(菱川ら,2015).地域医療や精神科リハビリテーションの充実や新しい抗精神病薬の開発などによって,精神障がいを持ちながら結婚して親になる者は今後さらに増加することが見込まれる.
欧米では子の15–23%が精神疾患を患う親と暮らしていると推定されている(Leijdesdorff et al., 2017).精神障がいと児童虐待の関係も多くの調査で明らかになっている(長尾ら,2017).精神障がいのある親をもつ子どもは,発達,学力,社会関係などに否定的な影響を受けるとされているが,否定的影響は配偶者の関わりによって緩和することができると報告されており(Chang et al., 2007;Nicholson et al., 2001),配偶者の存在は重要である.一方で,配偶者は精神的健康度が低いことが明らかになっており(全国精神保健福祉会連合会,2018),特に女性配偶者はうつ病のハイリスクである(Wittmund et al., 2002).しかし,わが国において配偶者への支援は一部のセルフヘルプ・グループによる支援が存在するのみであり,支援体制は不十分である(前田,2018).精神障がいを持つ親は,離婚率も高く(Butterworth et al., 2008),ひとり親である当事者に育てられる子どもは,当事者である親の病状が悪化すれば大きな影響を受けることが懸念される.子どもの心身の成長における配偶者の存在や関わりは重要であると考えられ,配偶者が健康を保ち,当事者と結婚生活を継続できるよう支援することは子どもにとっても重要である.
わが国において当事者をパートナーにもつ配偶者の経験を明らかにした質的研究としては,子育て経験に限定しない夫の経験(Mizuno et al., 2011)や周産期のうつ・不安障害のある妻をもつ夫の経験(Mizukoshi et al., 2016)などがあるが,数は少なく,かつ,周産期以降も含めた子育て中の精神障がい者の配偶者に焦点を当てたものは見当たらない.そこで,本研究は,精神障がい者をパートナーにもち子育てをする配偶者の経験を記述することを目的とした.結果を踏まえて今後の支援策を検討する.
本研究において「経験」とは,桜井(2016)の定義を参考に,現実に起こった出来事に遭遇した過去の体験(行動,思考,感情を含む)をふりかえり,意味づけたものとする.
2. 研究デザインほとんどわかっていない現象を記述する際に適した研究デザインとして,質的記述的研究(グレッグ,2007)を選択した.
3. 研究協力者18歳未満の子をもつ当事者をパートナーにもつ婚姻関係にある配偶者であり,当事者同士の結婚と区別するために,自身が精神疾患の治療中ではない健康な配偶者を研究協力者とした.また,当事者の疾患は精神障がい(serious mental illness)に該当する統合失調症,双極性障害,うつ病(Lefley, 2009)に限定した.
4. データ収集精神障がい者の配偶者の集まりは全国でも数少ない.第2著者が東京と大阪の配偶者の集まりの運営を支援していたため,代表者の了解を得て定期的に開催される集いの場において,研究の概要を記したチラシを配布し,説明をした.関心を示した人に詳細な研究説明を行い,個別インタビューを実施した.インタビューガイドに基づいた個別の半構成的面接とし,現在の生活,当事者との出会い・結婚・妊娠・出産・子育ての経過と経験,子育てをする上で得たサポート,これからの生活について語ってもらった.データ収集期間は2016年11月~2018年8月であった.インタビュー内容は同意を得て録音した.
5. 分析方法音声データから逐語録を作成した.文脈に留意しながらまとまりを持った意味ごとに区切り,「精神障がい者をパートナーにもち子育てをする配偶者はどのような経験をしたか」という視点でコード化を行った.コードは,他のコードと相違点,共通点について比較し,抽象度を上げて一次カテゴリーが生成された時点で,研究協力者と一次カテゴリー(家族の理解や支援者・近隣との関係性を含む内容)・属性(性別・疾患名・利用している育児サポートなど)とのマトリックスを作成して研究協力者間で比較した.比較する中で,配偶者としての経験は結婚生活を継続するか否かという帰結に向かうことを見出したため,結婚生活の継続意思に関連すると予測される事柄を検討した.具体的には,支援者との関係,専門的なアドバイスを受けた経験の有無,障がいの受容に関わる経験,子の存在が及ぼす影響などについて比較検討を行い,サブカテゴリー,カテゴリーへと抽象度を上げた.結果の確実性を確保するために研究協力者全員にメンバーチェッキングのため連絡をし,返答のあった5名全員から納得できる結果だと回答を得た.
6. 倫理的配慮本研究は,大阪大学医学部附属病院観察研究倫理審査委員会(2016年10月19日,No. 16283)の承認を得た.研究の目的や協力の自由などを口頭および書面で説明し,書面で同意を得た.面接の場所は人の出入りのない会議室で行った.
研究協力者の概要を表1に示す.女性8名,男性2名であり,年齢は35–50歳だった.当事者の病名は双極性障害6名,統合失調症4名だった.子の年齢は1–20歳であり,子の人数は1–4名であった.
No | 配偶者 | 精神障がい当事者 | 婚姻年数 | 子の数/年齢/利用している育児サービス | ||||
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性 | 年代 | 就労 | 病名 | 病歴 | 就労 | |||
1 | 男 | 30 | 正規 | 双極性障害 | 20年 | 無 | 11年 | 1人/5歳/保育園,訪問看護,ヘルパー |
2 | 女 | 30 | 正規 | 双極性障害 | 7年 | 復職支援 | 8年 | 1人/3歳/保育園 |
3 | 女 | 40 | 無 | 双極性障害 | 19年 | 正規 | 15年 | 1人/8歳/無 |
4 | 女 | 40 | 正規 | 双極性障害 | 5年 | リハ | 17年 | 2人/17・20歳/無 |
5 | 女 | 50 | 無 | 双極性障害 | 17年 | 自営業 | 21年 | 2人/15・19歳/無 |
6 | 女 | 40 | 非正規 | 双極性障害 | 22年 | 復職支援 | 21年 | 4人/3・7・10・14歳/保育園 |
7 | 女 | 40 | 無 | 統合失調症 | 23年 | リハ | 17年 | 1人/14歳/無 |
8 | 女 | 30 | 正規 | 統合失調症 | 1年 | 休職 | 5年 | 2人/2・3歳/保育園,産後ヘルパー,ベビーシッター |
9 | 女 | 40 | 無 | 統合失調症 | 18年 | 休職 | 14年 | 3人/6・8・11歳/保育園,学童保育 |
10 | 男 | 30 | 正規 | 統合失調症 | 17年 | 無 | 4年 | 1人/1歳/無 |
正規:正規のフルタイム就労,非正規:パートタイムなど正職員以外の就労,復職支援:一般企業で復職支援を受けている,リハ:障害者総合支援法での就労支援を受けている
カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは《 》,生データをイタリック(識別番号,続柄,適宜子の年齢)で示した.
カテゴリー | サブカテゴリ― |
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当事者の病気に戸惑い,翻弄される | 結婚時に精神障がいについて知らされていなかった |
当事者に精神障がいがあることを知った上で結婚した | |
結婚後に発症したことを知るも,状況がよく分からなかった | |
性格なのか病気なのか見極められない | |
病状の波や特徴を理解するのに時間を要す | |
当事者の変化をなかなか受け入れられない | |
落ち着いているときと悪化しているときで発言や考え方が異なり戸惑う | |
病状の悪化に伴い生活がままならなくなり,追い詰められる | 病状に巻き込まれる |
病状が悪いときは殆どの家事・育児を配偶者が担う | |
自身も調子が悪くなることがある | |
経済的に苦しい | |
当事者が家にいる時間が増え,ストレスが溜まる | |
子どもへの説明や病気の影響にひとりで悩む | 子どもへの影響や遺伝について不安に思う |
子どもへの説明の難しさを感じる | |
子どもへの対応はどうすればいいのかと悩む | |
自分の気持ちが即子どもに出てしまう | |
子どもに対して自分にはできないことを当事者がしてくれる | |
病気の偏見や無理解によって孤立する | 当事者やその親から病気を自分のせいにされる |
周囲の理解が得られにくい | |
病気に対する偏見があると感じる | |
周囲の人に病気のことを話しづらい | |
毎日を生きるのに精一杯 | |
悩みを話せる場が必要だと感じる | |
理解者や支援者との出会いに救われる | 家族会で安心して体験を語ることのできる人と出会い救われる |
家族会で当事者への対応の仕方を学ぶ | |
家族会で他の家族の話を聞いて希望が持てる | |
カウンセリングを受けて自分の気持ちが整理される | |
配偶者の立場に立った支援に助けられる | |
結婚生活を続けるかどうか考える | 当事者との生活に限界を感じ,離婚を考えたこともある |
自分の意志で結婚生活を継続する | |
将来の見通しが立たない | |
自分の意志が分からないまま結婚生活を継続する | |
当事者や子どもから離婚を提案された | |
離婚や別居をせざるを得なくなった | |
子どもの存在が結婚生活を継続するかどうかの判断軸となる |
配偶者の中には,《結婚時に精神障がいについて知らされていなかった》者と《当事者に精神障がいがあると知った上で結婚した》者,《結婚後に発症したことを知るも,状況がよく分からなかった》者がいた.配偶者は疾患についての理解を深めるべくインターネットや本で調べたり,当事者の診察に付き添ったりするが,当事者の病状が《性格なのか病気なのか見極められない》まま,《病状の波や特徴を理解するのに時間を要す》.特に双極性障害の躁状態では,配偶者は《当事者の変化をなかなか受け入れられない》.また,《落ち着いているときと悪化しているときで発言や考え方が異なり戸惑う》といった経験をしていた.
主人が躁転すると0か100で真逆の人間になったので,その豹変ぶりを受け入れられなかった.ただただ最初は,豹変した主人の姿が悲しくて,辛くて,毎日頭の中でぐるぐる暴言と,豹変した姿が消えないんですね.で,仕事も笑顔でできなくて.(No. 4,妻)
私にはやっぱり理解できなくて,何で2日も布団にひきこもってるのかとか,昼寝って称してずーっと太陽が出てる間寝てるとか.自分が育ってきた家族にはそんな人見たことなかったので,この人は何なんだろうと.(No. 2,妻)
2) 病状の悪化に伴い生活がままならなくなり,追い詰められる配偶者は当事者の妄想や躁状態での散財など《病状に巻き込まれる》ことで疲弊した.《病状が悪いときは殆どの家事・育児を配偶者が担う》ことになり,精神的苦痛を感じたり体調を崩したりと《自身も調子が悪くなることがある》.また,当事者の休職や転職により《経済的に苦しい》状況に置かれ,さらに《当事者が家にいる時間が増え,ストレスが溜まる》といった経験をしていた.
夫は休職中にアラビア語の語学学校に通い始めてしまって.半年で30万とか.先生とすごく仲良くなって,楽しんで通って.でも3か月ぐらいで突然辞めてしまうんですね.(No. 6,妻)
私が何悪いことしたんだろうみたいな気持ちにやっぱりすごいなるんですね.どうしようもない,もう夫はこうだ(働けない).自分も働かないと食べていけない.子どもの送迎も全然行けないとか.で,日曜も土曜も自分が全部公園に連れて行って遊んであげなきゃいけない.(No. 2,妻)
家族は振り回されてね,あまり振り回されたら死んじゃいますよ.自分の精神状態までね,不安定になってきます本当に.(No. 5,妻)
3) 子どもへの説明や病気の影響にひとりで悩む配偶者は《子どもへの影響や遺伝について不安に思う》ことがあった.そして,《子どもへの説明の難しさを感じる》とともに《子どもへの対応はどうすればいいのかと悩む》ようになった.また,《自分の気持ちが即子どもに出てしまう》と感じて悩んでいた.子どもの年齢や当事者の発症時期,病状の程度等によって,子どもの病気への理解度が異なっていた.当事者がもたらす子どもへの影響の中には《子どもに対して自分にはできないことを当事者がしてくれる》など,肯定的な内容も聞かれた.
急激に妻の反応がおかしくなるときがあるので,表情がなくなったりとか,急に怒ったりとか,泣いたりとか,子どもが大きくなってく中で,子どもにどう言ってあげるのがいいのか.(No. 10,夫,子1歳)
自分が育児をほとんどやってきているので,理想とする大人の男性はいないみたいな感じになってるのが今後(子どもに)どう影響してしまうのか不安です(No. 7,妻,子14歳)
4) 病気の偏見や無理解によって孤立する配偶者は《当事者やその親から病気を自分のせいにされる》ことがあった.また,保健師や医師に当事者の実情がなかなか伝わらず,《周囲の理解が得られにくい》と感じていた.《病気に対する偏見があると感じる》ことや,《周囲の人に病気のことを話しづらい》ことに加えて,「死にもの狂い」で家事育児をこなし,《毎日を生きるのに精一杯》なこともあり,相談に行く暇がなく,誰にも相談できずに孤立していた.配偶者は《悩みを話せる場が必要だと感じる》ようになった.
(妻は)夫が原因で病気になったんだっていうような言い方をやっぱりするので,それに結構支援者が巻き込まれているような感じはする.(No. 1,夫)
(夫の実家からは)私がちゃんと世話をしないから夫の症状が悪くなるんだって1回言われたことがあって,二度と電話しないって思ってプチって切っちゃった.(中略)保健所で精神科医に相談したときは,「子どもなんて持つべきじゃなかったのよ,今すぐ別れるべきよ」って.あまりに衝撃的でまさかそんなこと言われると思っていなかったので.もう相談しないってその時には思いました.(No. 2,妻,子1歳)
友だちにもなかなか話せなくって,ちょっと理解してもらえないし.ちょっとひかれるかなみたいなね.何か重い話になっちゃう.行き詰ったときに話せる場が欲しかった.(No. 9,妻)
5) 理解者や支援者との出会いに救われる配偶者は《家族会で安心して体験を語ることのできる人と出会い救われる》ことになった.経験や思いを共有して語る中で自分を客観的に見ることができ,自分の気持ちに気付いていた.また,《家族会で当事者への対応の仕方を学ぶ》機会や《家族会で他の家族の話を聞いて希望が持てる》経験も得られた.また,《カウンセリングを受けて自分の気持ちが整理される》経験や,《配偶者の立場に立った支援に助けられる》経験をしており,特に,自身や親族が医療従事者である者や地域の保健師の協力を得た者などは短期間の間に必要な知識を得ていた.
家族会でうちの子よりも大きなお子さんを持った方がいて,私の話を聞きながら涙を流してくださったのを見て,わかってくれる人は世の中にいるんだなって,私1人じゃないし,それを乗り越えて今,中学校のお子さんいるっていう人もいるんだなって思って,それだけでもかなり救いになって.(中略)他の方が本当に夫に頭にくると言っていて.ああ,私これだと思って,私怒ってんだきっとって思って.怒ってるということを多分これまでは認識もできなくて.(No. 2,妻,子3歳)
本を読んでも具体的にどう接したらいいのか,何かこう眠れないとか死にたいとか言われた時に何て言って良くて,何て言っちゃいけないのかっていうようなことは書いてないですから.ほんとうに家族会に来るまで,そのー具体的にその病気なのか性格なのか,どう接すればいいのかって(わからなかった).(No. 6,妻)
とにかく私の場合は,本当に信頼できる,かつ,病気に関してかなり知識を持っている人を相談役として見つけられたことが大きかったですね.主治医だったり,保健師さんだったり.主人のことで分からないことがあれば,すぐ聞ける体制があったのでだいぶ力になりました.(No. 8,妻)
6) 結婚生活を続けるかどうか考える10名中6名が《当事者との生活に限界を感じ,離婚を考えたこともある》と語ったが,自分から離婚を提案した者はいなかった.2名は婚姻関係を継続しているものの別居しており離婚の話が出ていた.8名は離婚の話はなく結婚生活を継続していた.結婚生活を継続する者の中には,《自分の意志で結婚生活を継続する》者が3名,目の前の出来事に対処するのに精一杯で《将来の見通しが立たない》と感じ《自分の意志が分からないまま結婚生活を継続する》者が5名いた.病状の悪化や《当事者や子どもから離婚を提案された》ことにより《離婚や別居をせざるを得なくなった》者の中には,離婚や別居後も当事者との関係を少しでも続けていきたいと語る者もいた.また,多くの配偶者にとって《子どもの存在が結婚生活を継続するかどうかの判断軸となる》ようだった.
何回も離婚は考えて今もちょっと悩んでるんですけど.でもまあ子ども小さいし,多分ちょっとそこで収まった.(No. 9,妻,子6・8・11歳)
(当事者のことを)どう思ってるかっていうことも,自分の中でははっきりしとかなきゃいけないのかなって,そういうことを考える間もないほど今は日常のことに追われているので.(No. 6,妻,子3・7・10・14歳)
やっぱり病気がベースにあってこういうふうに(離婚の話)なってしまったので,まあ細く知り合いという感じでつながっていけたら,で,もし困ったことがあって病院とか入院しなきゃいけないとかなって,何かやれることがあったら,医療につなげたりとかはしたいとは思います.(No. 5,妻,子15・19歳)
3. 結婚生活の継続意志の決定に影響する要因結婚生活を継続している配偶者の中には《自分の意志で結婚生活を継続する》者と《自分の意志が分からないまま結婚生活を継続する》者とが存在した.
前者の《自分の意志で結婚生活を継続する》者は,医師や保健師等の支援者と信頼関係を築くことができており,結婚生活を送る上での悩みを相談した際には,【理解者や支援者との出会いに救われる】など,当事者への対応や子どもへの関わり方について《配偶者の立場に立った支援に助けられる》経験をしていた.また,《カウンセリングを受けて自分の気持ちが整理される》など,相談する過程で自身の置かれている状況を受容し,病気をもつ当事者と共に生活していこうという見通しを持つことができていた.
それに対して後者の《自分の意志が分からないまま結婚生活を継続する》者は,相談に行ったものの支援者に実際の当事者の病状や配偶者の抱える困難が伝わらなかった経験や,支援者から安易に離婚を勧められたりした経験があることから,《周囲の理解が得られにくい》と感じていた.更に《当事者やその親から病気を自分のせいにされる》など,身近な人間にすらも悩みを相談することができず,【病気の偏見や無理解によって孤立する】ようになった.仕事や家事,育児に追われて《毎日を生きるのに精一杯》で相談に行く暇もない配偶者は,自身の当事者に対する思いを整理して考えたり自身の置かれた状況を受容する時間がなく,《将来の見通しが立たない》と感じながら結婚生活を継続していた.
《自分の意志で結婚生活を継続する》者と《自分の意志が分からないまま結婚生活を継続する》者のどちらにとっても,《子どもの存在が結婚生活を継続するかどうかの判断軸となる》という点は共通していた.
息子のためにというのが強いですけど,まあ主人のためにもなるのかなっていうおまけみたいな感じですかね.息子が巣立ったらまあ主人と2人になるわけで,定年離婚なんかもありうるかなと思いますね.(No. 3,妻)
配偶者は,《当事者との生活に限界を感じ,離婚を考えたこともある》と語ったものの自分から離婚を切り出した配偶者はいなかった.配偶者が離婚を選択しない理由として,障がいに関連する《子どもへの影響や遺伝について不安に思う》こと,離婚に伴う経済状況の悪化や引っ越し等による環境の変化などで子どもに病気による悪影響を出したくないという思いがあること,《子どもに対して自分にはできないことを当事者がしてくれる》ため,子にとって当事者の存在が良い影響を及ぼすと感じていること,自分や子どもが当事者のことを好きであることなどが挙げられた.
(夫は)時事問題でも深く掘り下げたことをやたら詳しく知っていたり,政治,経済,歴史のことでも知っていたりとか.子どもたちから「もう離れて暮らそうよ」って言われたり,本当は私もしばらく離れたいなっていう気持ちはあって,でもやっぱり私が答えられないことをぱっと答えてくれたりするので,それがなくなるのも良くないのかなって思ったり.(No. 6,妻)
本研究では,精神障がい者をパートナーにもち子育てをする配偶者の経験を記述した.配偶者は,当事者に精神障がいがあることを知るも,状況をよく理解できないまま生活を送り,病状が悪化すると殆どの家事・育児を配偶者が担い,経済的にも苦しい生活となっていた.子どもへの影響や対応に悩むも,誰にも相談できずに孤立していた.
配偶者は大きな負担を抱えて孤立する中で,当事者との結婚生活を続けるかどうか考えた.理解者や支援者に出会い救われることもあったが,結婚生活を続けるかどうか,揺れ動きながら生活を送っていた.結婚生活を続けることには,子どもに病気による悪影響を出したくないという思いが強く,子どもの存在が判断軸になっていた.本研究では《自分の意思で結婚生活を継続する》者と《自分の意思が分からないまま結婚生活を継続する》者がいた.自分の意志で結婚生活を継続した者は,理解者や支援者との出会いによって孤立することなく,支援や学びが得られ,当事者の疾患を受容できるようになっていた.
育児中の配偶者の経験から特に支援が必要だと考えられた,学ぶ機会,障がい受容,周囲の理解と支援,子どもへの影響について,配偶者の経験とともに必要な支援内容を考察する.
1. 配偶者が精神疾患を学ぶ機会当事者の発症を知った後,配偶者は日々の生活に追われながらも自ら本やインターネットで病気について調べたり,診察に付き添ったりすることで病気への理解を深めようとしていたが,《病状の波や特徴を理解するのに時間を要す》るのが実情だった.配偶者は当事者の言動が《性格なのか病気なのか見極められない》ことや,《落ち着いているときと悪化しているときで発言や考え方が異なり戸惑う》ことなどを経験しており,これらの状況が疾患の理解の難しさにつながっていると考えられた.
先行研究では,発症後3か月以内に疾患に関する十分な情報を得られたと認識する家族の割合は2割強に留まっており(全国精神保健福祉会連合会,2010),家族が疾患に関して学ぶ機会が十分にあるとは言い難い.
配偶者は専門的知識だけでなく,具体的な対処の仕方を学ぶことを求めていた.家族会では,体験にもとづく具体的な対処方法を学ぶことができる.しかし,配偶者を対象とした家族会でも保育サービスを提供しているところは東京のみである(前田,2018).家族会や勉強会を開催する際には保育サービスを提供し,配偶者が落ち着いて参加することのできるよう環境を整えることが期待される.
多くの配偶者が【子どもへの説明や病気の影響にひとりで悩む】.支援者から当事者や子どもへの対応について《配偶者の立場に立った支援に助けられる》経験があると,アドバイスを活かした対応をとることができていた.保健師は育児支援の中で配偶者に接する機会がある.保健師が精神疾患の理解を深めた上で,精神疾患や対応に関する知識を提供し,育児や配偶者に関する適切なアドバイスをすることが求められる.
2. 配偶者の障がい受容配偶者は《当事者の変化をなかなか受け入れられない》でいた.《毎日を生きるのに精一杯》で相談に行く暇がない者や《周囲の理解が得られにくい》者は,誰にも相談できずに孤立し,《将来の見通しが立たない》と感じて《自分の意志が分からないまま結婚生活を継続する》ことになった.これに対して,《家族会で安心して体験を語ることのできる人と出会い救われる》経験,思いを語る中で自分の気持ちに気付いた経験や《カウンセリングを受けて自分の気持ちが整理される》経験をした者は,自分の意志で結婚生活を継続していた.配偶者は周囲に支援者や理解者を見つけて困難を相談する過程の中で,障がいや自身のおかれた状況を受け入れると共に,当事者と共に結婚生活を継続することに対して前向きな意志を持つことができるように変化していったのではないかと考えられる.統合失調症の家族が障がい受容に至る過程では,支援者の共感的理解と家族の持つ混乱と葛藤に巻き込まれない冷静な傾聴的姿勢が重要だとされている(六鹿,2003).支援者には,配偶者の抱える困難を理解し,配偶者に寄り添う姿勢をもつことが求められる.また,本研究では《カウンセリングを受けて自身の気持ちが整理される》者も多かった.配偶者が共感的理解と傾聴的姿勢を受けられるサービスとしてカウンセリングは重要な機会であったと考えられる.しかし,カウンセリングの多くは健康保険適用外であり高額だった.公的な相談機関において配偶者自身の問題について継続的な相談ができる体制の整備が求められる.
本研究では家族会に参加することの重要性が示唆された.先行研究(宮﨑ら,2016)では,発病前後における混乱と葛藤は,適切な情報開示と治療への期待という段階を経て病気に対する認識の変化が起こるとされており,この変化を促進させる要因として,家族会への参加が大きな影響を及ぼしていた.本研究でも,家族会に参加した配偶者は《家族会で安心して体験を語ることのできる人と出会い救われる》経験をし,孤立から解放されていた.また,《家族会で当事者への対応の仕方を学ぶ》ことや《家族会で他の家族の話を聞いて希望が持てる》ことで病気に対する認識が変化していったと考えられる.配偶者が障がい受容に至る過程において,家族会への参加は重要な役割を担うと考えられる.現在は配偶者に特化した家族会は全国で数か所しか見当たらないが,より多くの地域で開催されることが望まれる.
3. 周囲の精神疾患に関する理解と支援多くの配偶者は医師や保健師等の支援者に生活上の困難を相談していたが,なかなか当事者の実情が伝わらず,配偶者の困難を理解されにくい状況が存在した.さらに,《当事者やその親から病気を自分のせいにされる》こともあった.家族・知人・支援者など《周囲の理解が得られにくい》と感じた配偶者は,《周囲に病気のことを話しづらい》と感じ,ますます【病気の偏見や無理解によって孤立する】ことになった.しかし,身近に医療従事者などの支援者がおり,彼らに相談して理解を得られた配偶者は,孤立することなく生活することができていた.支援者の精神疾患の理解や配偶者への支援は適切でないものもあり,ばらつきがあった.結婚生活を続けることを前提に相談にいったにもかかわらず,支援者から離婚を勧められたり子どもの存在を否定されたりして傷ついた経験のある者もいた.
生活や育児に追われる配偶者が時間を作って相談しても,支援者のアセスメントする能力が不十分であったり,離婚という人生における重大な決定について安易に意見を言うなど配偶者は適切な支援を受けられないこともあった.支援者は配偶者が遭遇しやすい困難や生活について知識を得て,配偶者からの相談に適切な対応ができるよう準備をする必要があると考える.
親や知人に理解してもらえないことも配偶者を孤立させた.精神障がいやその介護者への差別・偏見は根強い.地域社会で精神疾患を持ちながら育児をする人が増加すると予想される中,地域住民の理解やインフォーマルな支援の充実が望まれる.厚生労働省は,こころのバリアフリー宣言を行い,地域住民が偏見なく,精神疾患を正しく理解するための活動として,関係者が精神疾患の正しい知識を発信することや,地域住民と当事者が交流できる機会をつくることなどを推奨している(厚生労働省,2004).保健師らの支援者は,講演会などで精神疾患の知識を提供したり,当事者が体験談を発表する機会を設けるなどして普及啓発活動を進めることができる.
4. 結婚継続のための子どもの位置づけ本研究では,配偶者にとって《子どもの存在が結婚生活を継続するかどうかの判断軸となる》ことが明らかになった.これは,子育て中の配偶者に特徴的な判断軸であり,子どもの存在は,配偶者を支援する際に重要な視点であることを示唆している.
当事者の病状が子どもに与える否定的影響を少なくし,肯定的影響を増やす支援は,配偶者支援の観点からも必要になる.子どもが受ける困難としては,親の病気を理解できずに巻き込まれることや,交友関係が狭くなる,支援を得られず孤立,アイデンティティ確立の課題などがあげられている(田野中,2019).子どもが親の病気を理解できるような病気の説明の支援,スクールカウンセラーをはじめとする学校での支援体制の充実が望まれる.また,アイデンティティ確立の課題については,成人した子どもの立場のセルフヘルプ・グループがこの数年で活動を始めており,生きづらさを抱えた子どもの立場の人が回復していることが公表されている(横山ら,2017).学童期の子どもへのピアサポートも提供しており,より多くの地域で展開できるような支援が必要だと考える.
配偶者は,《子どもに対して自分にはできないことを当事者がしてくれる》と当事者の子どもに対する肯定的影響も語っている.結婚生活を止める決断に至りにくい要因には,もともと互いを必要として結婚した関係であることが基盤にあると考えられる.当事者がもつ本来の魅力が発揮できるように,当事者,配偶者,子どもの関係性が良い方向に向くための関係性に関する支援が必要だと考える.
5. 研究の意義と限界本研究では,精神障がい者をパートナーにもち子育てをする配偶者の経験を記述した.子育て中の配偶者の経験については,ほとんど報告がなく,本研究には一定の意義があると考える.
本研究の限界としては,まず妻が8名,夫が2名であり,妻が夫より多いことがあげられる.夫は正規雇用で経済的な不安はないが,病状に巻き込まれて仕事に支障をきたすことがあった.一方で,妻は経済的不安を抱えつつ,仕事・家事・育児の過重な負担がある方が多く,経験に違いがみられた.しかし,現状では配偶者の集まりが全国的にみても少なく,子育て中の夫のリクルートが難しかった.今後の研究では,夫の経験をより多く把握し,妻の経験との相違点を比較することが必要だと考えられる.
その他の限界としては,全員が配偶者の会に参加した人であり,離婚を選択してすでに配偶者ではなくなった人は研究協力者に含まれていないことがある.離婚を選択した人はより苛酷な経験をしている可能性がある.
以上から,本研究の結果は,相当な困難を抱えながらも結婚生活を維持できている妻を中心とした配偶者の経験を記述しており,その点に留意して結果を解釈する必要がある.
本研究では,精神障がい者をパートナーにもち子育てをする配偶者の経験を質的記述的研究によって記述した.その結果,【当事者の病気に戸惑い,翻弄される】【病状の悪化に伴い生活がままならなくなり,追い詰められる】【子どもへの説明や病気の影響にひとりで悩む】【病気の偏見や無理解によって孤立する】【理解者や支援者との出会いに救われる】【結婚生活を続けるかどうか考える】という6つのカテゴリーが生成された.配偶者としての経験は結婚生活を継続するか否かという帰結に向かっていた.結婚生活を続ける者には自分の意志で結婚生活を継続する者と,自分の意志が分からないまま結婚生活を継続する者がおり,配偶者が自分の意思で結婚生活を継続するようになるためには,配偶者が学ぶ場の提供,配偶者の障がい受容のためのサポート,周囲の理解と支援,子どもへの支援が必要であることが示唆された.
本研究にご協力いただいた配偶者の方およびインタビューの実施を補助していただいた埼玉県立大学横山惠子先生にお礼申し上げます.本研究はJSPS科研費JP16K12330の助成を受けたものです.本論文は,平成30年度大阪大学医学部保健学科看護学専攻特別研究を修正したものである.本研究で開示すべきCOI状態はない.