日本公衆衛生看護学会誌
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研究
親に暴力を振るった統合失調症当事者の経験
吉田 奈月蔭山 正子
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2020 年 9 巻 2 号 p. 81-90

詳細
Abstract

目的:統合失調症の当事者が親に暴力を振るった経験を記述することを目的とした.

方法:親に暴力を振るった経験のある男性8名,女性1名に,親に暴力を振るった背景,暴力を振るった後の思いなどについて個別インタビューを行い,質的記述的に分析した.

結果:親に暴力を振るった当事者は,《辛さが蓄積》《親に反発》《発散できない辛さ》《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》《親への暴力の発露》《快感は一転して後悔》《辛さが霧散》《状況の捉え直し》《親との関係を改善》という経験をしていた.

考察:支援者は,暴力が起きる前に,健康的にエネルギーを発散できるように支援することや,親子間の関係調整を行うことで暴力の発生を予防し得ると考えられた.また,暴力の発露は,リカバリーのきっかけになる可能性を秘めていることを視野に入れて関わることが望まれる.

Translated Abstract

Objective: To describe the experiences of individuals with schizophrenia who were violent against their parents.

Methods: Individual interviews were conducted with eight men and one woman who committed violence against their parents. They discussed the background of events leading to and during their violent acts, their feelings after committing such acts, and so on. Data then underwent descriptive and qualitative analysis.

Results: The participants with schizophrenia who were violent toward their parents experienced increased pain, adversarial relationships with their parents, unreleased pain, confusion on whether to express resentment, release from pain, pleasure that then became regret, settled resentment, a rethinking of the situation, and strengthened relationships with their parents.

Discussion: To prevent violence, healthcare professionals need to encourage and support healthy energy and help parents and children manage their relationships with each other. The hope remains for professionals to consider that the onset of violence may trigger eventual recovery.

Ⅰ. 緒言

精神障がい当事者(以下,当事者)への支援は,入院医療中心から地域生活中心へと移行している.地域生活を支える支援体制は整えられつつあるものの,当事者の75%が家族と同居しており(厚生労働省,2018),当事者の在宅生活は同居家族に支えられているのが現実である.同居して当事者を支援する家族が直面する問題の一つに,当事者から家族に向かう暴力がある.当事者の暴力は,他人に向かうことは稀であり,家族に向かいやすく(Arboleda-Florez et al., 1998),特に親に向かう(Kageyama et al., 2015).諸外国では家族の少なくとも4割が当事者から身体的暴力を受けていると報告されている(Labrum et al., 2015).本邦の精神障害者家族会で実施した調査では,統合失調症当事者の約6割で,家族の誰かに身体的暴力があったと報告されている(Kageyama et al., 2015).しかし,当事者から家族に向かう暴力については,世界的に研究が不足しており,暴力の発生機序を理解するためには質的研究を蓄積することが必要だと指摘されている(Solomon et al., 2005).

統合失調症の当事者から暴力を受けた親の対処プロセスを明らかにした質的研究では,暴力が長期化している要因として暴力が起きる理由を親が理解できないことがあげられている(Kageyama et al., 2018b).台湾の質的研究では,親は,統合失調症の当事者と親のコミュニケーションに問題があると思っているが,当事者は自分に問題があると思っていなかったとしている(Hsu et al., 2013).統合失調症の当事者から親への暴力については,当事者と親の認識にずれが生じている可能性がある.暴力の解決策を検討するためには,暴力を振るった当事者の認識にも焦点を当て,暴力を多角的に捉える必要がある.

以上より本研究では,統合失調症の当事者が親に暴力を振るった経験を記述することを目的とした.

Ⅱ. 研究方法

1. 用語の定義

本研究において,「暴力」とは,コントロール・強要・脅迫する行為やコミュニケーション(身体的暴力,精神的暴力,脅迫行為,行動制限,嫌がることの強要,性的暴力,経済的暴力)を示す(Home office, 2013).

桜井(2012, pp. 17–20)は,体験を「現実に起こった出来事に遭遇して外的な行動として現れた振る舞い」とし,体験を「反省的にとらえられたもの」が経験だと説明している.これらの記述を参考とし,本研究において「経験」とは,現実に起こった出来事に遭遇した過去の体験(行動,思考,感情を含む)をふりかえり,当人が認識したものとする.

2. 研究デザイン

当事者と家族間の暴力に関する既存の質的研究の結果(Kageyama et al., 2018bHsu et al., 2013)や暴力発生の要因の枠組み(蔭山,2017Solomon et al., 2005)に捉われずに当事者の経験を記述することを目的としたため,質的記述的研究とした.

3. 研究協力者

統合失調症もしくは統合失調感情障害と診断されている20歳以上の成人で,発病後,親に対して暴力を振るった経験があり,意思疎通が十分とれ,研究説明を十分に理解した上で研究協力について自身で判断できる者を研究協力者とした.

研究者が就労継続支援事業所や障害者地域活動支援センターなどの障害福祉サービス提供事業所8か所と当事者団体3団体の代表者に研究の案内を行った.研究協力者がインタビュー後に不安を訴えた場合でも代表者を通して研究者に相談ができるよう,研究者と関係性のある事業所や団体に依頼した.事業所や組織の代表者より,該当者に研究案内をしてもらい,関心を示した人に研究者が研究協力を依頼した.

4. データ収集

2017年10月~2018年4月に1時間程度の個別インタビューを1人につき1回実施した.インタビューガイドに基づく半構成化面接とした.インタビュー内容は,発病から暴力が出るまでの経過の概略,親に暴力を振るった状況・理由・背景,暴力につながる親の対応(親にしてほしかった対応を含む),暴力を振るった後の思い,暴力を振るわなくなった場合の理由・きっかけ,暴力の親子関係への影響である.インタビューは同意を得て録音した.

5. 分析方法

音声データから作成した逐語録を意味のまとまりで区切り,親に暴力を振るった当事者が経験したことは何かという視点でコード化した.抽象度を上げ,サブカテゴリ,カテゴリを生成するとともに,時間軸に沿って経験の変化を検討した.分析結果は,個人が特定できない形で論文としてまとめたものを,希望した研究協力者に送り,個人の経験ではなく統合失調症の当事者全般の経験として結果に納得できるかどうかを尋ねた.その結果,全員から納得できるという回答を得た.

6. 倫理的配慮

本研究は,大阪大学医学部付属病院倫理審査委員会の承認を得た(2017年10月25日,承認番号17218番).研究の目的や協力の自由などを口頭および書面で説明し,書面で同意を得た.インタビューは障害福祉サービス提供事業所等の個室で行い,気分が悪くなった際はいつでも中断できること,語る範囲は精神的苦痛のない範囲で構わないことを伝えた.気分の悪くなった者やインタビュー後に不安を訴えた者はいなかった.

Ⅲ. 研究結果

1. 研究協力者の概要

研究協力者の概要を表1に示す.研究協力者は,男性8名,女性1名の計9名であり,現在(インタビュー時点)の年齢は37~58歳,発症年齢は14~29歳であり,6名に入院経験があった.現在,8名は定期的に通院し処方通りに服薬しており,1名は治療が終了していた.就労状況は,8名が一般就労(一般企業や障がい者向け事業所での雇用),1名がピアサポーターだった.現在も親と同居している者が7名,同居していない者が2名であった.全員が直接的な身体的暴力や物を壊すといった暴力を過去に振るった経験をしていたが,現在は全員が暴力を振るっていなかった.

表1  研究協力者の概要
A B C D E F G H I
性別
年齢 30代後半 30代後半 50代後半 50代前半 30代後半 40代後半 40代半ば 40代前半 40代半ば
発症年齢 18 22 18 17 15 29 14 16 20
治療状況 継続 継続 継続 継続 継続 継続 終了 継続 継続
就労 一般就労 一般就労 一般就労 一般就労 ピアサポーター 一般就労 一般就労 一般就労 一般就労
振るった暴力 オイルヒーターを母親めがけ階段から落とす 身体拘束時,母親を殴ろうとした(妄想) 母親を殴り,鼻出血 亡くなった父親の象徴としての仏壇を壊す 包丁を買ってきて父親を殺す準備をした 母親の頰を叩き,押し倒して蹴った 母親を拳で殴った 父親を包丁で脅した 母親の髪を掴み押し倒そうとした
壁に穴を開ける 母親のすねを軽く蹴る 窓を開けて大声を出す 大音量で音楽を流す 父親の鼻を殴り骨折(妄想) 物を壊した 要介護状態の父親に身体的暴力 100円ショップで1万円分購入(幻聴)
大音量で音楽を流す ドアを蹴る 母親に怒鳴る 母親に悪態をつく 缶を床に叩きつけた

注)(妄想)(幻聴):暴力の原因が妄想あるいは幻聴にあると研究協力者が語った場合に記載

2. 親に暴力を振るった統合失調症の当事者が経験したこと

カテゴリ・サブカテゴリの一覧を表2に示す.文中の《 》はカテゴリ,〈 〉はサブカテゴリ,斜体はインタビューデータ(末尾アルファベットで研究協力者を識別),( )は筆者による補足を示す.以下,経験の全体像および各カテゴリを説明する.

表2  親に暴力を振るった統合失調症の当事者が経験したこと
カテゴリ サブカテゴリ
辛さが蓄積 嵐のような幻覚妄想などで恐怖・イライラ・不安が募る
感情が乏しく,無為自閉な生活を送る
人生に挫折し,自分の人生は終わりだと絶望する
親に反発 自分の人生の挫折は親のせいだと認識する
自分の辛さを理解してくれない親に反発する
発散できない辛さ 家族にも言葉で伝えられない
孤立して家の外では辛さを発散できない
辛さの発散が許されない
鬱憤を親にぶつけるか葛藤 親に暴力を振るいたい衝動とためらいで揺れる
親には暴力を振るっても許されるという甘えがある
親への暴力の発露 我慢の限界に達した瞬間に暴力を振るう
モヤモヤを晴らすために親への暴力が日常化する
妄想や幻聴の指示で暴力を振るう
快感は一転して後悔 鬱憤を晴らし親に勝利した快感を一瞬味わう
一転して暴力を振るった罪悪感に苛まれる
辛さが霧散 治療して病状による苦痛が収束に向かう
活動量が増えることでエネルギーが発散される
描く・歌うなど芸術活動でエネルギーが発散される
人と話すことでエネルギーが発散される
親と離れることで自律し,甘えによる暴力が消失する
状況の捉え直し 支援者や友人と話して過去にあった幸福に気づく
生きていけるという希望を持てる
完璧ではない親を受容する
親の自分への思いに気づき,感謝の気持ちが湧く
親との関係を改善 暴力の後,親と対等な関係になれたと感じる
素直な気持ちを言葉にできる関係を築く努力をする
親に恩返しをする

1) 経験の全体像

当事者は,統合失調症の発症後に症状の苦痛や人生の挫折を味わった.《辛さが蓄積》しても,親に理解してもらえないと感じた当事者は,《親に反発》した.《発散できない辛さ》は,親への恨みと絡み合った.《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》する時期を経て《親への暴力の発露》に至った.しかし,暴力による《快感は一転して後悔》へと変わる.次第に病状が安定したり,暴力以外でエネルギーが発散されたことなどにより,《辛さが霧散》していった.当事者は《状況の捉え直し》ができるようになり,人生に希望を持ち,親を受容して感謝できるようになった.親に迷惑をかけたと感じた当事者は,《親との関係を改善》するよう努力し,彼らなりの恩返しをしていた.

2) 《辛さが蓄積》

当事者は統合失調症を発症し,〈嵐のような幻覚妄想などで恐怖・イライラ・不安が募る〉ことや〈感情が乏しく,無為自閉な生活を送る〉こととなり,その症状と辛さに悩まされた.また,学業の成績不振,対人関係でのつまずき,ひきこもり状態などの支障をきたし,〈人生に挫折し,自分の人生は終わりだと絶望する〉ことで,当事者の《辛さが蓄積》していった.

その時は被害妄想と関係妄想は完全には消えてなかったんですよね.(中略)例えば電車に乗ってて,ホームで電車待ってて,近くに人がいたりすると,非常に気になるっていうのがありましたね.そういう細かいストレスの積み重ねで,何かなんとなくこうだんだん体の中にこう……(D)

今の自分は何もできてない.学校にも行けてない.外に行くことも怖い.そんなんでどうして社会に溶け込むことができるのか.(G)

3) 《親に反発》

当事者は親に反発心を抱いていた.反発心は幼少期から積み上がり,発病を伴うと,〈自分の人生の挫折は親のせいだと認識する〉ことも少なくなかった.当事者は,親のことを「高圧的」「強権」「厳格」「教育ママ」「支配する親」などと話し,当事者が幼い頃から親は,干渉的だったと捉えていた.また,親の偉大さが当事者のプレッシャーになることもあった.当事者がひきこもり状態になったとき,親は当事者の辛さに理解を示すよりも,世間体を気にして,「働け」などと言うため,〈自分の辛さを理解してくれない親に反発する〉ことになった.

両親が勝手に離婚したことで,「私はこんなに不幸になっちゃったのよ」という思いが,積年積もり積もって,発病したときにばっと爆発したと思う.(I)

(母親を怒鳴ったのは)八つ当たりみたいなもんですかね.人生につまずいた人は,最初は誰かのせいにしたいんです.多分,みんなそうやと思います.(E)

自分が疲れてたり,苦しいのを全く理解してくれないで,ひきこもりがあって,いよいよ母親が自分のことを理解してくれなくなった頃から物に当たるっていう形に.(F)

4) 《発散できない辛さ》

精神症状も絡み,〈家族にも言葉で伝えられない〉状態の当事者は,辛さをさらに蓄積していった.また,ひきこもり状態では,他の人と会話をして気を紛らわせることもできなかった.当事者は,〈孤立して家の外では辛さを発散できない〉状態にあり,辛さが募った.また,大音量で音楽をかけるなどの方法で辛さを発散させようとしても,それを親が注意して止めさせるなど,〈辛さの発散が許されない〉状況もあり,当事者が辛さを発散させることは難しかった.

自分がおかしいと,うすうす気づいていたけど,たぶん言いたくても言えない.おかしい,の言葉の意味を一緒に話しできるようだったら,もしかしたら,あそこまで,わーってならなかったのかもしれないなあって思いますね.(G)

あの時は,ひきこもっちゃって親とも話もしなかったし,3か月ぐらいは家から一歩も出なかった.他との関係性がなかった.もし他に友達とかいれば,そこで晴らすことができたかもしれない.(C)

夜中にラジオとか,でかい音楽をかけたりして.それを当然親は止めてくれと言う.物壊したり,人に暴力ふるうことの代替手段として,よりマイルドなはけ口としてやっているんだけれども,それも否定されたから,じゃあっていうんで,あの壁を壊すと.自分は配慮して,そのむしゃくしゃする気持ちとか,その衝動とかのはけ口を,配慮してやっている.(A)

5) 《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》

当事者の蓄積した辛さと《親に反発》する感情は絡み合い,辛さは親への恨みを伴う強い感情となった.当事者は,その強い感情である《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》し,〈親に暴力を振るいたい衝動とためらいで揺れる〉ようになった.親以外に暴力を振るうのは恐ろしくても,〈親には暴力を振るっても許されるという甘えがある〉.当事者は,親への甘えも,親に暴力を振るうこととなった要因と捉えていた.

親に従順に育ってきたんで.なので言う通りにしてきたのに,それが通用せえへんというのはどういうことやねんと僕も思いました.(中略)僕にとって暴力は,復讐を果たす手段.ナイフを見ながら,ああこれで刺したら,もうこの苦しみ終わるかなとか,復讐できるかなとか(何度も思った).(E)

(暴力が起こる理由は)単なる甘えだと思う.(中略)自分の鬱憤をそこで晴らしてもらおうと思ったのね.(中略)だって他に求めたら,その人に暴力振るえないでしょ.だって.関係崩れちゃうんだって.(C)

6) 《親への暴力の発露》

鬱憤が蓄積し続け,とうとう当事者の〈我慢の限界に達した瞬間に暴力を振るう〉ことになった.口論などの些細なことをきっかけにして「火山が爆発する」ように,鬱憤は暴力として発露することになった.中には,〈モヤモヤを晴らすために親への暴力が日常化する〉者もいた.

我慢を重ねてきていたものが,堪忍袋の緒が切れるというか,抑えられなくなって物を壊してしまう.親の過干渉に耐えてきたんだけれども,ちょっとその瞬間,耐えられなくなったっていう感じですね.(A)

母の髪の毛ひっつかんで,ちょっとそう押し倒したりした.(I)

もやもやを抱えてくんですよ.外に言えないから.毎日自分のモヤモヤ感を晴らすターゲットが母への暴行,ストレス発散.自分が言えない部分を言葉で(伝える)以上に,こうやって殴るしかなかった.(C)

一方で,〈妄想や幻聴の指示で暴力を振るう〉ことになった者も3名いた(表1参照).

父親が知ってる人を襲ったっていうような妄想があって,それは妄想やろうと思うんですけど.それで父親に,まあ言ってしまえば鼻を折りました.殴って.(中略)父親と母親が偽物と入れ替わっているって思いがあって.(E)

7) 《快感は一転して後悔》

暴力を振るうことで当事者は,〈鬱憤を晴らし親に勝利した快感を一瞬味わう〉も,〈一転して暴力を振るった罪悪感に苛まれる〉ことになった.

物を壊してちょっと憂さ晴らしをした後がその快感って言ったらあれなんですけど,何か毒が出る感じがあったんです.(A)

まあ,ざまあみろみたいな感じで,思った.(I)

母を殴ってしまったな,やっちゃったなあみたいなところもありつつ,ちょっとこれはいかんだろう,男としてやり過ぎだろうというのも同時に出てきて.(B)

暴力をした本人は,やっぱり辛いですよ.苦しいですよ.(G)

〈妄想や幻聴の指示で暴力を振るう〉経験をした3名は,我慢できなくなった鬱憤を暴力によって発散させたわけではないため,〈鬱憤を晴らし親に勝利した快感を一瞬味わう〉ことはなく,また暴力は統合失調症の症状によるものだと捉えており,〈一転して暴力を振るった罪悪感に苛まれる〉こともなかった.なお,この3名は,妄想や幻聴の指示によらない暴力も経験しており,その場合の暴力に関しては他の人と同様に〈鬱憤を晴らし親に勝利した快感を一瞬味わう〉ことや〈一転して暴力を振るった罪悪感に苛まれる〉ことを経験していた.

8) 《辛さが霧散》

当事者は,統合失調症の薬を調整したり,入院治療を受けることなどにより,〈治療して病状による苦痛が収束に向かう〉という経験をした.

こう頭ん中でいろいろ考え過ぎちゃうって,先生に言ったら,じゃあこれ飲んでみるって言って,エビリファイ(抗精神病薬)っていうのが出たんですね.それを最初6ミリ飲んで,もっと増やそうかって12ミリ.で,もっと増やそうかって18ミリになった頃に何かこう怒りが収まってきたんですよね.(D)

また,治療により病状が安定する頃,〈活動量が増えることでエネルギーが発散される〉〈描く・歌うなど芸術活動でエネルギーが発散される〉〈人と話すことでエネルギーが発散される〉など,親に暴力を向けること以外の方法で,エネルギーを発散することができるようになった.

活動量が増えるに従って暴力は振るわなくなってきたと思います.ウォーキングの習慣ができて,1時間とか2時間とか早足で歩くことをするようになったり,絵を描くことに熱中するようになったり,そういう活動で,それまで暴力にまわっていたエネルギーが発散されてきたっていうのが(暴力がなくなった理由として)1つあると思います.(中略)主治医はすごい教養のある人で,僕が見つけてきたちょっと何かわけのわからないもの,小説とか音楽とかの話もちゃんと聞いてくれるんですね.直接的にどうしてそれで暴力を振るわなくなったかって説明は難しいんですけど,時期的には完全に一致してるんで,その人間関係が広がっていった時期っていうのは.(A)

一方で,当事者の中には暴力を振るうことを止められない者もいた.自分の中に蓄積したストレスを親に暴力という形で,当てていた.その場合は,親と別居し,物理的に〈親と離れることで自律し,甘えによる暴力が消失する〉ようになった.

自分も一人暮らしを始めた.結婚も考えてて,それで下準備したんだね.それ以来,(親への暴力は)まったくないです.(一人暮らしをすると)全部自分でやんなきゃなんない.甘えるとこがないんですね.親以外に頼るしかないんで.マンションの住居人に親しい人ができたし,日曜日には町内会活動で防犯活動もしょっちゅうやったし.(C)

9) 《状況の捉え直し》

人生に挫折し,自分の人生は終わりだと絶望していた当事者だったが,他者と出会い,自分以外の人が抱える苦しみを知るようになると,自分の恵まれていた一面に気づいた.保健師と話す中で,過去の経験の中に「幸せな時もちゃんとあった」ことを思い出すなど,〈支援者や友人と話して過去にあった幸福に気づく〉ことができた.支援者に希望を持てるような言葉をかけられたことをきっかけに,当事者はその言葉を信じてみようと思い,〈生きていけるという希望を持てる〉ようになることもあった.

保健師さんが訪問に来てくれたんですよ.自分の辛かった過去を話したら,保健師さんが涙にじませながら聞いてくれて.それで自分の過去で幸せなときも確かにあったんやってことを掘り起こしてくれて.(E)

必ず良くなるよって言ってくださった先生がいて.で,ああ,その言葉信じてみよう,みようと思って,(中略)ほんとその言葉信じて良かったなってほんとに思います.(I)

当事者は親に反発心を抱いていたが,暴力に際して母親が自己開示を始め,当事者の精神疾患やひきこもりは母親自身の生育環境が辛いものであったことが根にあると話したことをきっかけに,母親に悪気があって過干渉であったわけではないのだと気づいた者もいた.また,入院して親との距離が開いたことをきっかけに,冷静に考えられるようになり,母親もひとりの人間であるのに,今までは母親に「完璧な母親」であることを望み過ぎていたと気づいた者もいた.親の態度や人格が完璧でなかったとしても,親が悪いわけではない,親もひとりの人間なのだから仕方がないと状況を捉え直し,〈完璧ではない親を受容する〉ようになった.また,入院したときに母親が仕事の都合をつけて毎日面会に訪れたことをきっかけに,母親に感謝するようになった者もいた.このような状況の捉え直しによって親への反発心はなくなり,〈親の自分への思いに気づき,感謝の気持ちが湧く〉ように変化した.

父親のパーソナリティーだから.しょうがないですよね.父親に聖人君子になれって言ってなれるわけでもないですし.(H)

母が毎日毎日入院先の病院に通ってくれたんですよ.自宅から45分ぐらい電車に乗って,歩いて1時間以上かかるわけですよね.そこに通ってくれて.そこで初めて母に対して気持ちが変わったんですよね.あたしのこと見捨ててもいいのに,ほんとに良くしてくれてって思って.で,ほんとに申し訳なかったって.(I)

10) 《親との関係を改善》

現在,当事者は,暴力を振るわなくなり,今までの親との関係を振り返り,《親との関係を改善》に向けて努力していた.

親との関係においては,暴力の発露によって親との分かり合いが進んだことでかえって〈暴力の後,親と対等な関係になれたと感じる〉ように変化した者もいた.

それ(暴力)があったことであのまあ腹を割って話をする機会になったからいい面もありました.感情的にはあの天秤が釣り合った感じで,お互い様だと,親と自分は.(A)

また,以前は鬱憤を暴力という形で発散させてしまったため,現在は〈素直な気持ちを言葉にできる関係を築く努力をする〉ように変化していた.自分の感情に支配されず客観的に理解する,アンガーマネジメントをする,怒っているときは親に近づかないなど,冷静になれるような工夫をしていた.

あたしもいまだに母と口論するのですが,隣のマンションから家の中が見えるようにわざと窓のカーテンを開けたり,人にわざと聞こえるようにするとかして,客観性を自分で感じさせるような環境に置くようにしています.(I)

当事者は暴力という形で鬱憤を親にぶつけてしまったことに罪悪感を感じたり,親が受け止めてくれたことに感謝したりしていた.親に贖罪したいという思いを抱えつつも「親だから恥ずかしい」「他人行儀になってしまうので謝らないほうがいい」という思いから謝罪はあえて言葉にせず行動で示している者が多かった.親の介護や仕事で稼ぐことなどで〈親に恩返しをする〉者や,親に直接恩返しをする代わりに仕事で社会貢献して世間に恩返しすることに励んでいる者もいた.

謝る形をどういう形で謝るかっていうのを自分で考えた結果,お袋の手をつないであげる.つないで町を歩くとか,とにかく母親の困ってることを助けてあげることで,これが僕のごめんね,っていう気持ちの表現の仕方ですね,私なりの.(D)

(暴力のことは)お互いの中の了解済みじゃないかと思ってる.そんな昔のつまんない話はナンセンスだと思ってるからね.振り返った時に,まあ親に謝る以上に何をやったかというと,仕事を通して世間にやろうと思って,今ピア活動を通してやってる.(C)

Ⅳ. 考察

本研究において,親に暴力を振るった統合失調症の当事者は,時間軸に沿って《辛さが蓄積》《親に反発》《発散できない辛さ》《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》《親への暴力の発露》《快感は一転して後悔》《辛さが霧散》《状況の捉え直し》《親との関係を改善》という経験をしていることが見出された.これらの経験と,経験を踏まえた対策について考察する.

1. 親に暴力を振るった統合失調症当事者の経験

統合失調症を発症したことで,当事者の《辛さが蓄積》した.辛さには,〈嵐のような幻覚妄想などで恐怖・イライラ・不安が募る〉という主に陽性症状による辛さ,〈感情が乏しく,無為自閉な生活を送る〉という陰性症状による辛さ,〈人生に挫折し,自分の人生は終わりだと絶望する〉という人生の挫折という辛さがあった.統合失調症の当事者が暴力に至る際に幻覚妄想といった陽性症状(Nolan et al., 2003)や,人生の挫折という辛さ(蔭山,2017Kageyama et al., 2018b)が背景にあることはすでに報告されている.本研究では,それらに加えて,陰性症状においても当事者が辛さを募らせていることが記述された.

次に,《親に反発》する理由として,〈自分の人生の挫折は親のせいだと認識する〉という経験が語られた.先行研究においても,約半数の親が精神障がいのある子から,人生を台無しにされたと言われたことがあると報告されている(松山ら,2013).「人生につまずいた人は,最初は誰かのせいにしたい」(E)と語られているように,病状が回復に向かわない段階では,当事者が親に抱きやすい感情だと考えられる.また,〈自分の辛さを理解してくれない親に反発する〉というように,当事者の親への不満は,発病後の親との関わりの中で更に増大していた.当事者と親との効果的ではないコミュニケーションについては,当事者の親への暴力と関連していることがこれまでの研究で明らかになっており(Kageyama et al., 2018aHsu et al., 2013),本研究の結果と一致している.

《親への暴力の発露》に至るまでには,《発散できない辛さ》が蓄積し,《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》することが明らかになった.このように辛さが軽減されずに限界まで蓄積して,親にぶつけるか葛藤する時期が存在することが,本研究で見出された.また,〈家族にも言葉で伝えられない〉ということが《発散できない辛さ》の背景にあるように,当事者の暴力の発生には認知機能障害も関連している(Reinharth et al., 2014).当事者と親とのコミュニケーションが暴力の原因であっても,認知機能障害もコミュニケーションに絡み合うと考えられ,認知機能障害のある当事者とどのように効果的なコミュニケーションを図れるかは課題である.

衝動性や陽性症状によって《親への暴力の発露》に至っていたことは,先行研究の結果(Nolan et al., 2003)と一致していた.また,〈モヤモヤを晴らすために親への暴力が日常化する〉ことや〈鬱憤を晴らし親に勝利した快感を一瞬味わう〉という経験は,暴力が反復する依存性をもちやすいことを示す経験であり,先行研究の結果(Hsu et al., 2013)と一致している.

《快感は一転して後悔》に変わり,当事者は暴力を振るった後に罪悪感に苛まれていた.当事者にとっては,積み上がった不満を限界まで我慢した上での暴力であったが,それでも自らの行為を後悔していることが本研究で記述された.

病状の安定や活動量の増加によって,《辛さが霧散》するようになっていた.暴力を受けた親の経験としては,暴力を解決する手段として別居が選択されていたが(Kageyama et al., 2018b),本研究では別居以外に,会話や芸術・身体活動など,辛さを健康的に発散する方法が記述された.

また,当事者の《状況の捉え直し》によって親との関係性が改善されたことが記述された.さらに,《状況の捉え直し》に至った支援として,保健師や主治医などとの会話が示された.

最終的には,暴力を振るった当事者も《親との関係を改善》すべく努力していた.暴力は許されることではないが,親子関係を見直す機会になることも本研究で明らかになった.

2. 暴力の発露を防ぐ対策

暴力の発露には,辛さが限界まで蓄積するという状態が存在していた.そのため,辛さを軽減できれば,暴力の発露を防ぐことができると期待できる.《辛さが霧散》するまでには,暴力以外の方法でエネルギーが発散されており,具体的には,身体活動量の増加,描く・歌うなどの芸術活動,そして,人と話すことが示された.辛さが発散できない状態の当事者は,外出が難しく,通所サービスを利用できない状態であることも十分考えられる.そのため,通所ではなく,保健師の訪問や訪問看護を活用して会話する機会を設けることや,訪問時に芸術活動や運動を一緒に行うことが現実的な方法として考えられる.このようにエネルギーを健康的に発散することを支援することが,暴力の発露を防ぐことにつながるだろう.

本研究では,当事者は暴力を発露する前に,《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》していた.親への不満は,幼少期から蓄積しており,発病や人生の挫折に直面した時に,明確に《親に反発》することになった.暴力が発露する前に,当事者や親は鬱憤の原因となっている問題に真剣に向き合えるよう関わることが求められるだろう.ただし,認知機能障害によってコミュニケーションに支障をきたしている場合は,当事者と親の二者間で話し合うよりも,第三者である支援者を交えた話し合いが有効である可能性がある.保健師や訪問看護などの支援者は,親から当事者とのコミュニケーションの問題で相談を受けた際,二者間での話し合いを勧めて相談を終了させるのではなく,訪問や面接において,支援者が当事者を含めた家族との話し合いの機会を持ち,家族間の関係調整を行うことが,親への暴力の発露を防ぐ対策として有効である可能性がある.

3. 暴力が発露された後の対策

暴力の発露後の対策としては,当事者が状況を捉え直せるようになることが必要であった.当事者が状況を捉え直すための具体的な方法としては,親の自己開示,人間関係の広がり,他の人の言葉などが役立ったと語られた.そのため,当事者や親が率直に話し合ったり,互いの思いを理解して,状況の捉え直しができるような機会や支援が必要だと考えられる.本研究では,親子関係への直接的な介入だけでなく,当事者が他の人と交流することで,自分を客観視し,親との関係にも気づきをもたらすことが明らかになった.当事者が人とのつながりをもてるような支援は,間接的に親子関係を改善する可能性がある.そのため,定期的な訪問看護の利用,デイケアや地域活動支援センター等でのグループ活動への参加も親への暴力を収束に向かわせる対策として有効であり得ると考えられる.

当事者は,暴力をきっかけとして《親との関係を改善》し,仕事をして社会貢献する姿を見せようとするなど,リカバリーが促進されていた.ある当事者も「厳しい現実と向き合ったからこそ見えてくる深いリカバリーの可能性が示唆されているような気がしてならない」と述べている(YPS横浜ピアスタッフ協会ら,2018).暴力が望ましくない行為であることは間違いないが,〈人生に挫折し,自分の人生は終わりだと絶望する〉状況にあって,〈自分の人生の挫折は親のせいだと認識する〉ようになった当事者が,暴力をきっかけに,自分の思いや現実について深く考え向き合うことで,状況を捉え直しリカバリーに繋がっていた.暴力が起こったときにも,支援者は暴力をただ望ましくないもの,抑えるべきものとしてだけ捉えるのではなく,暴力の発露が当事者や周囲が現実に向き合い《状況の捉え直し》になり,〈生きていけるという希望を持てる〉ようなきっかけになりうるということも視野に入れて,希望をもって対応することが必要だと考えられる.

4. 研究の限界と課題

本研究の限界としては,研究協力者のほとんどが男性であり,女性の経験を1名からしか把握できなかったことがある.暴力という語りにくいテーマであるため研究協力者のリクルートが難航した.特に女性は暴力を振るった経験を語ることに抵抗が強いと考えられる.しかし,本邦の調査では,統合失調症の女性当事者も男性当事者と同程度に家族に暴力が向くことが明らかになっているため(Kageyama et al., 2015),今後は女性の経験を把握することが求められる.

次に,研究協力者のほとんどが現在一般就労できるまで回復しており,暴力を振るわない生活を送っていた.過去の辛い暴力という経験を振り返って語れる人は,順調に回復している人に限られることが推察される.本研究では暴力を振い続けている当事者の経験は記述できていない.そのため,本研究の結果は,暴力を振るった後に順調に回復を遂げた当事者の体験に偏っていることに留意する必要がある.

最後に,データ収集は暴力を振るっていた当時から時間が経過しているため,思い出しバイアスがある可能性がある.しかしながら,本研究は客観的事実よりも当事者の認識に焦点を当てている.

これらの限界はあるものの,親への暴力を振るった当事者から経験を把握できた数少ない質的研究であり,一定の価値があると考える.

Ⅴ. 結論

本研究では,統合失調症の当事者が親に暴力を振るった経験を質的記述的研究によって記述した.その結果,《辛さが蓄積》《親に反発》《発散できない辛さ》《鬱憤を親にぶつけるか葛藤》《親への暴力の発露》《快感は一転して後悔》《辛さが霧散》《状況の捉え直し》《親との関係を改善》というカテゴリが生成された.暴力の発露前には,辛さが限界まで募る状態が存在すること,暴力を防ぐためには状況の捉え直しが必要であること,暴力は親子関係を改善するリカバリーのきっかけになり得ることが明らかになった.暴力が起きる前に,会話や身体活動・芸術活動を通して,エネルギーの発散を支援することや,親子間の関係調整を行うことで暴力の発生を予防し得ると考えられた.また,たとえ暴力が起こってしまったとしても,暴力の発露は親子関係を改善し,リカバリーのきっかけになりうることを視野に入れて,希望を持って関わる必要がある.

謝辞

本研究にご協力いただいた当事者及び関係者の皆様に感謝申し上げます.ご支援いただいた大阪大学医学部保健学科看護学専攻公衆衛生看護学教室の皆様にお礼申し上げます.本論文は大阪大学卒業論文に加筆修正を加えたものである.本研究は,公益財団法人三菱財団社会福祉部門平成29年度助成金(29311)で行った.

本研究において利益相反は存在しない.

文献
 
© 2020 日本公衆衛生看護学会
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