抄録
東京湾の過去数十年間の開発工事は, 沿岸生態系を回復不可能なまでに破壊してきた. 東京湾の環境修復計画では, 環境それ自身が持つ自然治癒能力を発揮させなければならない. 自然再生能力は, 三つの過程を通じて発揮される; 海水交換, 堆積作用および生物生産である. 大規模埋め立て工事は, 環境再生能力を超えた問題を引き起こしてきた. 埋立地周辺の海底には, 埋め立て用土砂を採掘した深い凹地が刻み込まれた. これら凹地の停滞水から有毒な硫化水素が発生し, 周辺の動物が全滅させられる. 東京湾修復計画において, このような凹地を埋積することが, 青潮発生を抑制し, 海水交換を図る有効な方策である. 東京湾海底に沈積固定された重金属類は再溶出しないが, リン酸塩や硝酸塩の生物遺骸からの溶出速度は沈降堆積速度よりも速い. 東京湾から湾外にプランクトン遺骸が搬出される前に, 遺骸軟体部に含まれる硝酸塩やリン酸塩などの栄養塩は, 何度も光合成プランクトンの繁殖に利用されている. したがって, 東京湾の水質浄化処理対策としては, 光合成プランクトンを基礎生産とする湾内生態系の生物生産過程を活用した栄養塩循環の制御が不可欠である. 東京湾の干潟や浅場では, 年間十万トン以上の魚介類を生産してきた. この生物生産は, 東京湾の水質浄化に大きく機能してきた. 好漁場であった東京湾の干潟消失とは, その水質浄化能力を損なうことでもあった. 東京湾沿岸は陸と海との緩衝帯であって, その生態系は数千年の時を越えて発展してきた. この生態系の活用こそが, 「真の持続可能な環境開発」の方策となる.