抄録
ナシ黒星病(Venturia nashicola Takana et Yamamoto)に対するセイヨウナシ品種(Pyrus communis L. var. sativa DC.)の抵抗性の遺伝様式が検討された.'豊水', '長十郎', 'Bartlett'および'La France'それぞれの自殖, 並びにセイヨウナシとニホンナシおよびチュウゴクナシとの種間交雑, セイヨウナシ品種間交雑によって得られた幼苗の交雑実生に黒星病菌の分生胞子懸濁液を噴霧接種し, 本病に対する各実生の抵抗性を検定した.抵抗性の程度は, 病斑形成の有無, 並びに病斑上の分生胞子形成の有無によって高度抵抗性(HR), り病性(S), え死斑性(N)に分類した.ニホンナシ品種の自殖個体はすべてSと判定されたのに対して, セイヨウナシ品種の自殖後代実生はすべてHRと判定された.この結果は, 本実験で交雑親に供試したセイヨウナシ品種が, 黒星病に対する高度抵抗性反応を支配する単一の優性遺伝子対(VnVn)を有していることを示す.黒星病抵抗性に関するセイヨウナシ品種の遺伝子型を推定するために, '豊水'と'La France'または'豊水'と'Bartlett'の種間雑種個体と'長十郎'との検定交雑後代の実生群を供試して, 前述の方法によって黒星病抵抗性の分離様式を検討した.検定交雑後代において, HR, SとともにN個体が観察された.大部分の検定交雑後代におけるHR個体の出現率は40∿60%であり, この結果から, 'La France'と'Bartlett'がVn遺伝子をホモ接合型で有していることが確認された.また, 検定交雑後代実生中にN個体が観察されたことから, セイヨウナシ品種がVn遺伝子のみならず, N表現型を支配する遺伝因子を有していることが示唆された.そこで, N表現型を支配する遺伝因子として, 単一の優性ホモ接合型遺伝子, 単一のヘテロ接合型遺伝子, 微動遺伝子のいずれかが'La France'と'Bartlett'に存在すると仮定し, それぞれの遺伝子の存在下において期待される黒星病抵抗性の分離比を推定して, 検定交雑後代における抵抗性分離の観察値と期待値との適合性を検討した.その結果, 42家系中39家系での抵抗性の分離比は, N表現型が微動遺伝子に支配されるとする仮定の下で期待される1HR : 1(N+S)によく適合した.以上の結果から, セイヨウナシ品種がナシ黒星病抵抗性に対する高度抵抗性を支配する単一の優性遺伝子対, VnVnを有し, また'La France'と'Bartlett'はVn遺伝子が不在のときにえ死斑性反応を引き起こす微動遺伝子を有すると考えられる.