抄録
末梢性顔面神経麻痺は、顔面神経の核下性障害により発生し、表情筋麻痺を主症状とする。最も多い原因はBell 麻痺で、次いでRamsay Hunt 症候群が挙げられる。Bell 麻痺は比較的予後は良好であるが、 Ramsay Hunt 症候群の予後は不良である場合が多い。これらの疾患は顔面神経の炎症・腫脹・絞扼によって神経血流が阻滞し、局所的脱髄や軸索変性を引き起こされることで生じると考えられている。
神経変性の程度はSeddon 分類やSunderland 分類によって評価され、神経変性の程度により軸索の回復過程が異なり、高度な神経変性は軸索の迷入再生を来たす可能性が極めて高い。Electroneurography (ENoG) は神経変性の推定に有効であり、予後予測に活用されているが、鍼灸臨床で実施することはできない。柳原法も重症度推定に活用されるが、検者間のばらつきが指摘されている。一方、顔面神経近傍の経穴に鍼通電刺激を行うことで表情筋収縮反応を誘発することができ、収縮の程度によってENoG 値が異なるため、鍼灸臨床においても活用できる可能性がある。
顔面神経麻痺診療ガイドライン2023 年版では、近年のエビデンスの蓄積により鍼治療の推奨度が「弱い推奨」となった。鍼治療は治癒率の向上に関連しており、早期介入が有効であることも報告されているが、以前としてバイアスを多分に含んでいる結果であることに留意する必要があり、今後の更なる臨床研究の発展に期待する。
顔面神経麻痺に対する鍼治療の実際について、当科では患者の重症度に応じた治療方法を実践している。軽症例には表情筋麻痺の回復を目的に聴会や下関に1Hz の鍼通電療法を行い、中等症から重症例には後遺症の抑制を目的に表情筋への置鍼を行う。