抄録
【目的】過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)は、Rome IV で「腸脳相関障害」に分類される機能性消化管疾患で、便秘・下痢・腹痛などの消化器症状に加え、不安や抑うつなどの心理的苦痛を伴う。本症例では、IBS 患者に宮入菌製剤による薬物療法に鍼治療を併用し、上下部消化管症状評価の出雲スケールおよび病院不安抑うつ尺度(Hospital Anxiety and Depression Scale:HADS)を用いて心身両面の改善を評価した。
【症例】30 歳代男性。8 年前より下腹部痛、下痢・便秘を反復し、既往歴なし。消化管検査・血液検査に異常なく、混合型IBS と診断された。初診時、週1~2 回の重度下痢・便秘と腹痛を呈し、心理的要因も示唆された。
【介入】消化器症状および抑うつ症状の改善を目的に、鍼治療を平均2 週に1 回、6 か月間実施した。初診から14 診目まで腹部・四肢の経穴へ置鍼し、6 診目以降は抑うつ改善を目的に頭部経穴に鍼通電を追加した。消化器内科では宮入菌製剤を継続した。毎回、出雲スケールとHADS で評価した。
【結果】消化器症状は2 診目で下痢・便秘スコアが顕著に改善し、5 診目以降、全項目のスコアが低位で安定した。HADS 抑うつスコアは遅れて改善し、初診13 点から14 診目で5 点となった。不安スコアは軽度で推移した。薬剤は一部減量した。
【考察】消化器症状は鍼治療導入直後から改善し、HPA 軸を介した神経性調節作用やプラセボ効果が寄与した可能性がある。抑うつ症状は遅れて改善し、心理面への直接的効果よりも消化器症状改善の二次的効果が主体と考えられた。出雲スケールは消化器全体の症状変化の把握に有用だが、心理面の評価にはHADS では限界があり、他の評価法との併用が望まれた。薬物単独と比べ、鍼を併用することでより高い効果が示唆された。
【結語】宮入菌製剤と鍼治療の併用により、混合型IBS 患者の消化器症状は早期、心理症状は遅れて改善した。出雲スケールとHADS の併用で多面的評価が可能であり、今後は他の心理評価法との併用や大規模無作為化比較試験により、鍼治療の客観的有効性を検証する必要がある。