2017 年 24 巻 4 号 p. 360-362
線維筋痛症(fibromyalgia:FM)は背部を中心とする慢性的な全身性の痛み,不眠,疲労感などを主症状とする疾患概念である.
今回,FMの治療薬の一つであるプレガバリンを帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)の治療として内服加療中であり,その経過中にFMを発症し治療に難渋している症例を経験したので報告する.
なお,本投稿にあたり患者本人から同意を得た.
48歳,女性.身長165 cm,体重62 kg.
既往歴:限局性強皮症.
X年3月に左胸背部に皮疹と痛みを認めるも,感覚低下やアロディニアなどは認めなかった.その後も痛みが持続し,同年6月に皮膚科を受診した.胸部PHNと診断され(受診時は左Th4~6の痛みのみ認めた),同年同月に疼痛コントロール目的にて当科受診となった.初診時の痛みは視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)で80/100であった.入院し持続硬膜外ブロックにて治療した.退院後はプレガバリン300 mg/日,トラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン配合錠(3錠/日,分3),ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液などを中心とする内服にて経過を診た.その後もVASは60/100を推移し,また気温,気圧の変化によっても痛みの変動を認めた.PHNの治療として上記内服を約5年間継続中のX+5年に,背部痛,下肢痛,腰痛,上肢痛,頭痛など全身に痛みを認め,近医にてFMと診断され加療を依頼された.受診時は後述のWPIが8,SSが6で3カ月以上続いていた.
内服として前述の処方に,デュロキセチン60 mg/日,ミルナシプラン100 mg/日,アミトリプチリン20 mg/日を追加処方した.また上肢痛に対しては両側星状神経節直線偏光近赤外線照射,背部痛に対してはトリガーポイント注射,下肢痛に対しては腰部硬膜外ブロックを2週間に1回の間隔で施行した.経過中,抑うつ傾向も認めたため,認知行動療法も併用した.
これらの集学的治療を1年間継続しているにもかかわらず,X+6年の時点で症状は改善せず,ADLも進行性に低下していた.
FMは慢性的に筋骨格系の痛みを生じる疾患であるが,確固たる病因は明らかになっておらず,広範囲の痛みと頸部,躯幹や四肢などの限定的な部位に圧痛が認められるといった,特徴的な症状を持つ慢性疼痛性疾患である.以前より診断基準として,広範囲の痛みの既往があり,定義された18カ所の圧痛点のうち,11カ所に圧痛を認めることとされていた.しかし従来の圧痛点の考えは除外され,2010年に新しい診断予備基準が発表された.それによると,過去3カ月間の広範囲疼痛指数(widespread-pain index:WPI)の合計ポイントと,重症度のレベルおよび一般的な身体症候のポイントを合計した徴候重症度(symptom severity:SS)のポイントが診断の中心となっており,WPIとSSポイントの合計で13ポイントがカットオフポイントとされている1).本症例では合計が14ポイントであり,この点からFMと診断される.
病因については,中枢神経系の異常,セロトニンなどの抑制系の神経伝達物質の減少,サブスタンスPなどの興奮系の神経伝達物質の増加などの神経伝達物質の異常2),内分泌系,免疫系の異常など多くの因子の機能不全,および心因性ストレスなどの関与が考えられているが,詳細な病因は明らかでないのが現状である.
誘因として家族歴を有するものが3~4%,手術歴を有するものが約40%,外傷歴など外因性ストレスを有するものが約20%ある3).また内因性の誘因として,下行性疼痛抑制系の異常や中枢神経系の過敏性の異常などがあげられる4).合併症としては関節リウマチが最も多く,そのほか全身性エリテマトーデスなど,他の膠原病がある.本症例のようにPHNに合併したFMの報告はなく,FMの治療薬であるプレガバリンをPHNの加療目的で内服中にFMを発症したとの報告はない.また,他疾患の治療目的でプレガバリンが投与されていて,FMを発症した報告もない.
また治療としては薬物療法,神経ブロックなどの非薬物療法,心理療法,認知行動療法など多面的なアプローチが不可欠であると考えられている.したがって,プレガバリンのみで有効でない場合は以下に述べる薬物も併用し,これらの治療を組み合わせると,より効果的であると考えられる.米国食品医薬品局では,セロトニンノルエピネフリン再取り込み阻害薬であるデュロキセチン,ミルナシプラン,抗痙攣薬であるプレガバリンがFMの治療薬として承認されている.ほかには,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液,アミトリプチリンなどの三環系抗うつ薬などの効果がみられるとの報告がある5).
しかし,これらの薬剤単独では効果が不十分なことも多い.プレガバリン単独で不十分でこれらの薬物を追加・併用している症例は,治療中の全FM症例のうち約半数以上あり,これら有効といわれている薬物を本症例のように併用していても治療に難渋する症例は約4割あるとされているのが現状である.作用機序の異なる薬剤の併用効果についても検討され,抗痙攣薬と抗うつ薬の併用により優れた効果が得られるという報告もある6).また,選択的セロトニン再取り込み阻害薬と三環系抗うつ薬の併用が有効であるという報告もあり6),文献的にはFMは複雑な疾患群であり症状も多種多様であるため,併用療法の有用性が示唆されている7).本症例でも多剤併用療法を行っているが治療に難渋している.
なお,本症例はプレガバリンを5年以上投与しているが,長期投与の報告はなく,推測にすぎないが,長期投与による効果の減弱などが影響している可能性もある.
また,デュロキセチン,ミルナシプラン,アミトリプチリンの併用に関しては副作用の危険性も危惧したが,最初にデュロキセチンを併用させたものの効果が不十分で,抑うつ症状も認めていたため神経科医とも相談し,Riveraら6)の報告をもとに,副作用も観察しながらミルナシプラン,アミトリプチリンの順に併用していった.
プレガバリンについては,線維筋痛症診療ガイドライン2013ではエビデンスレベルI,推奨度Aとなっており,保険適用上も承認されている薬剤である.本症例はFMの治療薬であるプレガバリンをPHNの加療目的で内服中に,FMを発症し,有効とされるさまざまな併用療法を行ったが治療に難渋した.過去にこのような報告はなく,本症例からすでにプレガバリンを長期に服用している患者に発症したFMは,きわめて難治性となる可能性が示唆された.今後,FMの病態の解明とともに,このような難治症例に対する有効な治療法の開発が望まれる.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.