日本ペインクリニック学会誌
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症例
桔梗湯により放射線照射による食道炎・喉頭炎,口内炎の痛みを緩和できた2症例
田中 ふみ井上 潤一中村 武人松村 陽子前田 倫
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2017 年 24 巻 4 号 p. 341-344

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Abstract

がんへの放射線治療により発生する口内炎などの粘膜炎の薬物治療には,抗炎症薬や局所麻酔薬の含嗽,非ステロイド性抗炎症薬や麻薬などの鎮痛薬があるが,その効果は十分といえない.粘膜炎による痛み,感染,栄養状態の悪化のために放射線治療を中断することは予後に直結するため,新たな治療薬が期待されている.今回,放射線治療による肺腺がん患者の食道粘膜炎と頬粘膜がん患者の口内炎に対し,桔梗湯を使用することで症状の改善を認め,放射線治療を完遂した症例を経験した.桔梗湯は桔梗と甘草からなる漢方薬であるが,桔梗・甘草それぞれに抗炎症,抗潰瘍効果があることが報告されており,桔梗湯にも同様の効果があると想定され,放射線性粘膜炎に対する有効な支持療法になりうると考えられる.

I はじめに

頭頸部がんでは放射線治療により,ほぼ全例で粘膜炎が発生するという報告がある1).粘膜炎は口腔内だけでなく,咽頭や食道にも発生し強い痛みを伴い,誤嚥,栄養失調,感染の原因となる.粘膜炎のために頭頸部がんへの放射線治療中断を余儀なくされた症例は8~27%とされ,放射線治療中断症例では生存率が1日あたり0.68~2%低下するとされている2)

放射線治療を完遂するためには粘膜炎の適切な管理が重要であるが難渋することも多い.今回放射線照射による食道・喉頭炎,口内炎に対して桔梗湯が有効であった症例を2例経験したので報告する.

なお,本症例報告については大阪警察病院の規定に則って患者の承諾を得た.

II 症例

【症例1】75歳,男性.

診断:肺腺がん.

既往歴:前立腺摘出術,高血圧.

現病歴:1年以上持続する後頸部痛を主訴に近医で肺がんを疑われ,当院を受診した.気管支鏡検査で肺腺がんと診断され,造影CTで頸胸椎,肋骨,胸骨,腸仙骨,大腿骨へ多発骨転移を認めた.当院受診21病日に転移病変(第6,8,10胸椎)に起因する脊柱管狭窄のために下肢の知覚障害が起こり,22病日より下部胸椎に放射線治療を開始した.経過を図1に示す.38病日に36 Gy/12 frの照射終了後より胸部に灼熱痛が出現し,食欲低下を訴えたため,放射線照射による食道粘膜炎を考え半夏瀉心湯を7.5 g/日で開始した.39病日より腸仙骨,頸椎への放射線治療を開始した.40病日に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)8の嚥下時痛のために食事量が減り,42病日に経口摂取が困難となった.半夏瀉心湯投与後も痛みと食事量の改善を認めなかったので半夏瀉心湯を中止し,桔梗湯を7.5 g/日で開始した.直後に嚥下時痛は軽減し,47病日にはNRS 3に改善し食事全量摂取が可能となった.60病日に36 Gy/15 frの頸椎・骨盤骨への放射線照射を完遂した.

図1

治療経過:症例1

【症例2】73歳,女性.

診断:右頬粘膜がん術後再再発.

既往歴:三叉神経痛,左腎摘出術,右下顎歯槽歯肉がん手術,右舌がん手術,右上顎歯肉がん手術,右側舌がん手術,右側頬粘膜がん手術.

現病歴:再再発した頬粘膜がんに対し切除術施行後,断端に異型性を認め,術後93病日より全頸部と右頬部粘膜の放射線治療を開始した.経過を図2に示す.放射線治療開始時よりリドカイン,アズレンスルホン酸,ピロカルピンを合わせたアイスボールの経口投与と経口アセトアミノフェン400 mgを頓用使用したが,放射線治療開始から18病日の全頸部26 Gy/13 fr照射日に,放射線性口内炎とその痛みで経口摂取困難となった.絶食・経鼻経管栄養を開始し,19病日より桔梗湯7.5 gを蒸留水40 mlに溶かし分割してアイスボールとして開始した.開始前NRS 10の痛みが25病日にはNRS 7に,32病日にはNRS 5に改善した.直前に桔梗湯アイスボールを口に含むことで,歯磨きを行うことができた.41病日より半夏瀉心湯7.5 gを100 mlの白湯に溶かしたものの含嗽を桔梗湯と併用し,46病日に全頸部と右頬部粘膜64 Gy/32 Frの放射線治療を完遂した.

図2

治療経過:症例2

III 考察

がん患者の粘膜炎には,①痛みの緩和,②栄養維持支援,③口腔内の感染除去,④口内乾燥の緩和が重要とされている3).粘膜炎への薬物治療には抗炎症薬や局所麻酔薬の含嗽,非ステロイド性抗炎症薬や麻薬などの鎮痛薬があるが,その効果は十分とはいえず,さらなる治療法として漢方薬が期待される.

桔梗湯は甘草3,桔梗2の割合で構成される漢方薬である.甘草と桔梗の抽出物にはこれまで以下のような抗炎症作用,抗潰瘍,抗菌作用などの報告がある.甘草抽出物が含まれた口腔洗浄剤を使用することでアフタ性潰瘍の痛みが緩和され治癒を促進したという報告4)や,甘草抽出物がStreptococcusに対し抗菌作用を有するとの報告5),マウスで甘草より抽出されたフラボノイドが免疫を活性化し,カンジダ症への抵抗性を高めるという報告もある6).甘草より抽出される2つのおもなフラボノイド,licoricidinとlicorisoflavan Aの抗炎症効果も報告されている7)

また,甘草だけではなく,桔梗にもマウスでの抗炎症効果の報告がある8).桔梗の主成分であるplatycodinの抗炎症作用がアスピリンより強力であるとの報告や,抗潰瘍作用があるとの報告もある9)

桔梗湯を構成する桔梗,甘草それぞれに抗炎症,抗潰瘍効果があり,桔梗湯の東洋医学における適応は扁桃炎・扁桃周囲炎で咽頭・喉頭部の炎症による痛み,発赤,腫脹である.桔梗湯は証にかかわらず使用可能で体質を問わずに使用できる10)

放射線・化学療法時の口腔粘膜炎へはこれまで半夏瀉心湯の有効性が報告されており11),今回の2症例でも使用したが,半夏瀉心湯は刺激が強いために,含嗽薬として長期継続するには患者が受け入れにくい症例を臨床でしばしば経験する.桔梗湯はほのかな甘みがあるために患者が受け入れやすく,放射線治療のように長期に痛みが続くような場合には適していると考える.

症例2では桔梗湯を蒸留水に溶かしてアイスボールとして投与した.化学療法後の口内炎の鎮痛目的で,立効散をアイスボールとして投与した報告がある12).口腔内を局所冷却することにより血管が収縮すること,口腔内で緩徐に吸収され長く口腔内にとどめることができたことが鎮痛効果につながったと推測されている.症例2においても同様の効果を期待して桔梗湯を投与し,鎮痛効果を得ることができた.

放射線治療による口腔咽頭粘膜炎に桔梗湯を投与することで症状が改善し,治療完遂に寄与した2例を経験した.桔梗湯継続による痛みの緩和は放射線治療完遂の一助となったと考える.

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
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