日本ペインクリニック学会誌
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原著
脊髄造影CTで診断した脳脊髄液漏出症の臨床像―58症例の疫学的検討―
木本 勝大渡邉 恵介藤原 亜紀篠原 こずえ福本 倫子橋爪 圭司川口 昌彦
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2017 年 24 巻 4 号 p. 325-331

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Abstract

2004年12月から2016年2月にかけて,当科にて脊髄造影CT(CT myelography:CTM)で脳脊髄液漏出症(cerebrospinal fluid leakage:CSFL)と確定診断し透視下で硬膜外自家血パッチ(epidural blood patch:EBP)を施行した58症例について,疫学的背景,起立性頭痛や脳硬膜下血腫の有無,造影MRIでの全周性硬膜増強像の有無,治癒に要したEBPの回数や注入自家血量を後方視的に検討した.好発年齢は30歳代後半~40歳代(平均42.9歳),先行する交通事故は3症例に認めたがむちうち症はなく,55症例が特発性であった.起立性頭痛は79.3%(46/58),造影脳MRIで全周性硬膜増強像を87.9%(51/58)に認めた.また脳硬膜下血腫は34.5%(20/58)に合併し,40.0%(8/20)に穿頭術が施行された.EBPは最多で6回を要し(中央値2.0),全症例で症状は消失した.74.1%(43/58)が1~2回のEBPで治癒した.CSFLの多くは起立性頭痛があり,造影脳MRIで硬膜増強像を呈し,EBPが有効であることが示唆された.

I はじめに

脳脊髄液漏出症(cerebrospinal fluid leakage:CSFL)は起立性頭痛を特徴とするまれな疾患で,頸部痛,耳鳴,聴力過敏,光過敏や悪心などの随伴症状に加え,脳硬膜下血腫を合併することがある.治療は安静臥床や補液などの保存的加療を行うが,無効であれば硬膜外自家血パッチ療法(epidural blood patch:EBP)を施行する.

国際頭痛分類第3版β版1)では,本疾患の特徴的な症状として起立性頭痛を重視し,診断には造影脳MRIでの全周性硬膜増強像や,画像による髄液漏出の証拠を必要としているが,複雑なものではない.厚生労働省の研究班による脳脊髄液漏出症画像判定基準・画像診断基準2)によると,破綻部位については現時点では脊髄造影CT(CT myelography:CTM)が最も信頼性の高い検査とされているが,わが国では“交通外傷によりCSFLが引き起こされる”と報道されたことや,CTMより疑陽性が多く精度に劣るRI脳槽造影(radioisotope cisternography:RIC)がおもな検査として行われてきた経緯3,4)もあり,診断が混乱している.脳脊髄液減少症ガイドライン2007では,“外傷性脳脊髄液漏出症は,交通外傷などにより髄液が漏出し,その多くは多彩な自覚症状を示すが典型的な起立性頭痛は不明瞭でありかつ必発ではなく,また造影脳MRI所見を重視しない”とされており5),国際頭痛分類との乖離がみられる.

わが国においてはCTMにより確定診断された,まとまった症例数の報告はない.本稿では,CTMでCSFLと確定診断された58症例を後ろ向きに検討することにより,その疫学的特徴や典型的な臨床像を明らかにしたい.

本研究は奈良県立医科大学の倫理委員会で承認された(承認番号:1171-2).また患者には口頭で説明し文書で同意を得ている.

II 対象と方法

2004年12月から2016年2月現在まで,国際頭痛分類第3版β版1)を満たし,EBPを行った63症例のうち,CTMを施行しなかった5症例を除く58症例について,性別,年齢,既往歴などの患者背景,起立性頭痛の有無,脳硬膜下血腫の合併の有無,穿頭血腫除去術の有無,治癒までに要したEBPの回数と自家血注入量について後ろ向きに検討した.

当科における診療のフローチャートを示す(図1).

図1

脳脊髄液漏出症の診療フローチャート

本稿では起立性頭痛を“立位または座位後15分以内に出現し,臥位にて消失する頭痛”と定義した6).まず起立性頭痛の有無を問診し,その後造影脳MRIを撮像した.造影脳MRIでは全周性硬膜増強像を重視するが,脳下垂,脳槽狭小化,下垂体腫大などの所見も有意とし,その有無を検索した.明らかな起立性頭痛の訴えがあるか,または造影脳MRIで有意な所見があれば,入院のうえでCTMを行った.頭痛誘発に2時間以上の立位や座位の保持を要するような不明瞭な起立性頭痛を呈する場合や,頭痛がなくても立位あるいは座位15分後に嘔気,嘔吐,耳閉塞感などの随伴症状を訴えがある場合にもCTMの施行を考慮した.CTMで硬膜外造影剤貯留像を認めればCSFLと確定診断し,その後透視下EBPを行った.

CTMでは,くも膜下投与した造影剤が硬膜外に漏出している所見を得ることで,脳脊髄液漏出の存在を指摘できるが,正確な硬膜破綻部位は識別できない.われわれは,硬膜外腔の造影剤の貯留範囲のどこかに破綻部位が存在すると考え,1度のEBPでその領域をすべて覆うようにEBPを計画した.実際には,CTMでの造影剤貯留部位の範囲内で,著明な骨棘などのCT所見を参考に,硬膜破綻部の存在が疑われる部位で穿刺の容易な椎間を選択し,EBPを施行した. EBPは原則的に1カ所の椎間穿刺としたが,血液の逆流がみられた際は穿刺椎間を変更して再穿刺した.このように,同日に複数箇所の穿刺を行った場合にも施行回数を1回とカウントした.

体位は伏臥位にてX線透視下で行い,22Gブロック針を用いた.抵抗消失法を用いて硬膜外腔へ到達し,1~2 mlのイオヘキソールを注入して硬膜外造影を確認後,無菌的に採血した自家血をイオヘキソールと4:1の割合で混合し注入した.注入する自家血の量は20 ml前後を目標としたが,穿刺部位周囲の圧迫感や痛みが出た時点で終了し,四肢のしびれを訴えた場合や,極端に注入圧が高い場合などはただちに手技を中止した.注入終了直後に脊椎CTにて自家血の広がりを確認した.自家血の広がりが当初の目標部位を覆えていないときには,不十分な部位に対する再EBPを考慮した.EBP施行当日は安静臥床を遵守させ,EBP 1日後には座位保持時間30分を目標とし,可能であれば同日に立位歩行を許可した.徐々に起立時間を増やしEBP 3日後には洗髪の許可など,安静に関する制限を完全に解除した.EBP 3日後も症状の改善がみられなかった場合は,EBP後のCT所見を参考にEBPの再施行とCTMによる漏出の有無の再検索を検討し,これら一連の治療は症状が消失するまで行った.症状の消失をもって退院を許可したが,退院後は,無症状であっても1カ月~数カ月ごとの造影脳MRIによる経過観察は継続した.同検査において,全周性の硬膜肥厚像が消失していれば終診としたが,造影所見が残存しており改善傾向に乏しい場合はCTMによる再検索を行い,漏出があればEBPを再度施行した.

原則として,MRIによる経過観察は同所見が消失するまで続けたが,EBP施行前から造影脳MRIでの所見が乏しい症例では,EBP施行後の症状の消失をもって治癒とし,その後は外来で経過観察を行い,症状の再燃がなければ終診とした.

III 結果

結果を表1に示す.

表1 患者背景,起立性頭痛,硬膜下血腫,EBP穿刺部位
症例 年齢(歳) 性別 起立性頭痛 硬膜下血腫 穿頭術施行 EBP穿刺部位
頸胸椎移行部 上位胸椎 中位胸椎 下位胸椎 腰椎
1 30 F          
2 34 M            
3 34 F            
4 53 F        
5 45 F            
6 35 F          
7 38 F            
8 29 M            
9 33 F            
10 38 M          
11 37 F              
12 35 M              
13 40 M            
14 39 F              
15 51 F          
16 45 M          
17 40 M            
18 60 F              
19 46 M          
20 53 M          
21 35 M          
22 54 M          
23 68 M              
24 40 F            
25 64 F        
26 47 M      
27 31 F            
28 70 M          
29 45 F      
30 40 M          
31 39 F            
32 46 F            
33 40 F            
34 44 F      
35 45 F            
36 54 M          
37 29 F            
38 42 F            
39 43 F        
40 61 F            
41 40 F        
42 37 F        
43 35 F        
44 45 M      
45 23 M            
46 48 M        
47 49 M      
48 30 M            
49 52 F        
50 37 M          
51 33 F          
52 34 M          
53 49 F            
54 25 F          
55 37 M          
56 39 F        
57 44 M            
58 79 F          

M:男性,F:女性

平均年齢±標準偏差は42.9±11.1歳,中央値は40.0歳で,発症のピークは30歳代後半から40歳代であり,60歳以上も5症例みられた(図2).性別は男性24名,女性34名と女性に多かった.身長・体重の平均±標準偏差は男性172.2±6.2 cm,66.1±7.1 kg,女性は158.8±6.2 cm,51.6±7.1 kgであった.先行する外傷歴のある患者は5症例で,その内訳は転倒が2症例,交通事故(自損)が3症例でむち打ち症を発症した患者はいなかった.起立性頭痛は58症例中46症例(79.3%),硬膜増強像は58症例中51症例(87.9%)にみられ,脳硬膜下血腫は58症例中20症例(34.5%),うち8症例(全症例の15.4%)で穿頭血腫除去術が施行された.治癒までに要したEBP施行回数は最低1回から最高6回で,中央値は2.0であった.治癒までに要したEBPの回数は,1回が58症例中26 症例,2回が17症例,以降3回が10症例,4回が2症例,5回が2症例,6回が1症例であった(表2).すべてのEBPで重篤な合併症はなく全症例で症状は消失した.1回のEBPで注入した自家血の総量は1~23 mlで,総量の平均は,1回目11.4±4.1 ml,2回目11.4±4.7 ml,3回目7.3±3.7 ml,4回目9.7±5.6 mlであった.なお,注入量が1 mlであった症例は,2回目のEBPで,強い注入痛があったため注入を終了したが,その後同症状は消失した.また,EBPを5回要した2症例の注入量は18 mlと3 mlで,EBPを6回施行した1症例については,6回目の注入量は1.7 mlであった.

図2

年齢分布

表2 治癒に要したEBPの回数
治癒に要したEBP(回) 治癒した症例数(人)
(n=58)
1 26
2 17
3 10
4 2
5 2
6 1

EBP施行時の穿刺部位はC7~T2を頸胸椎移行部,T3~T6を上位胸椎,T7~T9を中位胸椎,T10~T12を下位胸椎,L1以下を腰椎として,頸胸椎移行部は41回,上位胸椎は20回,中位胸椎は13回,下位胸椎は12回,腰椎は2回であった.複数回EBPを施行した症例のうち,24症例は穿刺部位が異なる椎体領域での穿刺であった.

術前に全周性硬膜増強像があった51症例について,造影脳MRIで経過観察を行ったが,44症例は所見が消失し治癒と判断した.硬膜増強像が残存した7症例のうち,6症例は再度CTMを施行し,全症例で漏出が残存していたため再度EBPを施行した(前述の総EBP施行回数に含まれている).残る1症例は,遠方のため受診が途絶え,その後の造影脳MRIの改善は未確認である.最終的に2016年7月現在,前述の未確認である1症例を除き,硬膜増強のあった51症例について全症例で所見の消失を確認した.また再発症例も経験していない.

IV 考察

CSFLは年間10万人に5人が発症するまれな疾患で,男性に比べ女性に多く,好発年齢は40歳とされる68).明らかな誘因なく生じた硬膜の破綻部分から脳脊髄液が硬膜外腔に漏出し,頭部挙上時に脳が下垂することで起立性頭痛や,嘔気,嘔吐,脳神経症状などの随伴症状を呈する710).本稿の58症例についても,年齢は30歳台後半から40歳台に多く未成年者はおらず,性別はやや女性に多かった.これは過去の報告とほぼ同様の結果であった.

わが国ではむち打ち症とCSFLとの関連が報道され,本稿の検討期間中にも400症例を超えるむち打ち症患者がCSFLの精査を希望して当科を受診した.しかし,CTMで診断されたCSFL患者には先行する外傷歴がある5症例が含まれているが,むち打ち症患者はいなかった.後述するスクリーニング検査の限界もあり外傷性CSFLの存在を否定はできないが,少なくとも“多くのむち打ち症患者にCSFLが関与する”とはいえない.

慢性脳硬膜下血腫がCSFLの過半数に合併するという報告がある911).本稿では34.5%(20/58)と合併率はやや低かったが,13.8%(8/58)に血腫除去術を要した点は注意を要する.

CSFLにおける脳硬膜下血腫は,頭部を挙上することで脳が下垂し,架橋動静脈が破綻することで発症すると考えられる9,12).したがって,CSFLが強く疑われる症例については,血腫の合併を予防するため厳格な安静臥床が望ましい.経過中に非起立性頭痛の出現など症状の変化があれば,血腫発生を念頭に置いて,迅速に頭部CTを撮影する必要がある.血腫は症状の極期だけではなく,EBP後の症状軽減時に発症・増悪することもあり,治癒が確認されるまでは注意深く観察すべきである.血腫発症・増悪の時期と起立性頭痛の強さが相関しない理由は不明である.

国際頭痛分類では起立性頭痛と硬膜増強像を重視している一方で,脳脊髄液減少症ガイドライン5)では両所見とも重視しておらず,CSFLの診断は混乱しているのが現状である.本研究では,起立性頭痛が79.3%(46/58)にみられ,CSFLには起立性頭痛が60~90%にみられるとする従来の報告1315)と,同様の結果であった.頭痛がみられないか,あるいは立位後数時間経過した後に頭痛が出現してくるといった非典型的な症状を呈したという症例報告もあるが7,8,11),起立性頭痛はCSFLに特徴的な症状であるといえる.

造影脳MRIでの全周性硬膜増強像はMonro-Kellieの仮説により説明されるように,脳の下垂により減少した頭蓋内容積を補正しようと硬膜静脈叢が怒張することで起こるといわれる7,16).本研究では87.9%(51/58)にみられており,CSFL患者の約80%が呈するという過去の報告と同様であった7,11,1517).また,われわれは症状改善後にも造影脳MRIを撮影し,遠方のため受診の途絶えた1症例を除く全症例で同所見の消失を確認しており,造影脳MRIはEBPの効果判定としても有用である.このように硬膜増強像はわが国においても典型的な所見であり,診断において重視すべきである.

CTMで確定診断後に透視下EBPを行った際,全症例で症状が治癒したとする報告3,10)や,盲目的EBPの成功率は52.0%であったのに対し透視下EBPの成功率は87.1%であったとする報告がある18).これらの知見は,厳格に診断されたCSFLに対し透視下で確実にEBPを行えば,治療効果が高く,予後は良好であることを示唆している.

当科では現在,スクリーニング項目の起立性頭痛と全周性硬膜増強像の両者が陰性であった場合はCTMを施行していない.前述のごとく,両所見はともに8割以上の陽性率ではあるが,ともに陰性となる症例が存在する可能性には常に留意する必要がある.

本検討では単回のEBPで治癒した症例が26/58例(44.8%)である一方,4回以上のEBPを要した症例も5/58例(8.6%)存在した.EBPの効果が不十分となる病態については2点考えられる.すなわち,1点目は,大量の髄液漏出があれば自家血が希釈され十分なパッチ効果を示せない可能性である.2点目は,硬膜外腔の癒着があると,自家血が均一に広がらないことがあり硬膜破綻部を覆えないため,パッチ効果が不十分になることが考えられる.

EBP治療の有効性を規定する因子については今後検討を加えていく.

本稿のlimitationとしては以下の2点があげられる.

1点目は,保存的治療のみで治癒した症例を含んでいないことである. 対象症例は初診時すでに発症から2週間以上経過しており,EBPを要した症例のみを反映している.保存的加療で治癒した症例の臨床像と本稿の結果とは異なる可能性がある .

2点目はCTMにおける硬膜外造影剤貯留所見の信頼性は脳槽シンチグラフィーより高い(特異度は高い)とされている3,4)が,現在のところその感度が不明な点である.CTMの検出率は100%とする報告もあるが4,10),55.0~68.4%とする報告もあり一定ではない9,17,19).当科でのCTM施行時は,透視下でくも膜穿刺を行うことで確実性を上げ,また直後のCTは1 mmスライスで撮影して検出力を上げているが2022),CTMでも検出不可能な症例が存在する可能性がある.検出力の向上が今後の課題となる.

本検討ではCSFLが起立性頭痛を呈することが多く,造影脳MRIがスクリーニング検査として有用であった.CTMで診断した症例に対しては透視下EBPが有効で,予後良好な疾患であった.これらの知見は,適切に診療すればCSFLが診断の難しい難治性慢性疼痛疾患ではないことを示している.

CSFLは起立性頭痛を主訴とし,造影脳MRIによる硬膜増強像が特徴的な所見である.脳硬膜下血腫の合併に注意を要するが,CTMで確定診断したCSFLには透視下EBPが有効であり予後良好である.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.

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