日本ペインクリニック学会誌
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症例
常染色体優性多発嚢胞腎および肝嚢胞の痛みに対してオピオイド治療を開始した1例
藤井 知昭三浦 基嗣長谷 徹太郎敦賀 健吉森本 裕二
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2017 年 24 巻 4 号 p. 349-352

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Abstract

常染色体優性多発性嚢胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease:ADPKD)患者の多くはなんらかの痛みを有しており,その管理法として段階的治療が提唱されている.今回,多発肝嚢胞を合併したADPKDに伴う痛みの症例を経験した.非ステロイド性抗炎症薬やアセトアミノフェンよりもトラマドールが有効であったことと,低濃度局所麻酔薬を用いた硬膜外ブロックにより痛みが軽減したこと,リドカイン全身投与が無効であったことから,内臓由来の痛みが主であると判断した.腹腔神経叢ブロックの有効性も検討したうえで,オピオイド治療を開始することにより,良好に管理しえた.オピオイド鎮痛薬はバソプレシン作用増強による腎嚢胞増大の可能性に注意する必要があるが,内臓由来の痛みに対しては有効と考えられる.

I はじめに

常染色体優性多発性嚢胞腎(autosomal dominant polycystic kidney disease:ADPKD)は非がん性の進行性疾患であり,60%以上の症例でなんらかの痛みを訴え,移植以外に根本的な治療法はないとされる.今回,多発肝嚢胞を合併したADPKDによる内臓痛に対してオピオイド鎮痛薬を使用し,良好な管理が可能となり,通院治療が可能となった症例を経験した.

なお,本症例の発表については,患者本人の承認を得ている.

II 症例

30歳代,女性.身長147 cm,体重43 kg.

既往歴:8歳時にADPKDの診断.20歳時よりパニック障害.

家族歴:父,姉がADPKD.

現病歴:X−1年に腹部膨満感が出現し,近医を受診.精査により多発肝嚢胞と診断され,肝移植を希望し当院に紹介となった.X年2月,左側腹部痛と背部痛を自覚.同年8月,左腎嚢胞破裂により左側腹部痛が増強したとして,入院加療となっていた.以後も痛みと不安のため入退院を繰り返していた.同年10月,痛みの治療目的に当科紹介となった.

初診時,トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠(トラマドール37.5 mg,アセトアミノフェン325 mg配合:TA錠)4錠/日,ジクロフェナクナトリウム50 mg/日,ジアゼパム5 mg(不安時),ケトプロフェン外用薬,フルルビプロフェンアキセチル(疼痛増悪時)を使用しており,痛みは数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)5~6であった.両側腹部,背部,腹部全体に締め付けられるような持続痛があり,歩行や体動により悪化するためADLは低下していた.コンピューター断層撮影法にて両側腎嚢胞が確認された(図1)が腫大は軽度であった.一方で多発肝嚢胞による著明な肝腫大が存在し(図2),これによる消化管通過障害のため食欲不振を訴えた.またパニック障害に対しては,神経科併診中であった.

図1

腹部CT

軽度の左腎腫大(7×11 cm)を認める.

図2

腹部CT

著明な肝腫大を認める.

III 治療経過

まず診断的治療として硬膜外ブロックを行った.T11/12からTuohy針を穿刺し,1%リドカイン3 mlを投与したところ,施行後4時間痛みは消失(NRS 6から0へ)した.同ブロックを週に1~3回の頻度で開始したところ,ブロックを繰り返すことにより痛みの軽減を確認した.体性痛の鑑別目的に0.5%リドカイン3 mlを硬膜外投与したところ,効果は1%リドカインと同等であった.局所麻酔薬の全身作用の鑑別目的に2%静注用リドカイン100 mgを静脈内投与したところ,痛みは不変であった.以上から,内臓痛主体の痛みと考えられた.トラマドールの試験的内服が痛みに有効であったことから,オピオイド鎮痛薬の使用を考慮したが,痛みに対する不安が強く,パニック障害を合併していたことから乱用の危険性が考えられた.一方で硬膜外ブロックが著効したことから,他の選択肢として腹腔神経叢ブロックも考えられた.治療開始16日目に今後の治療方針について,腹腔神経叢ブロックとオピオイド鎮痛薬治療の,2通りの治療法を提示した.腹腔神経叢ブロックを行った場合,嚢胞破裂時の痛みの発見が遅れることが懸念され,オピオイド鎮痛薬治療を選択した.治療開始24日目に,内服中であったTA錠4錠を中止しフェンタニルクエン酸塩経皮吸収型製剤12.5 µg/hを開始したところ痛みが改善し,フルルビプロフェンアキセチルの投与と硬膜外ブロックが不要となった.しかしながら,発作痛出現時にパニック発作を発症する可能性は否定できず,依存形成に十分注意しつつTA錠の頓用を併用した.ADL低下のためリハビリテーションに時間を要したが,治療開始46日目に自宅退院した.退院時の処方は“フェンタニルクエン酸塩経皮吸収型製剤12.5 µg/h,TA錠1錠を疼痛時頓用”であった.

IV 考察

ADPKDの有病率は海外では400~1,000人に1人1),わが国では約4,000人に1人2)とされ,決してまれな疾患ではない.ADPKD症例の60%以上はなんらかの痛みを有しているが,痛みの原因は多岐にわたり,嚢胞の大きさと痛みは必ずしも関連しない1).したがって,治療の際には痛みの評価を行うことが重要と考えられる.痛みには,慢性痛だけでなく身体活動中に急に起こる急性痛があり,本症例のように痛みによりADLが低下している場合が多い.またADPKDにおいては,腎機能障害や脳動脈瘤の存在が生命予後を規定する因子ではあるが,一般には比較的長期間の生存が見込めるため,痛みの管理が重要となる.

ADPKDに伴う痛みの管理に関しては,段階的治療が提唱されている1,3).非侵襲的治療として,患部の冷却や温熱,認知行動療法といった保存的治療に加えて,アセトアミノフェンや鎮痛補助薬による薬物治療を行い,効果不十分な場合にはオピオイド鎮痛薬の使用を考慮する.非侵襲的治療で痛みの緩和が不十分な場合は侵襲的治療を検討する.具体的には,腹腔神経叢ブロックなどの交感神経ブロックや,脊髄電気刺激療法などのインターベンショナル治療,腹腔鏡下嚢胞剥皮術,腎除神経術,肝嚢胞に対する動脈塞栓術などの外科的治療があり,病期が進行し肝不全,腎不全に至った場合には移植術が検討される.

本症例は著しい肝腫大,軽度の腎腫大を認めていたが,肝機能,腎機能は保たれていたため,移植術の優先順位は高くなかった.その一方で,痛みによりADLが著しく低下していたため,なんらかの痛み治療を必要とした.非ステロイド性抗炎症薬,アセトアミノフェンでは痛みのコントロールが不十分であり,トラマドールが有効であったことからオピオイド鎮痛薬の使用を考慮したが,パニック障害を合併していたため慎重を期す必要があった.また,診断的治療として行った硬膜外ブロックでは,知覚神経もブロックされる1%リドカインを用いた場合と比較して,おもに交感神経がブロックされる濃度である0.5%リドカイン4)を用いた場合にも,同様に痛みの改善が得られた.また,リドカイン静注による鎮痛は得られなかったため,リドカインの全身作用による鎮痛効果5)の可能性も否定された.以上より,内臓痛主体の痛みであると考えられ,腹腔神経叢ブロックも有効であることが予想された.それぞれの利点と欠点に関して十分に患者と話し合い,結果的にオピオイド鎮痛薬の使用により有害事象をきたすことなく痛みの改善が得られ,通院治療が可能となった.

また,近年,ADPKDの治療薬としてトルバプタンが適応追加となった.ADPKD症例は尿濃縮力が低下しバソプレシン分泌が亢進6)しているが,バソプレシンは腎嚢胞増大を促進する作用がある2).バソプレシンV2受容体拮抗薬であるトルバプタンは腎嚢胞増大を抑制すると考えられ,ADPKD症例の腎臓由来の痛みをわずかではあるが有意に減少させることが示されている3).Cockcroft-Gault換算式によるクレアチニンクリアランス60 ml/min以上かつ両腎容積750 ml以上のADPKDにおいて,使用が推奨されている7)が,本症例では腎腫大は軽度であり使用しなかった.一方,ウサギの脳室内においてオピオイド鎮痛薬とバソプレシンは交感神経出力を相乗的に調節するとされ8),オピオイド鎮痛薬はバソプレシン作用増強9)を介した腎嚢胞増大作用を持つ可能性がある.そのため,ADPKD症例へのオピオイド鎮痛薬使用においては,一般的な長期使用による合併症に加えこの点にも注意が必要と考えられる.本症例は肝移植待機中のため当院内科・外科への通院を継続しており,適宜画像での評価を行っている.

この論文の要旨は,第32回北海道ペインクリニック学会(2016年9月,札幌)において発表した.

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