transient receptor potential(TRP)チャネルは,さまざまな部位に発現し,多岐にわたる生体機能に関与する.そのうち,一次求心性侵害受容線維終末に発現が多くみられるTRPA1は,痛みに関係するチャネルとして研究が進んでいる.TRPA1は,多様な外因性の刺激物質によって活性化されて急性痛を起こすだけでなく,炎症に関与する内因性物質によっても活性化される.さらに炎症時には発現量の増加や,細胞表面への移動がみられることより,TRPA1は炎症性疼痛にも大きく関与する可能性が考えられている.TRPA1チャネル活性化による炎症性疼痛の増強は,臨床でよく用いられている麻酔薬でも認められることが報告されており留意する必要がある.最近,TRPA1の発現は,一次求心性線維の末梢側だけでなく中枢側にもみられ,中枢側でのTRPA1チャネル活性化は発痛ではなく,逆に鎮痛となる可能性が示された.このことも考慮に入れたうえで,TRPA1をターゲットにした鎮痛薬創薬に期待したい.
炎症性疼痛は,侵害受容性疼痛経路が炎症によって活性化や感作されることにより引き起こされる疼痛である.そこには組織炎症部位で放出されるさまざまなメディエーターが関与する.メディエーターとしては,炎症性サイトカイン,ケモカイン,活性酸素種,プロテインキナーゼ,血管作動性アミン(ヒスタミン,セロトニンなど),脂質,酸,ATPなどがあげられ,これらは遊走白血球,血管内皮細胞,肥満細胞などにより産生される.これらが直接または間接的に侵害受容線維の閾値を下げたり,反応性を増加させたりすることで疼痛が起こる.
最近,この炎症性疼痛のメカニズムにtransient receptor potential(TRP)チャネルの活性化や感作が大きく関与していることが明らかになってきた.本稿では,炎症性疼痛において重要な役割を果たしていると考えられている,TRPA1を中心に概説する.
TRPチャネル研究の発展は,唐辛子の成分であるカプサイシンに反応するTRPV1が発見された1997年に始まる.おもに侵害受容性線維に発現するTRPV1は,カプサイシンだけでなく43℃以上の熱や酸にも反応し,さらに熱刺激はカプサイシンに対する作用を増強することが明らかになった1).“唐辛子を食べて辛いと感じているところに熱いスープを飲むと,‘辛い!’を通り越して痛い思いすらする”というわれわれが日常で感じることのできる現象は,TRPV1の活性化で説明できる.
このTRPV1の発見は,新たな痛み機構の解明につながる大きな一歩として脚光を浴びた.その後,TRPV1との遺伝子相同性に基づいた探索により,多くのTRPチャネルがクローニングされ,これらは大きなファミリーを形成することが明らかになった2).TRPチャネルスーパーファミリーは,哺乳類では6種類のサブファミリー,TRPV(vanilloid),TRPC(canonical),TRPM(melastatin),TRPA(ankyrin),TRPP(polycystin),TRPML(mucolipin)を形成し,さらにそれぞれのサブグループはいくつかの分子を持つ.現在では哺乳類では28種類,ヒトではTRPC2を除く27種類のチャネル分子が報告されている(図1)2–4).そして現在では,TRPチャネル研究は痛みの分野だけにとどまらない広がりを見せている.
哺乳類のTRPチャネル系統樹
(Macmillan Publishers Ltd: Nature Chemical Biologyの許可を得て,文献2より改変)
TRPチャネルの命名は,TRPV1の発見から約30年前の1969年までさかのぼる.ショウジョウバエの眼に持続的な光刺激を与えると,野生株では持続性の受容器電位(receptor potential)が観察されるのに対して,変異株では受容器電位が一過性(transient)であった5).この変異株の原因遺伝子が1989年に特定され,観察される現象よりTransient Receptor Potentialの頭文字をとってtrp遺伝子,そしてチャネルはTRPチャネルと呼称されるようになった6).
TRPチャネルの構造は,いくつかのTRPPを除き,N末端とC末端が細胞質内に位置する6回膜貫通型であり,これがホモもしくはヘテロ4量体を形成することでチャネルとして機能する.N末端とC末端にはサブファミリーごとに特徴的な構造があり,これらがチャネルの開閉に大きくかかわっている2,3).チャネルポアは5番目と6番目の膜貫通領域の間に位置し,そこに存在するselective filterによりイオン透過性が決まる.そして多くのTRPチャネルはナトリウムイオン(Na+)やカルシウムイオン(Ca2+)を透過させる非選択性陽イオンチャネルである(図2).
TRPA1の構造
現在では,TRPチャネルは多様な生体機能に関与することがわかってきている.その一つが温度感知である.前述のTRPV1が熱感受性チャネルであることが発見されたのち,温度感受性のTRPチャネルの探索が精力的に行われた.その過程で比較的すぐに発見されたのがTRPV2,TRPV3,TRPV4,TRPM8である(その後,TRPM2,TRPM3,TRPM4,TRPM5も温度感受性チャネルであることが報告されている)7).このうちTRPM8は,25℃以下の涼刺激により活性化されるチャネルとして,2002年に報告された8,9).さらにTRPM8は涼刺激だけでなく,化学的刺激であるメントールによっても活性化されること,そしてメントールによって活性化されたTRPM8電流は,涼刺激によりさらに増強されることが明らかになった.つまり“メントールガムを噛んだ後に冷たい水を飲むと,いっそう冷たく感じる”機構が明らかになったのである.
2003年に,冷刺激により活性化されるTRPチャネルが,もう1つ報告された10).TRPA1である.TRPA1は,おもに侵害受容性線維に発現し,TRPM8を活性化する温度よりもさらに低い温度(<17℃)で活性化がみられることより,侵害性冷刺激感知に関与すると考えられた.またTRPA1は,マスタードオイル(MO)やワサビの主成分であるアリルイソチオシアネート(AITC)にも反応することが明らかになった11).
これまでみてきたように,TRPV1,TRPM8,TRPA1は温度という物理的刺激だけでなく,化学的刺激にも反応する.このpolymodal receptorとしての役割は,他の多くのTRPチャネルにもみられる機構である.したがって,TRPチャネルは細胞内外のさまざまな変化を感知し,細胞内シグナルに変換する“生体センサー”であると考えられている.
痛みはさまざまな刺激によって引き起こされるが,そこには侵害受容性C線維やAδ線維に発現するTRPチャネルが関与している.現在,これらのTRPチャネルをターゲットにした痛みの研究がTRPV1とTRPA1を中心に進んできている.この両者とも炎症において重要な役割を果たしていることが報告されているが,炎症性疼痛ではとくにTRPA1の役割が注目されている.
TRPA1は,哺乳類ではTRPAグループに属する唯一のチャネルである(図1)4).N末端の,14~18回の非常に長いアンキリン(ankyrin)リピート構造を特徴とする(図2).チャネル活性化により陽イオン,とくにCa2+を多く透過させ12),細胞機能を発揮する.
TRPA1の発現は,後根神経(末梢知覚神経)や三叉神経の,とくに細胞体サイズの小さい侵害受容性C線維やAδ線維に多くみられる.侵害受容性C線維でのTRPA1の発現は約3割であり,そのほとんどがTRPV1と共発現する.一方,非侵害受容性線維に多く発現がみられるTRPM8とは共発現しない10,13,14).このことから,TRPA1の侵害受容性疼痛へのかかわりが考えられる10,11).さらにTRPA1は,発痛物質であるサブスタンスP(SP)や血管拡張にかかわるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP)とも共発現することが報告されている10,11,14).また炎症時にはTRPA1の発現量の増加や,細胞表面への移動(trafficking)がみられる14,15).このことから,TRPA1は侵害受容性疼痛だけでなく,炎症性疼痛にも関係していることが強く示唆される.
末梢神経細胞以外には,肺,内耳,腸管,皮膚角化細胞,血管内皮細胞,膵臓β細胞,脳アストロサイトと,非常に多くの組織,全身に分布していることが報告されている16)が,これらの組織のTRPA1発現量は末梢神経細胞と比較すると少ない.
2. 一次求心性線維末梢側でのTRPA1の役割後述するが,TRPA1は実に多様な外因性・内因性の刺激により活性化される.では,TRPA1の一次求心性線維末梢側での役割はどのようなものであろうか.アゴニスト刺激が加わると,TRPA1チャネルポアが開口して神経細胞内にNa+やCa2+が流入し,脱分極が起こる.脱分極に引き続き電位依存性Na+チャネルが活性化され,閾値を超えると活動電位が発生する.この活動電位の波は神経に沿って脊髄後角まで伝わる.活動電位が届いた脊髄後角では電位依存性Ca2+チャネルの働きにより神経伝達物質が放出される.次にそれを受容した二次求心性線維が痛みの信号を上行させる.
つまり,一次求心性線維末梢側のTRPA1は,活動電位を生じさせる最初の立ち上がり(脱分極)に重要な役割を果たしている.
3. TRPA1の活性化機構 1) 外因性アゴニストによる活性2003年に,TRPA1は侵害性冷刺激やMOによって活性化されるチャネルとして報告されたが,現在では実に多くの外因性物質により活性化もしくは修飾されることがわかっている.外因性アゴニストの代表例は,マスタードやワサビの主成分であるAITC,シナモン(cinnamaldehyde),ニンニク(allicin),ディーゼルの排ガスのアクロレイン,ホルムアルデヒドなどである16,17).その他,多くの植物,食物,化学薬品,汚染物質などに含まれる侵害性物質があげられる(表1).
外因性アゴニスト | 内因性アゴニスト | 細胞内修飾因子 |
---|---|---|
アリルイソチオシアネート Allyl isothiocyanate (マスタードオイル,ワサビ) |
4-ヒドロキシ-2-ノネナール 4-Hydroxy-2-nonenal: 4-HNE |
細胞内Ca2+ intracellular Ca2+ |
シンナムアルデヒド Cinnamaldehyde (シナモン) |
15d-プロスタグランジンJ2 15-Deoxy-Δ12,14-prostaglandin J2 (PGJ2) |
ホスホリパーゼC Phospholipase C(PLC) |
アリシン Allicin (ニンニク) |
エポキシエイコサトリエン酸 5,6-Epoxyeicosatrienoic acids (5,6-EET) |
プロテインキナーゼA Protein kinase A(PKA) |
アクロレイン Acrolein (ディーゼルガス) |
過酸化水素 Hydrogen peroxide(H2O2) |
プロテインキナーゼC Protein kinase C(PKC) |
Formaldehyde, Formalin ホルムアルデヒド,ホルマリン |
テトラヒドロカンナビノール Δ9-Tetrahydrocannainol |
ホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸 Phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate(PIP2) |
メントール Menthol |
一酸化窒素 Nitric oxide |
ジアシルグリセロール Diacylglycerol |
ニコチン Nicotine |
ポリ硫化物 Polysulfide |
Gタンパク質β,γサブユニット G protein βγ subunits(Gβγ) |
イソフルラン Isoflurane |
4-オキソノネナール 4-Oxononenal |
|
デスフルラン Desflurane |
ニトロオレイン酸 Nitrooleic acid |
|
プロポフォール Propofol |
メチルグレオキサール Methylglyoxal |
|
リドカイン Lidocaine |
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ジアリルジスルフィド Diallyl disulfide (ニンニク,タマネギ) |
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ジンゲロール Gingerol (生姜) |
||
硫化水素 Hydrogen sulfide(H2S) |
||
イシリン Icilin |
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チモール Thymol (タイム) |
||
クロトリマゾール Clotrimazole |
||
クルクミン Curcumin (ウコン) |
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カンファー Camphor (樟脳) |
||
カプシエート Capsiate |
||
フルフェナム酸 Flufenamic acid |
||
ストレプトゾトシン Streptozotocin |
||
カフェイン Caffein |
これら多様な,構造の異なる物質をTRPA1はどのように感知しているのであろうか.その活性化機構の一つは,2006,2007年と相次いで発表された,共有結合修飾(covalent modification)によるチャネル活性化である.TRPA1のN末端に存在するシステイン残基に求電子性化合物が共有結合することで,チャネルの構造を変化させチャネル活性化を引き起こすというものである18,19).上記のAITC,シナモン,ニンニク,アクロレイン,ホルムアルデヒドはこの機序によりTRPA1を活性化する.
一方,共有結合修飾によらないTRPA1チャネル活性を起こす外因性アゴニストも存在する.求電子性ではないメントール20,21),ニコチン22)などである.メントールは,はじめはTRPM8の特異的な活性化物質として報告された8,9).しかしその後,TRPA1にも作用することが明らかになった20,21).興味深いことに,メントールのTRPA1に対する作用は種によって異なるため,注意が必要である.マウスTRPA1を用いた系においては,メントールは低濃度ではチャネルを活性化し,高濃度ではチャネルを抑制するという独特な反応性を示した20).しかし,ヒトTRPA1を用いた系においては,マウスTRPA1でみられた高濃度メントールのチャネル抑制作用は観察されなかった21).“ヒトとマウスは同じではない”ということを示す典型的な例である.研究では,ヒトの代わりにマウスやラットを用いることが多いが,これらを用いた実験結果は必ずしもヒトにも起こる現象ではないという可能性を,とくにTRPA1の研究では認識しておく必要がある.
2) 冷刺激による活性TRPA1が侵害性冷刺激により活性化されるチャネルとして報告されたのは前述のとおりであるが,これを支持する報告だけでなく,否定する報告もあり,いまだに意見が分かれている.研究グループによって結果が食い違う原因の一つとして考えられるのは,実験系によりとらえられるチャネル活性の定義に違いがある可能性である.TRPA1を過剰発現させた細胞を用いてパッチクランプ法でチャネル電流を測定した実験系では,冷刺激によるTRPA1チャネル電流が観察されるが,MOのそれと比較するとかなり小さいものであった23).したがって,生体組織もしくは生体を用いた実験系では,末梢神経終末でのTRPA1の発現量が少ない場合には,MOによる反応は観察されたとしても,侵害冷刺激による反応は観察されないという可能性もありうる.つまり,仮に侵害冷刺激によってTRPA1チャネル活性が起こったとしても,脱分極が閾値に到達せずに活動電位が生じず,その結果,神経伝達が行われず,最終的な表現型としては侵害冷刺激に対する反応なし,という結果になった可能性がある.
いろいろと議論の分かれているところではあるが,コンセンサスが得られつつあるものもある.TRPA1は炎症性疼痛や神経因性疼痛の際の冷刺激過敏性に関与する14,15),というものである.これに関係する事象として,炎症状態ではTRPA1の発現量が増えることがわかっている14,15,24).あくまで推察ではあるが,炎症がない状態では生体反応としてとらえられないレベルのTRPA1の冷刺激による活性化が,炎症状態ではTRPA1の発現量増加により顕在化したのであろう.以上より,TRPA1の侵害性冷刺激受容体としての役割は,炎症時には関係してくるものの,通常の状態ではほとんどないという可能性が考えられる.
3) 内因性アゴニストによる活性TRPA1は内因性物質,とくに炎症に関与する物質によっても活性化される.代表例は4-ヒドロキシ-2-ノネナール(4-hydroxy-2-nonenal:4-HNE)25,26)である.4-HNEはn-6系多価不飽和脂肪酸に由来した短鎖アルデヒドの一つであり,組織損傷・炎症・酸化ストレスの場などでフリーラジカル連鎖反応を介する脂質過酸化反応により産生される.この4-HNEの局所投与は,TRPA1の活性化により急性疼痛を引き起こすことが明らかになった.また4-HNEは,神経組織からのSPやCGRPの放出を促し末梢組織における蛋白漏出を伴う神経原性炎症を引き起こすが,これらの反応もTRPA1の活性化によるものであることがわかった25).つまり,TRPA1は炎症に伴う疼痛のみならず,炎症の形成に大きく関与している可能性が示唆される.
4-HNE以外にも,15-deoxy-Δ12,14-prostaglandin J2(15d-PGJ2)などの酸化脂質,ニトロオレイン酸などのニトロ化脂質,長鎖不飽和脂肪酸,H2O2などの炎症の場で産生される物質も,TRPA1の活性化物質であることが報告されている16,17).また,上述のように,炎症時にはTRPA1の発現量の増加や,細胞表面への移動がみられる14,15,24).
以上より,炎症におけるTRPA1の神経終末での働きは,①炎症性生理活性物質のセンサーとして痛覚伝達を惹起させることと,②神経原性炎症の経路の一つとして炎症反応を増悪させること,の2点にあるといえる.
4) 細胞内因子によるチャネル活性および修飾TRPA1は,細胞内因子によってもチャネル活性もしくは修飾を受ける.その代表例は,細胞内Ca2+である16).細胞内Ca2+は,TRPA1の直接的なチャネル活性を引き起こすだけでなく,MOなどのアゴニストによる活性化を増強する作用も持つ.また,TRPA1チャネル活性により細胞内Ca2+が上昇すると,それに引き続き速やかにチャネル不活性化が起こるが,この機構にも細胞内Ca2+が重要な役割を果たしている.このように,Ca2+を透過させるチャネルがCa2+自体によって活性化もしくは修飾を受ける機構を持つというのも,TRPA1の生体での役割を考えるうえで非常に興味深い.ただし,その機構は完全に解明されたわけではない16).
TRPA1は,そのほかの細胞内Ca2+を上昇させる機構によっても修飾を受ける.その一つがTRPV1チャネル活性である.TRPA1はそのほとんどがTRPV1と共発現していること,またTRPV1もCa2+透過性のチャネルであることから,TRPV1活性により修飾を受ける27).
またTRPA1は,炎症に関与するGタンパク質共役受容体(G protein-coupled receptor:GPCR)によっても修飾を受ける.ブラジキニン受容体,プロテアーゼ受容体PAR2,胆汁酸受容体TGR5,TSLP受容体,MrgprA3やMrgprC11などである16,17).これには,その下流にあるPLC,PKC,PKA,Gβγのような細胞内情報伝達系の因子も関与している16,17,28).
4. 侵害受容性一次求心性線維中枢側のTRPA1これまでTRPA1に関して述べてきた内容は,そのほとんどが侵害受容性一次求心性線維末梢側のTRPA1の役割を解明する研究から出てきたものである.しかし,TRPA1の発現は,侵害受容性一次求心性線維の末梢側だけにとどまらず,中枢側にもみられる24,29).また中枢側においてもTRPA1はTRPV1,CGRP,SPとともに発現している29).では,この中枢側のTRPA1の役割は何であろうか.この答えのヒントが,アセトアミノフェンのTRPA1に対する作用の研究から出てきた.侵害受容性一次求心性線維中枢側のTRPA1活性化が,痛みではなく鎮痛作用を起こすというものである.
アセトアミノフェンそれ自体はTRPA1のチャネル活性を示さない.しかし,代謝産物であるN-acetyl-p-benzoquinone imine(NAPQI)とp-benzoquinone(p-BQ)はTRPA1を活性化する.これら代謝産物をラットの脊髄くも膜下,つまり一次求心性線維中枢側に投与するとTRPA1活性による鎮痛作用が観察された29).この機序は次のように説明される.NAPQIやp-BQが侵害受容性一次求心性線維中枢側のTRPA1に作用すると,TRPA1活性化により細胞内にNa+が流入する.それが電位依存性ナトリウムチャネルを不活化し,活動電位が減少する.それに加え,TRPA1活性化による細胞内へのCa2+流入が,電位依存性カルシウムチャネルを不活化し,シナプス間隙への神経伝達物質放出を抑制する.つまり,二次求心性線維への信号伝達を抑制することで鎮痛作用が起こると考えられる29).
一次求心性線維中枢側でのTRPA1活性による鎮痛作用に関して,もう一つの機序が提唱された.ラット脊髄後角膠様質(substantia gelatinosa:SG)細胞のin vivoパッチクランプ実験で得られた結果で,興奮性シナプス後電流(excitatory postsynaptic current:EPSC)よりも抑制性シナプス後電流(inhibitory postsynaptic current:IPSC)が優位であることによるというものである30).TRPA1アゴニストであるAITCを脊髄後角に投与すると,EPSCとIPSCの両方の振幅と頻度の増加が観察される.このEPSCの増強は,一次求心性線維終末に存在するTRPA1の活性化により神経終末からグルタミン酸が放出され,これがSG細胞に作用したことによる.一方IPSCの増強は,TRPA1活性化により一次求心性線維終末からグルタミン酸が放出され,それがシナプスを形成する抑制性介在ニューロンへ伝わり,GABAやグリシンの放出が促進されたことによる30).そして,これらの機序により増強されるIPSCの持続時間はEPSCのそれよりも長く,つまり抑制性がより強く働くことがわかった.その結果,脊髄後角でのTRPA1活性化は鎮痛効果を示すと考えられた.
このように非常に興味深いことに,TRPA1のチャネル活性化は,侵害受容性一次求心性線維の末梢側では痛みを引き起こすが,中枢側では反対に鎮痛作用を示す可能性が考えられている.
しかし疑問も残る.TRPA1アゴニストを脊髄くも膜下に投与した直後は,神経細胞内へのNa+とCa2+の流入により神経活動が活発化し,バランス次第では一時的には痛みを生じる可能性も考えられる.つまりTRPA1(やTRPV1)の活性化の状態次第で,痛みにもなり,鎮痛にもなる可能性がある.実際に,TRPA1アンタゴニストの脊髄くも膜下投与が疼痛過敏を抑えた31),という報告もあり,さらなる検討が必要である.
近年,術中に使用できる麻酔薬の種類の幅が広がってきている.それに伴い,使用麻酔薬とがん患者の術後長期生命予後などを比較する臨床研究の報告がされるようになった.しかし,短期の影響に関して,とくに麻酔薬と術後の炎症との関連についてはほとんど知られていない.そのようななか,吸入麻酔薬が痛みや炎症を増強する可能性があること,それにはTRPA1がかかわっていることの基礎研究が報告された32).報告では,まずTRPA1はイソフルラン(ISO)により活性化することが示された.次に,さまざまな吸入麻酔薬がMOによるTRPA1チャネル活性に影響を及ぼすかを検討した.すると,気道刺激性の強いISOとデスフルラン(DES)ではチャネル活性をさらに増強する効果を示したが,気道刺激性の低いセボフルラン(SEV)とハロタンでは同様な効果は認められなかった.さらにMOをマウスの耳に注射して炎症を引き起こしたモデルにおいては,SEV麻酔下にMOを注射したマウスと比較して,ISO麻酔下で注射をしたマウスのほうがより耳が腫れ上がる結果となった32).結論として,ISOとDESによる麻酔は,TRPA1活性をさらに増強することで炎症をより悪化させる可能性がある,ということが示唆された.
一方TRPV1では,吸入麻酔薬の単独投与ではチャネル活性はみられないが,TRPV1アゴニストと同時に投与するとTRPV1チャネル活性が増強した32).そして,このTRPV1活性増強効果はDES≫ISO>SEVの順であった.また,炎症発現に関与するブラジキニンの存在下や,PKCを活性化させた炎症モデルにおいて,吸入麻酔薬の投与はTRPV1活性を増強させた33).
以上から,次のような機序が考えられる.組織損傷により炎症性メディエーターが放出されると,それに反応するGPCRが活性化され,損傷部位の一次求心性線維に存在するTRPA1とTRPV1が活性化される.これがDESやISOによる麻酔下では,さらにTRPA1とTRPV1のチャネル活性が増強され,細胞内にCa2+が流入する.これに引き続き,SPやCGRPの放出が促進され,炎症状態が増強される33).
2. TRPA1とプロポフォール静脈麻酔薬プロポフォールのTRPA1に対する作用はヒトとマウスでは異なるので,注意が必要である.マウスTRPA1を用いて実験を行うと,低濃度プロポフォールではチャネル活性,高濃度ではチャネル抑制という独特な結果を示した(未投稿データ).これはメントールのマウスTRPA1に対する作用20)と相似している.一方,ヒトTRPA1では,メントールのときと同様に高濃度での抑制効果はみられず,通常のアゴニストの濃度依存性活性化曲線を示した34).このことより,ヒトのプロポフォール麻酔では,DESやISOと同様にTRPA1活性化により炎症状態を悪化させる可能性がある.
したがって麻酔を行う場合には,術中に用いる吸入麻酔薬や静脈麻酔薬によって,TRPA1やTRPV1が活性化され,炎症状態を増強させる可能性があることに留意すべきである.ただし,上記に示したのは対象種がヒト,マウス,ラットと混在しているさまざまなケースについてのデータであり,さらなる検討が必要であろう.
新たな鎮痛薬の創薬を目指して,これまで多くの製薬企業や研究機関がTRPチャネル作動薬・拮抗薬を開発してきた.しかし,残念ながらまだ臨床応用に至ったものはない.逆に,開発撤退のニュースばかりが飛び込んでくる35).これにはいくつか原因があげられる.あるTRPV1拮抗薬の治験では,被験者が高体温になってしまったため,また他のTRPV1拮抗薬の治験では,被験者が熱を感じなくなり火傷を負ったため治験を取りやめた.開発段階で行われることのある齧歯類での研究は,必ずしもヒトに置き換えることができない.また,さまざまな部位に発現し多様な生体機能に関与するTRPチャネルにおいては,作動薬や拮抗薬を全身投与すると,期待する効果以外の副作用が出る可能性が高い.このような理由のため,現状ではTRPチャネル作動薬・拮抗薬が,経口や注射薬による全身投与の鎮痛薬として臨床応用されるのは難しいと思われる.そうなるとブレイクスルーを得るためには,考え方を広げる必要がある.
改めて,TRPA1の存在意義を考えてみる.TRPA1は,全身に存在し,外因性・内因性の多岐にわたる侵害刺激をいち早くとらえることで,防御機構の最前線に立つ見張りとして非常に重要な役割を果たしている.この防御機構を拮抗薬で全身的に押さえ込むのは得策とは思えない.そうすると,局所のみでチャネルをコントロールすることが目標となる.これに対するヒントは,局所麻酔薬のリドカインのアナログであるQX-314のTRPV1を利用した鎮痛効果発現の研究が参考になる36).リドカインは脂溶性なので,細胞膜をすり抜けて細胞内に侵入し,そこで電位依存性ナトリウムチャネルをブロックすることで局所麻酔薬効果を発揮する.一方,QX-314はリドカインと異なり正に荷電しているため細胞膜を通過して細胞内に侵入することができない.しかし,カプサイシンによりTRPV1が活性化すると,そのチャネルポアからの細胞内侵入が可能となり局所麻酔薬効果を発揮することができる.ポイントはQX-314が,活性化されたTRPV1チャネルポアを通過できるサイズであることと,正に荷電していることにある.そして,この方法の最大の利点は,TRPV1が発現する侵害受容知覚神経のみをブロックし,TRPV1がほとんど発現しない運動神経はブロックしないということである.つまり,運動機能を保ったまま痛みのコントロールが可能となる.
では,この上記の方法をTRPA1にも応用できるであろうか.一つの方法は,単純にQX-314とカプサイシンを用いた上記の方法をそのまま利用することである.つまり,TRPA1はそのほとんどがTRPV1と共発現していることから,TRPV1を発現している神経のブロックは,同時にTRPA1を発現している神経をブロックしていることになる.この方法によりTRPA1が原因である痛みをコントロールすることができる可能性がある.
もう一つの方法は,活性化TRPA1チャネルを介したQX-314,もしくはそれに類似した正に荷電した局所麻酔薬を用いる方法である.TRPA1は,TRPV1と同様に非選択性陽イオンチャネルであり,MOで活性化されたTRPA1のチャネルポアサイズは,カプサイシンで活性化されたTRPV1よりも大きい12).したがって,理論上はまったく不可能な方法ではないと考えられる.しかし残念なことに,MOによる活性化TRPA1チャネルを介したQX-314の鎮痛効果に関しては否定的な報告がなされている37).だが,これで道が閉ざされたわけではない.QX-314以外の正に荷電した局所麻酔薬を含めた他の薬剤の検討や,MO以外によるTRPA1チャネルポア開口法など,まだまだ検討すべき余地が多く残されている.
これらの方法も含めて,今後の研究の発展,臨床への応用を期待したい.
1997年のTRPV1の発見から,ちょうど20年目を迎えた.これまでTRPチャネルに関して多く研究が行われ,痛みや炎症の領域でのTRPV1とTRPA1の役割が明らかになっている.しかし,現時点ではそれを治療に生かせるまでには至っていない.痛みや炎症は,本来は生体防御機構の一部である.しかし,過度となる痛みや炎症は治療の対象であり,TRPV1やTRPA1がそのターゲットであることに疑いの余地はない.最近,TRPV1とTRPA1の結晶構造が明らかになった38).研究および創薬の可能性がますます広がってきている.麻酔との関連も含めて今後に期待したい.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.