日本ペインクリニック学会誌
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症例
頸部経椎間孔硬膜外ブロック施行時に硬膜下くも膜外注入になった1症例
藤原 亜紀渡邉 恵介福本 倫子木本 勝大篠原 こずえ川口 昌彦
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2018 年 25 巻 1 号 p. 28-31

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Abstract

硬膜下くも膜外注入は硬膜外ブロックのまれな合併症である.今回,頸部経椎間孔硬膜外ブロック施行時に硬膜下くも膜外注入となった症例を報告する.症例は75歳,女性.頸椎症に対して右T1経椎間孔硬膜外ブロックを定期的に施行していた.今回の同処置施行時は,X線透視下で針先は椎間孔外に位置し,後根神経節が造影された.局所麻酔薬注入数分後から右上肢のしびれが出現し,徐々に四肢へと広がった.その後,呼吸困難感,血圧および心拍数低下を認めた.広範囲の感覚低下と四肢筋力低下を認めたが,意識は清明で,下肢筋力低下が上肢に比し軽度であったことなどから硬膜下くも膜外注入と判断した.酸素および昇圧薬の投与によりバイタルサインは安定した.呼吸困難感は1時間で軽減し2時間後には座位も可能となった.その後全身状態は安定し,翌日に退院した.以降も起立性頭痛やその他の不調は認めていない.硬膜下くも膜外腔は狭い空間であり,少量の薬液で広範囲の神経遮断が起こる.今回,前回施行時とは異なる造影像であったことに注意を払うべきであった.まれであるが重篤な合併症を回避するために,慎重な造影所見の読影と処置後の注意深い観察が必須である.

I はじめに

硬膜外ブロックのまれな合併症の一つに硬膜下くも膜外注入がある.頸部硬膜外ブロックには,椎弓間法と経椎間孔法があり,われわれは,直接的な脊髄損傷の可能性が低い頸部経椎間孔硬膜外ブロックをX線透視下で多く施行している.今回,頸部経椎間孔硬膜外ブロック施行時に硬膜下くも膜外注入となった症例を経験した.同一患者の前回の造影所見との相違も含めて報告する.

なお,本報告は患者本人から文書による同意を得ている.

II 症例

75歳,女性.身長154.8 cm,体重50.2 kg.既往歴は脂質異常症のみであった.頸椎症による右頸肩上肢痛に対して,右T1高位でのX線透視下経椎間孔硬膜外ブロックを半年に1回程度で施行し,経過は良好であった.

X年9月に右頸肩上肢痛が再燃したため,当院を再診した.右T1高位からの頸部経椎間孔硬膜外ブロックを施行した.術前のバイタルサインは,血圧133/73 mmHg,心拍数67 bpmであった.静脈路確保後,透視台に患者を腹臥位とした.背部皮膚消毒後にリアルタイムX線透視下にてT1右横突起外側下縁より穿刺した.まず,横突起基部に針先を接触させ,皮膚からの距離を確認後,抵抗消失法を併用し慎重に横突起尾側へと針先を進めた.針先は椎間孔外に位置していた.イオヘキソールを0.3 ml注入したところ,右T1後根神経節の造影像が得られた(図1a).右側硬膜外腔のC6レベルまで造影剤が広がり,前回(図1b)よりも少量で頭尾方向へ広範囲に広がった印象であった.リアルタイムX線透視で血管注入像のないことを確認し,さらに吸引テストで血液や髄液の逆流のないことを確認した後,0.5%メピバカイン3 mlを緩徐に投与し終了した.

図1

頸部経椎間孔硬膜外ブロック

a:造影剤0.3 ml注入時の造影像.後根神経節が造影され(矢印),右側C6神経根が一部造影されている(矢頭).

b:前回施行時の造影像(造影剤0.5 ml注入時).後根神経節周囲から右側硬膜外腔に連続して造影剤が広がる(矢頭).

ブロック終了後,仰臥位に戻った数分後に患者は右上肢のしびれを訴えた.その後,徐々に両上肢,下肢へとしびれが広がった.ブロック終了約10分後には呼吸困難感が出現し,四肢筋力低下および血圧低下(70/19 mmHg)と心拍数低下(59 bpm)を認めた.

当初,局所麻酔薬のくも膜下注入による高位脊髄くも膜下麻酔を疑った.ただちに酸素を6 ℓ/minで投与開始し,エフェドリン塩酸塩を8 mg静脈内投与した.数分後には血圧,心拍数ともに正常範囲まで回復した(血圧144/79 mmHg,78 bpm).酸素投与のみで動脈血酸素飽和度は100%を維持できており,呼吸窮迫状態には陥らなかったため,呼吸の補助は不要であった.両上肢は完全麻痺(徒手筋力テスト:0/5)であったのに対し,両足の背屈はわずかに可能であった(前脛骨筋徒手筋力テスト:2/5).常に意識は清明であり,感覚鈍麻は両側C3レベルより頭側へは広がらず,筋力低下は上肢に比し下肢は軽度であったことから,硬膜下くも膜外注入を疑った.

薬液投与から1時間後には呼吸困難感が軽減した.2時間後には上肢筋力が回復したため,酸素投与を中止した.動脈血酸素飽和度は低下することなく,座位も可能となった.尿意はあるが排尿困難を認めたため,尿閉を疑った.6時間後に再度尿意を催した際には問題なく自己排尿可能であった.独歩も可能となった.

全身状態は安定していたが,入院のうえ経過観察を行い,翌日に問題なく退院した.

その後も外来にて経過観察を続けているが,起立性頭痛やその他の不調は認めていない.

III 考察

後根神経節周囲の膜解剖は3層構造(硬膜,くも膜,軟膜)である.硬膜下くも膜外腔は硬膜とくも膜の間の狭い空間である.頸椎レベルでの硬膜下くも膜外注入の発症頻度は不明であるが,見逃している症例も存在すると考える.ちなみに,腰部硬膜外ブロックの際の硬膜下くも膜外注入発生頻度は2,182件の後ろ向き研究で0.82%であった1)

くも膜は後根神経節の近位側に付着し,硬膜はそれより遠位に付着している.そのため,後根神経節を覆うように硬膜下くも膜外腔が存在する(図22).したがって,後根神経節近傍に針先を位置させる経椎間孔硬膜外ブロックは硬膜下くも膜外注入のリスクが椎弓間法に比し高い可能性がある.

図2

後根神経節周囲の膜解剖

くも膜は後根神経節の近位側に付着し,硬膜はそれより遠位に付着する.硬膜下くも膜外腔は後根神経節を覆うように存在する.

硬膜下くも膜外腔は狭い空間であるため,注入した薬液は少量で広範囲に広がりやすく,局所麻酔薬注入直後はくも膜下注入と似た症状を呈するが,注意深く観察するとそこには違いがある3).くも膜下に注入した局所麻酔薬が頭蓋内に到達すると,意識消失,重篤な低血圧,徐脈,そして心停止に至る.一方,硬膜下くも膜外注入の臨床的特徴は,くも膜下注入と比較して中等度の低血圧,症状発現が緩徐,進行性の呼吸困難感,2時間以内の症状の回復である(Collierの4徴)4).本症例では,血圧低下は重篤でなく塩酸エフェドリン8 mgの静脈内投与のみで回復したこと,症状の進行が緩徐であったこと,2時間後には症状が回復したこと,さらに意識が常に清明であったことや下肢筋力低下は上肢に比し軽度であったことなどから,くも膜下投与ではなく,硬膜下くも膜外注入であったと考えられる.

同一患者の前回の造影所見と比較したところ,前回はイオヘキソールを0.5 ml注入し,後根神経節の周囲から硬膜外腔へと連続する造影像であったのに対し,今回はイオヘキソール0.3 mlの注入で後根神経節が造影され,硬膜外腔造影は不鮮明ではあるが,右側C6高位まで広がっているようにみえる.造影所見および臨床症状から硬膜下くも膜外投与であったと考える.

本症例はこれまでに同一の神経ブロックを6回施行しており,最終施行は4カ月前であった.前回まではX線画像上,造影所見に大きな違いは認めず,これまでのブロック施行時の印象も特に血管増生や癒着を疑わせる所見は認めなかった.したがって,同一神経ブロックの複数回の施行が硬膜下くも膜外注入の発生リスクを高くするわけではないと考える.

経椎間孔硬膜外ブロックはX線透視下での施行が必須である.造影時に普段と同量の造影剤で広がりが普段よりも広範囲である場合(頭尾方向のみでなく対側まで広がるなど)や,後根神経節が浮き上がるような造影像でない場合には,硬膜下くも膜外注入の可能性を考慮するべきである3).他には,くも膜下注入のように広がるものの,髄液による造影剤の希釈がないことにより造影剤がくも膜下注入よりも濃く映る場合も,硬膜下くも膜外注入を疑う造影所見である5).しかし,今回のようにX線透視造影像を同一患者で比較した報告はない.今回の症例で,実際にどのように造影所見が異なるかを示すことができた.

頸部経椎間孔硬膜外ブロックには懸濁ステロイド剤の血管内注入によると考えられる脊髄梗塞などの重篤な合併症が知られている.しかし,非懸濁性のステロイド剤を使用しリアルタイムX線透視下に施行すれば,椎弓間アプローチにおける背髄の直接損傷より頻度が少なく6,7),比較的安全と考えられる.しかし,経椎間孔硬膜外ブロック施行時は,硬膜下くも膜外穿刺の可能性を念頭に置き,造影所見を注意深く読影し,造影所見から硬膜下くも膜外注入を疑った際には,針先位置の修正,局所麻酔薬の注入量を減量するなどを考慮すべきである.さらに薬液注入後は厳重な経過観察が必要である.

本症例は,造影所見から前回施行時とは異なる造影像であったことに注意を払うべきであった.幸い,ただちに適切な処置ができたため致命的な事態や後遺症を残す事態は免れることができた.

経椎間孔硬膜外ブロックはX線透視下に行えば比較的安全な手技であると考えられるが,硬膜下くも膜外注入になる可能性がある.重篤な合併症を回避するために,慎重な造影所見の読影とブロック後の注意深い観察が必須である.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

文献
  • 1)   Vandenabeele  F,  Creemers  J,  Lambrichts  I. Ultrastructure of the human spinal arachnoid mater and dura mater. J Anat 1996; 189: 417–30.
  • 2)   Agarwal  D,  Mohta  M,  Tyagi  A, et al. Subdural block and the anaesthetist. Anaesth Intensive Care 2010; 38: 20–6.
  • 3)   Sadacharam  K,  Petersohn  JD,  Green  MS. Inadvertent Subdural Injection during Cervical Transforaminal Epidural Steroid Injection. Case Rep Anesthesiol 2013; 2013: 847085.
  • 4)   Collier  C. Total spinal or massive subdural block? Anaesth Intensive Care 1982; 10: 92–3.
  • 5)   Goodman  BS,  Bayazitoglu  M,  Mallempati  S, et al. Dural puncture and subdural injection: a complication of lumbar transforaminal epidural injections. Pain Physician 2007; 10: 697–705.
  • 6)   Bicket  MC,  Chakravarthy  K,  Chang  D, et al. Epidural steroid injections: an updated review on recent trends in safety and complications. Pain Manag 2015; 5: 129–46.
  • 7)   Cohen  SP,  Bicket  MC,  Jamison  D, et al. Epidural steroids: a comprehensive, evidence-based review. Reg Anesth Pain Med 2013; 38: 175–200.
 
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