日本ペインクリニック学会誌
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症例
妊娠を契機に再燃したmeralgia parestheticaに対し超音波ガイド下外側大腿皮神経パルス高周波法が著効した1例
深田 祐作
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2018 年 25 巻 2 号 p. 69-72

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Abstract

妊娠を契機に再燃したmeralgia paresthetica(MP)に対し,妊娠31週時に超音波ガイド下にパルス高周波法(PRF)を施行し,良好な治療効果を得たので報告する.症例は36歳の女性,2回目の妊娠12週時に左外側大腿皮神経領域に痛みが再燃した.3年前の初回妊娠時には,局所麻酔薬による神経ブロック治療のみで軽快したが,今回は妊娠子宮の増大とともに睡眠障害を引き起こすまでに増悪した.胎児に対する影響への懸念から内服療法や手術療法は選択できず,比較的低侵襲と思われるPRFを適用した.超音波ガイド下に外側大腿皮神経下面にスライター針を留置し,PRFの設定は2 Hz/20 ms/42℃/180 sとした.治療中は強い痛みを訴えることはなく,妊娠への影響もなかった.治療1カ月後,長時間の立位で軽度の痛みを感じる以外は無痛となり,治療に伴う合併症もなく,以後の妊娠経過も良好であった.妊娠に合併する難治性MPの治療法として超音波ガイド下PRFは,簡便であるとともに有効性と安全性の高い方法であると考えられた.

I はじめに

meralgia paresthetica(MP)は,1878年にBernhardtにより報告された鼠径靱帯部での外側大腿皮神経の絞扼性神経障害性痛である1).Slobbeら2)の報告によると,発生頻度は4.3/10,000人/年,好発年齢は21~60歳で,女性に多いとされている.原因としては,特発性の他にズボンなどによる体表からの締め付け,肥満などがあり,妊娠も発症の危険因子となる.治療法としては,圧迫の回避や減量,理学療法,外側大腿皮神経ブロックなどが行われ,多くは保存的に改善する3).一部の難治症例には手術療法が選択されてきた3)が,その有効性を示すエビデンスはいまだ不十分とされている4).近年,難治性MPに対する代替療法としてパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)の有効性が報告されるようになった57).さらに,高周波針(スライター針)の誘導も,X線透視と神経刺激を用いる方法5)から超音波ガイド下に行う方法6)へと移行し,確実性と安全性の向上が報告されている.しかしながら,最も多いとされる,妊娠に合併したMPに対するPRFの報告はこれまでに見あたらない.

今回,妊娠により再燃した難治性MPに対し,超音波ガイド下に外側大腿皮神経へのPRFを行い良好な治療効果を得た症例を報告する.なお,今回の症例報告については,患者本人から口頭で公表の承諾を得ている.

II 症例

36歳,女性.身長167 cm,非妊娠時体重54 kg(BMI 19.3 kg/m2).

左大腿外側部痛を主訴に当科を受診した.既往には特記すべきことはなかった.

1. 現病歴

X−8年,左大腿外側部にビリビリとした痛みが出現し,立位での仕事に支障を感じるようになった.しかし,症状が間欠的であったため放置していた.当時は現在よりも痩身で,細いズボンをはくことが多かった.X−3年,妊娠を契機に持続痛となり,妊娠22週時に当科を受診した.症状はビリビリとした持続痛で,立位で増悪し座位で軽快した.所見としては,左大腿外側に冷覚脱失とアロディニアがあったが,左下肢の筋力低下はなかった.左上前腸骨棘下に放散痛が再現する圧痛点があり,同部の超音波検査で左鼠径靱帯下の縫工筋起始部上に外側大腿皮神経を確認した.これらによりMPと診断した.胎児への影響を考慮し内服薬は使用せず,間欠的な超音波ガイド下外側大腿皮神経ブロック(ultrasound-guided lateral femoral cutaneous nerve block:UG-LFCNB)で管理した.治療開始当初は,1%メピバカイン4~7 mlを用い,1回のみデキサメタゾン3.3 mgを併用した.妊娠24週からは0.75%または1%ロピバカイン3~6 mlを用いて行い,12時間程度の疼痛緩和は得られるようになった.この後,1回/週の頻度で妊娠36週まで継続し,痛みは妊娠32週頃より当初8だった数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)が4まで低下し,出産後には消失した.

X−1年,2度目の妊娠12週時に症状が再燃した.X年,妊娠20週時に痛みが増悪したため再受診となった.症状は,左大腿外側部のジリジリとした持続痛でNRSは8であった.立位と左側臥位で増悪し,座位と右側臥位でやや軽快した.仰臥位では痛みが変わらず,夜間は右側臥位で寝ていた.診察所見と超音波検査で,前回と同様の所見が得られたためMPの再燃と診断し,同様にUG-LFCNBを1回/週の頻度で10回施行した.しかし,ブロックの効果は最長で24時間ほどしか持続せず,妊娠子宮の増大に伴って痛みによる睡眠障害が増悪したため,妊娠31週時に,外側大腿皮神経に対し超音波ガイド下PRFを予定した.本人には,PRFによる治療の効果の可能性と,これまでに報告がないため不確実ではあるが,電磁波による胎児の神経障害および早産の危険性について説明し了承を得た.

2. 治療経過

仰臥位とし,左大腿を軽度外転外旋位とした.0.5%クロルヘキシジングルコン酸塩エタノール液を用いて左鼠径部を消毒した.超音波機器はGEヘルスケア社LOGIQeのリニアプローブ12Lを用いて左鼠径靱帯下をスキャンし,左縫工筋起始部上に外側大腿皮神経を描出した.1%リドカイン2 mlで刺入部の皮下のみを局所麻酔したのち,22 G 54 mm(active tip 4 mm)スライター針を外側から平行法で刺入し,針の先端を神経の下面に接触させるように留置した(図1).PRFのジェネレーターはTOP社TLG-10を用い,テスト刺激を0.5 V/50 Hz/msで行い,患部に痛みが再現することを確認した.超音波画像で針先の位置を監視しながら,180秒の設定でPRFを開始した.開始後30秒ほど経過したところで患部に軽度のピリピリとした痛みを訴えたが,90秒経過したところで消失し,その後治療終了までは無症状であった.PRF終了後,スライター針より1%メピバカイン1.5 ml+デキサメタゾン3.3 mgを神経周囲に注射し治療を終了とした.15分の安静時間後にも痛みは消失しており,合併症もなかった.終了後に超音波検査で胎児の心拍と胎動を確認した.

図1

外側大腿皮神経に対する超音波ガイド下高周波パルス法

矢頭:外側大腿皮神経,矢印:スライター針,点線:腸骨,SM:縫工筋,IM:腸骨筋,ASIS:上前腸骨棘

治療7日後,NRSは2まで減少し,日常生活動作での制限は長時間の立位時を除くと解消されていた.大腿外側の中枢側にチクチクする痛みが残存したが,生活に支障のない程度であった.診察所見では,左大腿外側中部に初回発症時から確認されていた手掌大の冷覚脱失部があったが,アロディニアは消失していた.治療1カ月後(妊娠35週),NRSは1へとさらに減少し,PRFの遅発効果と考えられた.日常生活動作での制限はなくなり妊娠も順調に経過した.妊娠36週で,帝王切開により出産し症状は消失した.出産後3カ月で症状が再燃したが,NRSは2で日常生活には支障がなかった.また,児には明らかな異常はみられなかった.

III 考察

MPは比較的若年層に好発する鼠径靱帯部での外側大腿皮神経の絞扼性障害で,妊娠も発症の危険因子とされている2).本症例も28歳時にきついズボンの着用で発症し,妊娠を契機に増悪した.妊娠子宮の増大に伴い局所麻酔薬による神経ブロック治療では短時間の効果しか得られず,睡眠障害を引き起こすまでになった.胎児への影響を懸念し,プレガバリンやアミトリプチリンなどの神経障害性痛に対する内服薬は使用せず,他の治療法を検討した.

これまで難治性MPに対しては,神経の圧迫を解除する神経破壊(neurolysis)と,圧迫されている神経を切除する神経切除(neurectomy)などの,外科的治療法が選択されてきた3).しかし,Leeら7)によると,この治療法には無効例や再発例が含まれること,術後神経障害や感染などの合併症があることが示されている.本症例では,再燃や合併症の可能性や外科的侵襲による胎児への影響を考えると,その選択は難しいと考えられた.

2009年にPhilipら5)が,難治性MPに対する侵襲的治療の代替療法として,PRFが有効であることを初めて報告した.彼らは33歳の女性症例に対してX線透視下にPRFを行い,6カ月以上にわたる鎮痛を得たが神経障害などの合併症はなく,手術療法に比較して低侵襲で有効性の高い方法であるとしている.

2012年にFowlerら6)が,MPに対する超音波ガイドを用いたPRFの有効性を初めて報告した.外側大腿皮神経の走行にはバリエーションがあるため,超音波ガイド下に行うことにより治療の確実性と安全性が向上すると述べている.

以上より,本症例の治療法として,有効性と確実性が高くX線被曝のない超音波ガイド下PRFを選択した.しかし,PRFを妊娠合併症例に施行した報告は見いだせず,電磁波による胎児への影響が問題と考えた.

PRFで用いられる電磁波の周波数は50 kHzであり,生体への影響は電流作用が問題となる.生体内で電磁波による誘導電流が発生し始める周波数の閾値はおよそ1 kHzで,その生体への影響は10~100 kHzを境にして,これより高周波では発熱作用が,低周波では刺激作用が主体とされている8).したがって,PRFの胎児への影響として発熱作用と刺激作用を考える必要がある.しかし,これまでの報告では,PRFの直接的な神経組織への影響を観察した研究9)はあるが,母体にPRFを適用した場合の子宮内胎児への影響を調べたものはない.

Cosmanら10)によるとPRFに用いられる電磁波は針の先端から1 mm以上離れると減衰し,発生する温度も37℃に低下する.また,PRFは電磁波を間欠的に発生させることで針の先端に発生する熱が拡散するため,針周囲の温度上昇は42℃以下に制限される.これらのことから,針から離れた子宮内胎児の温度上昇もこれを超えることはなく,水晶体混濁など熱による胎児への影響は無視できると考えた.

Cahanaら11)はラット脳の培養細胞に生体と同じ条件でPRFを適用し,組織学的に細胞傷害を観察している.これによると,形態学的傷害は,針先端の距離が組織から0.5 mm以下に接近すると発生し,2 mm以上離れると発生しなかったとしている.本症例では,鼠径靱帯部での外側大腿皮神経と胎児は5 cm以上離れているため,電磁波が胎児の神経組織に形態学的傷害を与える可能性は低いと考えた.また,同研究ではラットの海馬スライスを用いて,PRFが神経伝導に与える影響も観察している.これによると,PRF適用後に一時的な伝導抑制が起こるが15分程度で回復したことから,PRFによる伝導障害は一過性のものであるとしている.したがって,PRFにより胎児の神経組織に伝導障害が発生したとしても可逆的なものであると考えた.

以上より,PRFの胎児への安全性は確保できると考えたが,胎児の神経組織は未熟であるため電磁波による障害の可能性は完全には否定できず,動物実験による詳細な検討が必要である.また,妊婦の病悩期間を短くするという観点から,妊娠に伴うMPが発症する妊娠20週頃の胎児に対するPRFの安全性についても,今後の検討が必要である.

本治療法は難治性MPに対する治療法として有効であり,かつ簡便で確実性が高く,妊娠合併例に対しても安全に施行できると考えられた.

文献
 
© 2018 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
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