日本ペインクリニック学会誌
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症例
慢性群発頭痛が先行した薬物使用過多による頭痛に対しデュロキセチンが有効であった症例
濵口 孝幸八反丸 善康
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2018 年 25 巻 2 号 p. 77-80

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Abstract

薬物使用過多による頭痛とは一次性頭痛に対する急性期治療薬の過剰使用による頭痛の発現・増悪であるが,詳細な病態生理は不明であり治療法も確立されていない.今回デュロキセチンを予防薬として投与し,乱用薬物の中止が可能であった症例を報告する.症例は44歳の男性.左眼窩部痛と頭痛を主訴に来院した.3年前から主訴が出現し各種の薬物療法を行った結果,ナラトリプタンにより痛みは緩和し,平日は連日ナラトリプタンを内服するようになっていた.当科初診時には一日中続く頭重感と15分間の流涙を伴う左眼窩部痛発作が数回/日あり,薬物使用過多による頭痛と慢性群発頭痛と診断した.さらに意欲の低下を自覚し,抑うつ傾向があった.群発頭痛に対しベラパミルを開始し左眼窩部痛発作は消失し,薬物使用過多による頭痛の予防薬として抑うつ症状の存在からデュロキセチンを開始したところ,頭痛は改善して乱用薬物が中止可能となった.デュロキセチンは薬物使用過多による頭痛の予防薬として有効である可能性がある.

I はじめに

薬物使用過多による頭痛(medication overuse headache:MOH)とは,一次性頭痛に対する急性期治療薬[エルゴタミン,トリプタン,オピオイド,非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),アセトアミノフェン,複合鎮痛薬,その他の治療薬など]の過剰使用による頭痛の発現・増悪である(診断基準:表11).通常MOHでは原因薬物の中止のみで改善するが,精神疾患の併存,オピオイドの乱用,数種類薬物の併用,長期乱用,再発患者などの共存例では,薬物中止後に起こる頭痛への対処と予防薬投与が必要になる.しかし,時に治療に難渋する場合がある.先行する頭痛は片頭痛,緊張型頭痛が多く,片頭痛が先行したMOHに対する予防薬の検討は散見されるが,片頭痛以外の頭痛が先行した場合の予防薬の検討はない.

表1 薬物使用過多による頭痛の診断基準
A 以前から頭痛疾患をもつ患者において,頭痛は
1カ月に15日以上存在する
B 1種類以上の急性期または対症的頭痛治療薬を
3カ月を超えて定期的に乱用している
C ほかに最適なICHD-3の診断がない

一次性頭痛をもつ患者が,薬剤の使用過多に関連して頭痛が増悪したり,新しい頭痛が発現し,上記診断基準を満たす場合には,MOHと以前から存在する頭痛の診断の両方を与えるべきである(文献1より改変).

本症例は群発頭痛とMOHを発症し,慢性群発頭痛のために連日のトリプタンが中止困難となっていた.デュロキセチンを予防薬として使用することでトリプタンの離脱が可能であったため,MOHの予防薬としてのデュロキセチンの可能性とともに本症例を報告する.

論文報告に際しては,患者本人の承諾を得ている.

II 症例

44歳,男性.X年,左眼窩部痛,頭痛を主訴に当科を紹介受診した.20代に左加齢黄斑変性症で失明していた.X−4年,左眼の羞明を自覚したため他院を受診したが,眼科的異常所見やMRI上の異常所見はなかった.X−3年,左眼窩部痛が出現し,再度の造影MRIにより左視神経炎を指摘され,Tolosa-Hunt症候群の診断でステロイドパルス治療を受けた.しかし症状の改善はなく,以降はプレガバリン,ガバペンチン,トピラマート,アミトリプチリン,バルプロ酸などの薬物療法を受けてきたが左眼窩部痛は改善しなかった.スマトリプタンの服用歴は不明であったが,ナラトリプタンの頓服で痛みは緩和するため,ナラトリプタンを常用するようになった.当科初診時,平日は仕事に行くために連日ナラトリプタンを服用し,土日は痛みに耐えるという生活を送っていた.前医でナラトリプタンの減薬を指導されたが,強い反跳頭痛のため仕事ができず中止困難であった.数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)8程度の頭部全体の頭重感が一日中持続し,さらに約15分間続く流涙を伴った左眼窩部痛発作(NRS 10)が数回/日あった.発作の前兆や明確な誘発因子,光・音過敏,家族歴などはなく,発作時はうずくまって耐えるという状況であった.20本/日程度の喫煙者であった.血液検査では,電解質,血糖値,甲状腺機能,自己抗体(抗核抗体,抗dsDNA抗体,抗SSA/Ro抗体,抗SSB/La抗体,抗CL.β2GPI抗体)を含め明らかな異常所見はなかった.患者が持参した前医撮影のMRIでは下垂体や海綿静脈洞周辺には明らかな異常所見はなく,2年前のMRIで指摘されていた,左視神経周囲の瘢痕化した炎症性偽腫瘍様の腫瘤影に変化はなかった.鑑別疾患として多発性硬化症や視神経脊髄炎などあったが,神経内科では左眼窩部痛や頭痛との因果関係は不明であった.左眼が失明している以外には明らかな神経学的異常所見は認めず,MOH,慢性群発頭痛の疑いと診断した.さらに問診中の表情は乏しく,土日は家に引きこもり,意欲の低下を自覚しており,hospital anxiety and depression scale(HADS)抑うつサブスケールは12/21と高値であり抑うつ傾向も併存していると考えた.

薬物乱用に関する教育・原因薬物の中止の必要性を説明し,群発頭痛の予防薬としてベラパミル120 mg/日を開始した.2週間後には左眼窩部痛発作は消失したが,ナラトリプタンの中止は困難であった.抑うつ症状を伴うMOHであり,予防薬としてデュロキセチンを20 mg/日から開始,翌週には40 mg/日に増量した.頭痛は徐々に軽減(NRS 3)し,その2週間後にはナラトリプタンは完全に中止できた.数カ月後には左眼窩部痛や頭痛は消失し,さらに土日も外出が可能となり,HADS抑うつサブスケールが2/21と改善していた.初診時から5カ月後にベラパミルを漸減中止したが群発頭痛の再発はなかった.その4カ月後にデュロキセチンを漸減したが,デュロキセチンが中止となった時点で軽度左眼窩部痛が出現したものの日常生活への支障はなく,投薬も希望しなかったため外来通院は終了となった.

III 考察

本症例は持続する頭部全体の頭重感と,約15分間続く流涙を伴った左眼窩部痛発作の,2種類の頭痛があった.左視神経周囲の瘢痕化した炎症性偽腫瘍様の腫瘤影と左眼窩部痛の因果関係ははっきりせず,加齢黄斑変性症も左眼であったが,頭痛を伴うといった報告はない.問診に頭痛への言及が出現した当初は,約15分間続く流涙を伴った左眼窩部痛発作のみであり,寛解期がないため慢性群発頭痛または慢性発作性片側頭痛を鑑別にあげ,トリプタンが有効であったことから慢性群発頭痛と診断した.各種治療薬は無効でトリプタンのみ有効だったため乱用するようになり,3カ月以上にわたり1カ月に20日以上服用し,一日中持続する頭部全体の頭重感が出現したためMOHと診断した.トリプタンを中止した後に一日中持続する頭部全体の頭重感は消失したことからもMOHであったと考えた.また,3年前から続く激しい頭痛に悩まされた結果,土日は家に引きこもり,意欲の低下を自覚していた.精神科受診歴はなかったが,HADS抑うつサブスケール12と高値で,抑うつ傾向はあったと推察された.先行した頭痛が三叉神経・自律神経性頭痛の一部である慢性群発頭痛であり,インドメタシンの投薬も検討すべきであったかもしれないが,トリプタンが有効な慢性群発頭痛と診断し,抑うつ傾向を伴ったMOHであったため,今回はデュロキセチンを使用した.

Curoneら2)の報告によると,慢性片頭痛が先行したMOHの患者のうち,抑うつ症状を伴った患者に対するデュロキセチンの有効性を検討したところ,64%(32/50名)の患者で痛み強度が50%以上軽減した.また,同患者群において強迫神経症を合併している患者14名には,有効性を示す患者はいなかった2).つまり,強迫神経症の合併がない抑うつ症状を伴ったMOH患者では,89%(32名/36名)で痛み強度が50%以上軽減したことになる.

本症例は慢性群発頭痛によるMOHであり,先行する頭痛が違うため単純に参考にすべきではないが,抑うつ傾向を伴ったMOHであったため,デュロキセチンを試したところ,反跳頭痛を軽減し原因薬物の中止を実現できた.MOHの病態生理はいまだ明らかではないが,大脳皮質神経細胞の興奮性変化,三叉神経の侵害受容システムに関連する中枢性感作,内因性カンナビノイドやセロトニン・ドパミン作動性神経の発現・経路の変化などが関与していると考えられている3).デュロキセチンが有効であった機序として下行性疼痛抑制系の賦活化だけでなく,NMDA受容体阻害作用によるL-アルギニン/nitric oxide(NO)経路の抑制が考えられる4).NOは中枢性感作の促進に関与すると報告があり5),薬剤乱用によって起こっていた中枢性感作が減弱し,MOHの予防薬として有効であった可能性が考えられた.その他のセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬に関してはMOHに対する有効性を示唆する報告はない.

群発頭痛は通常,群発期と群発期の間に数カ月から数年の寛解期があるが,患者の10~15%は寛解期がなく慢性群発頭痛を呈する.夜間の睡眠中に頭痛発作が起こりやすく,頭痛発作の75%は夜9時~朝10時の間に起こるため睡眠障害を併発することが多い6).また群発頭痛患者では健常人と比較しうつ病発症リスクが3倍との報告があり,繰り返す激しい頭痛によるストレスや睡眠障害,視床下部の機能異常などが原因ではないかと推察されている7).本症例の頭痛発作は夜間に多いということはなく,3年間もの頭痛による日常生活への影響や苦しみがきっかけで抑うつ傾向になったと考えた.

MOHに先行する頭痛では片頭痛や緊張型頭痛が多く,群発頭痛は高頻度かつ重度な頭痛発作であるにもかかわらずMOHを発症しにくいといわれてきたが,一方で群発頭痛が先行するMOHの報告も散見される8).MOHの治療の基本は原因薬物の中止,薬物中止後に起こる頭痛への対処,予防薬投与であるが,いまだ確立された治療法はない.重症な場合,原因薬物の中止により反跳頭痛とともに嘔気,嘔吐,不安,頻脈,睡眠障害,低血圧などの離脱症状を引き起こし9),高率に離脱の失敗や再発を繰り返す.群発頭痛が先行したMOHに対する対処方法としては,原因薬物の中止,急性期治療薬の変更,発作時の100%酸素吸入,群発頭痛の予防薬投与などが行われている10)が,各種治療法に対する比較検討はなく,本症例のようにデュロキセチンを使用している報告は見あたらない.群発頭痛が先行したMOHの治療薬としてデュロキセチンが有効な可能性があり,今後さらなる検討が必要である.

文献
 
© 2018 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
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