日本ペインクリニック学会誌
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症例
外転神経麻痺を合併した三叉神経第1枝領域の帯状疱疹
原 温子八島 典子
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2018 年 25 巻 2 号 p. 86-90

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Abstract

三叉神経第1枝(V1)領域の帯状疱疹は眼症状(角膜炎,虹彩毛様体炎,強膜炎など)を伴うことが多い.しかし,複視を呈する眼球運動障害はまれな合併症である.今回われわれは,外転神経麻痺を合併した帯状疱疹を経験したので報告する.症例は52歳,男性.右V1領域に水疱が出現し,皮膚科で帯状疱疹と診断.ファムシクロビル,プレドニゾロン,ロキソプロフェン,プレガバリンが投与された.2週間後,複視を自覚したため,脳MRIを施行したが,脳内に異常はなかった.ステロイドはいったん増量後3週間で漸減中止した.1カ月で皮膚症状は軽快したが,複視の回復がないため当科受診となった.初診時,右方視時に右眼の外転障害を認め,眼科検査でも右外転神経麻痺が考えられた.星状神経節ブロック(SGB)を開始し,麻痺は徐々に改善した.V1領域帯状疱疹による眼球運動障害の機序として,ウイルスによる神経炎や血管炎によるもの,三叉神経炎に伴う腫脹による上眼窩裂での神経圧迫などが考えられている.治療は抗ウイルス薬,ステロイド投与に加えてSGBの有効性も報告されている.V1領域帯状疱疹においては経過中の眼球運動にも注意深い観察が必要である.

I はじめに

三叉神経第1枝(V1)領域の帯状疱疹は角膜炎,虹彩毛様体炎,強膜炎などの眼症状を伴うことが多い.しかし,複視を呈する眼球運動障害はまれな合併症である.今回われわれは,外転神経麻痺を合併した帯状疱疹を経験したので報告する.

本報告は患者および施設からの承諾を得ており,報告すべき利益相反はない(承認番号FS–220).

II 症例

患者:52歳,男性.

主訴:右V1領域の痛みと複視.

現病歴:2015年12月28日に右眼瞼の痛みと腫脹があり,眼科を受診し,翌日より右V1領域に水疱が出現した.皮膚科を受診し,帯状疱疹と診断され,ファムシクロビル,プレドニゾロン,ロキソプロフェン,プレガバリンの投与が開始された.2週間後に複視を自覚したため脳MRIを施行したが,脳内に異常はなかった.プレドニゾロンは30 mg/日に増量後3週間で漸減中止した.1カ月で皮膚症状は軽快したが,複視の回復がないため当科受診となった.

既往歴:高血圧症.

1. 初診時現症

皮疹の部位:右V1領域に色素沈着(図1).

図1

臨床像

右前額,右眉毛部,右鼻背部に色素沈着を認める

痛みの強さ:安静時視覚アナログスケール(visual analogue scale)40 mm.

感覚の異常:感覚鈍麻,数値評価スケール(numerical rating scale)0~1/10,アロディニアあり.

眼科的検索:右方視時に外転不良著明,眼科検査(眼球運動所見:図2,HESS CHART:図3)で右外転神経麻痺の診断.

図2

眼球運動所見(対座法写真)

a:発症65日目.右方視で右眼球の外転不良を認める.

b:発症100日目.右眼球運動改善

図3

HESS CHART(眼球運動検査)

a:HESS CHART ①.発症55日目.右眼固視による左眼偏位→右外転神経麻痺

b:HESS CHART ②.発症100日目.右外転神経麻痺改善の所見

HESS CHARTとは眼球運動検査で,両眼を分離した状態で9方向を見たときのそれぞれの目の位置を測定して眼の筋肉運動制限を明らかにし,障害筋を診断する.初診時のHESS CHART①では右方視で,右眼が外転できないため,それを補おうと左眼が過度に偏位している所見が認められ,右外転神経麻痺と診断された.

2. 経過

図4は,右V1領域の痛み,外転神経麻痺,アロディニアの経過と治療内容を示している.発症から51日目に当科を受診し,1%メピバカイン5 mlを用いて右星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を施行,0.75%ロピバカイン1.5 mlを用いて右眼窩上神経ブロックを施行し,デュロキセン内服を開始した.その後,SGB 7回目,眼窩上神経ブロック4回目を施行した頃から,徐々に右外転神経麻痺は改善してきた.そして発症から100日目の眼科診察の対座法と,HESS CHART②の眼球運動検査で右外転神経麻痺改善の所見を認めた.当科初診時にはプレガバリンは複視のため中止されていたが,複視の改善とともに再開した.また,発症から140日目より右眼窩上神経パルス高周波法(42℃・6分間)治療も開始した.発症から149日目に右V1領域の痛みは軽快し,170日目にはアロディニアも軽減してきている.

図4

臨床経過

III 考察

V1領域の帯状疱疹に合併する角膜炎,虹彩毛様体炎,強膜炎などの眼症状の頻度は高いといわれているが,眼球運動障害は比較的まれな合併症である1).しかし,眼部帯状疱疹の患者において眼球運動障害を詳細に評価した報告によると,眼球運動障害を約30%に認め,罹患神経の頻度は動眼神経が最も高く,外転神経と滑車神経が次に続くとされている2).V1帯状疱疹に合併して外転神経麻痺の起きる機序としては,以下の3つが考えられる.まず1つ目は,ウイルスの直接伝播による神経炎である.三叉神経第1枝は,海綿静脈洞と上眼窩裂で,動眼神経,滑車神経,外転神経と近接して並走している.このため,三叉神経を侵した帯状疱疹ウイルスが同部で周囲に波及することで,外転神経麻痺が生じる.2つ目は,三叉神経炎に伴う腫脹によって上眼窩裂で外転神経を圧迫して麻痺が生じるとするものである.そして3つ目は,周囲の閉塞性血管炎による虚血のため外転神経麻痺が生じる可能性が考えられる1).本症例においては,SGBを開始してから外転神経麻痺の軽減がみられており,2つ目および3つ目の機序により外転神経麻痺が生じたと考えられる.

一方,外転神経麻痺の鑑別疾患としては,脳動脈瘤,脳腫瘍,脳梗塞,髄膜炎,頭部外傷などが考えられ,MRI検査で除外が必要である3).本症例もMRIを施行し,頭蓋内疾患の除外を行った.

急性帯状疱疹痛の一般的な治療法は,抗ウイルス薬,非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal antiinflammatory drugs:NSAIDs),鎮痛補助薬の投与や神経ブロックなどがあげられる.本症例において,外転神経麻痺を合併した帯状疱疹の治療として,抗ウイルス薬,ステロイド薬,NSAIDsの投与やSGB,眼窩上神経ブロック,眼窩上神経パルス高周波法などを行った.急性期の帯状疱疹の治療として,抗ウイルス薬は帯状疱疹の皮疹新生を抑制し,皮疹の治癒を促進させ,帯状疱疹に関連した合併症を防止する4).発症時,皮膚科にて速やかに抗ウイルス薬が投与され,複視出現後には脳神経外科でステロイドが投与された.それにもかかわらず,右外転神経麻痺が持続したこと,早期からのアロディニアの出現や,初診時の色素沈着の程度から,帯状疱疹が重症であったことが示唆される.

今回行ったSGBは,脳血流を増加させ,組織虚血を改善する効果が期待される5).三叉神経領域の急性期帯状疱疹疼痛にはSGBを早期に開始することと,持続的な上胸部硬膜外ブロックは有効であるという報告がある4).本症例のSGBは,発症から51日目の当科初診時に開始された.開始後,右外転神経麻痺の改善がみられ,外転神経麻痺に有効であったと考えられる.しかし,より発症後早期にSGBを施行できていれば,罹病期間の短縮や併発症である外転神経麻痺の軽減が期待できた可能性があった.

パルス高周波法は間欠的に通電することで,ブロック針先端を42℃以下に保ちながら,高周波を生じさせることで痛みの軽減を図る治療法である.神経変性を起こさずに除痛が得られる6).眼窩上神経にパルス高周波法を行うことで,眼窩上神経ブロックの作用の増強も期待できる.動物実験ではパルス高周波を2分間から6分間に増加することで抗アロディニア作用が有意に大きくなったという報告がある7).本症例も,パルス高周波法を併用することで,アロディニアの軽減がみられた.

今回,外転神経麻痺を合併したV1領域の帯状疱疹を経験した.治療としてSGBが有効であった可能性がある.V1領域の帯状疱疹においては,経過中,視力だけではなく眼球運動にも注意深い観察が必要である.

本論文の概要は日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.

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