日本ペインクリニック学会誌
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症例
肋軟骨を損傷したスポーツ選手に対し肋間神経パルス高周波法を導入し鎮痛と運動機能改善を得た1症例
旭爪 章統横川 直美山本 陽子
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2018 年 25 巻 4 号 p. 273-277

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Abstract

肋軟骨損傷による季肋部痛を訴えるスポーツ選手に対し,肋間神経へパルス高周波法(PRF)を行うことで鎮痛を得て復帰できた症例を経験したので報告する.症例は20歳代の男性.スポーツ競技練習中に他選手に押しつぶされて左肋軟骨を損傷し,体動時,特に初動時の左季肋部痛のためプレーに支障が出る状態であった.受傷5日後に受診.左季肋部の圧痛部位を確認し該当範囲の肋間神経へ対しマイクロコンベックスプローブ・平行法を用いた電気刺激併用超音波ガイド下穿刺手技でPRFを施行したところ,痛みの軽減を得て競技に復帰することができた.肋軟骨損傷は多くの症例が保存的加療となるが,治癒までは体動に伴う刺激で痛みが継続する.しかし“副作用のため内服が困難”,“生活上安静が困難”などの理由から鎮痛維持が難しい症例も存在する.PRFは神経組織の変性を起こす可能性が低く筋力低下や知覚障害などを生じにくい治療手段であり,肋骨や肋軟骨損傷に伴う急性痛に対して同治療は有効な一手段になりうると考える.またその際にマイクロコンベックスプローブを用いて平行法で穿刺を行うことが安全担保に寄与しうる.

I はじめに

肋軟骨損傷に伴う痛みのためにパフォーマンス低下をきたしたスポーツ選手に対し,肋間神経へパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)を施行することで鎮痛を得て現場復帰へつなげた症例を経験したので報告する.

症例報告に対しては,患者から書面にて発表の同意を得るとともに大阪労災病院倫理委員会の承認を得た(承認番号:29–78).

II 症例

患者は20歳代,男性.激しい接触を伴う球技スポーツ選手.競技練習中,左季肋部へボールが当たっている形で他選手に背部から押しつぶされて左肋軟骨を損傷した.その1カ月前にプレー中に受傷した頸椎症で“プレガバリン(25)2 cap分2朝夕”を処方されており,今回の受傷でチームドクターの整形外科医からバストバンド固定指示とともに“エペリゾン(50)2錠分2朝夕”,“ロキソプロフェン(60)疼痛時頓服”の処方を受けるも痛みが改善しない状態であった.体動時,特に初動時の左季肋部痛のためプレーに支障が出る状態であり,チームドクターより対応を依頼された.

受傷5日後に当科初診.主訴は“左季肋部,肋軟骨部の痛み”であり,“無痛を0~最悪の痛みを10”とした11段階の数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で安静時5~6/10であった.ただ体動開始時(特に体を左にひねる動作や仰臥位から起き上がる動作時)にNRS 10/10の突出痛があり,その突出痛のためにプレーに支障が出る状態とのことであった.

鎮痛薬の増量や追加は,過去に眠気などの副作用を生じた経験から受け入れが得られなかった.主治医の整形外科医から肋軟骨損傷の診断がなされたうえでの処置依頼であり,試合のため継続的な通院が困難であったこと,採血検査上止血凝固機能に問題がなかったことから,十分なインフォームドコンセントを得たうえでPRFを行った.

チームドクター診断をもとに診察を行い左肋骨弓部の損傷と判断,痛み部位を確認し第8~10胸神経へ処置を行うことを決定した.患者を右側臥位とし,肋骨角のラインで処置を行った.マイクロコンベックスプローブで第10肋間を観察,肋間動脈を確認した.25 G針で刺入部を局所麻酔(1%リドカイン0.5 ml)し,先端5 mm露出22 Gスライター針を平行法で刺入,高周波発生装置(NeuroTherm® NT500)でsensory stimulation(50 Hz,0.8 V)の刺激を開始した.針を肋骨下方面へ進めながら季肋部への放散痛を確認しつつ刺激を下げ,0.5 Vで主訴の痛みの部位に放散痛が出ることを確認しPRFを180秒間行った(図1).以後同様の処置を第9肋間,第8肋間と継続した.

図1

パルス高周波法(PRF)施行時の超音波画像

a:マイクロコンベックスプローブによる肋間のプレスキャン像カラードプラにて肋間動脈の拍動を確認した.

b:穿刺時超音波画像.平行法で穿刺針と肋骨,胸膜を確認しつつ電気刺激を併用しながら穿刺を行った.

翌週再度受診の際は,安静時痛がNRS 1~2/10と軽減し練習はこなせる状態となったが,1カ所のみ体動時の突出痛が残存しているとのことであった.痛みの部位を確認したところ,第7肋軟骨部であった.前回処置部の痛みが軽減したことからPRFの効果ありと判断し,同様の処置を第7肋間で行った.

その翌週に,“安静時の痛みはNRS 1~2/10とほぼ気にならなくなり,運動の妨げとなっていた初動時の突出痛も翌日にはNRS 5/10以下と受け入れられるレベルとなった”,“処置翌日の練習,その後の試合と問題なく消化できた”との報告を受け終診となった.その後の報告では痛みは徐々に軽減し,増悪することなく通常生活に復帰したとのことであった.

III 考察

一般的に肋骨骨折では損傷部位に一致した痛みと圧痛,皮下出血や腫脹が現れ,骨折部を圧迫すると軋轢音を認めることもある.診断は患部の触診とX線撮影によって行われるが骨折が判明しにくい場合もあり,特に肋軟骨部の損傷は単純X線撮影では確認困難であることが多く,受傷機序と臨床症状により診断することとなる1,2).他臓器の損傷を合併していれば観血的処置を要することとなるが,そうでなければ消炎鎮痛剤を中心とした鎮痛薬の投与と固定帯による固定で1カ月程度経過をみることとなる1,3)

本症例では,“季肋部にボールがある状態で上から潰された”という受傷機転と,体動時の痛みや痛みの部位から,主治医は肋軟骨損傷と判断した.また出血や腫脹といった所見もなく,日常生活自体は送れており重症症例ではないことから,CT検査などで精査をしても治療方針に変更がないことが想定され,主治医とも検討した結果,追加の検査は不要と判断した.

Kerkarは肋軟骨損傷のインターベンショナル治療について,局所麻酔薬と副腎皮質ホルモンを用いた肋間神経ブロックを提示している.ただし彼が3回行うという方針をとっているように,一般的に複数回の施行が前提となる4).そのためこの治療法では通院という時間的制約・負担も増加する.またスポーツ選手の場合ドーピング防止を考える必要があり,副腎皮質ホルモンの使用は慎重に検討すべきである.

PRFは神経組織の変性を起こす可能性がきわめて低く,筋力低下や運動麻痺,知覚障害が生じにくいことが特徴である5).現在PRFの作用機序として,①細胞膜内のナトリウムチャネルとカルシウムチャネルの働きを抑制する,②電場が脊髄後角や神経根,末梢神経などの神経細胞の微細構造を変化させる,③脊髄後角で電場の作用が慢性痛による長期増強作用に拮抗する,④電場が下行性抑制系を活性化させる,⑤電場が炎症性サイトカインを抑制する,といったメカニズムが考えられている6)

慢性痛に対するPRFの有効性はこれまでにも多くのランダム化比較試験や症例報告がなされているが5),Kimらが帯状疱疹関連痛において早期からPRFを導入することの優位性を報告する7)など急性痛への効果も示されてきている.本症例は受傷5日後に対応していることから組織損傷に伴う急性痛であり,炎症による侵害受容性痛が痛みの中心と思われ,今回の経過はPRFが侵害受容性痛を抑制した可能性が大きいと考える.前述のようにPRFは複数の作用機序があげられているが,炎症性サイトカインを抑制する作用も示されており6,8),抗炎症作用が期待できると考えられる.またそのうえで下行性疼痛抑制系の活性化6)や細胞膜内のNa,Ca2+の作用抑制6,9)などの作用が,鎮痛効果を維持増強させた可能性が考えられる.

本症例はパフォーマンス維持を最優先としており,集中力低下をきたした経過から主治医処方の鎮痛薬の増量は拒否された.患者から,“今は痛みのために練習もできず試合に臨むスタートラインにも立てていない”,“合併症が起きても活動できない時点で同じことだから処置を行ってほしい”という強い要望があり,チームドクターの同意が得られたゆえに前述した判断でPRFを導入し,幸いにも合併症なく症状の改善を得ることができた.一般的にインターベンショナル治療を行う際は,局所麻酔薬でテストブロックを行って効果や合併症などを確認したうえで高周波を用いた処置に臨むのが安全と思われる.しかし本患者は,シーズン中で遠征があることから継続した通院ができないことを前提として,痛みを少しでも抑えてプレーすることができる手段があれば施行してほしいという強い希望のもと,来院したものである.一般的な治療の流れは患者に時間をかけて説明したが,合併症リスクや効果不十分となる可能性まで含めて納得したうえで,可能性があるならトライしたいという強い要望があった.このことから,複数回の処置を要する局所麻酔での神経ブロック施行は断念し,炎症性サイトカインの抑制作用があると報告されており運動へも影響が少ないことからPRFを選択し,初回から導入した.

本症例の特徴は“競技自体が生活基盤となっているスポーツ選手である”ことにあった.一般的に肋軟骨損傷の症例は局所安静で治癒を待つ疾患であり,処置後も固定帯による局所安静については継続が必要であり,3カ月間程度は受傷機転となった動作を控えることを指導すべきで3),指示に従えない場合は逆にダメージを増加させる危険性について説明する必要がある.またインターベンショナル治療は合併症リスクを含んだ処置であることも,患者へ十分説明することが必要である.しかしスポーツや重労働で生計を立てる者は運動機能を妨げる痛みを取ることに対しての要望が一般患者以上に強くなりがちで,リスクを冒しても処置を希望する面があることを示している.不幸にも合併症を生じた場合はさらなる機能低下を生じる危険性があり,処置に臨む前には十分なインフォームドコンセントを得たうえで,かつよりいっそうの安全性確保に努める必要があると考える.

本症例では構造と手技を可視化しリアルタイムに評価することを目的として,超音波ガイド下穿刺で手技を行った.また針全体を描出して針先の位置と生体構造を常時確認し,気胸や出血のリスクを回避するために,平行法での穿刺とした.画像の分解能の点ではリニアプローブに優位性があるが,肋間は幅が数cmと狭いことからプローブの大きさが操作性に影響すること,また針の角度が立つため視認性が落ちることが難点となる.その点マイクロコンベックスプローブは小型で狭い場所でも穿刺操作に影響が出にくいこと,ビームが扇状に広がることからプローブ脇からの穿刺で角度が立っても針が確認しやすいことが利点となる.また患者の体形にもよるが,扇状に広がるビームを利用して肋骨の下縁奥を観察できれば肋間動脈を確認することも可能となり,誤穿刺リスク回避にもつながる.本症例では,“電気刺激にて神経との距離をつかむこと”と,“マイクロコンベックスプローブ平行法での超音波ガイド下穿刺で針と組織の全景を見つつ動脈穿刺や気胸のリスクを回避したこと”を加味した,安全性への配慮を伴う方法を示せたと考える.

本稿の要旨は日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

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