2019 年 26 巻 1 号 p. 53-57
三叉神経痛は,食事や洗顔などの日常生活動作での刺激により耐え難い痛みを生じる疾患である.三叉神経痛の第一選択薬として用いられるカルバマゼピンは,有効率が高いものの副作用であるふらつきや眠気によるactivities of daily living(ADL)の低下が懸念されることがある.今回われわれは,三叉神経痛を訴える患者のうち頭皮鍼治療を,単独あるいは薬物療法と併用で行った7名において,治療効果を検討したところ全員に症状の改善がみられ,有効であった.頭皮鍼治療はペンフィールドの地図の体性感覚野に対応する箇所の頭皮に鍼を刺入し,150 Hzで20分間の電気刺激を外来にて行った.頭皮鍼治療は抗がん剤による手足のしびれに対しても有効であるが,頭皮からの刺激が脳幹網様体になんらかの影響をもたらすと考えられる.
三叉神経痛は,食事や洗顔などの日常生活動作での刺激により耐え難い痛みを生じる疾患である.三叉神経痛の第一選択薬として使用されている抗てんかん薬のカルバマゼピンは,その有効率が60~90%と高く,number needed to treat(NNT)も2.2~3.3と効果は高い1).しかしながら,抗てんかん薬は,ふらつきや眠気といった副作用のためADLの低下が懸念されることがある.今回,われわれは三叉神経痛に対し頭皮鍼治療を単独,あるいは薬物療法と併用で行った患者において,その効果を検討したので報告する.
本研究に関しては,帝京大学倫理委員会で承認を得た(承認番号TUIC-COI 17–0915).
対象は2011年4月から2016年12月までに当科に依頼のあった,三叉神経痛のコントロールが不十分であり,頭皮鍼治療を外来で施行された患者とし,その条件に合致した患者7名(男性3名,女性4名,平均年齢72.6歳±11.4歳)について,頭皮鍼治療の効果を検討した.当科において神経痛の患者に,単独あるいは薬物療法や神経ブロック治療と併用し頭皮鍼治療を行い,有効な場合に施行継続とした.患者背景を表1に示す.症例1,2,5~7は頭部MRIにて三叉神経領域の異常を指摘されておらず,症例3,4に関しては画像検査の詳細は不明であった.
症例 | 三叉神経痛部位 | 年齢 | 性別 | 身長 (cm) |
体重 (kg) |
既往歴 | 発症時期 | 受診前鎮痛薬(1日量)・鎮痛方法 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 右第3枝 | 84 | 男性 | 167 | 67 | 糖尿病 | 15年前 | カルバマゼピン200 mg |
2 | 左第2~3枝 | 81 | 男性 | 145 | 46 | 糖尿病,肺がん, 認知症 |
20年前 | カルバマゼピン800 mg, プレガバリン75 mg |
3 | 右第2枝 | 69 | 男性 | 168 | 55 | 糖尿病,高血圧, 心房細動,透析中 |
1カ月前 | なし |
4 | 右第2枝 | 86 | 女性 | 150 | 60 | 糖尿病,高血圧, 変形性膝関節症 |
31年前 | コデイン20 mg, プレガバリン150 mg, 定期的に眼窩下神経ブロック |
5 | 左第1~2枝 | 73 | 女性 | 150 | 41 | 糖尿病 | 6年前 | カルバマゼピン200 mg |
6 | 左第1~3枝 | 63 | 女性 | 150 | 67 | うつ,脂質異常症 | 3カ月前 | (カルバマゼピンにて肝機能障害) |
7 | 右第3枝 | 52 | 女性 | 158 | 65 | なし | 2年前 | プレガバリン100 mg |
頭皮鍼治療はペンフィールドの地図の,体性感覚野に対応する反射区2)の頭皮にセイリン社製のディスポーザブル鍼,1寸8番鍼(直径0.3 mm,長さ30 mm)を刺入し3),150 Hzで20分間の電気刺激を行った.刺入部位は,まず左右眉毛の中点と外後頭隆起を,頭頂部正中を経由して結んだ線(antero-posterior median line:APライン)を想定する.次に眉毛の中央と外後頭隆起を,側頭部を経由して結んだ線(superocilio-occipital line:SOライン)を想定する.APラインの中点,SOラインと毛髪の生え際の交点を結んだ線を想定し,基準線とする.基準線から2 cm後方に平行移動した線を感覚野ラインとする(図1).
感覚野ラインの位置4)
APライン:左右眉毛の中点と外後頭隆起を,頭頂部正中を経由して結んだ線
SOライン:眉毛の中央と外後頭隆起を,側頭部を経由して結んだ線
基準線:APラインの中点と,SOラインと毛髪の生え際の交点を結んだ線
感覚野ライン:基準線から2 cm後方に平行移動した線
感覚野ラインをさらに5等分すると,側頭部付近の4/5,5/5が反対側の顔面に相当する反射区となる.右三叉神経痛では左4/5~5/5が,左三叉神経痛では右4/5~5/5が対応することになる.痛みを訴える部位に対応する感覚野ラインに2カ所ずつ鍼を刺入し,鍼と鍼をクリップでつなぎ,電気刺激器(イトーパルスジェネレータIC-1107,伊藤超短波社製)を用い150 Hz,4~6 mAで20分間刺激した.
痛みの評価は,外来受診時(初診時,1週目,2週目,4週目,8週目,12週目)に,数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)を用い,全く痛みがない状態を0点,我慢できないほど痛い状態を10点とし,評価を行った.
2. 結果治療経過を表2に,痛み強度の推移を表3に示す.症例2,4以外は頭皮鍼治療1~9回の施行で,痛みの著明な改善を認めた.全症例において,頭皮鍼治療施行時には即時効果を認めており,また初診時と比べて増量もしくは追加した鎮痛薬はなかった.カルバマゼピンにて肝機能障害を認めていた症例6は,薬物療法を併用せずに改善を図ることができた.症例1はカルバマゼピン200 mg/dayを超えると肝障害が出現していたが増量せずに痛みのコントロールが可能であり,症例3はカルバマゼピンを減量でき,症例7はプレガバリンを中止できるほどに改善した.
症例 | 頭皮鍼治療施行回数・時期 | その他の治療 |
---|---|---|
1 | 9回(初診時から1~2週おき) | 内服は受診前と同様 |
2 | 4回(3週目まで毎週) | 内服は受診前と同様 |
3 | 5回(初診時から2~4週おき) | ▽:4回(初診時,2・4・8週目), 10週目からカルバマゼピン50 mg/dayに減量 |
4 | 1回(8週目に施行) | ▽:2回(初診時,8週目),内服は受診前と同様 |
5 | 2回(初診時と1週目) | 内服は受診前と同様 |
6 | 8回(初診時から1~2週おき) | なし |
7 | 2回(初診時と2週目) | 7週目からプレガバリン中止 |
▽:眼窩下神経ブロック(1%テトラカイン1 ml)
症例 | NRS | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
初診時 | 1週後 | 2週後 | 4週後 | 8週後 | 12週後 | |
1 | 7.5 | 6.5 | 6 | 5 | 2.5 | 2 |
2* | 10** | 10** | 10** | |||
3 | 8.5 | 4 | 5 | 2 | 7 | 0 |
4 | 10 | 0 | 10 | 10 | 10 | 0 |
5 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
6 | 9 | 6 | 5.5 | 5 | 5 | 3 |
7 | 2.5 | 2.5 | 2.5 | 1.5 | 1 | 0.5 |
*症例2は,4週目の再診前に肺がんにて死亡した.
**痛み強度は不変だが痛みの頻度は次第に減少した.
症例2は,認知症のためNRSでの痛み強度の点数化はやや困難だった.しかし,同居する家族によると日常生活で痛みを訴える回数は,頭皮鍼治療を施行するたびに減少していった.
症例4は眼窩下神経ブロックを行った初診から1週間は鎮痛を図れていたが,その後痛みは再燃した.そこで,初診から8週目に眼窩下神経ブロックに加え頭皮鍼治療を施行したところ,12週目にも痛みの改善を認め,有事再診とした.
症例3,5は痛みの改善後に終診としたが,約1年後に痛みの再燃を認めた.両者ともに再度頭皮鍼治療を行うことにより痛みの改善を認め,再び終診とすることができた.症例7は3カ月おきに痛みの再燃を認めたが,そのたび薬物療法を行わずに,頭皮鍼の単独施行にて痛みの改善を図ることができた.
今回,三叉神経痛7症例全例に,頭皮鍼治療が有効であった.特に数例においては,薬物療法を中止もしくは行わずに除痛が図れた.なかには,眼窩下神経ブロックを併用した症例もあったが,神経ブロックのみでは鎮痛効果持続時間がおおむね1週間程度であった.
刺激療法である経頭蓋磁気刺激療法(transcranial magnetic stimulation:TMS)では,大脳辺縁系の経路を活性化させることで,神経伝達物質が放出される4)と考えられている.Fontaineらは,TMSは中枢性脳卒中後疼痛に効果があるだけではなく,三叉神経痛に対しても有効な鎮痛が図れたと報告している5)が,頭皮鍼治療はTMSに比べ手軽で経済的であるという利点がある.脳卒中後後遺症の運動障害に対して頭皮鍼治療の有効性に関する報告は散見される6)が,頭皮鍼治療を三叉神経痛に用いたという報告は,渉猟するかぎり見あたらなかった.
鍼灸治療による鎮痛機構には内因性オピオイド物質が関与しており,刺激周波数により異なる物質が誘発されやすいことが報告されており7),Helmsらの報告によると,頭皮鍼治療においても頭皮からの刺激が脳幹網様体になんらかの影響をもたらすことなども推察されている8).われわれは,抗がん剤による手足のしびれに,漢方治療に加え頭皮鍼治療の併用が有効であることを確認している9)が,帯状疱疹後神経痛や脊髄損傷後の難治性疼痛に対する頭皮鍼治療の併用は効果が乏しかった.三叉神経痛,帯状疱疹後神経痛,脊髄損傷後疼痛に対する鍼治療のシステマティックレビューではさらなる研究が必要とされているが,三叉神経痛では鍼治療がカルバマゼピン内服と同等の効果があったとされている10)一方で,後二者では他の治療と比較して鍼治療の効果があまりなかった11,12).末梢における鍼治療の効果がある場合に頭皮鍼治療の効果も期待できる可能性はあるが,頭皮鍼治療のほうがより中枢に近い部位での刺激となるため,鍼刺激する部位による効果の違いも含め,今後検討を要する.
三叉神経痛7症例に対して頭皮鍼治療を単独,あるいは薬物療法と併用し,全例有効であった.頭皮鍼治療がどの疾患による痛み・しびれに有効か,今後検討を要する.