日本ペインクリニック学会誌
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短報
肢端紅痛症にワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤(ノイロトロピン®)が奏効した1例
吉崎 真依樋田 久美子山本 裕梨村田 寛明原 哲也
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2019 年 26 巻 2 号 p. 122-123

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I はじめに

肢端紅痛症は,①四肢末端の発作性の痛み,②発赤,③熱感の3徴を特徴とするまれな疾患で,末梢組織循環不全と組織虚血,末梢組織におけるブラジキニン産生および放出に伴う痛覚過敏がその病態と考えられている.症状は運動や温かい(もしくは暖かい)環境によって誘発され,患部を冷却することで緩和される.繰り返し患肢を冷水に浸すことで凍傷や皮膚潰瘍などの二次的な皮膚障害を合併し,さらに治療が困難となる場合もある1).慢性化する前の早期診断および治療が肝心であるが,いまだ確立した治療法はない.今回,軽症の肢端紅痛症にワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤[ノイロトロピン®(NTP)]が奏効した1症例を経験したので報告する.

なお,本報告については本人の承諾と当院倫理委員会からの承認を得ている(承認番号:17061948).

II 症例

症例は45歳,男性.2年前より3日に1回の頻度で入浴に伴って両手背,頭皮,背部に針で刺されるような痛みが出現するようになった.痛みは徐々に増悪し,運動や室内温上昇でも痛み,軽度の熱感,発赤が出現するようになり,出現頻度も増加した.症状持続時間は3~5分で,体温上昇時に症状が出現するため,冷房で室内温を下げて対応していた.1年前から複数の皮膚科で加療されたが症状の改善なく当科を受診となった.

既往歴:10年前から高血圧でバルサルタン,メフルシドで内服治療していた.血圧はコントロール良好で10年前から内服内容の変更はなかった.喫煙,飲酒歴,アレルギーや特記すべき家族歴はなかった.

初診時現症:入浴後,運動後や夏場の室温上昇時に,両手足,背部,腹部に痛みが出現し,軽度の発赤,熱感を伴っていた.体温上昇緩和により症状は3~5分で自然消失するが,痛みの程度は数値評価スケール(numerical rating scale:NRS,0~10の11段階評価)で8/10であり,運動ができないなど日常生活に支障をきたしていた.受診時には症状は出現しておらず,その他に特記すべき身体所見はなかった.血液検査所見で異常値はなかった.

経過:臨床症候より原発性肢端紅痛症と診断し,初診時よりNTP錠4単位を1日4錠分2で内服開始した.2~3週間で症状は軽減し,NRSは3~5/10となった.2カ月間の内服治療により症状はほぼ消失し,NRSは0~1/10となった.症状消失後にNTP内服を自己中断したところ症状は徐々に再燃し,中断から1カ月ほどで初診時と同様の強い痛みが出現したため,内服を再開した.内服を再開してから数週間で症状は再び軽減した.症状に応じて内服量を調整しながら継続内服し,治療開始から1年後の現在,症状が出現することはほとんどなく過ごせている.

III 考察

肢端紅痛症は基礎疾患の有無によって原発性と続発性に分類される1).続発性の原因の一つとして,カルシウム拮抗薬のニフェジピンが血管平滑筋に作用することで肢端紅痛症に類似した四肢の痛みを生じるとの報告があるが,本症例で内服していた降圧薬は選択的AT1受容体拮抗薬と非チアジド系降圧利尿剤であり作用機序が異なった2).また,10年間の長期内服にもかかわらず今回初めて症状を認めたことからも,降圧薬が症状発現に関与しているとは考えにくかった.初診時の血液検査所見で異常値を認めず,続発性の基礎疾患も認めないことから,本症例は原発性であると判断した.初診時のNRSは高かったものの1日を通じて症状出現時間は短く症状は自然軽快すること,皮膚潰瘍などの二次的障害を認めていないことから軽症例と判断した.

原発性肢端紅痛症の病態として,体温上昇に伴う体温調節反応からの末梢動静脈シャント血流の増加および血流増加部位での皮膚温上昇と発赤,その一方で生じる末梢組織での相対的な有効血液量減少および局所組織酸素欠乏が考えられている.また,局所の組織虚血によって産生,放出されるブラジキニン,セロトニンなどの炎症メディエーターが神経末端の受容体興奮閾値を低下させ,通常では痛みと感じない程度の温度刺激でも痛みを引き起こしていると推測される1)

治療として,神経ブロック治療,アスピリン,カルバマゼピン,ガバペンチン,三環系抗うつ薬などの有効性が報告されている1).本症例は軽症例であること,就労年齢世代であることから日常生活に支障をきたしにくい治療を選択する必要があった.

NTPは,ワクシニアウイルスを接種した家兎の炎症皮膚組織から抽出した非蛋白性の生理活性物質を含有する鎮痛薬であり,その鎮痛機序は単一でない.Suzukiらは,アロディニアを惹起させたマウスにNTPを投与することで温熱刺激性,機械刺激性痛覚過敏が抑制されると報告した3).これは,NTPが有するノルアドレナリン作動系およびセロトニン作動系下行性疼痛抑制系の活性化作用によるものと考察されており,肢端紅痛症の病態の一つである痛覚過敏に有効と考えた.また,NTPはブラジキニンなどの炎症メディエーターの放出を抑制することでも鎮痛作用を発揮する4).加えて,肢端紅痛症の治療に有効とされる末梢循環血流の改善作用も有すると考えられている5)

NTPはその有効性を確認するまでにある程度の観察期間を要する薬物であり,本症例も内服開始約3週間後から症状は軽減した.その後,NTPの自己中断によって症状は再燃,増悪し,内服再開によって症状が再度軽減したことからも,NTPの本症例への有効性が示唆された.NTPは副作用の発現頻度,重症度が低く長期投与においても安全性が高い薬物であり,現在も内服を継続し,症状再燃を認めていない4)

肢端紅痛症はまれな疾患であり,その治療法は確立していない.これまで肢端紅痛症の治療にNTPが有効であったという報告はなされていないが,本症例の結果をふまえると,その特殊な鎮痛機序は本疾患の症状緩和に寄与する可能性がある.患者の重症度を考慮したうえで,肢端紅痛症の治療の一つとしてNTPの使用も試みる意義がある.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

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