日本ペインクリニック学会誌
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短報
スプリングガイドカテーテルによる硬膜外腔癒着剥離術を2回施行した腰椎手術後疼痛症候群の1症例
吉田 香織鈴木 興太木村 哲朗五十嵐 寛加藤 孝澄中島 芳樹
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2019 年 26 巻 2 号 p. 126-128

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I はじめに

腰椎手術後疼痛症候群(failed back surgery syndrome:FBSS)は慢性腰下肢痛をきたし,しばしば難治性である.今回,われわれはFBSS症例に対し経皮的硬膜外腔癒着剥離術(percutaneous epidural adhesiolysis:PEA)を複数回施行し,症状の改善が得られたので報告する.

なお本論文発表に際しては,患者から口頭で承諾を得た.

II 症例

患者:55歳,男性.163 cm,62 kg.

現病歴:腰部脊柱管狭窄症に対し,第4腰椎から第1仙椎の後方除圧固定術後,左腰下肢痛としびれが残存した.術後7カ月間内服治療を試みたが,プレガバリンでふらつき,トラマドールとアセトアミノフェン配合錠,イミプラミンで健忘と見当識障害,ミルナシプランで口喝と気分不快の副作用が認められ,非ステロイド性抗炎症薬,デュロキセチンは無効であり,当科を紹介受診した.

初診時現症:下肢伸展挙上試験(SLRテスト)陰性,大腿神経伸展試験(FNSテスト)陰性,筋力低下はなく,左腰部と大腿外側から下腿外側にかけて痛みとしびれ,知覚鈍麻があり,足底部に強い痛みがあった.また,左足に冷感,左下腿の攣縮は連日認められ,数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)は10であった.そのため長時間の立位を要する製造業の就労は不可能であった.MRIでL5/S1椎間板高位に癒着組織を疑う所見が存在し,同部位での馬尾障害が疑われた.硬膜外造影ではL5高位より頭側の神経根は造影されなかった(図1a).漢方薬治療,仙骨硬膜外ブロック,坐骨神経ブロック,レーザー治療,理学療法を行うも効果不良であり,L5神経根を目標としたPEAを計画した.

図1

PEA施行前,施行中の造影像

a:初回PEA前.仙骨裂孔より硬膜外針を抵抗消失法により挿入し,造影剤を10 ml注入した.L5神経根より頭側は造影されていない.

b:初回PEA時.仙骨裂孔より硬膜外針,カテーテルを挿入.カテーテル先端を左S1神経根付近に留置し,造影剤を3 ml注入した.PEA前のものと比較し,頭側部の造影エリアに大きな変化はない.

c:2回目PEA前.aのときと同様に施行し,造影剤を10 ml注入した.初回PEA前,PEA時のものと比較し,頭側部の造影エリアがわずかに拡大した.

d:2回目PEA時.bのときと同様に施行し,カテーテル先端を可能なかぎり頭側に留置し,造影剤を3 ml注入した.2回目PEA前のものと比較すると,頭側部の造影エリアは拡大し,左のL5神経根付近まで造影されている.

治療:経仙骨裂孔法で施行した.癒着のためカテーテル挿入は困難で,途中,生理食塩水10 mlとヒアルロニダーゼ1,500単位混合液を投与しながら挿入した.左L5神経根付近にカテーテルを挿入することは不可能で,左S1神経根付近に留置した.造影所見は術前のものと比較し大きな変化は認められなかった(図1b).デキサメタゾン6.6 mgと0.2%ロピバカイン10 mlの投与後カテーテルを固定し,10%高張食塩水10 mlを投与した.2日目,3日目は0.2%ロピバカイン10 mlと10%高張食塩水10 mlを投与し,カテーテルを抜去した.術後は運動療法を指導した.

術後1週間で下腿と足の冷感は残存したが,左大腿の痛みとしびれは消失し,左腰部,下腿,足の痛みとしびれが軽減した.NRSは立位では下腿が5,腰部と足底部が8,臥位では0~1と低下した.下腿痙攣の頻度が1~2週間に1回程度に減少し,夜間良眠が得られるようになり,就労可能となった.しかし長時間の立位に苦痛を感じ,症状のさらなる改善を希望したため,初回より80日後に再度PEAを施行した.2回目のPEA施行前の硬膜外造影像では1回目と比較し,一部造影エリアの拡大が認められた(図1c).施行方法や使用薬剤は1回目と同様に行った.2回目のPEA術中の造影所見は,左L5神経根付近まで造影エリアが拡大し(図1d),カテーテルを1回目より頭側に留置することができた.症状は術後下腿の痛みと冷感は消失,NRSは腰部が5,足底部が3となり,痛みは残存するが以前より長時間の立位保持ができ,長時間の就労が可能となった.

III 考察

PEAは,1989年にRaczらが中心となりpercutaneous epidural neuroplastyとして普及させたもので,保存的治療に反応しない神経根症に対して効果的であると報告された1).当院では2012年より倫理委員会の承認を得た(承認番号23–124)のち,個々の対象者から書面による承諾を得てヒアルロニダーゼを使用した,PEAによる治療を行った.本邦においてもFBSSに対する有効性の報告があるが2),複数回施行した報告はない.

本症例では,1回目の施行後症状の軽減が認められたが,患者の満足感が低く2回目のPEAを施行した.PEAは物理的剥離と化学的剥離効果を持ちあわせている手法である1).痛みの原因と考えられる神経根までカテーテルを挿入できれば,1回のPEAでも大きく症状が改善する可能性が高い.本症例では初回のPEA時には物理的剥離が困難であり,目標とする神経根へのカテーテル挿入が不可能であったため,術中の造影所見は術前のものと比較し大きな変化はなかった.しかし,その後の化学的剥離により症状が改善したと考えられる.また,2回目の施行時にカテーテルをより頭側に留置することが可能となったが,これは初回PEAの化学的剥離効果により,2回目の物理的剥離が容易になったことが予測され,さらなる症状改善につながったと考えられる.

本症例では初回より80日後に2回目のPEAを施行した.複数回施行時の間隔や回数について言及した報告はなく,適切な時期と回数は不明である.化学的剥離による効果があること,また過去の報告において,PEA後1カ月での有効率が高い2)ことより,PEA後1カ月以降で施行を検討するのが適切ではないかと考える.PEAは比較的低侵襲だが,血管内注入,カテーテルのくも膜下留置,くも膜穿刺,などの合併症がある3).複数回行うときは癒着が強固である部位を操作するため上記の発症率が増加する可能性があり,より注意深い操作が求められる.

今回,FBSSに対してPEAを複数回繰り返すことで,単回に比べ効果的であった症例を経験した.難治性のFBSSに対しては,単回のPEAで十分な効果が得られない場合には複数回施行の適応となりうると考えられる.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第49回大会(2015年7月,大阪)において発表した.

文献
  • 1)   Racz  GB,  Holubec  JT. Lysis of adhesions in the epidural space. In: Racz GB, editor. Techniques of Neurolysis, Boston, Kluwer Academic Publishers, 1989, pp57–72.
  • 2)  松本富吉. Raczカテーテル®経仙骨裂孔硬膜外神経形成術3日法:腰部脊椎手術後難治性疼痛54症例. ペインクリニック2013; 34: 245–52.
  • 3)   Lee  F,  Jamison  DE,  Hurley  RW, et al. Epidural lysis of adhesions. Korean J Pain 2014; 27: 3–15.
 
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