2019 年 26 巻 2 号 p. 116-121
脊髄性筋萎縮症とは,脊髄および下位脳幹における進行性の運動ニューロンの脱落を特徴とする疾患であり,進行性の筋萎縮を引き起こす.運動予後の改善が期待される新薬(ヌシネルセンナトリウム)が2017年よりわが国でも使用可能になった.しかし髄腔内投与を必要とし,高度側弯症を有する場合,腰椎穿刺が困難になる症例もある.今回われわれは,高度側弯症のため主治医が不成功に終わった腰椎穿刺の再施行依頼に対して,X線透視下で腰椎穿刺を実施することにより良好な結果を得た2症例を経験した.症例1は29歳,女性.2回目までは神経内科主治医のランドマーク法で腰椎穿刺可能であったが,3回目以降から誘因なく穿刺不可能になった.X線透視によりL3/4間の椎弓間隙を同定することで,腰椎穿刺に成功した.症例2は15歳,女性.小児科主治医のランドマーク法では一度も成功しなかったが,当科でのX線透視の使用によって腰椎穿刺に複数回成功し,予定どおりに投与計画を達成できた.高度側弯症がある場合でもX線透視の使用で目標刺入部位の椎弓間隙が明瞭になれば,手技の確実性が高まることが示された.以上より,高度側弯症患者の腰椎穿刺にはX線透視が有用と考える.
脊髄性筋萎縮症とは,脊髄および下位脳幹における進行性の運動ニューロンの脱落を特徴とする疾患であり,進行性の筋萎縮を引き起こす.これまでは根本的な治療法はなく,呼吸筋低下による呼吸不全には人工呼吸管理をするなど,対症療法が主体であった.運動予後の改善が期待される新薬(ヌシネルセンナトリウム)が2017年よりわが国でも使用可能となった.しかし本薬剤は髄腔内投与が必要であり,高度側弯症の場合は腰椎穿刺が困難となる症例もある.
今回われわれは,高度側弯症を伴う脊髄性筋萎縮症患者に対してX線透視下で腰椎穿刺を実施した.透視により目標の椎弓間隙の位置を明瞭化することで,従来のランドマーク法では実施困難であった症例に対して,確実に腰椎穿刺を実施できたので報告する.
なお症例報告にあたり,当該患者・家族から同意を得た.
【症例1】29歳,女性.身長140 cm,体重27 kg,BMI 13.8 kg/mm2.1歳6カ月時に脊髄性筋萎縮症(非乳児型)と診断.以降,リハビリテーションを中心とした対症療法を実施してきたが徐々に筋力低下が進行したため,ヌシネルセンナトリウム投与を希望した.高度の側弯は認めたが,最初の2回は神経内科主治医によるランドマーク法で腰椎穿刺が可能であった.しかし3回目の投与時より特に誘因なく穿刺困難となった.腰椎3D-CTで評価後に再穿刺を試みたが1時間以上かけても実施できなかった.本剤は定期的な髄腔内投与が必要のため,腰椎穿刺目的に当科紹介となった.
胸腰椎X線写真,3D-CTでは高度の脊柱変形を認めた(図1A,B).ランドマーク法では腰椎穿刺が困難であったため,X線透視下に実施の方針とした.手術室に入室後,右側臥位とした.Cアームと体位を操作してL3,L4の棘突起および両側の椎弓根を描出してL3/4間の椎弓間隙を同定し,これを目標とした(図1C~E).皮膚の局所麻酔実施後,22 G Tuohy針を使用してX線透視下にL3/4椎間で腰椎穿刺を施行した(図1F).髄液流出を確認後,ヌシネルセンナトリウムを髄注して手技を完遂した.実施中特に有害事象はなく,翌日には退院できた.本患者は非乳児型の脊髄性筋萎縮症であり,今後は維持療法として6カ月に1回のペースでヌシネルセンナトリウム髄注を継続していく予定である.
画像所見:症例1
A:胸腰椎X線写真(反転像)
B:腰椎3D-CT像
C:実際の穿刺時の体位
D:Bを90度時計回転させた像(右側臥位像)
E:Cでの透視画像.a:目標とするL3/4間椎弓間隙
F:穿刺成功時の像.側弯のため実際の穿刺部位は正中方向からのずれがある.
G:L3/4レベルでのCT像を90度反時計回転させた像(右側臥位像と類似).実際の穿刺像であるFと比較すると,正中から穿刺部位までの距離や針の方向を含め,ほぼイメージどおりに穿刺できていることがわかる.
【症例2】15歳,女性.身長115 cm,体重15 kg,BMI 11.3 kg/mm2.3カ月時に脊髄性筋萎縮症(乳児型)と診断.現在は呼吸筋の筋力低下による呼吸不全のため,気管切開,人工呼吸器管理で,意思表示は眼球動作のみで可能.喀痰排出力も低下し,定期的な気管内吸引を必要とした.呼吸筋や喀痰排出力の改善を期待し,ヌシネルセンナトリウム投与を希望した.小児科主治医がランドマーク法で腰椎穿刺を試みたが,熟練した複数の小児科医が交代で1時間半近くかけても実施できず,当科紹介となった.
症例1と同様に胸腰椎X線写真,3D-CT(図2A,B)で高度の側弯症を認めたため,X線透視下で腰椎穿刺を施行した.小児症例であり心理的負担を減らすために,小児科主治医が鎮静を希望した.手術室に入室後,プロポフォールで鎮静してから左側臥位とした(図2C).Cアームを操作してL3/4間の椎弓間隙を描出しようとしたが,腰椎椎体の回旋が症例1よりも高度(図2D)であった.このため,左側臥位のままで穿刺部位の椎弓間隙と左右対称性の椎弓根を描出させるにはCアームを水平面に対してかなり回旋させる必要があったが,椎体に対して手術台が重なり不鮮明な画像しか得られなかった.そこで手術台とX線ビームが重ならないようにCアームは水平面に対してできるだけ平行に保ち,患者の体位を回旋することで目的椎弓間隙の描出を試みた.最終的に,ほぼ腹臥位に近い体位(図2E)を取ることで理想的な透視像を得ることができ(図2G),L3/4椎間で腰椎穿刺を施行できた.実施中の有害事象も認めず,翌日に退院できた.
画像所見:症例2
A:胸腰椎X線写真(反転像)
B:腰椎3D-CT像
C:左側臥位像
D:Cの体位でのL3/4レベルのCT像のイメージ.腰椎椎体の回旋の程度は症例1(図1G)と比較しても高度である.この体位で椎弓間隙に対してX線ビームを直交させるには,Cアームを水平面に対してかなり回旋させる必要があった.しかし,その結果腰椎椎体に対して手術台が重なってしまい,不鮮明な画像しか得られなかった.
E:実際の穿刺時の体位.ほぼ腹臥位に近い体位が必要であった.
F:Eの体位でのL3/4レベルのCT像のイメージ(Dを90度近く時計回転した図)
G:Eの体位で得られた透視像.X線ビームが手術台に妨げられることなく目標椎弓間隙に直交可能であったため,穿刺に適したクリアな透視像を得ることができた.
乳児型脊髄性筋萎縮症での投与プロトコールは,最初の9週に4回の負荷投与を実施し,その後4カ月に1回の維持投与とされる.本症例は初回投与症例のため,初回投与から2週後,4週後,9週後に同様の手法で髄腔内投与を実施した.初回は体位取りにやや時間を要したが2回目以降は短時間でスムーズに施行できた.全体を通して腰椎穿刺による有害事象は発生しなかった.今後は維持療法として4カ月に1回のペースで髄注を継続する予定である.
本症例はX線透視の使用により腰椎穿刺が可能になった高度側弯症を伴う脊髄性筋萎縮症の2症例である.
脊髄性筋萎縮症とは,体幹,四肢の近位部優位の筋力低下,筋萎縮を示す.発症年齢,臨床経過に基づき,乳児型であるI型(生後6カ月までに発症),非乳児型であるII型(生後6カ月から1歳6カ月までに発症),III型(生後1歳6カ月から20歳までに発症),IV型(20歳以降に発症)に分類される.乳児型であるI型は呼吸筋の筋力低下による呼吸不全で人工呼吸管理を行わない場合,多くは2歳までに死亡する.II型は呼吸器感染や無気肺を繰り返す例もあり呼吸不全が予後を左右する.III型,IV型の生命的な予後は良好である.わが国での患者数(平成24年度医療受給者証保持者数)は712人と希少疾患である.これまでは対症療法が主体であり,根本的な治療が確立されていなかった1).
ヌシネルセンナトリウムは脊髄性筋萎縮症の運動予後の改善が期待される新薬で,わが国でも2017年より保険適用となった.初回時は数週ごとに連続投与を行い,その後は維持療法として4~6カ月ごとの定期投与が行われる2).希少疾患のため薬価は非常に高価で,2018年現在1バイアルあたり日本円で900万円以上する.
ヌシネルセンナトリウムは髄腔内投与が必要である.乳児では側弯症がなく容易であるが,脊髄性筋萎縮症患者は成長につれて側弯症を呈することが多い.特に高度の側弯症を伴う場合,腰椎穿刺が困難となる.高度側弯症例での硬膜外腔・くも膜下腔穿刺にX線透視が有用であったという報告がある3).また脊髄くも膜下麻酔が困難だった場合にCアーム透視下穿刺を試みるとの報告もある4).今回の2症例とも高度の側弯症を呈し,通常のランドマーク法では腰椎穿刺困難で当科紹介されており,X線透視下で腰椎穿刺を実施する方針とした.
今回,われわれは透視下腰椎穿刺を選択したが,その他として超音波の利用があげられる.側弯症妊婦の硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔に超音波ガイドが有用との報告もある5)が,腰椎穿刺に超音波を利用するにはわれわれ自身の経験が乏しかったことが使用を消極的にさせた.実際,2症例とも超音波での腰椎プレスキャンも試みたが,オリエンテーションがまったくつかず使用を断念した.
X線透視の利点は,穿刺目標とする椎弓間隙を描出できる点にある.透視下のオリエンテーションとして棘突起と両側の椎弓根が重要だが,高度側弯症ではそれらの視認は難しい.しかし体位とCアームの方向を調節して,椎弓間隙の大きさが最大となり棘突起から左右それぞれの椎弓根までの距離が等しくなるように描出できれば,穿刺自体は容易となる3).両側の椎弓根と上下の棘突起に囲まれた椎弓間隙に針を進めることで,確実にくも膜下腔に到達できるからである.
理想的な透視像を描出するには事前計画が重要である.胸腰椎の単純X線写真に加えて,腰椎椎体の回旋の程度を把握するには腰椎3D-CTが必要である.3D-CTから得られた全体の解剖像を念頭に置き,Cアームと体位を三次元的に操作することで穿刺に適した透視像の描出が可能になった.
X線透視下腰椎穿刺の問題点として4つの点があげられる.1つ目はCアームを必要とする点である.しかしCアーム装置自体は整形外科手術を行う施設では常備されており,手術室で働く麻酔科医にとっては敷居が低いと思われる4).2つ目は透視下ブロックの技術が必要な点である.透視下ブロックには一定の経験と技術を必要とするがペインクリニシャンにとっては馴染みのある手技であり,透視下ブロックの経験があれば取り組みやすい手技だと考える.3つ目は放射線被曝の問題である.今回の手技では一度も線量の測定は実施していないため,正確な被曝量は不明である.ただし対象患者が若年でもあり被曝量に関する懸念はある.施行中はできるだけ間欠的な透視にとどめるように努力した.また先天性小児心疾患の心臓カテーテル検査などと比較しても長時間の透視は行っておらず,臨床的には問題ないと考える.4つ目は,側弯症手術後の後方固定により解剖学的に後方からのくも膜下穿刺が不可能な症例がある.その場合,透視下で経椎間孔アプローチやC1/2間アプローチで髄腔内投与を実施したとの報告もある6).理論的には可能であるがかなりの技術を要するため,実施できる施設は限られる.
今回の2症例では残念ながら薬剤投与の効果はまだ認めていないが,維持療法として定期的に投与していくので,運動予後の改善にも注視していきたい.ただし投与期間が半年に1回程度のペースのためさらに側弯が進行する可能性も高く,確実な穿刺のためにこれ以降も透視を用いる方針である.今後,ヌシネルセンナトリウム髄腔内投与症例が増加することも予想される.上記のような問題点はあるが,高度側弯症の脊髄性筋萎縮症患者への腰椎穿刺にX線透視は非常に有用な手技であると考える.
この論文の要旨は,日本麻酔科学会関東甲信越・東京支部第58回合同学術集会(2018年9月,東京)で発表した.