2019 年 26 巻 4 号 p. 313-320
日 時:2019年5月11日(土)
会 場:ウインクあいち
会 長:柳原 尚(名古屋栄ペインクリニック)
臼井要介
水谷痛みのクリニック
アシスタント:松本裕司 齊藤正佳 中川宏樹 二村英憲 二村 涼
名古屋スポーツクリニック
凍結肩など手術適応がない運動器の痛みは運動療法が中心となる.運動療法では過緊張した筋肉は弛緩させ,筋力低下した筋肉は筋トレを指導し,そして運動器の正しい使い方の再構築を行う.運動療法では運動器の再構築指導に時間をとりたいが,痛みにより運動器を動かせないため,実際には過緊張した筋肉を弛緩させる時間に割かれていると思われる.
一方,従来のペインクリニックでは,痛みの悪循環改善を目的に交感神経ブロックを行ったり,痛みが強い場合は体性神経ブロックを行ってきた.血流改善で痛みがとれるならいいが,運動器の痛みは交感神経ブロックだけでは運動時の痛みをとりきれないことが多い.また体性神経ブロックとして腕神経叢ブロックを行うと,幅広い運動神経に局所麻酔薬が作用し運動ができなくなる.
超音波画像の画質がよくなったことで,肩甲上腕関節包,肩鎖関節包,肩峰下滑液包,腱板,烏口上腕靭帯などの病変を動的に確認できるだけでなく,過緊張した拮抗筋の支配神経だけを選択的に神経ブロックできるようになった.このことから,関節包・滑液包内注入や選択的神経ブロックを行うことで,理学療法士が筋トレの指導や運動器の正しい使い方の再構築指導に時間を割けると思われる.
上腕骨を挙上する時,肩甲骨は僧帽筋と前鋸筋中・下部線維が収縮すると上方回旋し,僧帽筋中部線維と菱形筋が収縮して内転する.これらの筋収縮が十分な場合,肩甲骨は後傾し肩甲骨関節窩が頭側に向くため肩峰下腔が広くなり,この空間を通過する腱板と滑液包への負担が少ない.これらの運動の主動作筋が低下している場合,または拮抗筋が緊張している場合は,肩甲骨は下方回旋し前傾する.また上方回旋の代償運動として僧帽筋上部線維,肩甲挙筋,前鋸筋上部線維が緊張すると肩甲骨は挙上し肩こりの原因となる.肩甲骨が下方回旋や挙上すると肩甲上腕リズムの不整が起こり,肩峰下腔が狭くなるため,この空間を通過する腱板と滑液包への負担が大きくなる.
今回,肩甲胸郭関節では上方回旋の拮抗筋である小胸筋に対する胸筋神経ブロック,代償運動として緊張する肩甲挙筋に対する肩甲背神経ブロック,前鋸筋上部線維に対する長胸神経ブロック,肩甲上腕関節では屈曲の拮抗筋である上腕三頭筋長頭と小円筋に対する腋窩神経ブロック,内旋の拮抗筋である棘下筋に対する肩甲上神経ブロック,外旋の拮抗筋である肩甲下筋に対する肩甲下神経ブロックについて説明したい.
運動器リハビリテーションにおけるエコーの活用法福吉正樹
名古屋スポーツクリニック
アシスタント:松本裕司 齊藤正佳 中川宏樹 二村英憲 二村 涼
名古屋スポーツクリニック
運動器疾患の治療を専門とする整形外科には,疼痛を主訴とした患者が受診する.その診察においては,単純X線検査が画像診断のgold standardであるが,それでは同定できない軟部組織の障害が多数存在することも事実である.また,軟部組織病変の描出に優れたMRIにおいても検査を行うまでに多くの日数を要するため,一部の疾患にしかMRI検査が行われていないのが現状である.このような背景のなか,著しい技術革新によってMRIをしのぐ空間分解能を有したエコーが急速に普及することで,これまでの画像診断では特定し得なかった疼痛に対する診断的治療が可能となり,整形外科医の疼痛治療に対する概念が大幅に変化しつつある.
一方,運動器診療の一端を担う運動器リハビリテーション分野においてもエコーの普及が進んでいる.その最たる理由は,病態の可視化に向けた機運の醸成である.エコーでは,理学療法士が必要とする運動器構成体(皮膚,筋,腱,靭帯,末梢神経,血管,軟骨,脂肪体など)を無侵襲に観察できるばかりでなく,動態をリアルタイムに観察できる特長がある.また,ドップラモードを組み合わせることで,局所血流と疼痛との関連などを探ることも可能であり,これまで想像の域を出なかった機能障害や疼痛の解釈に対して,病態が可視化できるエコーは非常に強力な武器となる.ただし,エコーで観察することと病態を理解することとは,決してイコールではない.運動器リハビリテーションの実施において理学療法士に求められる成果は,何といっても機能障害の改善およびこれに付随した疼痛の軽減であり,“機能解剖学的知識”と“触診技術”の習得無くしてエコーの有効活用はあり得ない.換言すれば,“機能解剖学的知識”,“触診技術”,“エコー”の3点が融合した時に,これまでよりも一歩前進した科学的な運動療法が可能となる.
本講演では,運動器リハビリテーションにおけるエコーの活用法について,いくつかの例をあげて解説するとともに,実技も行っていきたいと考えている.
奥村朋子 湯澤則子 川端真仁 伊藤恭史 角渕浩央
藤田医科大学ばんたね病院麻酔科
【症例】69歳男性.右側頭部痛と嗄声で近医受診.疼痛コントロール不良にて,発症より16日後,当科紹介.右第2頸神経領域に強い痛みとアロディニアを訴えた.皮疹はなかった.右声帯麻痺・嚥下障害を認めたが,頭部・胸部CTでは特記すべき所見なし.無疹性帯状疱疹とそれに伴う下位脳神経障害を疑い,入院加療とした.
【入院後経過】抗ウイルス薬とステロイドの点滴治療を開始し,側頭部痛は速やかに消失.血清学的検査では,VZV-IgM(EIA)6.84,ペア血清でも入院時VZV-IgG(EIA)66.5,2週間後にVZV-IgG(EIA)88.9と上昇を認め,無疹性帯状疱疹と診断した.右声帯麻痺,カーテン兆候,軟口蓋の偏位を認め,筋電図にて右迷走神経障害,右副神経障害,右舌下神経障害と診断された.頭部MRIでは有意な所見を認めなかった.入院中,嚥下障害の悪化を認めたため嚥下リハビリを開始し,徐々に経口摂取が可能になったため自宅加療となった.
【結語】水痘帯状疱疹ウイルスはさまざまな神経合併症を起こすが,無疹性帯状疱疹は診断に苦慮することが多く,治療開始が遅れる可能性がある.原因不明の多発脳神経障害を認めた場合は,水疱が認められない場合でも帯状疱疹を鑑別診断の一つとして念頭に置くべきである.
筋弛緩法の併用が奏功した口腔痛の1例横地 歩*1 寺田憲弘*1 野瀬由圭里*1 向井雄高*1 上條史絵*1 高村光幸*1 鈴木 聡*2 丸山淳子*2 小西邦彦*1 丸山一男*1
*1三重大学医学部附属病院麻酔科,*2鈴鹿医療科学大学
慢性疼痛では,非薬物療法も試みられる.
【症例】50代男性.
【既往歴】うつ病(詳細不明),糖尿病,高血圧.
【現病歴】口の違和感,顔のしびれ,倦怠感などを主訴に,当院鍼灸外来を受診.2カ月前から仕事を休みがちになり,1カ月前から休職中とのこと.2週間ほど前には全身のしびれで救急車を呼んだとのこと.当院鍼灸外来はネットで知り受診したという.
【鍼灸】触診で硬結部位や圧痛部位を認め刺鍼を開始していたが,5分ほどで全身にピリピリ感が出現してきたとの訴えがあり処置を中止した.ペインクリニック医師が呼ばれ,頻呼吸傾向に対し呼吸法の指導や筋弛緩法(全身と頭頸部)の指導を行った.筋弛緩法では効果の実感が得られた.1時間ほどのベッド上安静後,帰宅した.その後,携帯電話の通話とSNSでつながり,痛みへの対処法を指導した.当初は,深夜や明け方を含め連絡が頻回で,不眠と不安の強さが目立った.しかし,この間も,筋弛緩法については効果の実感が何度か報告された.かかりつけ内科への受診を促し,大学病院精神科への予約をとりつつフォローした.体調不良後,他院での通常量の薬剤の開始で不安が惹起され,薬剤や通院を自己中断するという事象が繰り返されていたとのことであり,ミルタザピンの開始は微量(1.5 mg/日)からとして,漸増した(55日目;ミルタザピン7.5 mg/日,ロフラゼプ0.5 mg).連絡の頻度は漸減し,日常活動が増加していった.その後,空耳で音楽が聞こえてくるという症状が問題になったが,初診から70日後に受診した当院精神科にて,アリピプラゾールの併用が開始されると,音楽は聞こえなくなっていった.初診から109日目のご報告で,近く復職とのことであった.
【考察】当初から筋弛緩の効果の実感があった.効果があったことで患者との信頼関係が醸成された.口腔痛に筋弛緩法の併用が有効なことがある.
学際的治療の自己中断でCRPS症状が進行したADHDの1例加藤利奈 杉浦健之 草間宣好 徐 民恵 加古英介 太田晴子 井口広靖 藤掛数馬 薊 隆文 祖父江和哉
名古屋市立大学大学院医学研究科麻酔科学・集中治療医学分野
【はじめに】複合性局所疼痛症候群(CRPS)は早期診断と集学的治療が治療予後を決める.今回,いたみセンターで発症早期から多職種による学際的治療を行うことにより良好な経過を得ていたが,治療の自己中断によりCRPS症状が進行した注意欠如・多動性障害(ADHD)の症例を経験した.
【症例】38歳,女性.X年5月,誘因なく左第5指疼痛が出現した.近医整形外科の診察で骨折などの所見はないが,動作時に疼痛が増強するため,第4,5指をシーネ固定された.しかし痛みの改善なく,6月当院に紹介となった.初診時の安静時痛はNRS 6/10で,左第5指は不動化していた.プレガバリンを処方し,固定の解除と指の運動を指示した.再診時,運動恐怖のため固定が継続された状態であり,第4指にも疼痛が出現していた.早急な対応が必要と判断し,7月に入院し,持続尺骨神経ブロック下に理学療法・作業療法を施行した.さらに入院中の診察でADHDと診断し,メチルフェニデートの処方で,日中の意欲とプレガバリンによる眠気が改善した.退院時には動作時痛がNRS 8/10から5/10に軽減し,他動による第5指PIP関節の関節可動域(ROM)は−20/60から−10/90に改善した.退院後は2~4週ごとに外来通院して症状は改善していたが,8月下旬より遅刻や未受診により理学療法が中断され,投薬治療のみ断続的に続いた.11月に再度理学療法を再開したが,同様の理由で継続できず,その後,左上肢尺側にしびれの進展と手掌尺側の筋萎縮など,CRPS症状が進行し,治療に難渋している.
【考察と結語】CRPS症状改善には継続的な治療が必要であるが,本症例は治療が断続的になり症状が進行した.ADHD患者ではスケジュールの間違いや忘れ,遅刻などの不注意症状,説明に対して上の空で話を聞いていないなどの衝動性症状もあり,定期受診や治療への協力が得られ難い問題がある.
当院初のボツリヌス毒素製剤の使用経験黒川修二*1 藤原祥裕*2 佐藤祐子*2
*1 JA愛知厚生連江南厚生病院麻酔科,*2愛知医科大学病院麻酔科
【はじめに】ボツリヌス毒素療法は,ボツリヌス菌が合成するタンパク質が筋肉に分布している神経の働きを阻害し,筋弛緩作用を得て,過度の筋緊張を緩和する治療法である.
脳卒中や脊髄損傷後の痙縮や痙性斜頸,斜視,多汗症に適応がある.またある種の痛みの治療にも使用されている.
今回,脊椎手術後の脊髄損傷による痙縮に対して,当院初のボツリヌス毒素療法を施行し下肢痛が有効にコントロールできた症例を経験したので報告する.
【症例】67歳,女性.両下肢しびれを主訴に,2017年11月,胸椎後縦靭帯骨化症に対して5椎間以上の後方固定術を施行.術直後は下肢の動きも問題なかったが,術中の脊髄損傷の影響か,徐々に下肢動きが鈍くなり,最終的には両下肢痙縮の状態となり,リハビリ施行.その後も症状改善に乏しく,両下肢痛も認め(VAS 60/100),ロキソプロフェンを3回/日頓用,ガバペンチン内服開始.それでも症状改善せず,2018年10月,ボツリヌス毒素療法の依頼を受け施行となる.
【施行後の経過】翌日には下肢は少し動くようにはなったとのこと.痛みに関しても有意に改善し,施行後2週目,1カ月目,2カ月目においても,VAS 10/100を維持し,鎮痛剤の内服も2,3日に1回の程度まで減少した.なおリハビリは継続中である.
【考察】ボツリヌス毒素は,末梢の神経筋接合部における神経終末内でのアセチルコリン放出抑制により神経筋伝達を阻害し,筋弛緩作用を示す.これにより間接的に痛みも緩和されると考えられる.本症例も当初は痙縮改善の目的で施行したが,結果的に痛みも有意に改善した.それ以外にもボツリヌス毒素は末梢での発痛物質放出を抑制し,末梢性感作を抑制することや中枢神経系における神経伝達物質放出も抑制し,中枢性感作を抑制することで鎮痛効果を発現していると考えられている.
【結語】今後はさらに症例を積み重ね,鎮痛効果について検討していきたい.
仙骨裂孔からのRaczカテーテルによる硬膜外腔癒着剥離手技坂本 正 河西 稔 平塚寿恵
医療法人宏徳会安藤病院麻酔科・ペインクリニック科
【はじめに】硬膜外腔の癒着を剥離する方法として,硬膜外洗浄,エピドラスコピー,Raczカテーテル手技,手術による方法がある.Raczカテーテルによる硬膜外腔癒着剥離術は,2018年4月に保険収載された.当院では2018年9月から,Raczカテーテルによる癒着剥離術を開始し,これまでに23症例に実施し,改善した手技について検討したので紹介する.
【方法】①患者の体位は腹臥位とし,Raczカテーテルは,仙骨裂孔より刺入する.②硬膜外腔に刺入した硬膜外針より,造影剤を注入して造影剤の広がりを確認する.③術前の症状から想定した部位と造影剤の広がりが不十分な部位から癒着部位を判断し,Raczカテーテルを硬膜外針より,想定部位に挿入留置する.④Raczカテーテルから,生理的食塩水を2~3 mlずつ急速注入して圧による剥離を行う.基本的に生理的食塩水は計100 mlまで使用する.⑤剥離操作中,ほとんど全ての症例で痛みの訴えがあったことより,剥離操作中はプロポフォールによる静脈麻酔下で行う.この間,安全性を確保するため,酸素吸入と各種モニターで呼吸,循環の安全を確保する.⑥剥離操作終了後,Raczカテーテルより造影剤を注入して造影剤の広がりを確認し,1%リドカイン5 ml+デキサメタゾン2 mgを投与して,硬膜外針とカテーテルを抜去する.⑦術後1時間安静として異常のないことを確認して帰宅していただく.
【結果】①剥離操作後の造影剤注入で,硬膜外腔の腹側,背側への造影剤の広がりが改善した.②静脈麻酔未使用時に剥離操作に関連して訴えられた後頸部痛,足のしびれや腰下肢痛はなくなった.③術前の痛みの改善効果はばらつきが認められたが,劇的に改善した症例もあり,有効な方法と考えられた.
【結語】今回の方法による硬膜外腔癒着剥離術は,日帰り手術でも安全で有効な治療法と確認できた.
加藤 実
日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野
神経障害性疼痛という単語は痛み治療に携わる医師に加えて,診療科の枠を超えてプライマリケアの医師,歯科医師,看護師,理学療法士,作業療法士,薬剤師,心理士,そして患者にも幅広く知られるようになった.背景には,神経障害性疼痛に対する保険適応を獲得したプレガバリン(リリカ®)の上梓,加えて日本ペインクリニック学会から発行された「神経障害性疼痛に対する薬物治療ガイドライン」,加えてペインクリニック学会員による地道な啓発,そして製薬会社による啓発などが大きく貢献している.
しかし,日常診療でプライマリケアの医師からは,神経障害性疼痛の診断は必ずしも容易ではない,神経障害性疼痛治療薬の選び方が分からないなどの意見が数多く聞かれ,神経障害性疼痛患者の苦痛が早期に緩和できる治療環境は未だ整っていない.神経障害性疼痛の機序は複雑で唯一無二の治療薬はない.このため,既存の神経障害性疼痛治療薬に抵抗性を示す患者には,新しい神経障害性疼痛治療薬の開発が切望されてきた.しかし,新薬の開発のみで神経障害性疼痛の治療環境が向上するわけではない.治療環境の向上には,まず「神経障害性疼痛に対する薬物治療ガイドライン」中に掲載されている「神経障害性疼痛診断アルゴリズム」の実践を通じて,神経障害性疼痛の診断力を習得した医師を増やす必要がある.さらに患者の薬物アドヒアランスの向上のために,理解,納得を得られるために医師の丁寧な説明も必要になる.具体的には,第1に神経障害性疼痛と侵害受容性疼痛の違い,第2に痛みの機序に基づいた薬物治療の必要性,第3にガイドラインに基づいた薬物選択,第4に鎮痛効果発現時期など薬物の特徴,第5に想定される効果と副作用の種類と対応,第6に目標設定と留意点である.
本講演では,これらの具体的な留意点の実際を紹介しながら,新たな末梢性神経障害性疼痛治療薬であるミロガバリン(タリージェ®)の特徴とその位置づけに焦点を当て,臨床試験結果に考察を加えて解説したい.
西原真理
愛知医科大学医学部学際的痛みセンター
痛みを抱える患者さんの診療では何が重要だろうか? この質問はとても単純であるように思えるが,私自身,その答えを見いだせずにいる.しかし,どのような診療であっても,患者さんとのコミュニケーションはその基本になることは間違いないだろう.今回は脳と心から見た慢性疼痛の考え方と,慢性疼痛の患者さんとの「やりとり」について,入り口作りをキーワードにして考えてみる.
まず,痛みの慢性化するプロセスとはどのようなものだろうか.炎症などによる侵害受容性疼痛は基本的に急性の痛みであるが,神経系の機能異常による痛みは神経障害性疼痛と呼ばれ慢性化しやすい.また,もう一つの慢性化する痛みとして,器質的要因が明確ではない心理・社会的要因により影響された痛みがある(以前,心因性疼痛を呼ばれていたものであるが,これは望ましい用語ではない).しかし,どこからが急性痛でどこからが慢性疼痛なのか,また心理・社会的要因は本当に分かるのかなど,線引きは難しく,実際には複合的に影響しあっていると考えることが現実的である.本講演では痛みの背景にある神経機能異常と脳機能異常,また精神・心理的な問題についてまとめてみたい.
次に,コミュニケーションのあり方である.痛みを訴える患者さんの診療で,苦労した経験のある医療者は多いだろう.慢性疼痛を有する患者さんは,悲しみや怒りなどさまざまな感情を抱えて医療機関を受診してくる.医療者は上手にそれを受け止め,やりとりしながら診療を行わなくてはならないが,これには入り口作りが欠かせない.治療の過程においては,この入り口をどのように作っていくかが大きな鍵になってくる.そうすると,受容や共感などといった言葉が頭に浮かんでくるが,実臨床はそのように単純で生易しいものではないだろう.具体的に何を目指して入り口を作るべきなのか,そういった視点からコミュニケーションを再考してみたい.
的確な運動療法の実施に向けたshear wave elastographyの臨床応用福吉正樹
名古屋スポーツクリニック
厚生労働省の平成28年国民生活基礎調査によると,10人に3人以上はなんらかの自覚症状を有しており,その上位3項目が「腰痛」,「四肢の関節痛」,「肩こり」の運動器の痛みである.しかし,同調査による傷病別にみた医療機関への通院者率では,上記3項目の順位は低下する.これは腰痛や関節痛などを有していても,医療機関を受診せずに放置する者が少なくないことを意味している.したがって,医療機関を訪れる症例の多くは,慢性化した痛みや重篤化した痛みを主訴としており,これらを改善するために,われわれ理学療法士は,機能的側面から痛みの原因を追求しつつ運動療法を施行していく.しかしながら,われわれの診療が手を媒体として行われる以上,圧痛や硬さなどの主観的評価を含む病態解釈は,あくまでも病態の推測に過ぎない.また,術後の運動療法などにおいても必ずしも適時最適な運動療法が展開されているとは限らず,医師や理学療法士の経験則に基づいた主観的プロトコルが設定されていることも少なくない.すなわち,理学療法士によるこれまでの臨床推論には数多くの主観的要素が含まれており,その臨床成績は個々人の技量や経験によって大きく影響されてきたことは否めない.しかし,これらの主観的要素を客観化することができれば,病態推測ではなく病態把握が可能となり,行うべき運動療法が明確化するとともに,その効果を検証することまで可能になる.このような客観的指標に基づいた診療スタイルを実現するために必要となるツールが,shear wave elastographyである.
shear wave elastographyとは,音響放射圧によって組織内部に剪断波(横波)を発生させ,その伝搬速度から組織の弾性率を推定する手法である.剪断波の伝搬速度は硬さを表す弾性係数(ヤング率)と正の相関を示すため,本手法を用いれば,1)疼痛・可動域制限の原因,2)組織の修復状況,3)筋出力の程度などを定量的に把握することが可能である.
本講演では,的確な運動療法の実施に向けたshear wave elastographyの活用法について,これまでの臨床研究を基に述べていくこととする.
押さえておきたい基本的な“痛み”の画像所見(MRIを中心に)と,目を通しておきたいハッとする所見鈴木智博
メディカルイメージング栄みやがわ乳腺クリニック画像診断部
近年,人生100年時代といわれ始め,がんや生活習慣病の治療の進歩が著しく,平均寿命が延びている現在,『寿命』のみならず『健康寿命』の重要性が問われ始めてきました.日本人の健康への意識の高まりとともに,日常的に運動を行う人も老若男女問わず多くみられるようになりました.長い健康寿命をキープするには,四肢や脊椎など運動器の健康な状態を長くし,時に生じる傷病の治療,痛みのコントロールが重要と考えています.適切な治療は適切な診断から,適切な痛みのコントロールは適切な診断から始まります.今回は当クリニックの日常診療の画像検査依頼のなかで,とくに頻度の多い疾病(変形性脊椎症,すべり症,分離症,椎間板ヘルニア,椎間板炎,圧迫骨折,腱板損傷,腱板疎部炎,腋窩嚢拘縮,半月板損傷,十字靭帯損傷,疲労骨折,足関節靭帯損傷など)を中心に,代表的な疾患の画像をMRI画像を中心に紹介します.また,時々目にする,頻度は低いものの知っておきたい疾患や時折偶発的に見つかる悪性腫瘍など,その他の疾患についても紹介します.
慢性疼痛治療における運動療法の適応と実践城 由起子
名古屋学院大学リハビリテーション学部,愛知医科大学医学部学際的痛みセンター
慢性疼痛の治療として,運動療法はfirst-lineに位置付けられている.従来,痛みに対する運動療法の効果は,筋力増強や柔軟性向上による関節などへの負担軽減,バランス能力や運動パフォーマンスの向上,体重コントロールなどが期待されてきた.しかし,慢性腰痛患者では,運動による身体機能の向上と痛みや機能障害の改善に関連がないとの報告もあり,運動の効果は身体機能向上による二次的効果のみにとどまらないと考えられる.
慢性疼痛の病態の一つとして,痛みを調節する中枢神経系の機能異常があげられる.ヒトには抹消から脳へ伝わる侵害シグナルを弱くしようとする,下行性疼痛抑制系に代表される中枢性疼痛調節機能が備わっている.しかし,慢性疼痛患者ではこの機能が正常に作動しないことから,器質的な要因が明らかでないか,要因があったとしても患者の訴える痛みの程度と合致せず,強い痛みが持続するといった症状につながると考えられている.こういった中枢性疼痛調節機能の変調は,身体の不活動によって引き起こされることが知られる一方,運動による身体活動性の向上が中枢性疼痛調節機能の改善効果をもたらす可能性も示されていることから,慢性疼痛の治療として運動療法への期待が高まっていると思われる.
運動による鎮痛効果は1990年代から多数報告されており,その機序についても解明が進んでいる.しかし,臨床でも経験するように,慢性疼痛患者が急に運動をしたり,過度な疲労を伴う運動をすると逆に痛みが増悪することも指摘されている.そのため,慢性疼痛に対し運動療法の効果を得るには,急激な運動ではなく,継続的かつ漸増的な運動による身体活動性の向上が重要であり,患者の行動変容を促すような治療戦略によって運動習慣を定着させなくてはならない.各国のガイドラインを見ても,近年では運動療法単独での効果は小さく,認知行動療法のような行動科学的理論を取り入れた運動療法が推奨されるようになってきている.
本講演では,慢性疼痛における中枢性疼痛調節機能異常を治療ターゲットとした運動療法の効果や実践について紹介し,その適応と限界について皆さんとともに考えたいと思う.
山口 忍 吉村文貴 金 優 玉木久美子 杉山陽子 操 奈美 長瀬 清 田辺久美子 飯田宏樹
岐阜大学医学部附属病院麻酔科疼痛治療科
【はじめに】痛みの診療においては,その原因を探るうえで器質的疾患の有無を確認することは必須であり,とくに重大な疾患に起因する「red flag」を見逃してはならない.一方で,慢性疼痛は器質的異常が見られないものも多く,すでに「慢性疼痛」と診断・治療されている症例では原因の再検索を怠ってしまう例もあり,それが重篤な結果を招く可能性がある.今回,遷延性術後痛として紹介された患者の治療経過において,再評価により悪性疾患と診断された症例を経験したので報告する.
【症例】83歳男性.胸膜肥厚・胸水貯留の精査にて他院で胸膜生検を行い,悪性疾患は否定されていた.術後より手術創付近の痛みが強く,薬物療法を行われたが痛みは軽快せず,また便秘などの副作用により治療の継続が困難であったため,手術から7カ月後に当科を紹介受診された.右側胸部の創部を中心に,広範囲にびりびりとした持続痛があり,allodynia,hypesthesiaはみられなかった.術後から7 kgの体重減少があった.画像上胸膜肥厚は見られるが,痛みの原因となる器質的な異常はなしとの前医からの情報を基に,胸膜炎に伴う痛みまたは遷延性術後痛として加療を開始した.当科での治療開始後,痛みはやや軽快したものの持続し,また右胸部の軽度浮腫も見られたため,当院総合内科に精査を依頼した.胸部CTでは胸膜肥厚や胸水貯留を認め,肋骨浸潤,胸壁浸潤,肋間神経浸潤を指摘された.呼吸器内科に紹介し,再度精査の結果悪性中皮腫と診断された.しかしながら,これまでの経過から患者と家族は積極的な治療を拒否され,当科での痛み治療と呼吸器内科での症状緩和を中心とした加療を行う方針となった.
【まとめ】今回たどった経過は,その後の患者の治療意志にも影響する結果となった.慢性疼痛においては,長期の経過であるからこそ繰り返しの評価が重要であることを痛感した症例であった.
高齢の帯状疱疹後神経痛患者に対するアクセプタンス&コミットメント・セラピー酒井美枝*1 井口広靖*2 藤掛数馬*2 加藤利奈*2 太田晴子*2 徐 民恵*2 草間宣好*2 加古英介*2 近藤真前*1,3 杉浦健之*2,3
*1名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学,*2名古屋市立大学大学院医学研究科麻酔科学・集中治療医学,*3名古屋市立大学病院いたみセンター
【はじめに】全般的な身体機能が低下する高齢期に慢性痛を抱えることは,とりわけ不活動を招きやすいと考えられる.今回,帯状疱疹後神経痛により活動性が低下した高齢女性に対して,アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)に基づく心理的介入が奏功した症例を経験したので報告する.
【症例】70代後半の女性.主訴は右頸部・前胸部痛.診断は帯状疱疹後神経後痛.X年8月に右頸部・前胸部の帯状疱疹を発症.X年9月に疼痛が悪化したため,当院当科を受診(NRS:5).以降,光線療法と内服薬(アセトアミノフェン,プレガバリン,六君子湯など)による加療を継続した.経過のなかで疼痛は一進一退を繰り返し(NRS:5),活動性の低下も維持されていたため,X+1年8月より,光線療法と内服に加えて心理療法を開始した.
【経過】臨床心理士による初回面接の後,2週間に1回(50分)×5回の個別面接を行った.初回:痛みの経過,環境変化,治療過程を整理した.#1:痛みに対するこれまでの対処法のふりかえり,痛みの外在化,生活の充実につながる活動の明確化を行った.#2:今後の人生で大切にしたい「価値」の言語化を行った.#3~5:「価値」に沿う活動の活性化を行いつつ,言葉と距離を取り,今この瞬間を味わうエクササイズ(マインドフルネス)を導入した.介入前と終了時(#5)を比較して,QOL(EQ5-D:0.768→0.768)や疼痛生活障害評価尺度(PDAS:8→7),痛みの程度(NRS:5→4)に変化は見られなかった.一方,痛みの破局化(PCS:29→7),自己効力感(PSEQ:32→48),ロコモ度(ロコモ21:16→5)が改善し,言語報告より活動性の増加が報告された.
【まとめ】本症例では,疼痛強度に影響はなかったものの,活動性の向上を促すうえで,短期間のACTによる心理的介入が有用であった.
慢性疼痛多職種連携医療教育の試み(2)―ワークショップを中心に―上條史絵*1 寺田憲弘*1 向井雄高*1 野瀬由圭里*1 高村光幸*1 横地 歩*1 鈴木 聡*3 丸山淳子*3 島岡 要*2 丸山一男*1
*1三重大学医学部附属病院麻酔科,*2三重大学大学院医学系研究科分子病態学,*3鈴鹿医療科学大学
三重大学と鈴鹿医療科学大学では,2016年度より合同事業として慢性疼痛医療者育成教育を実施している.昨年度も当地方会で報告した.今回は3日間の集中ワークショップを中心に紹介をする.当日は教職員対象のアンケートを基に,多職種連携教育の成果と課題についても報告する.
【プロジェクト名】三重大学・鈴鹿医療科学大学合同「地域総活躍社会のための慢性疼痛医療者育成事業」2016年度文部科学省・課題解決型高度医療人材養成プログラム「慢性の痛みの領域」採択.
【プログラム内容】1年生:多職種の専門教官による慢性疼痛の治療と援助についての講義,2単位.2年生夏:3日間の集中ワークショップ,1単位.
【ワークショップ】1日目:痛みに対する各種アプローチを体感する;漢方,鍼灸,理学を中心とした各ミニレクチャーを受講後,実際の用具を用いて治療体験をしたり,ストレッチの実技指導を受けたりする.2日目:外部スタッフによる“チーム”についての学習;ワークを通じて,チームとは何かを体感し,チームワークの機能を学ぶ.3日目:慢性疼痛の模擬事例に対し,治療と支援策を検討する;多様な専門領域の学生で構成されたグループでディスカッションを行い,ロールプレイを通じて,援助策を組み立てる.事例の組み立てでは,生物学的・心理的・社会的など,複数の角度から患者が抱える状況を把握できるよう配慮した.2018年度は,各グループにサブファシリテーターを配置し,議論が深まるようサポートした.それぞれが,看護,社会福祉,理学,臨床心理,栄養,検査などの専門教員であり,教育における多職種連携となっている.
【結語】ロールプレイでは,学生の側に緊張感が感じられた.今後,過度の緊張にならないような配慮をしつつ,アーリーイクスポージャーとしての効果に期待してゆきたい.
超音波ガイド下での上・下顎神経ブロックが周術期における鎮痛効果の有用性を示した1例森 玲央那*1 成田紗里奈*2 内山沙恵*1 横田修一*1
*1名古屋第一赤十字病院麻酔科,*2名古屋掖済会病院麻酔科
【背景】従来,ランドマーク手技では合併症の危険が高く,透視装置の使用など手間の多かった上顎・下顎神経ブロックを柴田らの提唱した超音波ガイド下手技で実施し,良好な周術期管理を得た症例を経験したので報告する.
【症例】症例は,21歳,女性,身長160 cm,体重48 kg.上顎・下顎骨変形症に対して上顎・下顎骨形成術が実施された.気分変調症を既存症に持ち,術前より術後の疼痛やPONV(postoperative nausea and vomiting)に強い不安があった.
【経過】麻酔法は全静脈麻酔(propofol, fentanyl, remifentanil, rocuroniumを使用した)を選択し,麻酔導入後に超音波ガイド下で上顎・下顎神経ブロックを行い,0.375% ropivacaineを左右に各20 ml使用した.手術時間は6時間であった.手術中は,fentanylの総使用量400 µgとremifentanilの維持量0.05~0.15 γという少量のオピオイドによる鎮痛で,安定したバイタルを得た.また術後5,18,24時間後も,ボーラスが1回fentanyl 20 µg(ベースは20 µg/hでfentanyl持続静注)で,ロックアウトタイムが10分のIV-PCA(intravenous patient-controlled analgesia)と,閉創時の静注用アセトアミノフェン1,000 mgの併用のみで,疼痛をまったく訴えなかった(numerical rating scale 0点).
【考察】超音波ガイド下で行ったことで,上顎・下顎神経ブロックの手術麻酔での併用が容易となり,術中オピオイドの使用量が減り,また良好な術後鎮痛とPONV予防の両者も達成できたと考える.また超音波ガイド下で行ったことで,神経損傷や血管穿刺のリスクを最小限に軽減できたと考える.そして,今回,良好な術後鎮痛の背景には,先行鎮痛として,術後疼痛の発生を長く抑える効果もあったと思われる.
【結語】超音波ガイド下による上顎・下顎神経ブロックは,上顎・下顎手術で,従来よりも安全かつ簡便に良好な周術期の鎮痛効果を提供できる.
新堀博展
緩和会横浜クリニック
ペインクリニック診療における超音波装置は,機械の進歩と手技の向上からますます活躍の場が広がっている.最近の解剖と併せて行う超音波セミナーはどこも盛況で,手技だけではなく,解剖を理解することでより安全確実なブロックを行いたいという要望が強く感じられる.また,携帯性に優れ,リアルタイムで動的観察ができるため,運動器領域への広がりはすさまじく,末梢神経ブロックと運動療法を併せた治療法やハイドロリリースなど,その応用範囲は計り知れない.新しい領域への応用,手技が開発される一方で,ハンズオンセミナーでは神経根ブロック,星状神経節ブロック,椎間関節ブロックなどペインクリニックの神経ブロックの根幹を成すブロックの超音波ガイド下法の習得の要望も多い.著者を含めて,これまでペインクリニシャンの神経ブロックのスタンダードはランドマーク法とX線透視下法であったが,昨今は透視下ブロックの経験がなく,最初から超音波ガイド下ブロックを経験する若手もいるようだ.なるほど透視下ブロックは設備の問題,放射線照射の問題,指導者の問題などあり,なかなか敷居が高いのかもしれない.このような状況で,今回,脊椎周囲の超音波ガイド下ブロックに的を絞って,コツと注意点についてお話しすることとした.実は,10年以上前に腰部硬膜外ブロック,L5神経根ブロックを超音波ガイド下に行うべく,試行錯誤したことがあったが,結局満足できる結果が得られず頓挫した経験がある.その後これらのブロックを積極的に超音波ガイド下には行っていなかったが,今回,急性腰痛のため体動困難な症例に,立位のまま超音波ガイド下に硬膜外ブロックとファセットブロックを行い良い印象を得たので,実臨床で30例ほど施行した.これらの経験も踏まえ,超音波装置は確かに脊柱管周囲の神経ブロックに有用であり,時に透視下ブロックよりも利点があるが,同時に欠点や限界もあるので,現時点での演者の考えを述べさせていただく.
1.頸椎では神経根ブロックの針先の位置による,造影所見の違いについて.星状神経節の近傍に薬液を浸潤させた時の効果について.頸部の硬膜外ブロックについて.
2.腰椎では超音波解剖を中心に,硬膜外ブロック,神経根ブロックについて,超音波ガイドの有用性と限界について.
3.胸椎では経椎弓間硬膜外ブロックと経椎間孔硬膜外ブロックについて.
以上,脊柱管を中心とした神経ブロックを,明日から臨床に役立つことを主眼に,ライブスキャンを交えてお話しする予定です.
山上裕章
ヤマトペインクリニック
有用な神経ブロックとは,安全で確実な神経ブロックである.安全とは,副作用がなく低侵襲であること.神経ブロックで言えば,血管内注入や他の臓器穿刺をせず,異常な血圧低下や血圧上昇もなく,せん妄,失神もないということである.細い針を用い,あまり痛がらせずに短時間で終了する.確実な神経ブロックとは,薬液やブロック針が目指す神経や神経が走行するコンパートメントに到達していること,そしてそれを確認できることである.したがって神経ブロックを安全に確実に施行するためには,針先を目視できることが必要となる.このためにインターベンションがある.また,注入する薬液量も重要である.必要以上の薬液注入は血圧低下や気分不良の原因となる.確実な神経ブロックを行えば,必要最小限の薬液量で十分な効果が得られる.患者教育,生活指導,体操指導も神経ブロックの効果を高めるために必要である.
副作用をひきおこす危険因子には,治療側因子と患者側因子がある.治療側因子としては術者の技術的な問題,すなわち誤穿刺が最も多いと考えられる.これは術者の熟練とインターベンションの併用で,発生率を限りなく低減できる.できるだけ痛がらせないような技術や工夫も必要である.患者側因子には,合併疾患(糖尿病や狭心症,悪性腫瘍,感染・炎症など)や内服薬(抗凝固薬など),薬剤アレルギー(造影剤,抗生物質など)などがあり,それぞれに対する対策が必要である.例えば,抗凝固薬を中止できない症例では,深部の神経ブロックは避ける.脊椎疾患では神経根ブロックと後枝内側枝ブロック,椎間関節ブロックの施行にとどめている.造影剤や抗生物質,薬液に対する薬剤アレルギーは,見落とさず早期診断,早期治療を心掛ける.
講演では,よく使用するX線透視下神経ブロックの秘訣(コツ,注意点)について述べる.
松平 浩
東京大学医学部附属病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座
平成28年度の国民生活基礎調査によると,介護が必要になった理由として,認知症,脳卒中,老衰についで,骨折・転倒が12.1%を占める.運動器の廃用が転倒・骨折をもたらすことは言うまでもなく,その予防には転倒の最も重要な危険因子である筋力低下を評価する必要がある.まず身体機能に着目するとweight bearing index 0.6に相当する片脚立ち上がりテスト40 cm(椅子の座面・便器の高さ)の維持は必須であるが,不可な高齢患者が多い.病態に関しては“指輪っかテスト”がスクリーニングになるサルコペニアと,筋肉量が減少していないように見えるものの筋肉内脂肪が増加して筋力低下をもたらすダイナペニアも念頭に置く必要がある.筋力低下への介入手段としては,レジスタントトレーニングに加え,腎機能に配慮しての動物性タンパク質の摂取,さらには,骨粗鬆症(OP)と同様にビタミンDの必要量補給が重要である.
また,要介護状態につながる重要な要因として咀嚼力と脊椎後弯が知られている.後弯は難治性の腰背部痛の原因となり,転倒の危険性を高める.また長寿と疾病予防の鍵となる「歩行スピード」を低下させる要因でもある(「歩行スピード」は3年後のADL障害を予測し,0.8 m/秒未満でADL低下が顕著となる).2ステップテストは歩行スピードと強い相関関係にあり,高齢者では2ステップ値が1.25を超えると転倒リスクが下がり転倒不安もなくなる.背筋エクササイズを含む運動療法でも高度でない後弯は,改善しうることが複数の報告より示唆されている.したがって適切な姿勢・運動指導により,2ステップ値1.3を死守し続ける介入が,高齢者医療のなかできわめて重要な位置を占めるものと考えている.
講演では,健康寿命の延伸に向けた包括的で具体的なソリューションについて,筋力低下と矢状面アライメントの改善・維持に向けた具体的な運動指導,疼痛管理に重要な内因性鎮痛の作動(exercise-induced hypoalgesia),ローカル筋機能不全に対するmotor control exerciseを適用する際の判断基準と実践方法を,演者らが推奨するACEコンセプト(Alignment, Core muscles, Endogenous activation)を基軸に解説する.さらには忙しい臨床現場でも応用しうる第三世代の認知行動療法についても紹介したい.