日本ペインクリニック学会誌
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症例
経穴刺激療法(遠絡療法)が有用であった重度多発関節痛の1症例
高橋 秀則
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2020 年 27 巻 1 号 p. 65-69

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Abstract

関節リウマチなどで生じる関節痛に対する西洋医学的治療は,薬物療法や理学療法などを中心に行われることが多いが難治の症例もある.一方,東洋医学的療法の一つである経穴刺激療法(遠絡療法)は,難治性疼痛に対して有力であるとの報告があるものの,有効性が確立されていない.今回,関節リウマチと診断されていた症例で,外傷を契機に発症した重度肘関節痛に対して本法が奏効したので報告する.症例は60歳,女性.左肘を捻り左肘痛が発症し,近医で肘内側靱帯断裂と診断され鎮痛薬投薬,理学療法を行うも改善せず痛みのために関節運動が困難になった.翌年には右肘関節にも痛みが生じ,次第に関節運動が困難となり,発症2年後われわれの施設に紹介受診となった.初診時両肘の関節運動はまったく不可能で,運動時痛のみならず安静時痛も激しく筋萎縮や骨萎縮も生じていた.薬物療法とともに遠絡療法が開始された.治療は1~2週間に1回行われ,2カ月後には安静時痛は消失,左肘関節は全可動域,右肘関節は0~90°までに可動域が改善した.遠絡療法は鍼を刺さない東洋医学的手技として,重度の関節痛に有力な除痛手段と思われた.

I はじめに

関節リウマチは多発する関節炎と進行性関節破壊を主症状とし,肺,腎臓,皮下組織など関節外にも病巣が広がる全身性炎症疾患である.治療は疼痛コントロールおよび関節破壊に対して行われ,薬物療法,手術療法,リハビリテーションが主体となるが,ときに疼痛コントロールが困難な症例も存在する.

一方,漢方薬や鍼灸などの東洋医学的療法も疼痛コントロールの有力な手段として,近年注目を浴びている.その一つである経穴刺激療法(遠絡療法)は,難治性疼痛に対して有力であるとの報告があるものの13),有効性が確立されているとは言い難い.今回,関節リウマチと診断された症例で,外傷を契機に増悪した重度関節痛に対して本法が奏効したので報告する.

II 症例

患者は60歳,女性.主訴は両上肢痛.

現病歴:X−5年より関節リウマチの診断にてエタネルセプト,ブシラミン,メトトレキサートなどの投与を受けていたが,治療後の血液検査上炎症所見はなく,関節痛などの症状も消失したのでX−4年には治療を中止していた.

X年8月,左肘を捻ったことをきっかけに左肘痛が発症した.近医整形外科でMRIなどの精査の結果,肘内側靱帯断裂の診断で鎮痛薬投薬,理学療法を開始し同時に関節リウマチの治療も再開したが症状は改善せず,痛みのために関節運動がさらに困難になった.X+1年6月ごろには右肘関節にも痛みが生じ,次第に関節運動が困難となった.血液検査上炎症所見は軽度であるにもかかわらず痛みはかえって増悪するため,関節リウマチの治療は中止し,X+2年4月われわれの施設に受診となった.

既往歴:10年前に子宮筋腫にて手術

初診時所見:初診時両肘の関節運動は痛みのためまったく不可能で,両肘および両手関節は0°位で固定したままであった.肩関節可動域は左が屈曲0~120°,外転0~90°の範囲で自動運動可能であったが,右肩関節は痛みのためほとんど不可能であった.感覚障害その他の神経学的所見に大きな異常はなかった.運動時痛のみならず安静時痛も激しく筋萎縮や骨萎縮も生じていた.図1に疼痛部位および肩関節,肘関節のX線画像所見を示す.

図1

初診時所見および画像所見

左)患者の訴える安静時痛の範囲は の範囲であったが,両肩,両肘,両手関節の運動時痛も顕著であった.

右)X線画像では両肩,両肘,両手関節周囲の骨萎縮が顕著である.

初診時血液検査所見上,WBC 6,200/µl,CRP 1.18 mg/dl,RF 66 IU/ml,抗核抗体40倍であり,関節リウマチの所見に矛盾はないが炎症所見は軽度と判断された.

初診時より遠絡療法を試したところ,直後に安静時痛が激減したためこれを週1回の頻度で継続した.また安静時痛が消失した初診後2カ月からは関節可動域訓練も行った.

遠絡療法は中医学から派生した独特の遠絡理論に基づき身体の各対応点(経穴に類似)を木製の棒,レーザー,手指などで刺激する療法である.おもな経絡である正経については伝統中医学と同様の12正経を使うが,刺激をするポイントは伝統的な経穴とやや異なり,図2にあるように身体の部分の反応点を定めている.今回の症例では以下に記すように,3段階に分けて治療を行った(図3).なお同一の手技については過去に報告済みである2)

図2

遠絡理論における対応領域

遠絡理論では脳脊髄の各部位にa,b,c,dなどと名づけ(左),それらに対応する身体上の部位を割り当てている(右).実際の施行にあたってはさらに12正経,督脈,任脈などの経脈上にこれらの対応点を定めて刺激を行っている.

図3

遠絡療法の手技

3段階に分けて行っている.

第1段階(上段):心窩部を木製棒で押しつつ,任脈上の反応点をレーザーで刺激する.

第2段階(中段):関連経絡上の“a”,“bc”,“c”,“d”点を補寫手技を用いて刺激する.

第3段階(下段):上腕および大腿部を手技にて刺激する(寫法).関連経絡の気血の滞りを解消する.

1.心窩部を木製棒で押しつつ,体幹腹側の中心線上のポイント(顔面上の“2d”,咽頭部の“a”点および“c”点,腹部のL4,5点)をレーザーで各2.5分刺激.脊髄の各対応領域を刺激する.

2.関連経絡上の“a”,“bc”,“c”,“d”点を補寫手技を用いて刺激する(補法は各点30秒ずつ経絡の向きに圧をかけ,寫法は経絡と反対方向に30回刺激を行う).“a”,“bc”,“c”,“d”点は頸髄,間脳,中脳,小脳に対応する点である.

3.上腕および大腿部を手技にて刺激する(寫法).関連経絡の気血の滞りを解消する.

治療後の経過を図4に示す.安静時痛については痛みなし,弱い痛み,強い痛み,激しい痛みの4段階で表記した.これらの表記はnumerical rating scale(NRS,10点満点)ではそれぞれ0,1~5,6~8,9~10程度に相当する.また左右肩関節,左右肘関節を痛みなく自動で屈曲運動できる範囲もグラフに示した.屈曲以外の関節運動もほぼ同様の経過で変化した.図4に示すように,安静時痛は治療開始後2カ月で消失した.これ以降は関節可動域訓練を遠絡療法直後に行ったが,遠絡療法実施前後で肩および肘関節屈曲の可動域はおおむね30°程度増加した.左右肩関節は治療後および手関節は2カ月で全域痛みなく自動運動が可能となった.左肘関節は肩関節よりも改善が遅れたものの,治療開始後4カ月の時点でほぼ全域(屈曲150°まで)運動可能となった.右肘関節の運動時痛が最も難治であったが,治療開始後12カ月の時点で90°屈曲が可能となった.治療開始後24カ月の現在も薬物療法,遠絡療法,可動域訓練は継続されていて,右肘関節の可動域は自動運動で屈曲100°まで,受動運動で屈曲120°にまで達している.

図4

治療経過

安静時痛の程度と両肩,両肘関節の可動域を示す.

安静時痛の表記について: 激しい痛み(NRS 9~10), 強い痛み(NRS 6~8), 弱い痛み(NRS 1~5), 痛みなし(NRS 0)

III 考察

本症例は,関節リウマチが基礎にあるところへ外傷が加わって左上肢痛が発症したが,治癒が遷延し,痛みのために上肢全体を不動化しているうちに廃用性骨萎縮,筋萎縮をきたして症状が重篤化した疑いがある.外傷発症からわれわれの施設へ紹介されるまでの約2年間,前医で関節リウマチを含む薬物療法と並行して理学療法も行われていたが,効果がみられなかったばかりか逆に疼痛の程度,範囲を広げてしまった.関節リウマチの痛みは関節の炎症によると一般的には考えられているが,臨床的には炎症所見がなくても痛みがある場合も少なくない4).またMcWilliamsらは5)他の難治性疼痛と同様,中枢性のメカニズムが関節リウマチにも関与することがあるとしている.今回のわれわれの症例も靱帯断裂を契機に発生した中枢性感作が一つの可能性として考えられる.

今回行った遠絡療法は独特の理論体系に基づいて対応点を刺激する療法なので,特有の除痛メカニズムを西洋医学的観点から説明することは難しい.しかし鍼灸その他の刺激療法の除痛メカニズムとして指摘されている内因性エンドルフィンの分泌増加,脊髄後角における疼痛抑制機構の賦活化,下行性疼痛抑制系の賦活化,diffuse noxious inhibitory control systemなどは当てはまると思われる6).遠絡療法でもfailed back surgery syndrome1)やCRPS2,3)などの難治性疼痛に対する報告がなされていることから,同様の除痛メカニズムが奏効した可能性はある.各遠絡療法実施前後で安静時痛の顕著な緩和と関節可動域の増加があったことが,このことを示唆している.

遠絡療法の理論によれば,難治性疼痛では頸髄から間脳(とくに視床下部)に「炎症」が生じて気血の流れが悪くなっているとされる7).また経絡の観点から脊髄や脳は腎経および膀胱経の支配にあり,その経絡に影響を及ぼしている別の経絡で治療効果が望めるものを中医学の五行理論や子牛流注の考え方から選択し,その経絡上で頸髄から間脳に至る範囲の対応点を刺激する.その結果,上述したような3段階の手技となった.この理論および治療に使われた関連経絡や対応点の正当性は今後の評価を待ちたい.

遠絡療法は痛みのある患部を触ることなく治療できるので,従来の西洋医学的あるいは東洋医学的刺激療法に比べて行いやすく,かつ副作用もほとんど考えられず安全である.今後は除痛メカニズムも含めて難治性疼痛に対する有効性をさらに検証することが期待される.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)で報告した.

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