日本ペインクリニック学会誌
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症例
神経根パルス高周波法によって疼痛とADLが改善した遷延性術後痛の2症例
諸橋 徹塩川 浩輝前田 愛子八木 知佐子外 須美夫
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2020 年 27 巻 1 号 p. 56-60

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Abstract

難治性の遷延性術後痛(persistent postoperative pain:PPP)に対する治療として神経根パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)が有効であった2症例を経験したので報告する.症例1は68歳,男性.5年前に前立腺摘出術を施行後,鼠径部の突っ張るような痛みが続いた.薬物療法や内臓神経ブロックで痛みは軽減せず,体表の末梢神経ブロックの効果は一過性であった.胸部,腰部神経根のPRFを2回施行後,数カ月間にわたって痛みが軽減し,趣味であるゴルフを再開することが可能となった.症例2は52歳,女性.3年前に膵胆管合流異常に対し,空腸胆管縫合術を施行後,慢性的な腹痛があった.肋間神経ブロックや薬物療法では若干の痛みの軽減があるのみであった.胸部神経根PRFを複数回施行したところ,自覚症状と日常生活動作(activities of daily living:ADL)が改善した.これら2症例の経験から,PPPに対するPRFが疼痛軽減とADLの改善に有効であることが示唆された.

I はじめに

手術創部の痛みは急性期のみならず亜急性期から慢性期においても持続することがあり,遷延性術後痛(persistent postoperative pain:PPP)と呼ばれる.手術の種類によって差はあるものの,PPP患者は一定の割合で神経障害性疼痛を有することが報告されており1),難治化する原因の一つと考えられる.神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン2)に基づいて治療を行っても効果が不十分であったり,副作用によって日常生活動作(activities of daily living:ADL)や生活の質(quality of life:QOL)が低下したりすることもある.局所麻酔薬単独での神経ブロックは一過性の鎮痛効果しか得られない可能性があり,神経破壊薬や高周波熱凝固療法(radiofrequency ablation:RFA)を用いた神経ブロックは効果が長期間持続するものの,運動神経に対するブロックは運動障害が必発である.

近年,脊椎疾患による神経根症など神経障害性疼痛に対する末梢神経へのパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)の長期的有効性が数多く報告されている3)

今回,薬物療法や各種神経ブロックでの治療に抵抗性であったPPPの2症例に対し,神経根へのPRFを施行したところ,痛みの強度が軽減しADLが著明に改善したので報告する.

なお本症例報告に関して,該当患者の承認を得ている.

II 症例

【症例1】68歳,男性.5年前に前立腺がんに対し,開腹下の前立腺全摘術が施行された.術後より両鼠径部の突っ張るような疼痛があり,増悪と軽快を繰り返していた.近医で薬物療法(チザニジン,ノルトリプチリン,プレガバリン,トラマドール・アセトアミノフェン配合錠の投与)や創部周辺へのトリガーポイント注射が行われたが,症状が改善しないため当科紹介受診となった.狭心症に対して冠動脈ステント留置の既往があり,アスピリン内服中であった.診察所見では腹部正中(臍下~恥骨上端)に縦切開の手術創があり,その両外側に締めつけられる痛みとピリピリする痛みを訴えた.同部位は左右第11胸髄~第1腰髄の神経支配領域に相当し,同部位全体に冷覚低下があったことから,腹壁の末梢神経障害性疼痛を疑った.アスピリン内服中であるため硬膜外ブロックは行わず,各種体表の末梢神経ブロック(腹横筋膜面ブロック,腹直筋鞘ブロック,両側肋間神経ブロック,腸骨下腹神経ブロック)を行ったが,いずれも一過性の効果しか得られなかった.デュロキセチン(40 mg/日)の内服や当院の院内製剤である7%リドカインクリーム塗布では症状はまったく改善しなかったため,処方を中止した.内臓由来の疼痛である可能性も完全には否定できなかったため,入院のもと,ヘパリン置換を行い,低濃度の局所麻酔薬による硬膜外ブロックや上下腹神経叢ブロックを行ったが,疼痛軽減には至らなかった.これら神経ブロックに対する反応性の結果から,体表の末梢神経障害による体性痛である可能性が高いと判断された.局所麻酔薬による体表の末梢神経ブロックでは長期的効果は期待できないため,新たに胸部神経根PRFを計画した.

ブロック針の胸部神経根へのアプローチは後方法で行った.体位は腹臥位とし,刺入部周辺を消毒後,X線透視下で99 mmの22 Gスライター針を刺入した.疼痛部位への放散痛,あるいは100 Hz,0.3 Vの電気刺激で疼痛部位への刺激感が得られることを確認後,少量のヨード系造影剤(イオヘキソール)により目的の神経根を描出した(図1a).その後ただちに1%メピバカイン3 mlとデキサメタゾン3.3 mg(計4 ml)を注入し,パルス高周波用ジェネレータ(ニューロサーモJK3,アボットメディカル)を使用しPRFを42℃,6分間施行した.ターゲットとした神経根は左右の第11,12胸部神経根で約2カ月の間隔を空け,それぞれ2回PRFを行い,疼痛の残存があった右第1腰部神経根にも追加で1回PRFを行った.抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン4)では胸腰部の神経根ブロックは重篤な出血をきたす可能性があるとされているため,本症例に手技を行うにあたって抗血小板薬の休薬を行わない代わりに翌日までの入院管理とし,十分な止血を確認した.

図1

神経根パルス高周波法(PRF)

a:症例1に対し透視下で当該神経根を造影した後,PRF(45 V,20 ms,2 Hz)を6分間施行した.

b:症例1のNRS(最大値と最小値は点線,平均値は実線)の推移を折れ線グラフで示した.PRFを左右T11,T12の神経根へ2回ずつ,右L1の神経根へ1回施行した結果,段階的に可動域や疼痛が改善し,趣味のゴルフを再開できた.

c:症例2に対し透視下で当該神経根を造影した後,PRF(45 V,20 ms,2 Hz)を6分間施行した.

d:症例2のNRS(最大値と最小値は点線,平均値は実線)の推移を折れ線グラフで示した.PRFを右T6の神経根へ2回施行した結果,疼痛軽減とADLの改善がみられた.

1度目のPRFで他の末梢神経ブロックよりも長期的(約1カ月間)な改善があったため,さらなる疼痛の改善や改善期間の延長を期待して2度目のPRFを実施した.これら複数回のPRFの施行により数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)は徐々に低下し(図1b),半年間以上疼痛の改善効果があった.また,疼痛でまったくできていなかったゴルフを再開し,全ホール回れるぐらいにまで拡大した.

【症例2】52歳,女性.約2年前に膵胆管合流異常症に対し空腸胆管吻合術および胆嚢摘出術が施行された後から強い腹痛を自覚した.近医で薬物療法(トラマドール・アセトアミノフェン配合錠,漢方薬)や抗コリン薬の筋注が行われたが,症状が改善しないため当科紹介受診となった.右季肋部に沿うように手術創があり,周辺に刺すような自発痛とアロディニアがあった.創部や痛みの部位は右第6胸髄領域に限局しており,同部位に冷覚低下があることから,本症例においても末梢神経損傷による神経障害性疼痛が示唆された.プレガバリン(150 mg/日)の開始により初診時に存在したNRS 10という極端な痛みは訴えなくなったものの,NRS 4~5程度の痛みが常時持続するためADLは改善せず,家事が行えない状態が持続した.7%リドカインクリーム院内製剤やワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液,トラマドール塩酸塩を併用するも,症状改善は乏しかった.当科で行った心理テストでは,不安・抑うつの程度を示すhospital anxiety and depression scale(HADS)の不安項目は19点,抑うつ項目は11点,破局的思考の程度を示すpain catastrophizing scale(PCS)は48点であり,不安や破局的思考などの心理的要因が本症例の疼痛を修飾している可能性も十分考えられた.しかし,上記のごとく神経障害性疼痛の要素を含んでいる可能性があり,第6肋間神経ブロックにより一過性ではあるものの症状が大幅に改善したため,症例1と同様の手技で神経根PRFを行った(図1c).ターゲットは右第6胸髄の神経根で,PRFを計2回施行した結果,まったくできなかった掃除などの家事が問題なくこなせるようになり,明らかにADLは改善した(図1d).

III 考察

神経根へのPRFは,1998年にSluijterらにより腰部神経根への施行が初めて報告された5).PRFはRFAに比べ,より安全で合併症の少ない治療法としてさまざまな難治性疼痛に対する有効性が報告されている.臨床研究において,頸部神経根症,腰部神経根症や帯状疱疹後神経痛に対するPRFの有効性が二重盲検のランダム化比較試験6)やメタ解析7)で示されている.2018年に上梓された慢性疼痛治療ガイドライン8)では,これらの文献を根拠にPRFが推奨されている.一方,PPPに対する神経根PRFに関してはなんら言及されていない.しかし,PPPに対する神経根PRFの有効性を示唆する報告は,少数ながら存在する.Rozenらは鼠径ヘルニア修復術後に鼠径部痛を有した5例に第12胸髄~第2腰髄の神経根へのPRFを施行し,75~100%の疼痛軽減効果が6~9カ月間持続したと報告している9).また,Cohenらは開胸術後に胸部痛を有する患者49名の3カ月間の追跡調査で,神経根PRFを施行した患者の53.8%で疼痛が軽減しており,薬物療法の19.9%や肋間神経PRFの6.7%と比べて,有効性・満足度が高かった10).近年,末梢神経PRFのPPPに対する有効性が報告されているが11),神経根PRFは末梢神経PRFより有用であるかもしれない.

PPPの発生メカニズムは複数提唱されている.末梢性機序として,①手術操作に伴う神経の直接損傷,②炎症の持続およびWaller変性や絞扼による創傷修復時の神経障害が考えられている.また中枢性機序として,③中枢性感作,④中脳辺縁ドパミン系の機能低下に伴う下行性疼痛抑制系の機能不全があげられる12).今回の症例の疼痛発生機序としては,2症例とも神経支配に一致して感覚障害があり,末梢神経ブロックにより一過性の疼痛消失が得られていたことから,末梢性機序に関しては手術操作に伴う神経の直接損傷による疼痛が考えられた.

臨床においてPRFがなぜ鎮痛効果をもたらすかについては不明な点が多い.しかし,動物実験ではその機序として,①細胞内イオンチャネルの構造変化や,神経細胞の微細構造変化による痛覚伝達の抑制,②炎症性サイトカインの抑制,③脊髄後角の長期抑制の誘導,④下行性抑制系の賦活化などが提唱されている13).上述のPPPの発生機序とPRFの鎮痛機序とを比較すると,相対する機序が多く存在することがわかる(①~④がそれぞれ相対する機序に相当).したがって,PRFはPPPの病態を修復,あるいは拮抗する形で疼痛緩和に寄与している可能性が考えられる.また,PRFは末梢性機序だけでなく,神経障害や炎症が明らかでなく,原因がはっきりわからないような中枢性機序によるPPPに対しても有効である可能性が示唆される.

IV 結論

神経障害の要素を含んでいる可能性がある遷延性術後痛に対して,神経根パルス高周波法が疼痛軽減とADLの改善に有効であることが示唆された.今後は中枢性,末梢性機序にかかわらず,さまざまな病態が想定される遷延性術後痛に対して神経根パルス高周波法の評価が求められる.大規模な前向き研究が行われれば,末梢神経と併せて神経根パルス高周波法の遷延性術後痛に対する有用性がより明らかになるものと期待している.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.

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