日本ペインクリニック学会誌
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短報
噴門側胃切除を契機として発症した慢性腹痛の1症例
神移 佳米本 紀子小林 俊司
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2020 年 27 巻 2 号 p. 188-190

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I はじめに

噴門側胃切除を契機として慢性腹痛が発症し,再建消化管の機能異常が疑われた1症例を報告する.

本症例報告に対しては患者本人より同意を得ている.

II 症例

患者は38歳,男性.既往歴に右尿管結石症あり.他院にて噴門部粘膜下腫瘍に対して腹腔鏡下噴門部切除術を施行された.粘膜下腫瘍が大きく下部食道と噴門部の合併切除を要したため,食道下部と一部胃管にした残存胃を吻合し,胃管先端は盲端として,左背側に留置した(図1).術後5日目に吻合部不全による左膿胸を発症したが,左胸腔内ドレナージ術にて軽快,退院となった.退院前より,食後にずきずきとした腹痛あり,退院後も改善せず,各種検査でも原因は特定できなかった.術後約6カ月後に腹痛が悪化し,当院救命センターに救急搬送となった.

図1

CT画像

胃噴門側接合部から分岐した肛側残胃が腹側にあり,背側に盲端となった再建胃管が認められる.

入院時所見:血圧150/110 mmHg,心拍数96/分,心窩部から上腹部にかけての持続的な腹痛,筋性防御あるが圧痛なし.数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)は9/10.腹痛は食後に増悪する傾向があり,随伴症状として,持続する嘔気があった.血液検査では特記すべき異常なし.約2カ月前に近医での腹部CT検査では異常所見はなかったが,今回,腹部CTで偽腔閉塞型の腹腔動脈解離が明らかになり,腹痛の原因と考えられた.フェンタニル持続静脈投与とアセトアミノフェン内服が開始され,NRSは3~4/10まで低下したが,病9日目にフェンタニル投与を中止すると腹痛が再発し,フェンタニル再開となった.症状が軽快しないため,病23日目に腹腔動脈解離に対して腹腔動脈ステント留置術が施行された.予定どおりに問題なくステント留置されたが,腹痛は残存したため,術後もフェンタニルとデクスメデトミジンが持続投与された.病38日目よりフェンタニル,病41日目よりデクスメデトミジンの漸減を開始した.フェンタニルは病43日目で中止,デクスメデトミジンは病45日目で中止となり,アセトアミノフェンのみとし,病62日目に退院となった.しかし,症状が増悪し,病72日目に再入院となり,病82日目に,疼痛緩和目的にペインクリニック紹介となった.

ペインクリニック受診時は,臍部を中心として上腹部にかけて,ずきずきした持続的な腹痛あり,嘔吐はないが,持続する嘔気があった.同部位にしびれ感,知覚異常などはなかった.

腹腔動脈ステント留置後も腹痛は軽快せず,腹部CT検査で腹痛の原因となる所見がないため,腹腔鏡下手術時に生じた腹壁の神経障害性疼痛を考慮し,腹横筋膜面ブロックを施行したが,症状の改善はまったく認めなかった.入院中にフェンタニルの持続投与が有効であったことを考慮し,ドラッグチャレンジテストとして,少量のフェンタニル25 µgを静脈内投与したところ,NRSは0/10となった.トラマドール100 mg/日を開始し,NRSは3/10となり嘔気も消失した.病85日目にトラマドール200 mg/日へ増量し,NRS 0/10となったが,トラマドール増量に伴い嘔気が生じた.トラマドールが過量である可能性と嘔気の軽減を目的に,病88日目にフェンタニル貼付剤1 mg/日へ切り替えて嘔気と腹痛は消失し,病91日目に退院となった.退院後56日目にフェンタニル貼付剤の貼り忘れにより腹痛が再発したが,再貼付にて症状は消失した.その後,フェンタニル貼付剤の減量,中止を受診時ごとに提案し,約18カ月後に,フェンタニル貼付剤の貼り忘れを契機に中止となり,以後症状再発を認めていない.

III 考察

本症例は,手術を契機として発症した腹痛であるが,画像検査で指摘された腹腔動脈解離はステント留置後も改善せず,診断に難渋した1症例であった.

6カ月前に腹腔鏡下手術と術後吻合部リークの既往があるため,術後遷延性疼痛1)を疑ったが,術式と画像所見から,Roux-en-Y gastric bypass手術の合併症であるcandy cane症候群2),幽門側胃切除術のRoux-en-Y再建の合併症であるRoux stasis症候群3,4)に類似した消化管再建に伴う機能障害が考えられた.両病態は,Roux端に異所性ペースメーカーの出現による逆蠕動3,4)が起きることで食物残渣の排出不全となり,腹痛,嘔気,嘔吐などが生じる病態である.本症例は噴門部病変に対する術式で,これらのRoux-en-Y再建とは異なるが,図1に示されるように胃管となった噴門部先端が盲端となり背側に留置された術式であり,盲端のRoux端に食物残渣が停留しやすい構造は類似していた.診断確定には上部消化管造影検査にて造影剤の停滞像を確認する必要があるため,本症例は確定診断に至らなかったが,食後に増悪する腹痛を特徴とした臨床症状と再建方法などから,食物残渣の排出不全を特徴とした再建腸管の機能異常が関与した病態が最も疑わしいと推測された.

本症例はオピオイド製剤の導入により腹痛,嘔気は消失した.オピオイドのμオピオイド受容体を介した鎮痛効果そのものと,痛みによって異常活動状態になっていた腸管運動が正常化したと考えられた.オピオイド導入後約18カ月で中止できたのは,術後2年以上経過して,再建腸管が徐々に適応し,機能が適正化したためと考えられた.余剰Roux端の切除により症状改善した報告3)もあり,症状が再燃した場合,盲端の切除も含めた消化管再建手術も考慮すべきかもしれない.

噴門側胃切除を契機として発症し,診断に難渋した慢性腹痛の1症例を経験した.術式による消化管機能異常も考えられた症例であった.

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