日本ペインクリニック学会誌
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原著
僧帽筋へのトリガーポイント注射における注入部位の検討
吉村 文貴山口 忍田辺 久美子飯田 宏樹
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2020 年 27 巻 2 号 p. 149-154

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Abstract

【目的】筋・筋膜性疼痛症候群(MPS)に対する代表的な治療はトリガーポイント(TP)への局所麻酔薬注入(トリガーポイント注射:TPI)である.今回,TPIの有効性を筋肉内と筋膜間で比較検討した.【方法】僧帽筋にTPを有するMPS患者50例を対象とした.超音波診断装置を利用して僧帽筋の筋肉内のTPに注入した群(M群)25例と僧帽筋と棘上筋の筋膜間に注入した群(F群)25例の2群にランダム化割り付けした.注入は1週間ごとに計4回行い,痛みの評価にはnumerical rating scale(NRS)を使用した.【結果】M群,F群とも初回のTPIにより有意にNRSは低下し(それぞれp<0.001),両群間に有意差はなかった(p=0.766).TPIの繰り返しでは,時間の経過に伴いNRSの変化量に群間差が開いた(p=0.016).【結論】初回TPIの効果は僧帽筋の筋肉内注入,僧帽筋直下の筋膜間注入であっても有効であった.TPIの繰り返しによる効果は僧帽筋直下の筋膜間注入のほうが有効であった.

I はじめに

筋・筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome:MPS)はペインクリニック診療においてよく遭遇する病態であり,筋骨格系の慢性疼痛の30%を占める1).MPSの痛みは筋肉由来であると考えられているが2),近年,筋膜の侵害受容器としての働きが注目されている3).MPSの特徴は圧痛を伴う索状硬結(トリガーポイント:TP)を有していることである.MPSの治療の一つにトリガーポイント注射(trigger point injection:TPI)があり,比較的低侵襲かつ有効な治療法として広く行われている4).TPIはTPに対して局所麻酔薬を含む薬液を注入する手技であるが,薬液注入のターゲットが筋肉自体(筋肉内注入)であるのか,筋膜(筋膜間注入)であるかは明確ではない.僧帽筋はMPSが好発する筋群の一つであり5),TPIが有効であるとされている.今回われわれはTPIの有効性および安全性を僧帽筋への筋肉内注入,僧帽筋と棘上筋の筋膜間(僧帽筋膜直下)注入で比較検討した.

なお,本研究は岐阜大学倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号28–399).

II 対象と方法

2017年4月から2018年5月までに当院ペインクリニック外来を受診した患者を対象とした.対象患者のうち本研究の適格性基準は,両側僧帽筋にTPを有するMPS患者で,本研究に同意できる20歳以上の患者とした.抗血小板薬の内服など凝固機能に問題がある症例,これまでにTPIの治療を受けた経験がある症例は除外した.

本研究の適格性を満たした50例の対象患者に対してTPIを施行する際に,薬液を僧帽筋の筋肉内に注入する群(muscle群:M群)25例,僧帽筋と棘上筋の筋膜間(僧帽筋膜直下)に注入する群(fascia群:F群)25例の2群にランダム化割り付けした.TPIに使用する注入薬液はジブカイン配合薬(ネオビタカイン注©)5 mlとワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(ノイロトロピン注©)3 mlの混合液とした.TPIの施行には超音波診断装置(X-Porte©)のリニアプローベを利用し,M群は僧帽筋の筋肉内のTPに対して25 G 25 mm針を用いて2 mlずつ分割注入し,F群は24 G 55 mm針を用いて僧帽筋と棘上筋の筋膜間が液性剥離するように全量を注入した(図1).痛みの評価にはnumerical rating scale(NRS)を使用した.本研究の主要評価項目は初回TPIによる各群のNRSの変化量の比較とした.また副次評価項目として,TPIを1~2週間ごとに計4回繰り返しによる各群のTPI前後のNRSの変化量とした.主解析では,M群,F群ごとに対応のあるt検定を用いて初回のTPI使用前後でNRSの値の比較を行った.初回に限定してTPI使用前後のNRSの変化量の群間差をt検定により比較した.また,時間経過に伴ってTPI使用前後のNRSの変化量が群間で異なるか否かを検証するために混合効果モデルを用いた.混合効果モデルには,群,時点(計4時点),群と時点の交互作用を説明変数として投入し,時点間の相関構造は無構造とした.交互作用のp値により時間経過に伴って変化量に群間差があるかを確認した.研究期間中は疼痛治療薬の変更や追加は行わなかった.また初回TPIを施行する際の穿刺時の痛みおよび注入時の痛みの強さを3段階(痛い:2,少し痛い:1,痛くない:0)で点数化しFisherの正確確率検定を行った.

図1

TPI

a:施行の様子,b:M群,c:F群

LA:局所麻酔薬

グラフにおける集計結果は平均値±標準偏差で表し,検定の有意水準は両側0.05とした.

III 結果

両群の患者背景(年齢,男女比,身長,体重,TPI施行前の痛みの強さ,罹病期間)に有意な差はなかった(表1).両群ともに超音波診断装置を利用することで,全例で正確に目的部位への注入を確認した.各群の初回のTPIによるNRSの変化を図2に示す.各群ともTPI施行により直後のNRSは有意に低下した(それぞれp<0.001).各群のNRSの平均低下量はM群3.6,F群3.48で両群に有意差はなかった(p=0.766).初回TPIの穿刺時および薬液注入時の痛みを点数化した結果では,穿刺時はM群1.36点,F群1.4点と両群に差はなかった(p=1.0)が,薬液注入時はM群1.12点,F群0.52点と,M群で有意に痛みが強かった(p=0.00717).図3に繰り返しTPIを行った各群のTPI施行前後のNRSの推移を示す.時間経過に伴ってTPI施行前後のNRSの変化量は群間で有意に差があった(交互作用のp値:0.016).注入時痛以外の有害事象として,施行後のめまい,ふらつきなどの中枢神経障害がM群,F群ともに2例あったが,すべて1時間以内に軽快した.

表1 患者背景
  muscle(M)群 fascia(F)群 p値
症例数 25 25  
年齢(歳) 59.2±15.5 58.0±14.8 0.7
男性/女性 11/14 15/10 0.29
身長(cm) 161.1±8.7 162.1±8.3 0.7
体重(kg) 58.4±10.8 59.3±12.5 0.79
痛みの強度(NRS 0~10) 6.8±1.2 6.7±1.7 0.86
罹病期間(カ月) 16.9±8.9 14.1±6.8 0.18

t検定

図2

各群における初回のTPIによるNRSの変化

t検定

図3

繰り返しTPIによる施行前後NRSの推移

混合効果モデル

IV 考察

本研究では,僧帽筋のTPを有するMPS患者にTPIを施行し,投与部位による鎮痛効果の違いを調べた.その結果,初回投与では筋肉内(M群)と筋膜間(F群)において同等の鎮痛効果が認められた.一方,時間経過に伴ってTPI施行前後のNRSの変化量は群間で有意にF群のほうが有意に小さく,投与部位の違いにより鎮痛効果が異なる可能性が示唆された.

MPSは筋・筋膜の痛みを主訴とし,運動制限や筋力低下,自律神経機能障害をきたす症候群であり,TPが原因となり惹起される.TPの病態はいまだ十分には明らかになっていないが,神経終板の異常電位により神経筋接合部に過剰なアセチルコリンが放出され,持続的な筋収縮によって局所の虚血,低酸素状態が惹起された結果,増加した発痛物質や炎症性サイトカインのような炎症メディエーターが末梢の侵害受容器を感作し,痛みを発生させると考えられている2).実際に,発症後3カ月未満の急性期のTPをもつ患者を対象にして,TPで変動する因子についてマイクロダイアリシス法を用いた解析によると,サブスタンスP,ブラジキニン,ノルエピネフリン,5-TH,TNF-α,IL-1β,IL-6,IL-8,およびCGRPの増加,pHの低下が活動性TPにおいて報告されている6).TPは自発痛を有する活動性TPと自発痛を有しない潜在性TPに分類されることが多いが,実臨床では,活動性TPと潜在性TPに二極化させるのではなく,その中間の病態も考慮し,TPに炎症反応がなんらかの形で関与することを念頭において治療するほうが現実的であると考えられる.MPSに対する低侵襲治療としてTPIは広く行われており,American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicineの慢性疼痛治療ガイドラインにおいてもTPIはMPSに対する治療アプローチの一つとして検討を推奨されている7).当院でも出血のリスクがない場合,MPSに対する標準的な治療として積極的に施行している.TPIの鎮痛効果の機序として,針の刺入による機械的な効果,投与薬剤による化学的な効果に加え,注入液量の影響も考えられる.TPIを施行すると,筋緊張の緩和,血管の拡張,蓄積した侵害刺激物質を洗い流すことにより鎮痛効果が得られ8),局所麻酔剤を投与する場合は筋や筋膜に存在する侵害受容器に対する抑制効果も得られると考えられる.

本研究において,TPIを繰り返した結果,時間経過に伴ってTPI施行前後のNRSの変化量は群間で有意に差がつき,F群のほうがM群よりも鎮痛効果が高かった.筋膜は痛みの知覚において重要な役割を担うことが知られている9).例えば,高張食塩水により惹起される痛みは筋肉内に投与される場合よりも筋膜のほうが強く3),この結果は,Aδ線維とC線維が筋肉内よりも筋膜に多いことを示唆する10,11).また,Aδ線維とC線維はサブスタンスPやCGRPのような痛覚伝導において重要な役割を担う神経ペプチドを含有し,虚血や侵害刺激により末梢の神経終末からこれら神経ペプチドを放出する2,12).サブスタンスP陽性線維およびCGRP陽性線維の筋膜内の局在について,正常時は筋膜外層に多いが,炎症反応のような病態下では筋膜内層にその局在が変化することが報告されている13).すなわちTP内で発生した発痛物質や炎症性サイトカインは,筋膜内層に対してより強く侵害刺激を与えるため,MPSの痛みにおいて,とくに筋膜内層が重要な役割を担っていると考えられる.これらのことから,TPIを施行する場合,筋肉と脂肪組織の間の筋膜上ではなく,筋膜内層を標的とすると効果的であると考えられる.また,TPIの繰り返しによる有効性は以前から報告されている14).その理由として,痛みの悪循環を含め異常を起こした筋・筋膜の環境はTPIによって徐々に改善され,回数を重ねることで痛みは漸減していくことが考えられている15).これらの理由によって,本研究において繰り返しのTPIによりF群のほうがM群よりも高い鎮痛効果が得られた可能性が示唆された.

本研究では,超音波診断装置を利用し深部の筋膜(僧帽筋と棘上筋の筋膜間)を標的とした.浅部の筋膜直下を標的とする場合と比較して深部の筋膜を標的とする場合は,針が皮膚,浅部の筋膜および筋肉内を通過するため,ポリモーダル受容器が強く刺激されることにより下行性疼痛抑制系が活性化され,鎮痛効果の追加が期待できる.僧帽筋と大菱形筋へのTPIを比較した報告では,大菱形筋へのTPIのほうが高い有効性が得られている16)

本研究においてTPIを施行する際の穿刺時の痛みは両群で差がなく,穿刺針の太さによる影響はないと考えられた.しかしながら,薬液注入時の痛みの強さは筋肉内注入群で有意に痛みが強かった.TPIの施行に伴う合併症として感染,出血,気胸,穿刺部位の痛みなどがあげられる17).筋組織は血流が豊富であるが,出血傾向がある場合を除き,TPIに伴う筋肉内血腫が問題となることはまれである18).しかし軽度の血腫であっても,自然消失するまで同部位の痛みが持続することがある.本研究では,筋肉内への穿刺によって微小な血腫が形成され,痛みが残存した可能性がある.穿刺時や薬液注入時の痛みは患者にとって不快な経験である.とくに痛みによる迷走神経反射は徐脈や低血圧を引き起こすため,TPIを施行する際には十分な注意が必要である.過緊張状態や初回に施行する場合にはより痛みが少ない方法を選択すべきであり,筋膜間注入のほうが好ましいと考えられる.

本研究ではTPIの注入部位を特定するために,超音波診断装置を利用し超音波プローベに清潔カバーを装着してTPIを行った.TPIの診療報酬点数は施行した回数および部位にかかわらず80点であり,薬剤(ネオビタカイン注シリンジ5 ml© 345円,ノイロトロピン注3.6単位3 ml© 161円),穿刺針(テルモ注射針© 8.7円/本)の費用はこれに含まれる.市販の超音波プローベ用の清潔カバーは1セット約100円の費用がかかるが,これは本邦の保険診療では請求できない.当院ではビニール袋を滅菌して使用しているため,TPIに超音波診断装置を使用するにあたり,追加の費用はほとんどかかっていない.超音波診断装置を使用しても工夫次第ではそれほど費用をかけずに効果的なTPIが施行できる.また,穿刺時の抵抗の変化を利用することで盲目的にTPIを筋膜間へ行うことができる19).すなわち筋膜を針先が通過すると穿刺抵抗が少なくなるため,穿刺時の抵抗の変化に留意することで盲目的に筋膜間注入が可能になると考えられる.

近年,筋膜リリースという用語が注目されている.筋膜リリースとは,ストレッチやマッサージなどさまざまなアプローチで筋肉の張りや痛みを緩和するMPSの治療,あるいはMPSに対する治療手段を指す.また筋膜リリースの1手技として生理食塩水やリンゲル液などの液体を筋膜間へ注入するmyofascia hydroreleaseの有効性が報告20)されているが,生理食塩水によって痛みが増強した報告21)もあるため,侵害受容器が豊富にある筋膜に対し,安易に生理食塩水を注入するリスクを認識する必要があると考えられる.本研究におけるF群はmyofascia hydroreleaseに近い手技となるが,myofascia hydroreleaseのメカニズムはいまだ不明な点は多く,今後の研究が必要である.

今回の結果から,MPS患者に対するTPIの注入部位は筋肉内注入であっても筋膜間注入であっても初回の効果は同等であるが,筋膜間注入を繰り返し行うことによってより有効性が高くなることが示唆された.本研究はMPSの病態および治療のターゲットとして筋膜の重要性を示唆した.さらなる有効性の評価には,対象症例数を増やし,長期経過を検討する必要がある.

本論文の要旨の一部は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において報告した.

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