日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
症例
治療に難渋した心窩部痛の原因が食道カンジダ症であった肺がん患者の1例
松村 実穂木下 舞池田 真悠実谷口 洋井上 潤一
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 27 巻 4 号 p. 327-330

詳細
Abstract

69歳男性.Stage IVの小細胞肺がんに対し化学療法2nd line終了後,痛みの増悪および全身倦怠感を訴え入院となった.オピオイドの内服継続に加えステロイド投与が開始されたが症状の改善なく,緩和ケアチーム紹介となった.肺がん診断当初よりリンパ節転移が主因と思われる前胸部痛を訴えていたのに対し,緩和ケアチーム初診時は心窩部痛を訴えた.画像検査では心窩部痛の原因となりうる病変は認めず,オピオイド抵抗性の痛みであった.痛みは胸焼けを伴い空腹時に増強したため,上部消化管病変を疑って内視鏡検査を実施した結果,食道カンジダ症と診断された.抗真菌薬の静脈内投与によって心窩部痛は消失し,全身状態も改善し,オピオイドを減量することができた.担がん患者の痛みや全身状態の悪化は,がんに起因するとは限らず,終末期であっても時にがん以外の対処可能な原因が存在することを念頭に置いたうえで,注意深い観察が求められる.

I はじめに

担がん患者が訴える痛みや倦怠感は,必ずしもがんに起因するとは限らない.今回,心窩部痛を訴え治療に難渋した肺がん患者が,食道カンジダ症と診断され,抗真菌薬投与によって改善を認めた1例を経験したので報告する.

II 症例

患者:69歳,男性.

既往歴:57歳時,胃がんに対し幽門側胃切除術.

基礎疾患:高血圧.

現病歴:労作時呼吸困難を主訴に呼吸器内科を受診し,精査の結果小細胞肺がん(cT4N3M1a;stage IV)と診断された.化学療法①カルボプラチン+エトポシド4コース,②アムルビシン7コース実施され,その後は全身倦怠感のため本人希望で休薬となっていた.肺がん診断当初より縦隔リンパ節転移が主因と思われる前胸部痛があり,オキシコドン40 mg/日を内服していた.最終化学療法の6週間後,痛みと倦怠感の増悪,食欲不振を認め入院となった.

入院時所見:performance status(ECOG)(以下,PS)3,SpO2 97%(室内気),呼吸数30回/分,脈拍97/分,胸痛の訴えがあった.

CT所見:右肺門部の原発腫瘤および縦隔リンパ節の増大があった.脳転移,肝転移に加え,左副腎転移が疑われた.

progressive disease(以下,PD)と判定され,がんの進行が全身状態悪化の原因と考えられた.

入院後の経過を表1に示す.オキシコドン40 mg/日の内服継続に加え,倦怠感の改善目的にベタメタゾン2 mg/日の静脈内投与が開始された.また胸焼けを訴えたことからプロトンポンプ阻害薬も開始された.しかし,NRS 5/10以上の胸痛と倦怠感が持続したため,入院5日目に緩和ケアチーム紹介となった.

表1 入院後の経過

緩和ケアチーム初診時,最も痛い部位を問うと診断時の前胸部ではなく,心窩部であった.NRS 8/10の鈍痛で,胸焼けと悪心を伴っていた.また空腹時に増強し食事摂取により軽快していた.レスキューのオキシコドン速放製剤10 mg/回で数時間は痛みが半減し,1日3回程度使用していた.CTなどの画像検査では,心窩部痛の原因となりうる病変は認めなかった.そこでまずは消化器症状改善目的に六君子湯7.5 g/日を開始した.また消化管粘膜障害が存在し,これが痛みを修飾している可能性を考え,アルギン酸ナトリウムを開始し,内服中であったロキソプロフェン180 mg/日を中止した.

入院11日目,心窩部痛や倦怠感に改善がみられなかったため,オキシコドンを60 mg/日に増量した.さらに,患者の不安感が痛みを助長している可能性があると考え,ヒドロキシジン25 mg点滴投与を主治医が開始した.また夜間の睡眠障害も生じていたことから,就眠・鎮痛補助のためにクロミプラミン6.25 mgの眠前点滴投与を開始したが,痛みの改善のない状況が続いた.

入院13日目,上部消化管内視鏡検査を実施した結果,咽頭~食道胃接合部まで全周性に癒合し塊状化した白苔の付着を認め(図1),食道カンジダ症(Kodsi's grade1) III)と診断された.ただちにイトラコナゾール(ITCZ)内用液の経口投与(200 mg/日)が開始されたが,心窩部痛の改善は得られず,投与4日目には嚥下困難も出現した.投与12日目にはPS 4まで全身状態が悪化し,内服困難となったため,オピオイドと抗真菌薬は静脈内投与に切り替えた[塩酸モルヒネ注射液48 mg/日,フルコナゾール(FLCZ)200 mg/日].また痛みがさらに強まり,身の置きどころのない辛さを患者が訴えたことから,抗精神病薬の持続投与(ハロペリドール0.4 mg/時)を主治医が開始した.

図1

上部消化管内視鏡写真

FLCZ投与開始後も心窩部痛の軽減はすぐには得られず,塩酸モルヒネを60 mg/日まで増量したが症状は不変であり,投与7日目には塩酸モルヒネを84 mg/日まで増量してもなお反応は乏しかった.FLCZ投与9日目ごろから心窩部痛の訴えは次第に減り,PSも3まで改善したため,ハロペリドールを中止した.さらに12日目には心窩部痛はほぼ消失し,以前あった前胸部痛の訴えが聞かれるようになった.入院40日目にはPS 2まで改善,内服可能となった.予後は月単位であると見積もられたため,患者本人が希望した在宅療養への移行調整を進めることとし,オピオイドをモルヒネ塩酸塩水和物徐放カプセル120 mg/日へスイッチした.

抗真菌薬も経口投与(ITCZ 200 mg/日)にいったん戻したところ心窩部痛が再度出現したため,カンジダ症の再燃を疑って静脈内投与(FLCZ 200 mg/日)を継続した.夜間にも心窩部痛の訴えが聞かれたため,就眠・鎮痛補助のためにアミトリプチリン25 mgの経口投与を併用し,以後昼夜ともに心窩部痛の制御を得た.

在宅調整を進めていた矢先,肺がんの病状が急速に進行し,前胸部痛の悪化に加え,入院45日目ごろからは呼吸困難も次第に強まり,オピオイドの順次増量を要した.やがて呼吸不全を伴い不穏となり,ハロペリドール0.5 mg/時を開始したが効果不十分であったため,フルニトラゼパム0.5 mg/時による持続的深い鎮静を主治医が開始した.その後,入院51日目に永眠された.

III 考察

担がん患者に痛みの増悪がみられた場合,がん疼痛がまず鑑別にあがるが,それまでの経過とは異なる痛みが出現し一般的な鎮痛法に抵抗性の場合には,他の原因検索が求められる.

本症例では心窩部痛の原因として,まずは縦隔病変の進展によるがん疼痛の増強を疑ったが,オピオイド抵抗性であった.そのため他の可能性として,空腹が痛みの増強因子であったことや胃がん術後であったことから上部消化管病変を考えた.またほかには,CT検査で疑われた左副腎転移に伴う内臓痛の可能性も考えたが,オピオイド抵抗性であったことから,痛みの緩和に苦慮する場合は交感神経ブロックも検討する方針としていた.そして鑑別診断の一助として実施した上部消化管内視鏡検査で,食道カンジダ症と診断するに至った.その後,抗真菌薬の投与によって心窩部痛は消退し,それに伴い胸焼け・悪心などの消化器症状も改善した.

FLCZ投与12日目に再度出現した前胸部痛は,おもに早朝,安静時の右前胸部のNRS 3/10程度の痛みであり,心窩部痛と異なって塩酸モルヒネの早送りで軽減し,空腹時の増強や胸焼けは伴わなかった.同部位にリンパ節転移を認めていたこと,またこの時点で食道カンジダ症は軽快していると判断していたことから,肺がんの縦隔進展に伴うがん疼痛と考えた.しかし痛みはその後増強することなく入院40日目にはPS 2まで改善し,カンジダ症軽快の寄与するところが大きいと思われた.食事量が安定していたこと,また患者が外泊を希望したことから,オピオイドを経口投与に戻すこととしたが,この際オピオイドの減量が妥当と考えた.これは,入院以降のオピオイド増量の主因であった心窩部痛が消失していたため,また便秘による下腹部の膨満感や眠気が持続するなど副作用が有事であったため,また前胸部痛は軽度で落ち着いていたためであり,まず2~3割減となるモルヒネ塩酸塩水和物徐放カプセル120 mg/日へスイッチし,もしも不足するようなら30 mgを追加する方針としたところ,スイッチ後に痛みは悪化することなく,2日後には外泊することができた.

最終的には肺がんの病勢進行に伴い,前胸部痛や呼吸困難が悪化しオピオイドを順次増量するに至ったが,抗真菌薬による食道カンジダ症治療が奏効し心窩部痛の改善が得られたことで,一時全身状態は持ち直すことができた.つまり,終末期の担がん患者であっても,対処可能で全身状態の改善をも望める非がん性の疾患が時に併存している場合もあることを念頭に置くべきであるといえる.

カンジダは口腔・皮膚・消化管などの常在菌であり,日和見感染症を起こす.危険因子としては,担がん患者,化学療法,ステロイド投与,HIV感染などがあげられる.本症例では,担がん・化学療法患者であり,入院1カ月前にgrade 2の好中球減少を認めていたことが食道カンジダ症発症の危険因子となり,また入院後のステロイド投与が感染を増悪させた可能性が考えられる.全身倦怠感が一貫して持続していたため,やむなくステロイド投与を継続していたが,抗真菌薬投与開始後にも嚥下困難などの症状が悪化し,改善までに時間を要したことを鑑みるに,少なくとも食道カンジダ症の診断がついた時点で,感染制御を優先して投与を中止することが望ましかったと考えられる.なお入院時以降,口腔内可視範囲に白苔や口内炎などの異常所見は認めていなかった.

食道カンジダ症の治療について述べる.本邦のガイドライン2)における第一選択薬は,FLCZの静脈内もしくは経口投与(100~400 mg,1日1回),あるいはITCZの経口投与(200 mg,1日1回)であり,投与期間は14~21日間とされている3).本症例では内服困難となったため静脈内投与へ変更したが,内視鏡所見が重症であったことも踏まえ,経口投与への反応が乏しい時点で可及的早期に注射剤への変更を検討すべきであったのが反省点である.

ITCZ,FLCZはともにアゾール系抗真菌薬であり,肝臓におけるオキシコドンの主たる代謝酵素であるcytochrome P-450(CYP)3A4を阻害するため,これら抗真菌薬との併用によって,オキシコドンのN–脱メチル化反応が阻害され,オキシコドンの血中濃度–時間曲線下面積(AUC)が上昇することがある.ITCZとオキシコドン注射剤を併用した場合には,オキシコドンの消失半減期が3.8時間から6.6時間まで延長され,血中濃度は約2倍になることが報告されている4).したがって,本症例では認められなかったが,オキシコドンの作用増強や副作用の発現には細心の注意が必要である.

心窩部痛を訴え,食道カンジダ症と診断された肺がん患者の1例を経験した.抗真菌薬投与によって心窩部痛は消失し,PSも改善,オピオイドの減量や抗精神病薬の終了に至った.

心窩部痛を生じる食道カンジダ症のように,担がん患者が訴える痛みのなかには非がん性の原因が併存することがある.根本的治療が可能であれば,たとえ終末期であっても患者の全身状態改善に寄与できるケースもあることを念頭に置いたうえで,標準的がん疼痛治療抵抗性の痛みを認める場合などは特に注意深い観察や鑑別診断が求められる.オピオイド抵抗性の心窩部痛では,食道カンジダ症も鑑別にあげるべきである.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.

文献
 
© 2020 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top