2020 年 27 巻 4 号 p. 340-342
静脈穿刺は日常的医療行為であるが,神経損傷のリスクを伴っており,一度神経損傷を起こすと,1年以内の治癒率は23%と低く1),永続的障害が残る場合がある.一般に点滴実施時には,橈骨神経浅枝が橈側皮静脈と近接して走行するため,橈骨茎状突起から中枢12 cmの範囲の橈側皮静脈は神経損傷の危険性が高く,穿刺は避けるべきとされている2,3).このような皮静脈に伴行する皮神経の走行に関する報告は,ほとんどが解剖体を使用したもの2)であり,生体での報告はほぼ見当たらない.今回,ボランティアに超音波装置を当て,ペン型経皮神経刺激装置で知覚領域を確認し,神経を同定するという方法で,橈骨神経浅枝と橈側皮静脈の走行関係を観察した.
なお,本報告は東京女子医科大学倫理委員会(承認番号4679,承認日2018.3.1)承認後,文書にて承諾を得た(UMIN登録番号39646).
健康成人ボランティア32人を対象とした.
超音波LOGIQ e PremiumTM(GE社製)のリニアプローベとペン型神経刺激装置(StimplexTM,B-Braun社製)を使用した.採血時の体勢で,まず手関節部で橈骨動脈をエコーにて描出,橈骨神経浅枝は,橈骨動脈外側に存在するのでエコーおよび神経刺激装置を用いて2 mAで開始し神経を検索した.被験者が拇指にしびれを感知した構造物を橈骨神経浅枝と同定し,徐々にアンペア数を下げ,拇指領域に刺激がなくなる直前の数値を個々の閾値とした(図1A,B).その後,プローベおよびペン型神経刺激装置を近位へとスライドさせ,走行連続性を画像にて追跡し,橈骨茎状突起部を基準(0 cm)として橈骨神経浅枝と橈側皮静脈が交差あるいは最も接近した距離の平均,標準偏差を算出した(図1C,D).また,この距離を示した人数に関して2 cmごとに区切ったヒストグラムを作成し,静脈穿刺の禁忌とされる橈骨茎状突起から12 cm以上の人数比率を算出した.
橈骨神経浅枝と橈側皮静脈の交点の求め方
A:橈骨茎状突起の位置を基準(0 cm)として調査を行った.まず,橈骨動脈外側でエコーと神経刺激を使って,拇指が刺激される位置を同定し,橈骨神経浅枝を探し出す.その後,アンペア数を感知できる最小限値に設定した(レンジ1.3~1.6 mmÅ).刺激が継続するようにゆっくりとエコープローブを近位側にスライドした(矢印方向).
B:茎状突起付近での実際のエコー映像.
C:計測にあたり,駆血帯を用いて橈側皮静脈を明瞭化した.感知できる最低アンペア数を維持したままのペン型神経刺激装置と,エコーを同時にスライドして,その交点を求め,橈骨茎状突起からの距離(cm)を測定した.破線は橈側皮静脈,実線は橈骨神経浅枝の走行イメージを表す.
D:橈骨神経浅枝と橈側皮静脈の交点での実際のエコー映像.
ボランティア32人,男女比10:22,年齢41±13歳,身長165±8 cm,体重58±11 kg.橈骨神経浅枝と橈側皮静脈が交差または最も近づく点が橈骨茎状突起からの距離は左で9.3±3.5 cm,右で9.1±3.9 cmであった(平均±標準偏差).図2にヒストグラムを表す.12 cmを超えた位置で交差あるいは最接近した距離は,左前腕で32人中8人,右前腕で32人中6人存在していた.
橈骨茎状突起から橈側皮静脈と橈骨神経浅枝の交差までの距離(左右)を表したヒストグラム
縦軸は距離(cm),横軸は度数(人数)を表す.
橈骨神経浅枝と橈側皮静脈が交差または最接近する距離の第三四分位数は左で11.8 cm,右で10.8 cmであり,一般に穿刺を避けるべきとされる12 cmの範囲を超えた人が左で25%,右で18.8%存在していた.
Vialleら2)は33例の解剖体を用いて橈骨神経と橈側皮静脈の走行を調査し,その多様性を示しつつ,橈骨茎状突起から12 cmよりも近位での穿刺が,安全性が高いと報告をした.しかし,解剖体を用いた研究では細い神経などを剥離過程で損傷する可能性を限界点としてあげている.
今回の研究長所として,生体に神経刺激装置と超音波装置を併用して神経・静脈の走行を確認した点,解剖体と違い神経剥離がなく損傷の可能性がない点,被験者とコミュニケーションを取りながら,知覚範囲を確認できた点などがあげられる.
過去,献血などの静脈穿刺で平成29年度の総献血者約488万人のうち,264人(0.6%)に神経損傷が発生したと報告されている4).本研究結果より,橈側皮静脈はどの部位でも神経障害リスクがあり,全面的に穿刺を行わないことがより安全であることがわかった.
本研究の限界点としては,今回同定したのは拇指球外側領域を支配する橈骨神経浅枝と限定された神経であること.他にも外側前腕皮神経が付近を走行しており,やや鑑別が難しかった点などがあげられるが,肘部までエコーで追い,外側前腕皮神経は皮下を,橈骨神経浅枝は腕橈骨筋・回内筋間を走行する点5),前者は知覚が手首に限局している点を活用して鑑別した.
以上より,橈側皮静脈の点滴確保は橈骨茎状突起12 cmを超えた近位部でも橈骨神経浅枝を損傷する可能性があることが生体を用いて判明した.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.