日本ペインクリニック学会誌
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短報
予防薬として五苓散を用いた片頭痛の1症例
緒方 裕一濵田 高太郎平井 慎理
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キーワード: 片頭痛, 五苓散, 漢方
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2020 年 27 巻 4 号 p. 345-346

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I はじめに

本邦での片頭痛罹患数は,人口の約8.4%を占めるが,医療機関で適切な治療を受けていない場合も多い.頭痛発作は患者のQOLを著しく低下させることもあり,より多くの患者が適切な治療を受けられることが望まれる.今回,水分代謝作用を有する漢方薬である五苓散が著効した,アルコールにより誘発される片頭痛の症例を経験したので報告する.

なお当院では,施設の承認を得た同意書にて麻酔および本誌への論文投稿に関する同意を患者から得ている.

II 症例

66歳,女性.主訴は前額部の激痛であった.既往歴は特記事項なし,家族歴として父,姉,娘が片頭痛と診断されていた.現病歴は,閉経後の53歳時に症状が発現した.激しい左前額部の拍動痛が突如出現し,その後2~3週に1回,頭痛発作期を繰り返していた.2~3日継続する頭痛のため,寝込むことがあった.前兆は起こるときと起こらないときがあるが,悪心嘔吐を伴い,光過敏や音過敏はなかった.とくにアルコール含有の食べ物を摂取すると頭痛が誘発され,発作時の痛みは視覚的アナログ尺度(visual analogue scale:VAS)では3~4であった.55歳時に前医を受診し,アルコール誘発片頭痛と診断された.前医初診時より,発作予防に両側星状神経節へのスーパーライザー照射と発作時のゾルミトリプタン2.5 mg頓服を開始された.スーパーライザーは週に1回照射したが,体調が悪いときには週に2回に増やした.治療により発作の頻度は軽減したが,頭痛発作時は2~3日継続する頭痛があり,嘔吐するほどであった.料理に含まれる料理酒だけでも頭痛発作が誘発され,日常生活に苦労していた.自宅が当院の近くにあるため,本人希望により当院紹介となった.

64歳時に当院のペインクリニック外来受診時にて,発作時に対してジクロフェナク25 mg内服を処方した.発作時の痛みは軽減されたが,発作の頻度は変わらなかった.患者の希望から前医からの治療法で効果的であった星状神経節のスーパーライザー照射とゾルミトリプタン2.5 mg頓服は継続した.予防薬としてカルシウム拮抗薬を処方しようとしたところ,前医の処方でバルプロ酸の予防内服時に強い眠気の副作用を経験したとの理由で同意されなかった.漢方薬は内服を希望されたため,呉茱萸湯7.5 gの内服を開始した.呉茱萸湯内服開始後,頭痛時に寝込むことはなくなったが舌のしびれを訴えたため中止した.本症例の片頭痛がアルコールにより誘発されることから,利水作用のある五苓散が有効であると考え,処方を開始した.患者は内服を始めることに懐疑的で7.5 g/日の投与量には同意されなかったため,2.5 g/日から開始した.

内服1カ月後より,2~3週に1回あった頭痛の頻度が3カ月に一度程度となり,頭痛発作時間も数時間となった.リキュール入りのお菓子摂取や梅酒を飲めるまで改善し,スーパーライザー施行も中断となった.また内服2カ月後も,汗をかくが調子はよく,ジクロフェナク内服頻度も格段に減り,寝たきりの日もほぼなくなった.五苓散2.5 gで十分効果があったため,増量せず継続した.内服3カ月後に内服すると暑いとの訴えがあり,体を冷やす生薬である柴胡が入っている柴苓湯3 g/日に変更した.暑さもなくなり,頭痛も抑えられた.その後も痛みが増強することなく副作用もほとんど認めなかった.

III 考察

国際頭痛分類第3版(The International Classification of Headache Disorders,3rd edition:ICHD 3)では,一次性頭痛は,片頭痛,緊張型頭痛,三叉神経・自律神経性頭痛に分類される1).今回の症例では,アルコールにより誘発されることや症状出現したのが53歳と高齢であることから片頭痛としては非典型的のため群発頭痛の可能性を考慮した.しかし,国際頭痛分類の片頭痛の診断基準を満たし,未治療時における頭痛発作の持続時間が48~72時間と長く,当院受診時の診察にて,痛みの発作時に同側の結膜充血,鼻閉,眼瞼浮腫,発汗といった自律神経症状がはっきりしなかったこと,発作時のジクロフェナク内服で痛みが軽減したこと,群発頭痛と比較して女性に多いことより,前医の診断どおり,アルコールより誘発される片頭痛として治療を進めた.

片頭痛予防療法は,急性期治療だけでは,生活障害を十分に改善できないときに考慮される.抗てんかん薬,抗うつ薬,β遮断薬,カルシウム拮抗薬などさまざまな種類の薬剤が考慮される2).ただ,今回の症例では漢方薬以外の内服は懐疑的であったため,漢方薬の使用を考慮した.

五苓散は片頭痛を含む頭痛診療や硬膜穿刺後頭痛での有効性が知られており幅広く使用される漢方薬である3).今回の症例においても内服開始により劇的に発作頻度が減り,前頭痛発作自体も軽度となった.この五苓散は,礒濱らの報告によると五苓散がアクアポリン(aquaporin:AQP)を介して水分調節をしていることがわかっている.とくに五苓散がAQP4を阻害することが明らかになっている4).AQP4は,他の臓器と比較して脳に非常に多い.実際に,AQP4はさまざまな脳損傷や脳疾患に伴う脳浮腫の病態に関与している5).そのため,アルコール誘発による片頭痛にも効果があると考えられる.

以上から,五苓散には強い鎮痛作用を有する生薬は含まれないが,利水作用があり脳浮腫の状態に効果が期待される.五苓散は本症例のように,副作用も少ないため幅広く処方が可能と考えられる.

IV おわりに

痛みのコントロールが難しい片頭痛の治療において五苓散が有用な補助療法となり,愁訴を軽減した症例を経験した.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.

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