日本ペインクリニック学会誌
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症例
穿頭血腫ドレナージが無効な硬膜下血腫に対して特発性低髄液圧症候群を疑い硬膜外自家血注入を行った1症例
山本 兼二岩田 千広和知 修太朗稲垣 泰好舘岡 一芳
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2021 年 28 巻 11 号 p. 218-221

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Abstract

硬膜下血腫(subdural hematoma:SDH)を反復する頭痛に特発性低髄液圧症候群(spontaneous intracranial hypotension:SIH)を疑い,確定診断を得て硬膜外自家血注入(epidural blood patch:EBP)を施行した症例を経験した.症例は60歳代女性で誘因なく突然の頭痛と悪心,嘔吐を自覚した.頭部CTでSDHを指摘され,脳神経外科で両側穿頭血腫ドレナージ術を施行した.術後にSDHを再発し,起立性頭痛を訴えた.SDH合併のSIHを疑い保存的治療を行うも起立性頭痛が継続したためCT脊髄造影を行い,T1–8の硬膜外腔背側への造影剤漏出所見を示した.SDH合併のSIHとして,血腫による脳圧亢進症状に注意しつつX線透視下EBPを施行した.初回はT3/4より造影剤を混合した自家血25 mlを投与したが,頭痛が継続するため,翌日にT6/7より造影剤を混和した自家血20 mlを再投与し,速やかに頭痛は軽快した.2回目のEBPから5日目に退院し,その後は頭痛とSDHの再発を示さなかった.SDHを反復する頭痛はSIHを原因とする可能性があり慎重にSIHを鑑別診断する必要がある.SDHを伴うSIHでは脳圧亢進症状の出現に注意してEBPを行うことが重要である.

I はじめに

特発性低髄液圧症候群(spontaneous intracranial hypotension:SIH)は,外傷や硬膜穿刺の既往がなく低髄液圧をきたし,起立性頭痛を呈する症候群である.低髄液圧の原因には硬膜破綻部からの髄液漏出があり硬膜外自家血注入(epidural blood patch:EBP)が行われる.SIHに硬膜下血腫(subdural hematoma:SDH)を合併した症例では血腫除去と硬膜外自家血注入のいずれを優先するか議論が分かれる1,2).穿頭血腫ドレナージ術後も再発するSDH症例にSIHを疑い,確定診断を行った後にEBPを施行した症例を経験したので報告する.

なお,本論文発表に際して患者から書面での承諾を得た.

II 症例

患者は60歳代女性で当院初診10日前より誘因なく突然の非起立性頭痛と悪心,嘔吐を発症した.当院初診8日前に近医Aを受診し,頭部単純CTで異常所見を示さず経過観察となり,その3日後に近医Bを受診した.めまい症状があったことから突発性難聴を疑いプレドニゾロンが処方されたが症状が継続するため,再度近医Aを受診した.頭部単純MRIで両側性の少量のSDHを示したため,当院脳神経外科外来を紹介受診となった.既往に高血圧症があり,降圧薬を内服していたが,抗凝固薬や抗血小板薬の内服はなかった.当院初診2年前に交通事故で前胸部の打撲傷を負ったが前胸部痛は数日で軽快し,頭痛は訴えなかった.

当院脳神経外科初診時には頭痛と悪心を訴えたが,発症当初より起立性頭痛は自覚しなかった.頭部単純CTでは少量の両側性SDHを示したが日常生活が可能であったため,外来経過観察の方針となった.当院初診7日目には頭部単純CTでSDHに著変なかったが,非起立性頭痛が増悪して日常生活が困難となり,当院初診14日目に当院脳神経外科に入院した.同日にSDHに対して両側穿頭血腫ドレナージ術が施行された.右側では血腫外膜を切開すると血腫が噴出した一方で,左側には血腫を認めず,キサントクロミーの所見のみであった.術後1日目の頭部単純CTではSDHは改善せず,術後より体動時と起坐位での頭痛を訴えた.この時点でSIHを疑い,補液と安静臥床を開始したが,頭痛は改善しないため,髄液漏出を念頭に画像診断を行った.頭部造影MRIではT1強調画像でびまん性の硬膜の増強効果を(図1),CT脊髄造影ではT1–8の背側の硬膜外腔への造影剤漏出所見を示した(図2)が,髄液の漏出部位の特定には至らなかった.脳槽シンチグラフィは当院に設備がないため実施しなかった.SIHに対するEBP施行のために当科に紹介となった.

図1

頭部造影MRI(T1強調画像)

aは冠状断,bは水平断を示す.ともにびまん性の硬膜造影効果を示す(矢印).

図2

CT脊髄造影

aは矢状断,bは水平断T2レベル(①に相当),cは水平断T6レベル(②に相当)を示す.T1–8の硬膜外腔背側への造影剤漏出を示した(矢印).

当院初診22日目に手術室にて循環モニタリング下でEBPを施行した.X線透視下でT3/4椎間を確認し,同椎間より18ゲージTouhy針を用いて抵抗消失法にて硬膜外腔を確認した.造影剤を混合した自家血25 mlを硬膜外造影像を確認しながら注入した.処置中に背部痛は訴えず,術後の安静臥床の後に坐位での頭痛を認めたため,翌日に再度EBPを施行した.T6/7椎間を同定した後に前回と同様の方法で硬膜外腔へ穿刺を行い,硬膜外造影を確認して,造影剤を混合した自家血20 mlを硬膜外腔へ注入したところ,背部痛を訴えたため,処置を終了した.術後3時間の安静臥床の後には坐位でも頭痛を自覚せず起立歩行が可能となった.その後は起立性頭痛,非起立性頭痛の訴えはなく,神経学的異常所見を示さず,当院受診27日目に退院した.退院から2カ月後の外来受診までの間に頭痛は再発せず,外来受診時の頭部単純CTでSDHは消失していた.

III 考察

SIHは硬膜の脆弱部位がなんらかの原因で破綻し,脳脊髄液が硬膜外に流出することで髄液圧が低下する疾患である1).典型例では起立性頭痛,低髄液圧,頭部造影MRIでびまん性硬膜肥厚を示す一方で,これらの所見を示さない非典型例の症例報告もある3).本症例では脳神経外科入院当初まで明らかな起立性頭痛の訴えがなく,両側性のSDHを示したため,頭痛がSDHによるものと判断された.しかし,誘因なくSDHを繰り返したことからSIHを疑って診断できた.また,低髄液圧症候群の原因として,先天的な結合組織異常による硬膜の脆弱性や,交通外傷4)が報告されている.本症例では結合組織異常の既往症や身体的特徴を有さず,交通事故後も長期間頭痛を訴えていなかったことから,この起立性頭痛は国際頭痛分類第3版で定義される特発性低頭蓋内圧性頭痛であり,誘因のないSIHと診断した.

SIHの10~25%にSDHを合併する1)ため,SDHを示す患者ではSIHの可能性を念頭に置く必要がある.SDHの原因がSIHであることを疑う所見として,起立性頭痛,若年者の両側性SDH,短期間に再発を繰り返すSDH,SDH穿刺時の低圧所見(血腫の噴出がないなど),穿頭術後の著明な気脳症があげられる1).本症例では,起立性頭痛の訴えがないため,当初はSDH単独の病態と診断していた.血腫ドレナージ後にSDHを再発し,起立性頭痛を訴えたことからSIHを疑った.SDHを合併したSIHでは,脳脊髄液漏出による頭蓋内圧低下と血腫による頭蓋内圧亢進という病態が併存している.本症例において,血腫ドレナージを行うまで起立性頭痛を訴えていなかったのは,血腫による頭蓋内圧亢進と脳脊髄液漏出による頭蓋内圧低下が平衡状態にあったと推察される.SDHの原因は髄液漏出による頭蓋内圧の低下であり,通常は髄液漏出の修復を目的とするEBPを優先すべきである.一方で,頭蓋内圧亢進により救命できない症例も報告されており,血腫による頭蓋内圧が高いと判断した場合には,遅滞ない血腫除去も考慮する必要がある.すなわち,頭痛の増悪,意識障害,血腫増大などの頭蓋内圧亢進を示す場合には,血腫ドレナージを優先しつつEBPを行うことが必要となる1).頭蓋内圧亢進状態において偶発的な脊髄くも膜下穿刺が起こった場合には脳ヘルニア発症のリスクがある.本症例では意識レベルのみならず徐脈や血圧上昇に注意するために循環モニタリング下でのEBPを実施した.

SIHの治療は安静臥床,補液や経口補水などの保存療法で開始するが,保存療法で改善しない場合や症状が強い場合はEBPを検討する5,6).これまでの後ろ向き研究によると,概ね50%のSIH患者が症状改善に複数回のEBPを要している7,8).本症例ではCT脊髄造影でT1–8の背側の硬膜外腔への造影剤漏出所見を示したが,漏出部位の同定には至らず,初回EBPでは漏出部位に血液が到達していなかったと考えられる.背部痛を訴えた場合には硬膜癒着により自家血が腫瘤状に貯留し脊髄障害を起こす可能性を想定し,直ちにEBPを中止する必要がある.本症例においても,初回では25 ml投与できたが,2回目は痛みのため20 mlで終了した.本症例では頭蓋内圧の変化や背部痛に配慮してEBPを行い,術後の神経学的所見の観察を慎重に行う必要があった.

IV 結論

SDHを反復する症例では,SIHが原因の可能性があり慎重にSIHを鑑別診断する必要がある.SDHを伴うSIHでは,頭蓋内圧亢進状態に注意しつつEBPを行うことが重要である.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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