2021 年 28 巻 11 号 p. 209-213
軸性疼痛のみを症状とした神経圧迫のない胸椎椎間板ヘルニアに対して,経椎間孔硬膜外ブロックが診断と治療に有用であった症例を経験した.33歳男性.慢性右背部痛を主訴に当科を受診した.MRIで右Th9/10胸椎椎間板ヘルニアを指摘されていたが,脊髄や神経根の圧迫がないため他院脊椎外科では背部痛の原因ではないと評価されていた.X線透視下に診断的硬膜外ブロックを行う方針としたが,経椎弓間法では薬液が硬膜外腔背側にしか広がらず,痛みの軽減も不十分であった.経椎間孔法で薬液をヘルニア周囲の硬膜外腔腹側に注入したところ,直後から痛みは完全に消失し,その後も痛みは再燃することなく経過した.脊髄・神経根圧迫のない胸椎椎間板ヘルニアが慢性の軸性疼痛の原因となるかコンセンサスは得られていないが,本症例によりヘルニア周囲の硬膜外腔の慢性炎症が原因となり得ること,経椎間孔法による腹側硬膜外ブロックが診断と治療に有用であることが示唆された.
胸椎椎間板ヘルニア(thoracic disc hernia:TDH)は,おもに神経根症や脊髄症を呈する疾患であり,慢性背部痛(軸性疼痛)だけが症状の患者は少ないとされる1).また,神経圧迫がない場合には背部痛の原因とは見なされないのが一般的である.今回,慢性の背部痛のみを主訴として受診し,ヘルニア周囲の腹側硬膜外腔への経椎間孔硬膜外ブロックによって診断と治療を行うことができた神経圧迫のないTDHの症例を経験した.
本症例報告を行うことについて患者本人に説明を行い,承諾を得た.
症例は33歳男性で,既往歴に特記事項はなかった.X−5年に右背部痛が出現し,磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging:MRI)でTh9/10 TDHを指摘されたが,背部痛は自然軽快した.X年Y月に強い右背部痛が再発し,A病院に1カ月入院して薬物療法が行われたが,改善せずに退院した.再発直後は一過性に右季肋部痛もあったが,1カ月以内に消失した.Y+2月にB病院脊椎外科を受診したが,TDHは痛みに関与しておらず原因不明と評価された.その後も痛みが改善しないため,Y+4月に当科に紹介となった.
初診時の診察では,Th9/10に一致した高位の背部正中やや右側に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)4/10の持続痛を訴えたが,圧痛や叩打痛はなく,神経学的診察では体幹や下肢に異常はなかった.重たい物を持つと背部痛がNRS 9~10/10に増強するため,日常生活は大きく制限されていた.トラマドール塩酸塩112.5 mg/アセトアミノフェン975 mgとプレガバリン300 mgを内服していたが効果の実感はなかった.胸椎のMRI(図1A,C,D)とコンピューター断層撮影(computed tomography:CT)(図1B)では,石灰化を伴う右Th9/10のTDHが確認されたが,脊髄や神経根の圧迫はなかった.
胸椎MRI・CT
A:MRI(T2強調画像,水平断).Th9/10右脊柱管内に突出する椎間板ヘルニア(矢尻)がみられるが,脊髄や神経根(矢印)は圧迫されていない.
B:CT(水平断).石灰化を伴う右Th9/10椎間板ヘルニア(矢尻).
C,D:MRI(T2強調画像,矢状断).神経根(矢印)は後方へ突出した椎間板(矢尻)より頭側に位置し,圧迫はみられない.
TDHによる軸性疼痛であるか評価するため,診断的神経ブロックを行う方針とした.まず,X線透視下に経椎弓間法で右Th9/10硬膜外ブロックを行った.イオヘキソールによる硬膜外造影でTh9/10硬膜外腔右背側と右Th9/10椎間関節が造影され,軽度の右背部痛が誘発されたが,患者は明らかな再現痛とは感じなかった.1%リドカイン2 ml+ベタメタゾン2 mgを注入したところ,右背部痛の軽減はわずかで数日間で元に戻った.そこで,原因診断のためにはヘルニア周囲の腹側硬膜外腔へ薬液を注入する必要があると考え,経椎間孔法硬膜外ブロックを行った.合併症を防止するために,CT画像を用いて穿刺点や刺入角度のシミュレーションを行った後(図2A,B),X線透視下に穿刺を行った.腹臥位にて,CアームをTh9/10椎体終板に平行な前後像となるよう調整した.次に,シミュレーションに沿ってCアームを回転して右後方27度の斜位とし,棘突起列より右外側42 mmの刺入点から6 cm神経ブロック針(八光,長野)を右Th9/10椎間孔に向けて刺入し,関節突起外側縁に針が接している感触を確認しながら針を進めた.抵抗消失法を用いずに,X線前後像と側面像にて針先が椎間孔内の腹外側にあることを確認した後,硬膜外造影を行った.ヘルニア周囲の腹側硬膜外腔に造影剤が広がると同時に強い再現痛が出現した(図3A~D).造影剤を追加すると椎間孔外への造影剤流出がみられたが,神経根は造影されなかった.1%リドカイン2 ml+ベタメタゾン2 mgを注入したところ,直後から背部痛は完全に消失した.その後,鎮痛薬をすべて中止しても痛みは消失したまま経過し,ブロックから5カ月後に診察を終了した.
CT画像による経椎間孔硬膜外ブロックのシミュレーション
A:胸椎CT(水平断)による穿刺シミュレーション.Cアームを前後像から右後方27度の斜位とし,棘突起列から右外側約42 mmを刺入点として針をまっすぐ刺入すると,右椎間孔内の硬膜外腔腹側に針先が深さ約58 mmで到達することが推定された.
B:CTの三次元再構成画像.前後像から右後方27度の斜位で穿刺目標の間隙(丸印の中央部分)が確認できる.
X線透視下経椎間孔硬膜外ブロック
A:前後像,B:側面像.針先が右Th9/10椎間孔内の腹外側に相当する部位に位置している.
C:前後像(造影),D:側面像(造影).ヘルニアの背尾側の右腹側硬膜外腔(矢尻)に造影剤が流入し,同時に強い再現痛が出現した.さらに造影剤を追加注入したところ,椎間孔外への漏出がみられた(矢印).
TDHは比較的まれな疾患で,症候性椎間板ヘルニアの0.15~4%程度との報告がある2).症状は,神経根症,脊髄症,軸性疼痛の3つに大別され,軸性疼痛は中部~下部胸椎レベルに限局した背部痛で,痛みの強さは軽度から中等度のことが多い3).また,症状が軸性疼痛のみの患者は症候性TDHの約10%とされる1).しかし,TDHは無症候性のことも多く,無症状の人のMRI検査で偶然に指摘されることも珍しくない.画像検査で症候性かどうかの判断をするための特徴的所見は明らかとなっておらず2),本症例のTDHは,MRIで脊髄・神経根への圧迫所見がなかったことから,無症候性と判断され,背部痛へのTDHの関与は否定されていた.しかしわれわれは,圧痛がなく痛みの部位がヘルニアの高位に一致した右背部のみに限局していたこと,腰椎椎間板ヘルニア(lumbar disc hernia:LDH)においても神経根圧迫がない場合に軸性疼痛(腰痛)のみが症状となる場合があることから,本症例の背部痛がTDHによる軸性疼痛である可能性を強く疑った.
神経圧迫のないTDHによる軸性疼痛の診断法については過去に報告はない.また,症状が軸性疼痛のみのTDHに対する治療法は鎮痛剤や経口ステロイドの投与か脊椎除圧・固定術が一般的に考慮されるが,脊椎手術は侵襲が高いため進行性の脊髄症や痛みが高度の神経根症以外では選択されることはまれである3).本症例では診断的神経ブロックを行う方針としたが,硬膜外腔に曝露された椎間板髄核成分が無菌性炎症を惹起して痛みを引き起こすことが知られているため4),ヘルニア周囲の腹側硬膜外腔への薬液注入が診断のために必要だと考えた.LDHによる軸性腰痛の治療として経椎弓間硬膜外ブロック,脊髄洞神経ブロック(椎間孔経由でヘルニア周囲の腹側硬膜外腔へ薬液を注入)5),Raczカテーテルによる腹側硬膜外腔癒着剥離6)などが行われることを考慮して,まず簡便な経椎弓間硬膜外ブロックを施行した.しかし,痛みの軽減は十分に得られず,薬液が背側硬膜外腔にしか広がらないことが確認された.そこで,経椎間孔硬膜外ブロックを施行したところ,ヘルニア周囲の腹側硬膜外腔への造影剤流入に伴う強い再現痛が出現し,局所麻酔薬とステロイドの注入直後から完全な痛みの消失が得られ,またその後も痛みが再燃せず完治した.以上より,本症例の痛みはヘルニア周囲の硬膜外腔の慢性炎症が原因であった可能性が示唆され,経椎間孔硬膜外ブロックは診断法のみならず治療法としても有用であると考えられた.
TDHは石灰化を伴うことが多く,硬膜と癒着または穿破する場合があることが知られている2).椎間板ヘルニアが石灰化変性を伴った場合は自然退縮しにくいため7),石灰化したヘルニアが硬膜と長期に接触することでヘルニア周囲に慢性炎症が引き起こされやすい可能性が考えられる.また,硬膜が癒着している場合には手術操作で硬膜損傷をきたしやすいため8),神経ブロックを行う場合においても注意が必要である.
本症例では事前にCT画像による穿刺シミュレーションを行うことで安全なX線透視下ブロックができた.胸椎の経椎間孔硬膜外ブロックによる合併症として,Adamkiewicz動脈損傷,神経根損傷などがある9).Adamkiewicz動脈は,左側(83%),Th8–L1(92%)レベルから椎間孔内に入ることが多く,約90%は椎間孔内の頭側3分の1を走行する10).腰椎においてもL2–L4レベルからAdamkiewicz動脈が侵入する場合があるため,椎間孔の神経根尾側に針を挿入するKambin法の安全性が高いとされる11).椎間孔頭側への刺入を避けるためCTの三次元再構成画像によるX線透視画像のシミュレーションを行うことで,合併症のリスクを軽減できると考えられる.造影CTによるAdamliewicz動脈の事前確認もとくに左側のブロックでは検討したい.
神経圧迫のないTDHは無症候性であることが多いが,ヘルニア周囲の腹側硬膜外腔の炎症が原因と考えられる慢性軸性疼痛を呈した症例を経験した.診断的・治療的神経ブロックとして腹側硬膜外腔への局所麻酔薬・ステロイドの注入を行うことが有用であり,X線透視下の経椎間孔硬膜外ブロックは胸椎CTによる穿刺シミュレーションを併用することで安全・確実に腹側硬膜外腔へ薬液注入が可能であった.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.