日本ペインクリニック学会誌
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短報
脊髄梗塞後の両下肢灼熱痛に対し支持的精神療法および多種薬剤併用が有効であった1症例
別府 曜子滝本 佳予藤田 三千恵神崎 由莉森 梓小野 まゆ
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2021 年 28 巻 11 号 p. 239-240

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I はじめに

脊髄障害痛は種々の脊髄疾患に併発し1),脊髄障害患者の53%に伴うとされる.脊髄梗塞はまれな疾患であり,脊髄梗塞に伴う下肢灼熱痛に対する有効な治療の報告は少ない.今回脊髄梗塞後に併発した下肢灼熱痛に対して支持的精神療法および多種薬剤併用にて症状緩和につながった症例を経験したので報告する.

本症例報告を行うことについて,患者本人に説明を行い,承諾を得た.

II 症例

患 者:73歳,女性.夫と二人暮らし.

現病歴:糖尿病,高血圧,脂質代謝異常などで近医に通院していたが日常生活動作(activities of daily living:ADL)は自立していた.糖尿病は15年前から罹患しており,テネリグリプチン内服加療にて空腹時血糖は140~160 mg/dl,HbA1cは6~7%にコントロールされていた.X−4年突然両下肢脱力を自覚し,当院救急外来にて第10胸髄以下の感覚障害,膀胱直腸障害と徒手筋力テスト3レベルの両下肢対麻痺を認め,磁気共鳴画像法(MRI)にて第9胸髄以下から円錐部まで拡散強調画像で軽度の高信号を呈しており,脊髄梗塞または脊髄炎と診断された.脊髄保護療法とステロイドパルス療法を施行し,下肢の筋力低下と膀胱直腸障害は改善し3カ月後に自宅退院した.脊髄疾患発症時より徐々に下肢灼熱痛を認めた.X−2年両下肢灼熱痛の原因精査を希望し,他院神経内科にて神経伝達検査,体性感覚誘発電位などの検査と経過から脊髄梗塞後遺症によるものと診断された.対症療法としてクロナゼパム1 mg/日を投与開始し,軽度改善認めるも症状は持続した.プレガバリンとデュロキセチンは気分不良と灼熱感の増悪のため継続できなかった.カルバマゼピンは改善を認めず約1カ月で中断した.ペインクリニック科での診察を希望しX年当科を受診した.当科受診時は数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で8/10の「耐え難い灼けるような」「ざくざくと刺されるような」痛みを訴えていた.ADLは歩行器歩行可能であるが,痛みのため家事を満足に行えず,夜間不眠と集中力の低下を自覚していた.またX−4年の脊髄疾患発症時に,患者家族が診断・診療内容に不信感があり,X−2年他院で精査し診断に納得した経緯があり,根底に医療不信があることも慢性疼痛の心理社会的因子と考え,当科では患者と家族の訴えを傾聴し,入念に症状の変化を確認し,症状緩和のために薬物調整を行った.

まずミロガバリン5 mg/日,カルバマゼピン200 mg/日,加味逍遙散2.5 g/日を投与開始した.薬物内服回数を少なくしたいとの希望があり,加味逍遙散は眠前1回投与とした.1カ月後にはNRSは5に軽減した.カルバマゼピンは効果を感じにくいとの訴えがあり2カ月で中止し,ノルトリプチリン10 mgに変更した.ミロガバリンを漸増し10 mg/日まで投与可能であった.身体の冷えを伴っており,麻黄附子細辛湯5 g/日を2カ月後より投薬開始した.3カ月後にはNRSは3に,8カ月後にはNRSは2に軽減した.希望があり頻尿に対して八味地黄丸5 g/日を8カ月後より投薬開始した.初診から14カ月経過し下肢灼熱痛は夕方から晩にかけて増強するが,おおむね「たまに痛む」程度となり,疼痛を感じない日が出現するようになった.デイサービスで週3回の通所リハビリテーションと家事も可能となり,現在まで投薬を継続しNRS 2を維持している.

III 考察

脊髄障害痛の一症状として下肢灼熱感が知られる1)が,その頻度や発症機序,病態,自然経過および予後について明確に述べている報告はない.脊髄障害痛は障害部位に限局して起こるat-levelの痛みと障害部位より尾側に起こるbelow-levelの痛みとがある.at-levelの痛みは脊髄神経根,脊髄後角における神経の異常興奮が関与し,興奮性アミノ酸,Naチャネル,グリア細胞の役割が推測されている.below-levelの痛みは上位中枢における調節機能の障害によると考えられている1).自験例の下肢灼熱痛の原因として,脊髄梗塞後遺症によるat-levelとbelow-level両方の痛みが考えられた.

脊髄梗塞は比較的まれな疾患であり,その頻度は急性脊髄障害の6%,すべての脳卒中の0.3~1%程度と報告されている2).脊髄梗塞の診断は以下の5つの基準,①急性発症,②運動麻痺,感覚障害,排尿障害などの脊髄障害に伴う神経脱落症状が存在するもの,③脊髄MRIにて,拡散強調画像を参考に脊髄に病変を確認できるもの,④脊髄の圧迫所見や異常血管を示す所見が認められないもの,⑤外傷の既往がないもの,をすべて満たすものがあげられる2)

神経障害痛の治療はエビデンスに基づいた薬物療法が勧められている.第一選択薬としてはプレガバリン,ガバペンチン,三環系抗うつ薬,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬,第二選択薬としてはワクシニアウィルス接種家兎炎症皮膚抽出液,オピオイド鎮痛薬などがある3).しかしこれらの薬物を用いても治療は困難を極めることが多く,一般的に少なくとも30%への疼痛減少が認められれば,意味ある治療と考えられている.自験例ではデュロキセチンとプレガバリンは副作用のため使用できなかったが,ミロガバリンとノルトリプチリンは投与可能であった.プレガバリンが使用しにくい場合にミロガバリンが使用できる可能性がある.

神経障害痛を含む慢性痛に対して,的確な漢方を選択することで気・血・水の異常を改善し著効することがある4).本症例では心気症傾向を伴う気逆に対して加味逍遙散,温補作用と鎮痛効果のある麻黄附子細辛湯,滋潤作用と温補作用のある八味地黄丸も下肢灼熱感の改善につながったと考えた.

身体症状症の表現型である下肢灼熱感に対し支持的精神療法が有効であった報告5)があるが,自験例では治療開始3カ月後から8カ月後にかけて,薬物治療内容が不変である期間に支持的精神療法の介入にてNRSの低下を認めた.根底に医療不信があったことから支持的精神療法を心がけ,患者自身が自分の病を理解し,適応することで薬物の忍容性改善をもたらし,多種薬剤併用が奏功し症状改善につながった可能性がある.

今回,発症より4年経過した下肢灼熱痛に対して支持的精神療法および多種薬剤併用にて改善を認めた1症例を経験した.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.

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