日本ペインクリニック学会誌
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症例
高用量のオピオイドを要する難治性の旧肛門部痛に対しサドルブロックを行った1例
榊原 賢司橋本 龍也中谷 俊彦山本 花子蓼沼 佐岐齊藤 洋司
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2021 年 28 巻 2 号 p. 22-26

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Abstract

高用量のオピオイドを要する難治性の旧肛門部痛に対し有害事象を認めることなくサドルブロックを行えた1例を経験したので報告する.症例は40歳代男性.直腸がんに対し直腸切除術,人工肛門造設術後,旧肛門部痛に対し1日貼付型フェンタニル製剤40 mgで加療されていたが,numerical rating scale(NRS)8~10/10であり,痛みのコントロール目的で当院転院となった.サドルブロックを施行する予定としたが,高用量のオピオイドを用いており,サドルブロックにより急激な痛みの遮断がされることでオピオイドの相対的過量となることが懸念された.このため,オキシコドン注射液へスイッチング後,これを減量しながら20%テトラカインでサドルブロックを行った.施行直後よりNRS 0となったが,呼吸抑制などは認めなかった.その後,旧肛門部痛はNRS 5と再増悪したため神経破壊薬である15%フェノールグリセリンでもサドルブロックを行ったが,この際も有害事象は認めなかった.全経過を通し,オピオイドの相対的過量や退薬症状などの有害事象は認めず,安全に管理することができた.

I はじめに

一般に,WHOがん性痛鎮痛ラダーに従って鎮痛薬を使用することで約80%のがん性痛患者の痛みが軽減される一方,薬物療法のみでは痛みのコントロールが困難な患者も少なからず存在し,大量のオピオイドを使用している場合がある1).このような患者に神経ブロック療法を行うことでオピオイドを減量でき,QOLが改善される可能性がある1).がんによる痛みに対する神経ブロック療法にはさまざまなものがあげられるが,サドルブロックもその一つであり,肛門痛に対し良い適応となる2).しかしながら,長期オピオイド使用患者に対する急激な痛みの遮断は相対的オピオイド過量3)が危惧される一方,オピオイドの突然の休薬は退薬症状が危惧される4).したがって,このような患者への神経ブロック療法は慎重に行う必要がある.

今回,高用量のオピオイドを要する難治性の旧肛門部痛に対し,サドルブロックを行った1例を経験したので報告する.なお,本報告に関するテトラカインの適応外使用および症例報告に関して患者本人から書面による同意を得ている.

II 症例

患者は40歳代の男性.身長161.7 cm,体重67.5 kg.2年前に直腸がんの再発に対し,直腸切除術・人工肛門造設術が施行された.直腸がん以外の既往歴はない.旧肛門部痛に対し1日貼付型フェンタニル製剤(transdermal fentanyl:TF)40 mg/日と,頓用薬としてフェンタニル舌下錠400 µg/回で加療されていたが,numerical rating scale(NRS)8~10/10であり,痛みのコントロール目的で当院転院となった.

III 入院後経過

肛門部には4×5 cm大の腫瘍が露出していた(図1).痛みはこの腫瘍露出部で最も強く,NRS 8~10であった.当院入院時には自力での歩行や排尿が可能であったため,これらの機能を維持するために本人,家族に文書を用いて説明し同意を得たうえで高濃度テトラカインを用いたサドルブロックを行う予定とした.この時点で高用量のオピオイドを用いており,速やかな鎮痛によるオピオイドの相対的過量を懸念し,まずはオキシコドン注射液持続静注(oxycodone injection:OXJ)へスイッチングを行った(図2).この結果,入院8日後までにTF 40 mg/日を等鎮痛力価の約半分の量に相当するOXJ 320 mg/日にスイッチングできた.このうえで入院9日後にOXJをサドルブロック施行30分前より120 mg/日に減量し,まずはサドルブロックの効果判定と,サドルブロックの効果発現時における相対的オピオイド過量発生の有無やその程度を予測するためテストブロックとして高比重ブピバカイン0.6 mlを投与した.オピオイドの相対的過量となることを懸念し,酸素投与下に気道・呼吸管理が速やかに行える体制で施行した.また,オピオイド拮抗薬であるナロキソンを準備したうえで施行した.穿刺はL5/Sから坐位で行った.サドルブロック施行直後よりNRS 0となった.一方で呼吸抑制や鎮静作用などのオピオイドの相対的過量に伴う副作用は認めなかった.その後,高比重ブピバカインの効果消失に伴い痛みも再燃したため,OXJを320 mg/日まで漸増した.入院10日後にOXJをサドルブロック施行30分前より減量し,5%ブドウ糖液で溶解した20%テトラカイン0.4 mlでサドルブロックを行った.この際もサドルブロック施行直後よりNRS 0となったが,オピオイドの相対的過量に伴う副作用は認めなかった.NRS 0ではあったが,退薬症状を懸念しOXJの投与量は変更しなかった.翌日から肛門の周囲や奥側で痛みが再増悪したため,入院14日後に再度サドルブロックを行った.この際も同様にOXJを調節しながら施行した.この間にも腫瘍は急速に増大し(図1),腫瘍の圧迫による腎後性腎不全となったため入院15日後に腎瘻を造設した.また,全身状態悪化に伴い歩行困難となった.その後もNRS 5程度の痛みが続いており,入院24,28日後にそれぞれ15%フェノールグリセリン0.4 ml,0.45 mlを用いてサドルブロックを施行した.NRSは5のままではあったが,OXJの投与量はさらに減量することができた.cold testやpin prick testではS3以下の領域は知覚遮断されており,肛門の腫瘍露出部に関しては痛みがないことからサドルブロックによる鎮痛効果は旧肛門部痛に対しては有効と判断した.しかし,痛みの部位が徐々に腹部の腫瘍穿破部や骨盤部,腹腔内に広がっており,サドルブロックのみでの除痛は困難と判断した.上下腹神経ブロックなどの他のブロックも検討したが腫瘍の増大により穿刺不可能であった.オピオイドのくも膜下持続投与に関しても検討を行ったが,今後どこまで継続できるか疑問であったこと,痛み自体もNRS 10から5程度と軽減しており,内服薬によりある程度コントロールがついていたことから施行しなかった.OXJはこの時点で60 mg/日であった.これをオキシコドン徐放剤(oxycodone extended release:OER)80 mg/日に変更し,入院32日後に本人が希望するもともと入院していた近医へ転院となった(図3).

図1

CT画像

1)直腸から膀胱にかけて腫瘍を認め,肛門部に腫瘍の露出を認める.

2)腫瘍は入院時に比べ増大し,腹部の播種病変は皮膚まで到達している.

図2

サドルブロック施行までのオピオイドスイッチングの推移

サドルブロックを施行する前に,オピオイドは調節性のよい注射薬へスイッチングを行った.TFは等鎮痛力価の約半分量のOXJにスイッチングすることができた.

図3

サドルブロックとオピオイド投与量の推移

サドルブロックによりOXJを減量することができたが,腫瘍の増大によりサドルブロックのみでの除痛は困難と判断した.最終的にOERへ変更し,転院となった.

IV 考察

本症例のような痛みのコントロールが困難な旧肛門部痛に対して,サドルブロックは非常に良い適応となる5).ただし,サドルブロックには合併症として膀胱直腸障害や下肢運動障害の可能性があるため当初は20%テトラカインを用いてサドルブロックを行った6).高濃度のテトラカインはミエリン鞘,シュワン細胞,および軸索を損傷し,これにより長期間鎮痛作用をきたすが,これは可逆的なものであるため神経破壊薬と比べると膀胱直腸障害や下肢運動障害の持続性は低いと考えられている6).本症例でも排尿困難や下肢運動障害を認めず,S3以下の領域は知覚遮断が得られ,施行直後よりNRS 0となった.しかしながら,施行翌日より肛門の周囲や奥側でNRS 5の痛みが出現した.テトラカイン製剤の限界を考慮し,永続的な効果が期待できるフェノールグリセリンによるサドルブロックを施行したが,その結果として痛みはNRS 5と残存した.また,投与量を0.4 mlから0.45 mlに増量することで効果が得られることを期待し,フェノールグリセリンの投与量を増やして再度施行したがこちらも痛みは著変なくNRS 5のままであった.これは痛みの範囲が腫瘍の増大に伴い当初の腫瘍露出部のみから腹部の腫瘍穿破部や骨盤部,腹腔内と拡大していたためであり,サドルブロックのみでこれらすべての除痛は困難と判断した.ただし,当初から痛みがあった肛門の腫瘍露出部に関しては痛みがなく,全体としてもNRS 10から5へと当初と比べ減弱したこと,オピオイド投与量も減量できたことからサドルブロックは本症例の旧肛門部痛に関しては有用であったと考えている.

本症例においてサドルブロックを施行するうえでの最大の問題点としては,長期間にわたり高用量のオピオイドを使用していることである.痛みはオピオイドに対し拮抗的に作用するため,がん患者では高用量のオピオイドを使用しても呼吸抑制をきたしにくいとされている7).このような患者に急激な痛みの遮断が行われた場合,相対的オピオイド過量を引き起こす可能性がある3).一方で,オピオイドの急激な減量や休薬は退薬症状をきたす可能性がある8).本来はこの退薬症状を避けるため,オピオイドの減量は緩徐に行っていく必要があると考えられるが,本症例ではサドルブロックによる痛みの遮断に合わせてオピオイドの減量を行わなければ相対的オピオイド過量となってしまうことが危惧された.以上のことから,本症例は相対的オピオイド過量と退薬症状のどちらも生じる可能性のある状態であった.この状況に対処するため,貼付薬から調節性に優れた注射薬へスイッチングを行うことでどちらの場合でも早急に薬剤調節が可能となると判断した.さらに,サドルブロック施行時にはオピオイドの相対的過量による呼吸抑制に備え,OXJを減量し,ナロキソンを準備したうえで酸素投与を行いながら,気道・呼吸管理が行える体制で施行した.本症例では複数回のサドルブロックを行ったが,そのいずれでも相対的オピオイド過量と退薬症状のどちらも生じることなく管理することができた.最終的にオピオイドの投与量を減らし,痛みの強さも減弱することができたため,本人の希望する医療施設へ転院をすることができた.

V 結語

高用量のオピオイドを要する難治性の旧肛門部痛に対し,有害事象を認めることなくサドルブロックを行った1例を経験した.難治性の旧肛門部痛に対し,サドルブロックは有用である一方,高用量のオピオイド使用患者の場合,サドルブロックを行う際にオピオイドの相対的過量と退薬症状の双方に注意を払う必要がある.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.

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