2021 年 28 巻 3 号 p. 27-30
オピオイド鎮痛薬の突然の中止,急速な減量などにより退薬症状が発生する.オキシコドンを慎重に減量したにもかかわらず,退薬症状が発生した1症例を報告する.症例は64歳,女性.外陰部有棘細胞がん,外腸骨リンパ節転移に対し放射線療法を施行後,会陰に難治性潰瘍が出現した.疼痛コントロール目的に当科紹介後,オキシコドンを導入し,痛みに合わせオキシコドン徐放錠を180 mg/日まで増量した.高気圧酸素治療による潰瘍改善およびプレガバリン導入により,痛み症状の改善を認めたため,慎重にオキシコドンの減量を開始した.8カ月後オキシコドン徐放錠20 mg/日を中止した.数日後,下痢や身の置き所がないという訴えと不眠が出現し,それらに対しオキシコドン速放製剤5 mgを使用していた.オピオイドの退薬症状であることを患者に説明し,スボレキサントや整腸剤による対症療法でオピオイドの再投与を行わずに症状改善した.退薬症状出現予防のためにはオピオイド投与期間をより短くする工夫と,中止直前には低用量製剤を利用したより細かな減量が必要であったと考える.また退薬症状に対して対症的に薬物治療を施行する場合は,依存性の少ない薬物を選択することも検討すべきである.
オピオイド鎮痛薬の身体依存とは,オピオイド鎮痛薬の突然の中止,急速な減量,血中濃度低下,および拮抗薬投与により,その薬物に特有の退薬症状が生じることにより明らかにされる,身体のオピオイド鎮痛薬に対する生理的順応状態である1).退薬症状は発熱や鼻漏などの感冒類似症状などの自律神経症状や,不安や不眠などの精神症状がある1).
今回,オキシコドンを一般的な目安と比べ慎重に減量したにもかかわらず,終了した数日後に退薬症状が発生した1症例を経験したので報告する.なお本症例報告について,患者本人から文書で同意を得ている.
64歳,女性.身長158 cm,体重55 kg.外陰部有棘細胞がん,外腸骨リンパ節転移に対し化学放射線療法を施行後,会陰に難治性潰瘍が出現した.この潰瘍による会陰部痛に対して,疼痛コントロール目的に当科受診となった.治療の経過を図1に示す.初診時の痛みは,安静時NRS 4/10程度で,とくに座位・排尿時に潰瘍の圧迫や刺激に伴う痛みがNRS 8/10と強かった.各種鎮痛薬で治療したが効果不十分で強オピオイドへの切り替えが必要と判断し,オキシコドン徐放錠およびレスキュー薬剤としてオキシコドン速放製剤を開始した.3カ月後,潰瘍の治療および疼痛コントロール目的に入院し,高気圧酸素治療(30回)を開始した.入院中にオキシコドン徐放錠を180 mg/日およびオキシコドン速放製剤30 mg/回まで増量したが,その後痛みは安静時NRS 3~4/10まで軽快し,レスキュー使用も10~11回/日から5~6回/日まで減少した.高気圧酸素治療施行中に潰瘍改善に伴い,排尿時痛が軽快し,痛みの性状も以前は潰瘍表面の鋭い痛みであったものが,鈍痛に変化した.本人からは「外陰部の少し深い部分で石のように固く響く痛みが強くなっている」という訴えがあった.鈍痛はNRS 3~5/10の持続的な痛みで座位にて増悪した.また入院中に撮影したCTにて両側外腸骨リンパ節,右外腸骨リンパ節,両側鼠径リンパ節の増大,外陰部に液体貯留の所見を認め,これらの病変が両側の陰部大腿神経陰部枝や腸骨鼠径神経や,より末梢の感覚神経を圧迫したことにより,外陰部に神経障害性疼痛が出現したと考え,アミトリプチリン,プレガバリンを導入した.とくにプレガバリン導入後に痛み症状の改善を認め,安静時NRS 2/10程度でレスキュー使用2~3回/日となった.また円座の導入で座位時の痛みが軽快した.高気圧酸素治療の効果で外陰部の潰瘍が改善傾向を認め,急性痛要素が減ったことと,神経障害性疼痛要素に対するプレガバリン投与が奏効したことが痛み症状改善の要因であると考えた.症状改善を認めたため,高気圧酸素治療30回終了後退院した.退院後は1回/月で受診してもらい,安静時の痛みがNRS 1~2になるように薬剤を調整した.初診から6カ月後,痛み症状の改善を認め,日中の眠気が出現したため,慎重にオキシコドン徐放錠180 mg/日の減量を開始した.オキシコドン徐放錠は1回につき20~40 mg/日ずつを2~3カ月かけて減量,80 mg/日以降は1回に20 mg/日ずつ1カ月かけてゆっくり減量した.眠気症状は減量中改善傾向であった.14カ月後オキシコドン徐放錠20 mg/日を中止した.数日後,日中の眠気はなくなったが,下痢や身の置き所がないという訴えと不眠が出現した.本人から身の置き所がなくなりオキシコドン速放製剤5 mgを使用するとその症状が改善する,また眠るためにオキシコドン速放製剤を使用しているとの申告があった.使用頻度は2~3回/日であった.オキシコドン徐放錠減量中や中止後に肝機能,腎機能の増悪はなかった.オピオイドの退薬症状であることを患者に説明し,不眠に対しスボレキサントを処方し,下痢に対し整腸剤(酪酸菌製剤錠3 T/日)を処方した.不眠についてはスボレキサント内服直後より症状改善を認め,他の症状についても2週間程度で改善を認めた.よく退薬症状について理解されており,説明後にオキシコドン速放製剤の使用はなくなった.
外陰部痛に対する治療経過
本症例では,オキシコドン終了数日後での不眠や身の置き所のなさといった症状が発生したことと,その症状が自己判断で内服したオキシコドン速放製剤内服で改善していたことからオピオイドの退薬症状が出現していると診断した.退薬症状の治療としては,経口投与していた際はオピオイドの速放製剤の内服,非経口投与ではオピオイドの静注が妥当とされる.また今回は患者への説明や他の薬物による対症療法を行うことで,オピオイドの再投与を行わずに対処することができた.
退薬症状の原因としては,オピオイド投与の突然の中止や減量などによる急速な血中濃度の低下によるが,オピオイドの減量方法について明確な指針は確立されていない.本症例のオピオイド減量では,長い期間をかけ減量しオキシコドン徐放錠20 mg/日と低用量から中止したにもかかわらず退薬症候が出現した.オピオイド用量が少なくなってきた場合は,一般的な目安よりも慎重に減量すべきとする報告がある2).本症例ではオキシコドン20 mg/日から中止した段階で退薬症候が出現した.また患者の自己判断で内服したオキシコドン速放製剤15 mg/日で結果的にはより低用量のオピオイドを用いた投与量漸減となり,退薬症状が改善した.以上よりオキシコドン徐放錠5 mg製剤を利用して10 mg/日への減量や,さらに5 mg製剤を1日1回内服するなどの工夫が必要であったと考えられる.
本症例はオキシコドンの投与期間が13カ月と長期になったことで,退薬症状が生じた可能性がある.本症例は主診療科の受診スケジュールに合わせて月に1度の外来診療でオピオイドを減量していったが,受診間隔を短くして減量を行うことで退薬症状出現を防げた可能性がある.
今回オピオイド退薬症状としての不眠に対してスボレキサントを処方した.スボレキサントはオレキシン受容体拮抗薬として作用する睡眠薬であり,他の睡眠薬と比べて依存性が非常に少ないことが知られている3).また本症例はスボレキサント開始から2週間でオピオイド退薬症状が改善した.退薬症状は中枢神経系に作用する薬物を反復的に摂取し,身体依存が形成された時に,その薬物を断つことにより現れると定義される1).当初退薬症状は対症療法と説明のみでは改善することは困難かもしれないと考えていたが,痛みに関しては神経障害性疼痛治療薬でコントロール可能であると考えたため,オピオイドの再投与は避けたいと考え,対症療法を選択した.動物実験データではあるが覚醒や意欲,ストレスなどの調節に関与するオレキシン受容体はオピオイド依存形成に関与し4),スボレキサントはオピオイド依存の治療に効果的であるという総説もあり5),オピオイド退薬症状の原因治療としても有意義であった可能性がある.
今回オピオイドの身体依存に伴う退薬症状が生じたが,他剤による対処療法で症状の改善が得られた症例を経験した.本症例はオピオイド投与中患者に対する痛みの軽減や消失に際し,オピオイドの身体依存に対応しながらオピオイドの減量・中止を行い,痛みとオピオイドのバランスを保ちながら精神依存が生じないような対処が重要と考える.退薬症状出現予防のためにはオピオイド投与期間を短くする工夫と,中止直前には低用量製剤を利用したより細かな減量が必要であると考えられる.退薬症状が出現した際には,丁寧に説明すること,また退薬症状に対して薬物治療を施行するのであれば依存性の少ない薬剤を選択することも検討すべきである.
この論文の要旨は,日本臨床麻酔学会第39回大会(2019年11月,軽井沢)において発表した.