帯状疱疹に合併する運動神経障害は比較的まれであるがADL障害が問題となり,注意が必要である.今回,保存療法を行って運動障害が改善した帯状疱疹後神経痛の症例を報告する.患者は60代男性.潰瘍性大腸炎に対して免疫抑制療法中に帯状疱疹を発症した.抗ウイルス薬の静脈投与に加え,痛みの治療にアセトアミノフェン,プレガバリン,ノイロトロピン®を使用されたが,効果不十分で発症から5カ月後にペインクリニックに紹介された.初診時に左C7からT3領域に色素沈着とアロディニア,左肩関節外転運動障害と左握力低下を認めた.デュロキセチン,光線療法を追加し,自宅でのリハビリテーションを奨励した.初診から7カ月で握力はほぼ回復した.
帯状疱疹(herpes zoster:HZ)による運動神経障害(segmental zoster paresis:SZP)は比較的まれな合併症である.SZPは,帯状疱疹に罹患する部位を中心に現れるため,顔面や体幹,四肢のいずれにも発症しうる.
運動神経障害は1~2年かけて5~7割の症例で十分な回復をみる1,2)が,四肢の運動障害はADLに及ぼす影響が大きい.
今回,帯状疱疹後神経痛で上肢の運動神経障害を認めたが,薬物療法を主体とした保存療法によって復職できる程度まで回復した症例を報告する.今回の報告は,患者本人から書面による承諾を得ている.
患者は60歳代男性で,潰瘍性大腸炎の既往があり1年前から消化器内科で加療していた.5–アミノサリチル酸,血球成分除去療法にプレドニゾロン(PSL)40 mg/日,TNFα阻害薬を追加して寛解し,PSLを減量したが,5カ月前に左前胸部から背部にかけて皮疹が出現し,5日後に皮膚科に紹介となり帯状疱疹と診断された.直ちにアシクロビル750 mg/日の経静脈投与を7日間行われた.帯状疱疹痛に対してアセトアミノフェン1,600 mg/日,プレガバリン50 mg/日,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液16単位/日,ロキソプロフェン60 mg頓用を開始し,痛みはいったん軽快したが,再増悪したため2週間おきにプレガバリン100 mg/日,150 mg/日と増量した.その後は視覚的評価尺度(visual analogue scale:VAS,0~100 mm)で50 mm程度の痛みが遷延し,HZ発症から5カ月後にペインクリニックに紹介された.
初診時の身体所見では,左C7~T3領域に色素沈着とアロディニア(図1),筆の擦過による自己申告で健側を10とした場合,患側2~3程度の知覚鈍麻を認めた.初診時には消失していたが,HZ発症早期にはC6の部位にも1カ所皮疹があった.痛みはVASで32~70 mmで左腋窩部を中心にアロディニアと体動時の電撃痛があり,左肩関節の外転・屈曲障害を認めた.HZ発症時には,体動時痛のため歩行時の自然な上肢振子運動ができず,手指屈曲時の筋力はMMT 3程度であった.発症から5カ月経った初診時は自覚的な筋力は改善していたが,左肩関節の外転は90度まで,握力は右(健側)23 kg,左(患側)10 kgだった.HZ罹患後は休職を余儀なくされていたが,自宅では可能な範囲で積極的に患肢を動かしていた.気分の落ち込みはなく,診察中もおおむね活発で多弁な印象で,抑うつ傾向は認めなかった.
初診時の皮膚所見とアロディニアの範囲(点線内)
発症から5カ月を経過しており,皮膚の炎症所見はなく,他に左上肢の運動障害をきたす外傷や頸椎疾患を疑う所見がなかったことから,免疫抑制状態で発症した重症HZに運動障害を伴った帯状疱疹後神経痛(PHN)と診断した.治療方針として,潰瘍性大腸炎によりTNFα阻害薬の内服を継続する必要があり,易感染性は避けられず,すでにPHNに移行しておりブロックによる効果は限定的になると考えて,薬物療法を選択した.皮膚科処方のプレガバリン150 mg,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液16単位,アセトアミノフェン800 mgを継続し,デュロキセチン20 mg/日と光線療法を追加し,持続痛の軽減をはかった.照射部位は痛みの強かった左上腕とした.運動障害に対しては,初診時に筋萎縮や拘縮は認めず,自宅でも積極的に患肢を動かしており,そのまま自己でのリハビリテーション継続を奨励して経過を見た.
初診から28日目にデュロキセチンを40 mg/日に増量したところ,56日目の痛みはVASで25~67 mmとなり,肩関節の挙上動作が可能になった.98日目に痛みはVASで0~47 mmと改善傾向となり,プレガバリンを100 mg/日に,180日目に50 mg/日に減量した.210日目の痛みはVASで0~22 mmとなった.一方,手指の筋力低下に対しては定期的に握力を測定した.初診から98日前後で手指筋力はMMT 4程度となった.握力は126日目に右20 kg左17 kg,210日目に右22.5 kg左20 kgとなった.その後も外来で保存的加療を続け,初診から約14カ月で非常勤ながら職場復帰を果たした.経過を図2に示す.
臨床経過
今回われわれは運動神経障害と痛みで運動障害が起こった症例の治療を経験した.HZによる運動神経障害は発症から5カ月の初診時点でも著明な握力の低下に現れており,回復までに発症から約1年を要した.一方,肩関節の外転障害は,デュロキセチンを増量した後,痛みが軽減したころから改善しており,痛みが運動障害と関連していた可能性がある.
104例の上下肢のSZPについて調査したMerchutらの報告では,帯状疱疹患者の3~5%がSZPを発症し,そのうち75%は発症から1~2年以内に運動機能の回復がみられた1).頭部と上下肢のHZ 158例を前向きに調査したMondelliらの報告では,全体の19%にSZPを合併し,11~16カ月のフォロー期間中に55%で麻痺が改善もしくは消失した2).
SZPの発症に影響する因子として,Mondelliらの報告では,十分量のアシクロビルやバラシクロビルを皮疹出現から72時間以内に経口投与開始し,少なくとも7日間継続した患者ではSZPの発症率が減り,運動感覚神経線維の電気生理学的変化の程度が軽減した2).また,加齢はSZPやPHNの発症と関連していたが,悪性腫瘍や免疫抑制状態,糖尿病の存在はこれらの合併症と関連がなかった2).したがって,本症例のように免疫抑制状態で発症した重症HZでSZPを合併しても,抗ウイルス療法を適切に行えば運動機能を回復しやすくなる可能性がある.一方で,高齢者ではより厳重な警戒をもって治療にあたる必要があろう.
本症例で初診時にみられた肩関節外転障害の責任脊髄神経分節はC5,C6と考えられるが,初診時の視診では,皮疹の色素沈着はC7~T3のデルマトームにみられた.患者によれば,HZ発症初期にC6のデルマトームと思われる部位に一つだけ皮疹があったが,初診時にC5やC6のデルマトームに皮疹の痕はみられなかった.経過を振り返ると,痛みが軽減した時期と肩関節の挙上が可能になった時期が一致することから,T1やT2のデルマトームである腋窩部の体動時痛によって,肩の外転運動が障害されたと考えられる.一方,これまでにも運動神経障害が皮疹のデルマトームから想定される脊髄分節の範囲を超えて出現した報告がある2,3).Mondelliらの報告では,上下肢のSZPの35%で,運動障害がHZの皮疹のデルマトームから想定される範囲を超えていた2)が,その機序は明らかにされていない.Cockerellらは,HZの皮疹が右C5~C7のデルマトームに出現した後右上肢全体の筋力が低下し,運動障害が尺骨神経の支配筋にも及んだがその後回復した例を報告した3).この症例では電気生理学的検査によって腕神経叢炎の存在が示唆されている3).Cockerellらの症例で,運動障害が皮疹のデルマトームから想定される脊髄分節より広範囲に及んだ原因として,HZウイルスによる腕神経叢炎がC8~T1由来である尺骨神経領域の麻痺を引き起こしたと考えると説明がつく.本症例では,患者の記憶ではHZの急性期にC6部位にもわずかに皮疹がみられたことから,C6線維の炎症は多少なりとも存在したと考えられる.また,もし腕神経叢にも炎症が及んだとすれば,Cockerellらの症例と同様の機序で肩甲上神経や腋窩神経の運動障害が生じた可能性もある.本症例では電気生理学的検査は行われていないが,運動障害の発症時に電気生理学的検査を行うことは,今後検討すべきであろう.本症例では,体動時に腋窩部に電撃痛があったこと,鎮痛により肩関節の可動域が回復した経過から,アロディニアを伴う体動時痛が外転障害の主要因になったと考えた.痛みにより可動域制限が生じることはまれではなく,適切な鎮痛を行うことは重要と考える.
本症例では,PHNの痛みに対して前医で投与されていたプレガバリン,アセトアミノフェン,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液に,デュロキセチンと光線療法を加えた.デュロキセチンはノルアドレナリン,セロトニンの再取り込み阻害作用により下行性痛覚抑制系を賦活する.潰瘍性大腸炎があり,デュロキセチンの副作用である消化器症状が強く出て内服中止となる懸念から,少量で開始し徐々に増量することにより鎮痛効果を得た時点で維持量とした.トラマドールは神経障害痛治療で第二選択薬であり,投与期間や患者選択を限定すべきこと,副作用である便秘の懸念から,本症例では使用しなかった.光線療法は,知覚神経線維の抑制作用,微小血管の拡張を起こして血流を改善させる作用,交感神経のブロック作用があると考えられる4).本症例では施行できなかったが,神経ブロックは痛みを改善することでリハビリテーションを行いやすくなる可能性がある5).
SZPの治療としては上記に述べた抗ウイルス療法の他,リハビリテーション6),ステロイド7)などの報告がある.リハビリテーションは筋の萎縮と拘縮予防,筋力回復のために重要で,鎮痛と並行して行うことで可動域を改善する効果が期待される.ステロイドの運動障害改善効果は明確ではないが,抗炎症作用や初期の痛みを軽減する効果があり,多くのSZP症例で使用されているようである7).
長期にわたる運動障害を伴った帯状疱疹後神経痛の1例を経験した.薬物療法による鎮痛とリハビリテーションにより,徐々に筋力は回復した.帯状疱疹に合併する運動神経障害はADLへの影響が大きく,慎重に経過を観察する必要がある.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.