日本ペインクリニック学会誌
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学会・研究会
日本ペインクリニック学会 第1回北海道支部学術集会
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2021 年 28 巻 7 号 p. 155-160

詳細

WEB開催:2020年12月1日(火)~2021年3月31日(水)

会 長:赤間保之(旭川ペインクリニック病院ペイン・リハビリセンター長)

■一般演題

1. γアミノ酪酸の産生を亢進させるアデノ随伴ウイルスベクターの作成

神田 恵*1 小山恭平*2 河村あさみ*1 川田友美*1 川田大輔*3 奥田勝博*4 神田浩嗣*1

*1旭川医科大学麻酔・蘇生学講座,*2旭川医科大学外科学講座心臓大血管外科学分野,*3旭川医科大学救急医学講座,*4旭川医科大学法医学講座

【背景/目的】神経障害性疼痛モデルにおいてγアミノ酪酸(GABA)作動性抑制系が減弱していることから,GABAの回復は疼痛治療に効果がある可能性がある.本研究では,GABAの合成酵素であるGAD1遺伝子を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを作成し,ラット初代培養脳細胞におけるGABA産生への影響を調査した.本研究は,旭川医科大学の動物実験に関する規程と遺伝子組換え実験安全管理規程に基づき,動物実験委員会および遺伝子組換え実験安全委員会の承認を得て実施した.

【方法】緑色蛍光タンパク質(GFP)もしくはグルタミン酸デカルボキシラーゼ1(GAD1)を,サイトメガロウイルス(CMV),シナプシンI(SYN)またはCMVエンハンサー融合SYN(E/SYN)プロモーター制御下で発現するAAVベクターを作成した.妊娠17日目のラット胎児から脳細胞の初代培養を確立し,免疫染色により神経細胞の純度を確認した.次に,AAVベクターをラット初代培養脳細胞に投与し,48時間後に導入遺伝子の発現をqPCRで,培養液へ含まれるGABA量を質量分析法により定量した.

【結果】ラット初代培養脳細胞において,神経細胞の純度(TuJ-1陽性細胞率)は86.9%であった.GAD1を発現するAAVベクター(AAV-CMV-GAD1,AAV-SYN-GAD1,AAV-E/SYN-GAD1)の投与は,コントロールベクター(AAV-GFP-CMV)と比較してラット初代培養脳細胞におけるGAD1遺伝子発現を優位に増加させた.また,培養液中に含まれるGABA量はそれぞれ3,623.5 ng/ml,2,563.7 ng/ml,3,083.8 ng/mlであり,コントロール(67.6 ng/ml)のものと比較して著しく上昇していた.

【結語】AAVベクターを用いたGAD1遺伝子の導入は,ラット初代培養脳細胞のGABA産生を促進した.

2. インカム(無線機)がペインクリニック外来の効率を改善させる一助となる

今井祐介

いまいペインクリニック痛みの診療所

ペインクリニック外来の診療は,他科とは違う特徴がある.診察室での通常診療の他,ベッドの並んだ処置室での各種ブロック,レントゲン室での透視下ブロックといったように診察室,処置室,透視室を行ったり来たり,常に動き回っている.開業医ともなると一層その傾向が強くなり,患者が増えるほどに診療は煩雑化する.放射線技師がいない施設ではレントゲン撮影まで受け持たねばならず,もはや次に何をすれば良いのか右往左往することもしばしばである.

そこで当院では業務改善を目的にintercommunication system(以下,インカム)を導入することにした.インカムとは簡単に言うと,ヘッドセットの付いたトランシーバー.イベントのスタッフや大手ハンバーガーショップでも使用されている.当院では免許や資格が必要なく簡便に使用できるJVCケンウッド製UBZ-M31(特定小電力トランシーバー)を採用した.インカムには音声の受診と送信という2つの機能しかない.操作が必要なのは声を送りたい時のみ,胸元の小さなボタンを押しながら話すことで,全員に話を伝えることができる.ワンプッシュでスタッフ全員が情報を共有できることは大きな利点である.当院で使用して1年になるが,今ではインカムのない診療には戻れない感さえある.電子カルテを見ながら椅子に座り「〇〇さん診察室にお願いします」と受付に伝え患者を呼ぶ.透視下ブロックが終わり患者とともに部屋から出る際にはインカムに声が届く「次は〇〇さんルートです」プロテクターを脱ぐべきかどうか悩まずに済むだけでなく,スタッフ全員が進捗状況を把握できる.大きな声でスタッフを呼んだり,逆に呼ばれたりすることが無くなり,患者も静かに安静時間をすごせるようになったと思われる.

医療現場において情報共有は重要である.インカムはコミュニケーションツールとして診療業務の効率化に有用である.

3. 治療に難渋した視床痛患者に対してドラッグチャレンジテストによる治療薬の決定が有効であった1症例

菅原亜美 佐藤 泉 神田 恵 小野寺美子 神田浩嗣

旭川医科大学麻酔・蘇生学講座

【緒言】ドラッグチャレンジングテスト(DCT)は鎮痛作用を有する薬剤を少量ずつ静注し,痛みの原因となる機序を推察し,治療法を選択する方法である.視床痛の患者に対してDCTを行い,有効な鎮痛薬が判明した症例を報告する.

【症例】60代男性,右視床梗塞に伴う視床痛のため,当院脳神経外科にて神経刺激装置挿入術を施行されたが,鎮痛効果が得られず,定位的右視床破壊術(ST)を行う予定であった.STを行うまでの間,内服治療のため,X年当科紹介初診となった.左顔面から頭頂部にかけて焼けるような痛みがあり,外耳道に電撃痛があった(VAS 70).プレガバリン100 mg/日,デュロキセチン20 mg/日,五苓散を処方した.その後内服量を適宜増加し,脳神経外科にてSTを施行され,治療効果が得られ,当科が処方していた内服薬は中止した.X+1年に視床痛の増悪を認め,当科再診した.プレガバリン100 mg/日,デュロキセチン20 mg/日,五苓散を処方した.プレガバリン,デュロキセチンの内服量を適宜増量し,浅頚神経叢ブロックを施行するなどしたが,痛みが緩和されなかったため,X+2年DCTを行った.

まずリドカイン(Li)テストを行った.Li 1 mg/kgを静脈内単回投与(IV)した後,Li 1 mg/kgを生理食塩水(NS)100 mlに溶解し,30分かけて点滴静注した.VASは変化なかった.翌週,チアミラール(T)を用いたバルビツレートテストを行った.NSを2回IVした時はVASに変化はなかったが,T 25 mgを2回IVしたところ,顔のVASは約14%減少し,外耳道のVASは25%減少した.バルビツレートが有効であると判断し,フェノバルビタール散(Phe)10%25 mgの経口投与を開始した.治療開始後VAS 40と鎮痛効果が得られたが,禁酒できず肝酵素上昇がみられた.消化器内科受診し,ウルソデオキシコール酸を処方され,Pheを中止した.その後,肝酵素の改善がみられ,フェノバルビタール散の内服を再開し,血中濃度測定を行い適宜増減した.X+5年Pheの内服を中止したが,痛みの増強なく,当科終診となった.

【結語】今回,難治性視床痛患者に対してDCTによりTが有用であると判断し,Phe内服による治療が有効であった症例を経験した.

4. 硬膜外カテーテル切断残存後,硬膜外異物除去に成功した1例

福井康人

南部徳洲会病院

18歳,男性,168 cm,90 kg.生来健康な患者の予定手術である左半月板縫合に対し,全身麻酔に持続硬膜外麻酔を併用して麻酔管理を行った.術中,術後の麻酔,鎮痛の主軸を持続硬膜外麻酔として管理するため,硬膜外へのカテーテル挿入をL3/4から正中法で行った.18G硬膜外Tuohy針を使用し,抵抗消失法により深さ8 cmで硬膜外腔へ到達した.穿刺時にはとくに抵抗を認めなかった.続いて,カテーテルを挿入した際に普段に比較してわずかな抵抗を触知していた.頭側5 cmに留置するため,穿刺針の後端でカテーテルの目盛が15 cm程度まで挿入した際,挿入に強い抵抗を触知した.神経刺激症状は認めなかったが施行者は違和感を覚えたため,いったん,針ごとカテーテルの抜去を試みたがやや強い抵抗を感じた.患者の体動で腹側に屈曲した脊椎がわずかに背側へ伸展したためと考えられたので,可能な限り元の態勢を取らせて再度,針ごと抜去を試みた.抜去時にわずかに抵抗があったため,慎重に針ごとカテーテルを抜去した.カテーテルを確認すると,先端から5 cmがすでに切断された状態で,体内へ残存していると考えられた.その後,麻酔担当医,主治医,院内医療安全のスタッフと合同で協議し,単純CTを施行し,再構築した3Dモデルを用いて,残存カテーテルの位置を特定した.家族に経緯を説明し,硬膜外異物除去手術を同日行った.結果として,残存したカテーテルは硬膜外の腹側に位置しており,背側からアプローチする脊椎の手術では見つけにくい位置にあったが異物摘出に成功した.

【考察】施行麻酔科医は抵抗消失法で硬膜外腔を同定し,カテーテルを挿入したが,挿入した場所が必ずしも硬膜外腔と言い切ることはできない.したがって異物除去目的の脊椎手術を行うかどうかは慎重に検討しなければならないと考える.場合によっては脊髄造影,硬膜外造影を行い,どの位置に残存カテーテルが存在するかを理学的,画像的に検討し,総合的に同定することで異物除去術を成功に導けるかが決まるのではないかと考えられる.

5. 開胸術後急性期の背部痛に術中体位による筋・筋膜性疼痛症候群の関与が考えられた1症例

藤井知昭 前田洋典 三浦基嗣 長谷徹太郎 敦賀健吉 森本裕二

北海道大学病院麻酔科

【症例】60歳台男性.右悪性胸膜中皮腫の診断で肺剥皮術・横隔膜合併切除術・心膜合併切除術を受けた.手術時間は8時間,麻酔は硬膜外麻酔併用全身麻酔で麻酔時間は9時間59分であった.術後鎮痛として硬膜外持続鎮痛とフェンタニル持続静注を行っていたが,術後4日目にそれらを中止したところ痛みが悪化し,術後5日目に当科を受診した.

【経過】痛みの部位は創部やや尾側の右脊柱起立筋であり,頚部前屈により痛みは増強した.その他,右肩甲挙筋,右小円筋,右前鋸筋に圧痛点を認めた.痛みに伴い,右上肢の外転挙上制限と体幹の左回旋制限を認めた.圧痛点に対して順次超音波ガイド下fasciaリリースを行ったところ痛みは改善傾向となり,計3回のfasciaリリースにより圧痛は消失し可動域制限も改善した.鎮痛薬としてトラマドール塩酸塩徐放錠を追加したが,退院時には中止可能となり当科終診となった.

【考察】開胸手術後には肋間神経損傷による神経障害性疼痛を発症することがあるが,本症例では否定的であった.一方,胸膜剥皮術は長時間手術であり,術中体位による合併症の発生が懸念される.本症例の術中体位は左側臥位,右上肢外転挙上位であった.90°以上の上肢外転挙上により同側の肩甲胸郭関節の拮抗筋が伸張される.また,側臥位の手術では腋窩枕が用いられるが,それにより体幹部は左側屈を強制され右脊柱起立筋が伸張される.本症例では,右脊柱起立筋・肩甲挙筋・小円筋・前鋸筋に圧痛を認め,術中体位により上記筋群が長時間伸張された結果,筋・筋膜性疼痛症候群を発症したと考えられた.

【結語】開胸術後急性期の背部痛に術中体位による筋・筋膜性疼痛症候群の関与が考えられた1症例を経験した.

6. シャント閉鎖術後も残存する透析アクセス関連スチール症候群に星状神経節ブロックが奏功した1例

藤田陽介*1 西山隆久*2 前田亮二*1 富野美紀子*1 岩瀬直人*1 板橋俊雄*1

*1東京医科大学八王子医療センター麻酔科,*2西東京中央総合病院麻酔科

内シャント設置後に生じた透析アクセス関連スチール症候群(以下,スチール症候群)にシャント閉鎖術を施行されたが,指尖部の虚血症状が残存した.この残存した虚血症状に星状神経節ブロック(以下,SGB:stellate ganglion block)が奏功した症例を報告する.50歳代男性,20歳代より多発性腎嚢胞の診断を受けていたが放置していた.40歳代の健康診断で血尿と尿蛋白を指摘され,当院腎臓内科を受診し,慢性腎不全のため10年前に左前腕に内シャントを設置され,血液透析の導入となった.当科初診2カ月前より透析時に増悪する左手指の蒼白と冷感と痛みが出現した.内シャント設置術後の虚血症状と考えられ,スチール症候群と診断された.上肢の造影CT検査では左撓骨動脈の掌側浅枝以遠の狭窄があり,左示指の固有指動脈の途絶がみられた.当院血管外科よりリマプロストアルファデクス,アセトアミノフェン,トラマドール,プレガバリンの内服を開始され,シャント閉鎖術を施行された.しかし,指尖部の虚血症状は十分に改善しなかった.バイパス術の追加適応はないとされ,当科紹介となった.当科初診時,左の拇指,示指,中指,環指,小指の基節骨より遠位に蒼白があり,同部位の冷感と強い痛み(visual analogue scale:VAS 70 mm)としびれがみられた.一方,手掌に冷感はなく,血色も良好だった.アセトアミノフェンとトラマドールを増量し,ブプレノルフィン貼付剤を追加し,複数回の左側のSGBを予定した.シャント閉鎖術から1カ月後に施行した初回のSGBで冷感と痛みの軽快(VAS 70 mm→30 mm)がみられた.2回のSGBで虚血症状の増悪なく,手指の蒼白も劇的に軽快し,3カ月後に当科終診となった.スチール症候群は内シャントにおいて,表在静脈への還流血液量が増加し,手掌動脈領域への血流が盗血されることで引き起こされる末梢循環障害が原因である.このため,シャント閉鎖術後にも残存する虚血症状にSGBによる血流改善効果は有効な治療法となり得る.

7. 糖尿病治療誘発性神経障害と判明した1型糖尿病合併難治性両腰下肢痛の1例

青山泰樹 青山有佳

岩手県立胆沢病院麻酔科

症例は41歳,1型糖尿病の女性.約8カ月前から発症の難治性両腰下肢痛を主訴に当科紹介となった.モルヒネ50 mg/日,トラマドール150 mg/日,プレガバリン150 mg/日,ロルノキシカム8 mg/日内服下に,両側腰臀部から全足趾に及ぶ持続するズキズキとしたVAS(visual analogue scale):29~85 mmの痛みを訴えた.ビリビリとしたしびれを伴い,痛みのために200 m歩行ごとに休まなければならず,就業困難だった.理学所見,足関節上腕血圧比,腰椎MRI,腹骨盤部造影CTで異常所見を認めなかった.2度の腰部硬膜外ブロックもほぼ無効だった.後日の前医診療情報提供で,当科受診9カ月前から当科受診4カ月前までにHbA1c:16.1%から6.8%までの急激な低下が判明し,疼痛発症時期との一致も認めた.HbA1c:9.3%/5カ月の急激な低下,1型糖尿病,インスリン治療の急激な再開,自律神経障害(無月経)の併発,摂食障害既往から,総合的に糖尿病治療誘発性神経障害(TIND)の診断に至った.初診2週目以降はアミトリプチリンを中心に積極的に内服薬を調整し一時70 mg/日まで増量したが,以後ゆっくりと減薬した.直後からVASは低下し,痛みの部位も両腰下肢痛から足関節以遠へと急速に縮小した.モルヒネは21週目に休薬し,最終的にアミトリプチリン単剤で鎮痛状態を維持した.初診より55週目には疼痛なし(VAS:0 mm)となり,休薬のうえ当科終診となった.書面による症例報告の同意を得た.典型的糖尿病性神経障害とは病態がまったく異なるTINDの1例を経験した.発症予防としては3カ月間で2%未満のHbA1c低下に制限することが提唱されているが,現時点で確立した治療方法はない.本症例でアミトリプチリンが著効し,モルヒネを減量中止できた.文献的考察を加え,報告する.

8. 腰椎椎間関節嚢胞に対しX線透視下嚢胞穿刺が有効であった1症例

原田修人*1 寺尾 基*1 高田 稔*2 竹田尚功*3 岡田華子*1 赤間保之*1 的場光昭*1

*1旭川ペインクリニック病院,*2神居ペインクリニック,*3永山ペインクリニック

【症例】80歳代女性.X年3月より左腰下肢痛出現,X年5月に近医受診し左L5およびS1領域の痛みであった.腰椎MRIでは左L5/S1椎間関節由来の嚢胞性病変が認められ,腰椎椎間関節嚢胞と診断された.仙骨硬膜外麻酔や鎮痛剤内服による保存的治療を受けていたが痛み強く(NRS:8/10),当院紹介となった.腰椎MRIを確認すると嚢胞は後方で黄靱帯に接しており,X線透視下で椎弓間隙からの嚢胞穿刺も考慮したが,患者は神経ブロックの継続を希望された.仙骨硬膜外麻酔や神経根ブロックを施行し,痛みは一時的に軽減(NRS:4~5/10)するも再燃を繰り返していた.X年8月,再度X線透視下嚢胞穿刺について患者と相談し嚢胞穿刺を施行することとした.X線透視下でL5/S1椎弓間隙を確認,スパイナル針(25G,89 mm)を用い間隙の左側縁より刺入した.針先を黄色靱帯に入れ,生理食塩水を用いた抵抗消失法で進めた.抵抗が消失した位置で吸引をしたところ,痰黄色透明・粘性の液体が確認された.1%メピバカイン3 ml+造影剤2 mlを注入し,X線透視で嚢胞および硬膜外腔に造影剤が流出する像がみられ嚢胞が穿破されたことを確認し終了とした.直後より痛みは改善(NRS:2/10)し,穿刺より2週間後に腰椎MRI施行したところ嚢胞の消失が確認され,現在経過観察中である.

【考察】腰椎椎間関節嚢胞は手術療法が適応となるが自然消退例も報告されており,安静,鎮痛薬,神経ブロックなどの保存療法が第一選択となる.それらが奏功しない場合でも,経皮的嚢胞穿刺や椎間関節穿刺などが有効であった報告もみられる.本症例でも神経ブロックなどを施行したが奏功せず,嚢胞穿刺後に痛みが著明に改善した.本症例のように痛みの強い場合には,第一選択として嚢胞穿刺が有効であった可能性がある.

9. 円蓋部SAHを合併した可逆性脳血管攣縮症候群(RCVS)の3例

岡田華子 原田修人 寺尾 基 赤間保之 的場光昭

旭川ペインクリニック病院

可逆性脳血管攣縮症候群(以下,RCVS)は何らかの誘因により,繰り返し再発する雷鳴頭痛で発症し,発症後3カ月以内に改善する可逆性の疾患である.当院で経験した円蓋部SAHを合併した3例のRCVS症例について報告を行う.症例はいずれも女性.28歳から63歳.2例は頭痛の既往がある.突然発症の強い頭痛が改善しないため当院受診.MRI上でくも膜下出血をいずれも認めた.ただし動脈瘤はなく脳底槽に出血を認めなかった.脳血管の異常は明らかには認めなかった.全例安静入院とし経過観察を行った.血圧はいずれも高くなく,降圧療法は行わなかった.3例とも1週間程度で頭痛は軽減した.1例は退院後再診がなく画像再検を行っていないが,2例は1カ月以内のMRIにて出血の消失を認めている.以後頭痛再発はない.RCVSにSAHが合併するのは20~34%程度といわれている.末梢血管の攣縮が病態ではあるが,MRIの精度にもよるが攣縮が描出されない場合も多い.RCVSは既往に片頭痛が多く,いずれも吐気,嘔吐,光音過敏,閃輝暗点様の眼症状を伴うことがあり臨床上鑑別が困難なことが多い.RCVSでは血管収縮作用があるトリプタンは禁忌であるが,実際片頭痛発作と考えて使用する場合も多い.RCVSの場合トリプタンは有効ではなく,頭痛が持続・悪化する場合が多い.このため,トリプタンが有効でなかった場合は,服薬タイミングの問題ではなくRCVSも疑って画像など再精査する必要があると思われる.

10. ペインクリニック診療における治療的自己の在り方

大森英哉

表参道ペインクリニック

治療的自己とはJGワトキンスが提唱した治療を効果的に進めるための医療者の心得といえる概念である.心身医学の分野では治療的自己は知識や技量経験を超えて患者の行動や回復に影響を及ぼす治療者個人の資質といわれ重要な治療目標と位置づけされている.ペインクリニックにおいては患者の訴える主観的痛みを共感,共有できることが良好な治療関係の第一歩といわれるが,ときに理解しがたい痛みの原因解釈や痛み行動に直面し治療関係が硬直化,難渋化してしまうことを経験する.そこで今回演者の体験をもとに治療的自己の在り方について再考分析をしたので報告する.

症例1:痛みの器質的要因の少なさを説明しても執拗に痛みを訴え病識理解力の低いケース.症例2:鎮痛薬を過剰に求め依存乱用に対しての警告を無視する短絡的発想をするケース.症例3:医療類似行為と医業を混同して頻回受診をやめないケース.症例4:医療情報に過度に詳しく治療選択を迫るケース.症例5:生活保護者,精神障碍者のなかにみられる不当に支援を受けるケース.

ケースを検証すると患者への情緒的共感を示すことができず陰性感情が生じさらに患者の攻撃性に対し恐怖心から相手との距離を置く消極的対応になることが多かった.しかし継続的に診療していくなかで痛みの背景因子に視点が移ることでこれまでの嫌気や怒り,怯えは治療者自身の優越・劣等コンプレックスに起因していたことも同時に見えてくる.治療的自己を意識した後の患者との接し方では,患者の希望のままに応じることなく妥協点を見出す,見放され不安や愛着障害や発達障害を背景とした痛みと判断した場合,不安漸減に向けてのアプローチの提案や治療法選択への融通性が意識に上りその後の関係性に変化変容がみられた.ペインクリニックの治療的自己には素養としての高い情動的共感性が必要とされるが,同時に患者への陰性感情からも俯瞰できる認知的共感性の修練も必要と思われた.

11. ブピバカインのくも膜下持続投与により頻便の不快感を良好にコントロールし得た卵巣がんの1例

萩原綾希子 原田紘子 牧野 綾 合田由紀子

市立札幌病院緩和ケア内科

【症例】80歳代女性.両側卵巣がん腹膜播種があり腫瘍減量術,人工肛門増設後,体動困難のため尿道カテーテル留置中.肛門からの頻繁な粘液と出血による肛門部不快感のため不眠となった.CT検査では腫瘍が直腸内に穿破しており頻便の原因と考えられた.放射線療法は腫瘍が巨大なため不適であった.プレガバリンは無効であった.フェノールグリセリンによるサドルブロックを計画したが,衰弱が進みブロック後の座位を保持するのが難しい状況であった.そのため,側臥位でくも膜下チュービングを行いブピバカイン40 mg/日の持続注入を行った.肛門部不快感は速やかに消失し,夜間の良眠が得られた.チュービングを行ったまま在宅診療に移行し,チュービング施行後26日目に永眠した.期間中に肛門部不快感の訴えはなく,また経過中下肢脱力やチューブ感染を認めなかった.

【考察】本症例では骨盤内悪性腫瘍による随伴症状としての肛門部不快感にブピバカインのくも膜下持続投与が著効した.骨盤内悪性疾患において腫瘍病変が直腸壁に露出することにより,自壊した腫瘍塊や出血が肛門から排泄されることはまれではない.本症例では腫瘍の直腸壁・自律神経叢へ浸潤することによるいわゆる直腸テネスムスと,実際に粘液が持続的に排泄されたことによる不快感が混在した病態と考えられた.直腸テネスムスに関しては腰部交換神経節ブロックや仙骨硬膜外ブロック,不対神経節ブロックやくも膜下フェノールブロックが有効であったとする報告があるが,局所麻酔薬の持続くも膜下投与を実施したという報告はない.くも膜下チュービングは長期留置ができないという欠点があるが,透視やCTなどを使用しなくても,ベッドサイドにて側臥位で行えるという点では比較的低侵襲簡便に施行可能である.がん終末期患者の直腸周囲悪性疾患による不快な症状を和らげる選択肢として今後のさらなる検討が期待される.

12. オピオイド漸減中止後に離脱症状が遷延した1症例

前田洋典 敦賀健吉 藤井知昭 三浦基嗣 長谷徹太郎 森本裕二

北海道大学病院麻酔科

オピオイドを漸減中止したにもかかわらずオピオイド離脱症状と思われる下肢のソワソワ感の訴えが遷延した症例を経験したため報告する.

【症例】60代男性.口腔底がん術後再発で化学放射線療法の方針となり,X年6月に当院耳鼻咽喉科入院,放射線性粘膜炎の痛み緩和目的に緩和ケアチーム介入開始.最終的にX年6月Y日にフェンタニル貼付剤4 mg/日+オキシコドン即放製剤30 mg/3x食前,オキシコドン即放製剤10 mg/回頓用まで増量したが,照射終了後の痛み軽減に合わせてオピオイド漸減となった.Y+10日に貼付剤4 mg/日+即放製剤10 mg/回頓用に減量,Y+17日に貼付剤4 mg/日+即放製剤5 mg/回頓用に減量,Y+34日に貼付剤3 mg/日+即放製剤5 mg/回頓用に減量,Y+35日に貼付剤2 mg/日+即放製剤5 mg/回頓用に減量,Y+37日に貼付剤1 mg/日+即放製剤5 mg/回頓用に減量.Y+41日に貼付剤中止,即放製剤5 mg/回頓用に減量.Y+47日に即放製剤2.5 mg/回頓用に減量となったが夜間に「足のソワソワ感」の訴えがあり眠れないと即放製剤の頓用が続いた.神経科医師とも相談しクロナゼパム,プラミペキソールを試すも無効,ジヒドロコデイン1 g頓用は症状緩和に有効であった.徐々に頓用の使用頻度も減りY+67日に自宅退院.

【考察】オピオイドの離脱症状としては下痢,鼻漏,発汗,身震いをふくむ自律神経症状と,中枢神経症状が一般的である.下肢のソワソワ感という訴えからレストレスレッグス症候群も疑われたが治療抵抗性でオピオイド頓用が最も有効であったことから本症例は離脱症状の遷延と考えた.

【結語】漸減中止を行っても長期にわたりオピオイドの離脱症状が遷延する可能性がある.

13. メサドンで除痛が得られなかった患者に対して,他のオピオイドにスイッチすることで,疼痛コントロールがつき,職場復帰が可能となった1症例

和智純子

小樽市立病院緩和ケア管理室

【はじめに】メサドンは,他の強オピオイド鎮痛剤では十分な鎮痛効果が得られない難治性疼痛に使用されるオピオイドである.今回メサドンで十分な除痛が得られず,放射線療法と鎮痛補助薬の併用下に他のオピオイドへスイッチし職場復帰を果たせた症例を経験したので報告する.

【症例】患者は56歳女性.2019年4月左側腋窩・胸部・肩甲骨の痛みが出現し,生検・画像検査で後縦隔原発(神経原性成分を有する)悪性軟部肉腫と診断され,化学療法が開始された.強オピオイド鎮痛剤では十分な鎮痛効果が得られずメサドンに変更されたのち,同年10月当院に紹介された.通院しながら胸椎病変部への放射線照射(25Gy/5fr)を実施されるとともに,緩和ケアチーム紹介となった.チーム初診時の痛みの性状は,安静時はnumerical rating scale(NRS)3/10,起床後の痛みが最も強くNRS 6/10の神経障害性疼痛が続き,メサドンによる眠気が辛いと強く訴えていた.有害事象改善とQOL向上を目標に,メキシレチン100 mg分2を併用してオキシコドンへ再度スイッチすることとした.メサドンは,「他のオピオイド鎮痛剤との交叉耐性が不完全で等鎮痛比は確立していない」.また「メサドンへ切り替える際には目安となる換算表があるが,他のオピオイドへスイッチする時には使用できない」など個別に注意深く判断して減量・中止を行う必要性を考慮して,緩和ケアチームの薬剤師が定期的に電話連絡をして患者の状態を確認しながらスイッチした.その結果眠気も消失し,疼痛コントロールがついたため,2020年1月職場復帰された.

【結語】強いオピオイドによる有害事象がみられた場合には,包括的に評価を見直すことが重要で,薬物療法以外の除痛方法も検討しつつ,他のオピオイドに変更することで患者の満足度を上げられる可能性が示唆された.また現状では,メサドンからの再スイッチングにおいては,注意深くモニタリングする必要があり,電話連絡などを利用することも一つの方法と思われた.

14. 他職種との連携が大切だった下肢痛患者の1症例

寺尾 基*1 原田修人*1 岡田華子*1 竹田尚功*2 高田 稔*3 赤間保之*1 的場光昭*1

*1旭川ペインクリニック病院,*2永山ペインクリニック,*3神居ペインクリニック

【はじめに】今回,他職種との連携で痛みの軽減が得られた症例を報告する.

【現病歴】男性,80歳台.入院5カ月前より,腰下肢痛が出現した.他院受診したが,痛みが改善しないため当院入院となった.歩行時の左腰,左膝下前外側の痛みのため,杖歩行で10 m程度の移動が限界だった.MRI検査では,両側L4/5椎間板ヘルニアを認めた.トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合剤3T/3×を処方されていた.(0日)入院当日,左L5神経根ブロックを施行して痛みはNRS 3から1に軽減したが,右側同部位の痛みが出現した.(1日)神経伝導速度検査では,脛骨神経,腓骨神経,腓腹神経,浅腓骨神経において速度および振幅低下が認められた.右総腓骨神経ブロック,右L5パルス高周波神経根ブロックおよびリハビリを開始した.(26日)痛みの訴えは,NRS 5と悪化していた.担当の理学療法士より,右前脛骨筋部の痛みは改善しており,現在は右腓骨筋部に痛みがあることを指摘された.超音波所見では,右長短腓骨筋に重度の萎縮および同筋部の可動性の低下を認めた.長短腓骨筋の疼痛部位に生理食塩水注入を開始した.(37日)痛みはNRS 2と訴えるが,杖歩行50 mは可能となったことより退院となった.

【考察】画像検査,生理検査結果より,治療対象となる神経を選択してブロック治療を施行したが,痛みの軽減が得られなかった.理学療法士の指摘により,治療部位および方法を変更することにより症状は改善した.

【結語】疼痛治療には,理学的見地等の情報を得るためにも他職種との連携が大切である.

 
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