日本ペインクリニック学会誌
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短報
持続前鋸筋膜面ブロックで外傷後多発肋骨骨折の痛みを管理した1症例
米本 紀子小林 俊司神移 佳森本 正昭鶴野 広大
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2021 年 28 巻 9 号 p. 204-206

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I はじめに

外傷後多発肋骨骨折は骨折部位が多いほど胸腔内損傷や胸部痛が増加し,咳や深呼吸を困難にし,低換気や肺炎のリスクが上がる.多発肋骨骨折患者の肺合併症は11~31%になるため痛みの管理が重要である1).鎮痛薬投与では不十分な場合は硬膜外ブロックや傍脊椎ブロックが推奨されていたが,近年前鋸筋膜面ブロックがこれらに劣らない鎮痛効果があり浅呼吸を改善した報告が散見される1,2).持続前鋸筋膜面ブロックで多発肋骨骨折の痛みを管理した1症例を経験したので報告する.

本報告に対し患者本人より同意を得ている.

II 症例

58歳男性,178 cm/92 kg.

溝に転落し第12胸椎椎体骨折,右第5~12肋骨骨折を発症した.右第7~10肋骨は2カ所ずつ骨折していた(図1A).保存的治療の方針となり,疼痛管理のために0.1 mg/時のフェンタニル静脈内投与をされていたが,右前側胸腹部痛のため浅呼吸となり酸素投与が必要であった.数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)10/10で,体位変換困難であった.

図1

症例および経過

A:矢印に骨折線.B:(左)前鋸筋膜面ブロックカテーテルの造影像,(右)胸部CT,矢印はカテーテル.C:入院経過.

1日後,コルセット作成の採寸をした.

2日後,硬膜外ブロックを依頼されたが,強い痛みのため左下側臥位への体位変換が不可能であった.まず始めに仰臥位で,超音波ガイド下第7~10肋間神経外側皮枝ブロックを行った.肋間神経外側皮枝ブロックは,高周波リニアプローブを用い中腋窩線上,肋骨表面に27G 4 cm針(テルモ®)を接触させ1%リドカイン各2 mlを注入した.5分後には左下側臥位が可能になり,第10/11胸椎椎弓間隙より硬膜外カテーテルを挿入し持続硬膜外ブロックを開始した.

3日後,CTで血胸が著明であったが(図1B右),NRSは3/10に低下し呼吸状態も改善した.硬膜外ブロックの患者調節型鎮痛(patient controlled analgesia:PCA)を体動時や咳嗽,排便時の突発痛に使用した.

5日後,事故抜去のため持続硬膜外ブロックは中止した.コルセット装着後も痛みの部位は,右第7~10肋間神経外側皮枝の支配領域であった.硬膜外ブロックに代わる鎮痛法でPCAを使用したい患者の希望があり,持続前鋸筋膜面ブロックを開始した.超音波と透視をガイドに第10肋骨中腋窩線に17G 8 cmイントロデューサー針を穿刺し,前鋸筋と広背筋の筋膜間に頭側に向けて多孔式カテーテル(持続創部浸潤麻酔用ペインクリニックセット®10 cm,八光)を留置した.イオヘキソールを3 ml注入し,第8~10肋骨外側の筋膜間造影像を確認した(図1B左).0.17%レボブピバカイン3~5 ml/時に併用して,PCA 3 ml/回で持続注入を開始したところ,硬膜外ブロックに劣らない鎮痛効果を確認した.コルセット装着により椎体骨折に対する安静指示が解除されたため,理学療法の前後などの突発痛に日に5~6回PCAを使用しつつ生活活動を漸増した.

16日後まで持続前鋸筋膜面ブロックを継続し(図1C),19日後に独立歩行で退院した.

III 考察

外傷後多発肋骨骨折患者の痛みの軽減に,アセトアミノフェンやNSAIDs,オピオイドの投与が検討されるが,オピオイドによる低換気や意識低下,オピオイド誘発痛覚過敏などの副作用が懸念される2).65歳以下で4カ所以上の肋骨骨折がある患者,または65歳以上の心肺系疾患や糖尿病を有する患者では,胸部硬膜外ブロックや傍脊椎神経ブロックが推奨されている3).しかし現実には,止血凝固系や循環変動,感染のリスク,または脊椎損傷など他の外傷,痛みのため穿刺体位が困難であるなどの理由により,多発肋骨骨折患者の9.9~18.4%にしか施行されていない1).本症例も硬膜外穿刺時に,フェンタニルのみの鎮痛法では体位変換が困難であった.

肋間神経外側皮枝の支配領域への鎮痛に前鋸筋膜面ブロックが有効である4).前鋸筋膜面ブロックは損傷肋骨とその周囲の知覚を伝導する肋間神経より末梢側のブロックであるが,肋骨骨折があると前鋸筋より深層の肋間神経にまで薬液が拡散すると報告されている5).前鋸筋膜面ブロックは,肋骨より内側に穿刺しないため合併症のリスクが少なく,仰臥位のまま穿刺が可能なうえ,手技が簡易であり,救急領域では肋骨骨折の鎮痛として認知されつつある2)

Blancoらは,第5肋骨中腋窩線で0.125%レボブピバカイン0.4 ml/kgを,広背筋と前鋸筋の間に注入する前鋸筋膜面ブロックにより,第2~8肋間神経外側皮枝の支配領域への薬液の拡散と感覚低下が確認されたことを報告している4).本症例では第7~10肋間神経外側皮枝の鎮痛を目的にしたため,第10肋骨中腋窩線から頭側にカテーテルを留置した.持続前鋸筋膜面ブロックの流量は10 ml/時の報告があり2)本症例での流量は少ないが,造影剤3 mlで鎮痛目的部位へ薬液が拡散することを確認していたため,PCAを使用することにより患者が痛みを自己管理でき,離床を促進したと考える.

前鋸筋膜面ブロックによる出血や局所麻酔薬中毒,カテーテルトラブル等の可能性はあるが,有害事象の危険性は低く,多発肋骨骨折患者の肋間神経外側皮枝域の鎮痛手段として有用であった.

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