日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
短報
外眼筋麻痺を合併した帯状疱疹後神経痛患者に対して眼瞼挙上訓練と眼球運動訓練を用いた治療経験の1例
受田 美紗山田 信一兵頭 彩子津田 勝哉平木 照之
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 29 巻 3 号 p. 38-39

詳細

I はじめに

三叉神経第1枝領域の帯状疱疹による眼合併症としては角膜炎,虹彩毛様体炎などが一般的であり,外眼筋麻痺の合併頻度は比較的まれである.今回,われわれは右三叉神経第1,2枝領域の帯状疱疹に罹患し,同領域の痛みと外転神経麻痺,動眼神経麻痺を合併した症例に対し,痛みの治療に加えて外眼筋訓練を行うことで外眼筋麻痺の回復を促し,改善が得られた症例を経験した.症例報告にあたり,患者本人から同意を得ている.

II 症例

60歳代,男性.

現病歴:右の前頭部,側頭部,眼周囲,頬部,鼻部に痛みが出現し,次いで右聴力の低下と耳痛を自覚するようになった.水疱が出現したため3日後に近医内科を受診し,右三叉神経第1,2枝領域の帯状疱疹の診断でファムシクロビルを1日1,500 mg 5日間投薬された.皮疹は改善したが,複視を認め,右三叉神経第1,2枝領域の痛みが改善しないため,発症26日目に当科受診となった.

初診時現症:自覚症状は,右の側頭部,前頭部,眼周囲,頬部,鼻の奥,耳の奥の痛みと軽度難聴,複視であった.他覚所見は,右三叉神経第1,2枝領域に色素沈着を認めた.動眼神経の症状は,右の瞳孔散大(左3 mm,右6 mm),眼瞼下垂を認めた.三叉神経の症状は,右の第1,2枝領域の自発痛(numerical rating scale:NRS 8),アロデニア,冷覚過敏を認めた.また,右眼外転障害を認めた.眼科診察では,右眼球運動の外転なく,上下動微弱,開瞼困難であり,右動眼神経麻痺および外転神経麻痺の診断となった.

治療経過:痛み症状緩和のため,ミロガバリン5 mg/日,トラマドール・アセトアミノフェン配合錠3錠/日の内服を開始した.また,右眼窩上・下神経ブロック(0.75%ロピバカイン各1 ml使用)を2回/週の頻度で6週間継続した.外眼筋麻痺に関しては,運動機能回復のためのリハビリが必要と考え,眼瞼下垂に対しては眼瞼挙上訓練を,外転神経麻痺に対しては眼球運動訓練を自宅で継続して行うよう指導した.眼瞼挙上訓練は,示指を瞼に置き,眼窩上縁に向かって押し上げた状態で,さらに眼を開くように力を入れるように行い,眼球運動訓練は,示指を顔から30 cm程度離した状態で動かさないようにし,示指を注視しながら顔を上下左右へ動かすようにする方法を指導した.

発症30日目で右眼瞼下垂が改善し始めた.右三叉神経第2枝領域の痛みも改善したが,痛みの程度はNRS 6であり,ミロガバリンを15 mg/日に増量した.ミロガバリンの増量に伴い眠気が強くなったため,発症45日目からミロガバリンを10 mg/日に減量し,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液4単位/日の内服を追加した.発症40日目ごろからわずかに右外転神経麻痺が改善し始めた.発症72日目には,痛みがNRS 2に軽減したため,発症79日目から近赤外線治療器(スーパーライザーPX Type2TM,東京医研株式会社)での治療に変更した.照射部位は右眼窩上,右星状神経節近傍とし,8分間/回のパルス照射を行った.発症89日目には右外転神経麻痺の改善を認め,薬剤を漸減していき,発症140日目に内服を中止した.発症154日目,右注視時に軽度の複視が残存したが,日常生活を支障なく送ることができるようになった.

III 考察

三叉神経領域の帯状疱疹は眼症状を伴うことが多いが,外眼筋麻痺の合併頻度は比較的まれ1)である.罹患神経は動眼神経,外転神経,滑車神経の順に多く,同時に障害されることもある.外眼筋麻痺の発症機序には諸説あり,その詳細は未だ明らかではない.一つには,動眼神経,外転神経,滑車神経は,海綿静脈洞内や上眼窩裂で近接して走行しており,三叉神経からの炎症が波及することで障害を受けると考えられている.解剖学的には,三叉神経から海綿静脈洞前部への炎症波及により動眼神経麻痺が,後部への炎症波及では外転神経麻痺が生じやすい2)といわれており,このように考えると本症例では,主に海綿静脈洞後部に炎症が波及し,外転神経麻痺が顕著に出現したと考えられる.

抗ウイルス薬による治療を行った後の外眼筋麻痺の経過は,特別な治療をせずとも自然経過で50%が完全治癒し,44%が部分回復したと報告3)されている.外眼筋麻痺の治癒にかかった期間は2カ月から13カ月が多く,18カ月以降はまれであったという報告4)がある.

帯状疱疹後神経痛に外転神経麻痺や動眼神経麻痺を伴った報告はみられるが,治療は鎮痛薬の内服や神経ブロック5),ステロイド内服という痛みに対する報告が主であり,運動麻痺に対して積極的に外眼筋のリハビリを併用した報告は見あたらない.また,痛み症状の治療が可能であっても眼球運動の改善には至らない場合5)もあり,患者は生活への支障が苦痛となっている.われわれの外来では機能回復訓練として,運動器リハビリを積極的に行っている.例として,眼瞼下垂に対する眼瞼挙上訓練や,めまい症の患者に対する訓練としての眼球運動訓練などがあげられる.このような経験から,機能回復訓練を行うことで,本症例も外転神経麻痺や眼瞼下垂の症状改善をより強化できるのではないかと考えた.機能回復訓練の効果は,明確になっていないが,患者の意欲向上やセルフケアによるサポートの必要性も考慮し,患者には眼瞼下垂に対して眼瞼挙上訓練を,外転神経麻痺に対して眼球運動訓練を行うように指導した.機能回復訓練が充分な効果をあげるには,患者が機能回復訓練を日々継続して行うことが重要である.また,神経ブロックの奏功機序は体性神経遮断による疼痛緩和と血流改善によると考えられるが,帯状疱疹による運動麻痺の予後が神経ブロックのみで改善するとは言いきれない.本症例においても運動器リハビリが有効である可能性を考え継続することで,発症から3カ月を過ぎても麻痺症状が改善し続けることができたと思われた.本症例の外眼筋麻痺は自然経過による回復の可能性もあるが,痛みの治療を行うとともに,運動器リハビリを併用することも神経回復を促す可能性につながると考えている.

IV 結論

われわれは三叉神経第1,2枝領域の帯状疱疹による動眼神経麻痺,外転神経麻痺を合併した症例を経験した.眼瞼挙上訓練や眼球運動訓練を継続して行うことで改善が期待できる.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第1回九州支部学術集会(2021年2月,Web開催)において発表した.

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top