日本ペインクリニック学会誌
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短報
アミトリプチリンが有効であったfirst bite syndromeの1例
姉崎 大樹木村 哲朗小林 充五十嵐 寛中島 芳樹
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2022 年 29 巻 3 号 p. 40-42

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I はじめに

first bite syndrome(FBS)は副咽頭間隙や耳下腺深葉の術後の摂食の際,最初の咀嚼時に耳下部に痛みが生じる病態である.今回,耳下腺手術後に発症したFBSに対してアミトリプチリンが奏功した症例を経験したので報告する.

本症例報告にあたり患者本人に説明し,文書による同意は得られている.

II 症例

46歳,男性.身長166 cm,体重52 kg.

主 訴:摂食初期の右耳下部の疼痛.

既往歴:特記事項なし.

現病歴:X年1月ごろより右頚部の腫瘤を自覚した.同年8月のMRI検査で6 cm大の右耳下腺腫瘍を認めた.腫瘍は多形腺腫で右耳下腺腫瘍全摘出術が施行された.手術中はnerve integrity monitor(NIM)による神経モニタリングを行った.顔面神経と大耳介神経は温存した.腫瘍摘出後閉創前のモニタリングでは顔面神経上行枝の信号は低下していたが術後に明らかな顔面神経麻痺は認めず,そのほか問題なく経過し3日後に退院した.術後6日目より食事開始時に右耳下部に痛みを感じるようになった.痛みは数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で7と徐々に強くなり,15分程度持続した.耳下腺手術後であり,痛みの性状からFBSと診断された.主科である耳鼻科からプレガバリン75 mg(眠前),メコバラミン1,500 µg(分3,毎食後)が処方されたが症状は改善せず,術後3カ月後に当科を紹介受診した.

初診時所見:当科初診時,痛みは食事中,特に咀嚼開始時に限局していた.安静時には右耳下部の自発痛や圧痛は認めず,知覚異常や運動障害もなかった.主科からの薬物治療開始後も痛みの程度,持続時間ともに変化していなかった.

治療経過:三環系抗うつ薬であるアミトリプチリンを10 mg(眠前)から処方開始した.4週間後には咀嚼開始時からの痛み持続時間が15分から10分に短縮した.アミトリプチリン内服量を20 mg(分2,朝食後・眠前)に増量しさらに4週間継続したところ,軽度の口渇が出現したが痛み持続時間は5分とさらに短縮した.当科での治療開始3カ月目にさらに30 mg(分3,朝昼食後・眠前)まで増量し,痛みの程度はNRS 7から4に減少した(図1).口渇は生活に支障のない程度で,眠気など他の副作用は生じていない.症状軽減の患者満足度は高く,同処方を継続している.

図1

治療経過

アミトリプチリンを10 mg(眠前)から処方開始した.内服増量に伴い痛みの持続時間が短縮し,痛みの程度も軽減した.軽度の口渇が出現したが,生活に支障のない程度だった.

III 考察

FBSは副咽頭間隙や耳下腺深葉の手術後に摂食時初期の咀嚼時に耳下部に疼痛を生じる症候群で,症状が軽度のものを含めて術後患者の約20~45%程度に生じるとされるが1),手術歴や明らかな神経損傷の既往がない特発性の報告もある1).発症機序に関しては不明な点が多いが,①術操作で耳下腺交感神経支配が脱落して副交感神経優位となることによる耳下腺筋上皮細胞過剰興奮1),②唾液腺アミラーゼ・蛋白増加2),③唾液量増加による唾液粘度・唾液腺導管内圧上昇2)などにより咀嚼開始時に痛みが生じると考えられている.術後の単純な創部痛や顎関節痛とみなされて放置されている場合があるが,重症例では摂食に支障をきたしQOLの低下を生じうる.本症例では耳下腺全摘出術後に咀嚼時開始時の痛みが出現するという典型的な経過を示し,比較的容易にFBSと診断された.

本症例ではFBSに対してアミトリプチリンを中心とした薬物療法を行い,アミトリプチリン増量に伴い症状は軽減した.FBSはその発症機序から,過剰興奮した副交感神経の抑制が治療ターゲットとなると考えられている1).三環系抗うつ薬であるアミトリプチリンはムスカリン性アセチルコリン受容体阻害作用を有する.FBSのために過剰となった副交感神経活動がアミトリプチリンの抗コリン作用で抑制され,FBSの症状の改善に有効であった可能性がある.

アミトリプチリン使用の際には抗コリン作用(唾液分泌抑制作用,便秘,排尿困難),アドレナリンα1受容体遮断作用(起立性低血圧),抗ヒスタミン作用(眠気,ふらつき)などの副作用が生じ,内服継続が困難となる場合がある.幸い本症例では軽度の唾液分泌抑制による口渇が生じたのみで他の副作用は認めず,FBS症状軽減の患者満足度が高かったため内服継続が可能であった.通常であれば三環系抗うつ薬使用に伴う不快な副作用の一つである唾液分泌抑制が,唾液量増加が痛みのメカニズムの一つであると考えられるFBSの症状の軽減に寄与した一因であると考えている.

PhilipsらはFBSに対してカルバマゼピンとアミトリプチリンの併用で痛みの軽減と持続時間の短縮が得られたことを報告し,FBSに対する薬物治療としてアミトリプチリンの使用を推奨している3).一方でアミトリプチリン処方ではFBSの症状が改善せず,薬剤変更を余儀なくされた報告もある4).ほかにもプレガバリン,カルバマゼピンと五苓散の併用,星状神経節ブロックが治療として有効であった症例などさまざまな報告が散見される.FBSの病態には不明な点もあり,治療方針の確立には症例の蓄積とさらなる研究が待たれる.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.

文献
 
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