日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
総説
感覚系における抑制系の意義と下行性疼痛制御系を再考する
小山 なつ
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 29 巻 4 号 p. 47-55

詳細
Abstract

神経系における「抑制機構」は,単に伝導・伝達されつつある信号の遮断や減弱を引き起こすとは限らない.感覚の情報処理における「側方抑制」は,感覚情報のコントラストを上げる仕組みに深く関わっている.カブトガニの複眼の研究で最初に報告され,ヒトでは網膜における視細胞と水平細胞の間の相反性シナプスによる側方抑制が,双極細胞の受容野を限局させる役割を果たしている.体性感覚系においても類似の抑制機構があり,どこが痛いのかをピンポイントに判別できることに結びつくとも考えられる.中脳中心灰白質(PAG)は単なる痛みの制御に関わる神経核ではなく,多彩な機能がある.PAGは脳の広汎な領域と双方向性の線維連絡があり,睡眠・覚醒や性行動にも関与し,循環系,呼吸器系,体温調節などの自律神経系を介する制御に関わる.背外側PAGが関与するノルアドレナリン神経系を介する下行性の疼痛制御系も,腹外側PAGが関与するセロトニン神経系を介する疼痛制御系も,抑制系だけでなく,促進系として機能する可能性がある.痛みの発現も下行性疼痛制御系も共に,侵害刺激に対抗するための生体防御機構の一部であり,脳内に何重にも存在するホメオスタシスを維持するための神経回路によって引き起こされると考えられる.

I はじめに

感覚は,感覚受容器に適刺激が加わったことがスタートとなって生じるが,感覚受容器で刺激が電気信号に変換されても,必ずしも感覚が生じるとは限らない.脳内の上行性伝導路でさまざまな修飾を受けるので,活動電位の伝導やシナプス伝達が遮断されて,感覚野に信号が到達しない場合には感覚は生じない.しかし,感覚に関わる上行性伝導路における抑制機構は,活動電位を感覚野に到達させないことだけに関与するわけではない.本稿では,まず「感覚系における抑制系の意義」,次に「痛みに対する制御系の意義」について再考する.

II 感覚系における抑制系の意義

痛み系以外の感覚の伝導路においても抑制機構は存在するが,神経回路内の抑制性シナプスは,上位中枢へ伝導する情報の遮断や減弱を意味するとは限らない.感覚系における「側方抑制」は,刺激を受けたニューロンが周辺のニューロンの活動を抑制することにより,入力された情報のコントラストを上げ,感覚をより鋭敏化させるという,重要な役割を果たしている.

1. カブトガニの視覚系に対する側方抑制

側方抑制に関する最初の重要な報告は,1967年にノーベル生理学・医学賞を受賞したHaldan Keffer Hartline(1903年~1983年)の,カブトガニの複眼の研究であった13).カブトガニは「カニ」という名称がつけられているが,甲殻類ではなくサソリやクモの仲間である.カブトガニの甲羅に一対の複眼と単眼があり,複眼は約千個の個眼が集合したものである.物の形は,個眼が処理する情報が複眼に集められて視野が作られ,脳で認識される.個眼のレンズの下では光受容細胞と偏心細胞が電気シナプスで結合していて,偏心細胞からは視神経が脳の視覚中枢に向かって伸びていて,Hartlineは視神経から活動電位を記録した.ここでは,側方抑制のメカニズムをイメージしやすいように,架空の数値を設定して説明する(図1).

図1

カブトガニの側方抑制

強い光を受けた個眼の視神経は,興奮性の情報を伝達するだけではなく,両隣の細胞に対して抑制をかけている.加わった光強度は2種類であるが,興奮の強度は境界部でメリハリがつけられている.

カブトガニのA~Dの個眼に一様に強い光を照射し,E~Hには弱い光を照射する.強い光照射は個眼の視覚関連細胞を強く興奮させるので,視神経を伝わるスパイク発射数が多くなる.高輝度照射を受ける個眼の視神経は15発のスパイク発射を生じるとともに,側方の視神経に対して抑制をかけている(図1黒丸付き実線).低輝度領域では視神経は8発の発射しか生じず,側方の視神経に対して抑制をかけない(図1黒丸付き破線).高輝度領域のBとCでは両隣から2発ずつ抑制を受けるので,11発の発射を生じるが,DはCからしか抑制を受けないので,13発の発射を生じる.従って,同じ高輝度の照射を受けているにもかかわらず,低輝度領域との境界部で最も発射頻度が高くなる.また,低輝度領域ではF~Hは抑制を受けないが,高輝度領域との境界部のEのみはDから抑制を受けるので,発射数は6発となり,発射頻度が最低となる.高輝度照射による興奮に伴われる側方抑制によって,Dは最も明るく,Eは最も暗く見え,輝度の違いのコントラストが強められる.

このような側方抑制があることによって,白い紙に黒い円が描かれている場合には,描かれていない輪郭線があるかのように感じられ,同じ輝度のグレーの四角形でも,白い背景よりも黒い背景にある四角形のほうが明るく見える(図2).

図2

図形の認識に対する,側方抑制の効果

上:黒丸の周囲には,存在しない輪郭線が描かれているように見える.下:中心にある四角形の輝度は左右で同じであるが,背景が暗いほうが,中心部の四角形に対する抑制が弱いために,中心部の四角形は明るく見える.これらは周辺抑制により,コントラストが増強されたことによるものである.

2. ヒトの視覚系に対する側方抑制

ヒトの視覚系や嗅覚系において,カブトガニの複眼のように単純な機序ではないが,相反性シナプスによって側方抑制がなされている.「相反性シナプス」とは,ニューロンの樹状突起どうしがシナプスを形成して,双方向に神経伝達物質を送り合い,しかも一方が興奮性で,他方が抑制性というシナプス結合である.あるニューロンが興奮性の神経伝達物質を放出すると,受け手のニューロンからは逆に抑制性の神経伝達物質が送り返される.

ヒトの網膜は単に光刺激を電気刺激に変換するだけではなく,神経のネットワークによる情報処理が行われている.光受容器である視細胞の情報は,双極細胞を介して網膜の出力細胞である神経節細胞に伝えられるが,その過程で修飾を受ける.双極細胞には,ON中心OFF周辺型とオフ中心OFF中心型があり,共に受容野の中心部に光を照射した時と周辺部に照射した時では,反応性が逆転する.このような中心周辺拮抗型の受容野形成に相反性シナプスが関与している.中心窩においては1個の視細胞は,1(~3)個の双極細胞とシナプスを形成するだけではなく,複数の視細胞は,横に樹状突起を延ばした水平細胞と相反性シナプスを形成している.視細胞が水平細胞にグルタミン酸(glu)を放出すると,水平細胞は逆に視細胞に対してGABAを送り返している.双極細胞が情報を受けていない周辺部の視細胞に光を照射すると,水平細胞から多くのGABAが送り返されることにより視細胞は抑制され,その結果,双極細胞の反応も抑制される.つまり双極細胞は,受容野の中心部が光照射された時と周辺部が照射された時とは反応性が逆転する.ON中心OFF周辺型双極細胞では,興奮性の受容野は抑制性の受容野に取り巻かれているので,光に応答する領域が限局されている(図34,5).もしある細胞の受容野が広ければ,広い受容野の中にあるA点とB点が別々に刺激されても,2点を別々に認識できないが,双極細胞の興奮性の受容野は限局されているので,少ししか離れていない2点の識別が可能となる.

図3

網膜ON中心OFF周辺型双極細胞の受容野形成

網膜では,水平細胞は横に樹状突起を延ばして,多くの視細胞と相反性シナプスを形成している.視細胞からグルタミン酸(glu)が放出されると,水平細胞はGABAを送り返して,視細胞を抑制するという相反性シナプスによって,双極細胞の中心周辺拮抗型形受容野が形成され,光刺激に反応する領域が限局されている.

3. 痛み系に対する側方抑制

体性感覚系においても,視覚系と類似の側方抑制機序が存在する.延髄後角あるいは脊髄後角の二次ニューロンの受容野をプロットした後,GABAA受容体の拮抗物質であるピクロトキシンを全身投与すると,受容野の拡大が認められた6).つまりピクロトキシンの投与によって,GABAによる抑制の解除後に受容野が拡大したことから,通常時には,見かけの興奮性受容野よりも広い領域から興奮性入力を受けていて,興奮性の受容野の周辺部を抑制性の受容野が取り巻いていることが判明した.どのような抑制性の回路があるかは不明であるが,ピクロトキシンの投与によるWDRニューロンの中心受容野の拡大は,側索を切断しても変化しない7)ことから,これらの抑制機序は脊髄内在性の側方抑制によるものであると考えられる.二次ニューロンの軸索側枝がシナプス接続する抑制性介在ニューロンから放出されるGABAが,受容野周辺部を担当する一次求心性神経の脊髄内終末にあるGABAA受容体を抑制するために,抑制性の受容野が形成されていたと考えられる.抑制性の回路はさらに複雑である可能性もあるが,興奮性受容野の周辺部が抑制性受容野に取り巻かれることによって,ピンポイントにどこが痛いかを言い表すことができることに結びつく可能性がある(図4).抑制の解除によって興奮性の受容野が拡大した状態は,痛い部位を明確に表現できない慢性痛の様相と類似しているとも考えられる.感覚系は受容した情報をありのままに脳に伝えるのではなく,抽出した重要な情報を誇張して伝えていて,それを達成するために側方抑制機序が関わっている.

図4

二次侵害受容ニューロンの受容野形成

GABAA受容体の拮抗物質であるピクロトキシンを全身投与すると,受容野が拡大する.抑制性介在ニューロンを介する側方抑制によって,興奮性受容野の周辺部に抑制性受容野が形成されていて,刺激される領域のコントラストが高められる.

III 痛み系に対する抑制系,制御系とは?

MelzackとWalが1965年に提唱したgate control theory8)は,「痛い時に,痛い部位をやさしくさすると,痛みが和らぐメカニズム」を説明しようとしたのではなく,病的な痛みのメカニズムを説明するために考案された新しい痛み学説であった.損傷がなくても痛みがある場合もあれば,損傷があっても痛くない場合もあり,その矛盾を解決するために脊髄内にゲートを設定し,さらに中枢からの制御を組み込んだ最初の痛み学説であった.脊髄内にはシンプルなシェーマで描かれたような回路は存在しないことが判明したにもかかわらず,gate control theoryが痛みの臨床や研究にブレークスルーをもたらしたことは紛れもない事実であり,彼らの論文は今なお引用数が増え続けている.スウェーデンの臨床生理学者のHagbarthとKerrは,1954年ごろから刺激誘発性鎮痛(SPA)の報告をしていて9),gate control theoryが発表された4年後の1969年に,Reynolds(米国の心理学者)がラットの中脳中心灰白質(PAG)を電気刺激すれば,無麻酔で開腹手術ができることを報告した10).UCLAのLiebeskindのグループもSPAの研究を発展させ,AkilがSPAはナロキソンで遮断されることを示し,脳がオピエート様物質を作ることを予測した11).そしてMelzackとWallの弟子であった生理学者のFieldsと解剖学者のBasbaumは,PAG-RVMの下行性疼痛抑制系の研究を発展させた12,13)

1. 疼痛抑制系だけではない,中脳中心灰白質:PAGの役割

「PAG=下行性疼痛抑制系の起始核!」とパターン認識していませんか? 中脳水道を取り囲む領域であるPAGは,大脳皮質や扁桃体からの指令を受けて,脊髄後角侵害受容ニューロンに対する下行性疼痛抑制に関わる1215)だけでなく,視床侵害受容ニューロンに対する上行性の抑制機序にも関わっている16,17).そもそもPAGは脊髄後角侵害受容ニューロンからの上行性伝導路でもあることも知っておくべきである18).またPAGに広汎な脳領域との線維連絡があるので,さまざまな機能がある.自律神経系の制御としては,循環系(血圧・心拍)の調節,呼吸・発声の制御,体温調節や排尿にも関わる.情動行動の制御としては,闘争・攻撃・防御・威嚇,逆に逃走反応やすくみ反応にも関わり,睡眠・覚醒,性行動,そして痛みの制御にも関わる.PAGには長軸方向に沿った柱状構造があり,細胞構築学的にも機能的にも異なるニューロン群が局在している.背外側PAG(dlPAG)は非オピオイド鎮痛にも関わるが,ストレッサーに対して能動的に対処する系であり,腹外側PAG(vlPAG)はオピオイド鎮痛に関わり,ストレッサーに対して受動的に対処する系である19)

ストレッサーに対して能動的対処戦略をとるdlPAGは血圧上昇と頻脈に関わり,吻尾方向に伸びるdlPAGの中央1/3は威嚇行動と防衛行動に関わるのに対し,尾側1/3は逃避・逃走に関わる.中央1/3の指令により頭部の血管は拡張し,後肢の血管は収縮するのに対し,尾側1/3の指令により頭部の血管は収縮するが,後肢の血管は拡張する.一方,受的対処戦略をとるvlPAGは血圧低下と徐脈,フリージングや活動停止に関わる(表1).dlPAGによって引き起こされる反応は急性痛の様相と類似し,vlPAGによって引き起こされる反応は慢性痛の様相と類似している.従ってdlPAGはCannonの「闘争か逃走」の緊急反応として知られる交感神経–副腎髄質系(sympathetic nervous adrenal medullary system:SAM系)と類似の機能を果たし,vlPAGはSelyeの汎適応症候群の抵抗期と類似の,視床下部–下垂体前葉–副腎皮質系(hypothalamic pituitary adrenal:HPA系)の機能を果たす19).最近注目されているポリヴェーガル理論20)もストレスに対する生存戦略に関する理論である.vlPAGと類似の反応に関連する背側迷走神経複合体(DVC)は爬虫類にも存在する進化的に最も古い系であり,生命の危機に直面する時には活動にブレーキをかける.草食動物は肉食動物に捕獲されそうな時に無意識に死んだふりをすると,捕食者は興味を失うので死なないですむ.運悪く捕食されても意識を失っていれば,肉体が噛みちぎられる時の痛みを感じることなく死ぬことができる.哺乳類は交感神経を獲得し,生命の危機に瀕する時には「闘争か逃走」の緊急反応を引き起こす.さらに腹側迷走神経複合体(VVC)を獲得した霊長類は,コミュニケーションをとることができるようになるが,この系がうまく働かないとPTSDや慢性疼痛に陥る可能性が示唆されている.PAGは疼痛抑制に特化した系ではないが,dlPAGはノルアドレナリンを介した制御に関与し,vlPAGはセロトニンを介した制御に関与する(図5).

表1 ストレッサーに対する制御

中脳中心灰白質(PAG)にはさまざまな機能があり,循環系の調節,情動行動の制御,睡眠・覚醒などにも関与する.PAGには長軸方向に沿った柱状構造があり,異なる機能に関わっている.背外側PAG(dlPAG)はストレッサーに対して能動的対処戦略をとる系で,ノルアドレナリン(NA)を介した疼痛制御にも関与し,腹外側PAG(vlPAG)はストレッサーに対して受動的対処戦略をとり,セロトニン(5HT)を介した疼痛制御にも関与する.

図5

侵害刺激を回避し,ホメオスタシスを維持するための回路

脳内には侵害刺激を回避するための回路が何重にも存在し,ホメオスタシスが維持される.最も低次の回路は逃避反射(脊髄反射)のための回路であり,脳幹や中脳を介した下行性制御系,さらにペインマトリクスのさまざまな領域が関与する回路が加わる.侵害刺激を回避するための回路は下行性疼痛制御を引き起こす回路であるとともに,痛み発現と疼痛行動を引き起こすための回路であり,ヒトは最も優れたホメオスタシスを維持するための回路を獲得したために,無用な痛みに長く苦しめられる可能性も獲得した.

2. 下行性疼痛制御系に対するノルアドレナリンとアドレナリン受容体の機能

ノルアドレナリン(NA)は末梢では交感神経節後線維から放出される神経伝達物質であり,橋から中脳に渡るノルアドレナリン作動性神経群(A1~A7)もストレス時の緊急反応や覚醒に関与する.一方アドレナリン受容体には,α1受容体,α2受容体,β1受容体,β2受容体,β3受容体とがあり,多くは興奮性の受容体であるが,α2受容体のみがGTP結合タンパク質(Gi/o)共役型の抑制性の受容体である.青斑核(LC,A6)や橋背外側被蓋核(DLPC,A7)ニューロンからの軸索線維は,大脳皮質,視床,海馬,小脳,脊髄などの広汎な脳領域に投射している.ノルアドレナリン系は基本的に緊急反応に対応する反応系である.青斑核ニューロンは覚醒に先行して発火を増加させ,痛みが意識に上って警鐘を鳴らすよりも前に緊急反応に対応するために,覚醒状態の発現と維持に重要な役割を担っていると考えられる.またストレスによって青斑核ニューロンは興奮し,覚醒レベルの上昇や不安などの情動反応の発現に関与している.催眠鎮静薬として用いられるデクスメデトミジンはα2アドレナリン受容体に選択性が強い作動薬であり,青斑核ニューロンのα2A受容体にオートレセプターとして働くことにより,ノルアドレナリンの放出に対して負のフィードバックをかけ,大脳皮質などの上位中枢の覚醒レベルの上昇を抑制する.青斑核から脊髄後角への下行線維は後角侵害受容ニューロンの活動を減弱させる2123).そのメカニズムは複数あり,後角表層の侵害受容ニューロンのα2A受容体への直接作用と一次求心性ニューロンの脊髄内終末部のα2受容体に対する作用だけでなく,GABA/glycine作動性の抑制性介在ニューロンのα1受容体に作用するという間接作用も報告されている22,23).青斑核のノルアドレナリン神経は下行性疼痛抑制系として作用すると考えられてきたが,Kohroらは2020年に青斑核からの下行系が痛覚過敏に作用する可能性を報告した.Notchシグナル関連の転写因子であるHes5が脊髄後角に選択的に局在していて,青斑核ニューロンの脊髄内終末から放出されるノルアドレナリンがHes5陽性アストロサイトのα1A受容体に作用して,痛覚過敏を引き起こす.従って,青斑核から脊髄後角への下行性制御系には,鎮痛方向に作用する抑制系として機能する可能性と痛覚過敏方向に作用する促進系として機能する可能性があることが示された24)

3. 下行性疼痛制御系に対するセロトニンとセロトニン受容体の機能

セロトニン:5HTは末梢では発痛物質として作用し,延髄の大縫線核(raphe magnus:B3)からの下行線維が痛みの抑制に関わることが報告されてきた.「縫線核」とは,脳幹の正中部で左右の脳が縫い合わされる部位という意味であり,縫線核群のニューロンの多くがセロトニンを含有している.もちろん縫線核群にはセロトニンを含まないニューロンも存在する.脳幹内にあるB1~B9と呼ばれるセロトニン作動性神経群の多くも,縫線核群のニューロンである.脳内のほとんどのセロトニン作動性神経の細胞体は縫線核に限局しているが,軸索線維は脳の広汎な領域に投射するので,セロトニン神経系によって調節される中枢機能は多岐にわたる.摂食行動や性行動などの本能行動や,情動,学習や記憶などにも,セロトニンが関与している.セロトニンはさまざまな情報をコントロールし,精神を安定させる作用があるので,向精神薬にはセロトニン神経系を標的にした薬物が多い.また,セロトニン系に作用する薬物の過剰投与や相互作用によって,セロトニン神経系の活動性が亢進するとセロトニン症候群が生じる.一方,セロトニン受容体は薬理学および分子生物学的研究により,5-HT1から5-HT7の7つのファミリーに分類され,これらはさらにサブタイプに分かれるので10種類以上あり,興奮性と抑制性の両方の受容体が含まれる.またノルアドレナリンと同様に,セロトニン神経自身に作用するオートレセプターがあることもわかっている.しかもセロトニンはセロトニン受容体をもつニューロンとの間でのシナプス伝達よりも,放出部位から少し離れた部位にあるニューロンにも作用するという「拡散性伝達」が主流であるので,縫線核はまるでホースでセロトニンを脳全体に撒いているというようなイメージで,多岐にわたる作用を引き起こしている.

vlPAGからセロトニンを介する下行性疼痛制御系は大縫線核だけでなく,巨大細胞網様核などの延髄の網様体を含むので,腹側延髄腹内側部(RVM)を介する系と呼ばれる.RVMに局在する細胞は,機能的にはon cell,off cellとneutral cellに分類される.on cellは侵害刺激によって引き起こされる逃避反射が生じる直前に,急激で高頻度に発火(burst charge)する細胞である.on cellにはµオピオイド受容体が発現していて,モルヒネによる鎮痛に関与する.off cellは逃避反射を起こす直前に発火が停止するので,下行性疼痛抑制系のGo信号を出す細胞であると考えられている.on cellやoff cellはneutral cellの反応に影響を及ぼすが,neutral cellの発火頻度は侵害刺激には影響されない.neutral cellも下行線維を脊髄後角に送っているが,意外なことに,セロトニン含有ニューロンの多くはneutral cellである.通常neutral cellはRVMのニューロンの約20%であるが,持続的な炎症時にはon cellやoff cellの比率が増えることから,neutral cellは病態によって表現型を変化させる可能性も考えられている.off cellは下行性疼痛抑制に関与し,on cellは下行性疼痛促進に関与するが,セロトニンによる制御系が抑制性か促進性であるかは,受け手側の受容体のサブタイプにも大きく依存する.セロトニン受容体は脊髄後角侵害受容ニューロンや一次求心性の脊髄内終末だけでなく,抑制性介在ニューロンにも局在している.5-HT1受容体は抑制性の受容体であり,RVMのニューロンから放出されるセロトニンが侵害受容ニューロンの5-HT1受容体に作用すれば鎮痛方向に,抑制性介在ニューロンに作用すれば痛覚過敏傾向となる.5-HT2受容体は興奮性の受容体であるので,5-HT1受容体とは逆の作用が引き起こされる.特にストレス時や慢性疼痛時には,セロトニンによる疼痛制御系は促進系として作用することが報告されている1215,25,26)

4. ホメオスタシスを維持するための痛み系の回路

off cellが関与する逃避反射は,そもそも屈曲反射でもあり,屈曲反射を最初に言及したのは,1932年にノーベル生理学・医学賞を受賞した,イギリスの生理学者のSir Charles Sherringtonであった27).下肢の皮膚に侵害刺激を加えた場合には,屈筋を収縮させる2シナプス性の脊髄反射が引き起こされるが,実験的に脊髄を切断して,痛みを感じようがない動物でも生じることから,Sherringtonは「侵害受容」の概念を作った.侵害刺激の刺激源から遠ざかろうとする逃避反射は,ホメオスタシスを維持するための回路であるとも考えられる.侵害刺激回避のための回路は何重にも存在していて,Craigの内感覚におけるホメオスタシスの維持のためのシェーマ28)を参考にして,侵害刺激に対抗してホメオスタシスを維持するための回路を考えてみた(図5).侵害刺激が加わると,Aδ/C線維を求心路とする逃避反射(脊髄反射)が引き起こされるだけではなく,脳幹からのループを介して,循環調節や情動行動とともに疼痛制御がなされる.下垂体や大脳辺縁系からのループはPAGを経由して,上述した受動的戦略/能動的戦略がとられる.さらに体性感覚野を含む痛み関連の広汎な脳領域に侵害情報が到達して,痛みが発現するとともに侵害刺激に対抗するための疼痛行動が引き起こされる.つまり痛みの発現も疼痛制御系も共に,ホメオスタシスを維持するための生体防御機構の一部であると考えられる.大脳辺縁系の一部である扁桃体は情動の座と呼ばれ,侵害刺激を受けた時に生じる不快情動は,進化の早い時期に獲得したが,大脳辺縁系はヒトで最も優れている.さらに脊髄視床路と痛み関連の大脳皮質が最も発達したヒトでは,侵害刺激を明確に捉え,痛みを分析するシステムが発達したために,生体防御機構はさらに優れたものになった反面,無用な痛みに長く苦しめられる可能性も獲得したのではないかと推察した.

IV 結語

脊髄における内在性の疼痛抑制機構と下行性の疼痛制御系の基本的な知識について再考した.脳内の痛みの伝導路の活動に対する抑制機構が存在しても,痛みは抑制されるとは限らない.前者は側方抑制として機能し,刺激領域のコントラストを上げる機能があるので,側方抑制機構が減弱すれば,どこが痛みの刺激源であるかを明確に捉えにくくなる可能性がある.後者は緊急事態に対応するための自律神経反応や情動行動を引き起こす系とともに,ホメオスタシスを維持する機構の一部でもあると考えられる.ノルアドレナリンおよびセロトニンが関与する下行性の系は共に,疼痛抑制に関与すると考えられてきたが,疼痛促進系として機能することもわかってきた.侵害刺激を回避するために,疼痛制御,疼痛行動や痛みの発現を引き起こすための回路は脳内に何重にも存在するが,この回路が最も発達しているヒトでは,痛みは単なる情動体験ではなく感覚および認知系に裏打ちされた体験となり,無用な痛みに長く苦しめられる可能性も獲得したのではないかと推察した.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top