日本ペインクリニック学会誌
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症例
腓腹筋外側頭滑液包炎の治療に超音波が有用であった1症例
澤田 龍治中川 雅之林 千晴林 摩耶上島 賢哉安部 洋一郎
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2022 年 29 巻 4 号 p. 56-59

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Abstract

変形性膝関節症初期の疼痛の原因に腓腹筋外側頭滑液包炎が考えられ,治療に超音波を使用した症例を経験した.症例は73歳の女性.膝痛に対し関節内注射の効果なく当院を受診した.超音波で内側側副靱帯の水腫を認め,MRIで初期の変形性膝関節症と腓腹筋外側頭滑液包炎を診断した.超音波で腓腹筋外側頭滑液包を同定し局所麻酔薬を注入後,疼痛が改善した.関節外病変が変形性膝関節症の疼痛の原因となり,その同定や治療に超音波が役立つ可能性がある.

I はじめに

変形性膝関節症の疼痛の原因部位は一般的に関節内にあると考えられているが,関節外の軟部組織が関与することがある.超音波は軟部組織の描出に優れており,膝関節の評価や疼痛に対する治療に用いられることがある.今回,変形性膝関節症初期の疼痛の原因に腓腹筋外側頭滑液包炎が考えられ,治療に超音波を使用した症例を経験したので報告する.

本症例の報告に関して患者より同意を得ている.

II 症例

患 者:73歳,女性.158 cm,58 kg.

現病歴:X−6月に明らかな誘因なく左膝内側と膝窩部の疼痛が出現した.近医整形外科を受診し,鎮痛薬の内服や膝関節内注射を複数回施行されたが疼痛の改善が得られず,X月に当院ペインクリニック科を受診した.

身体所見では荷重時に膝関節痛の増悪と膝関節内側と膝窩部に圧痛を認めた.前方・後方引き出しテスト,外反ストレステストは陰性であったが,内反ストレステストは陽性であった.これらの所見から内側側副靱帯の病変を疑い超音波検査を行った.

膝関節内側の超音波検査では右側(健側)と比べ左側(患側)の内側側副靱帯の腫大を認めた.X線検査では軽微な骨棘は認められたが明らかな関節裂隙の狭小化はなかった(図1).Kellgren-Lawrence(K-L)分類1,2)ではGrade 1であり変形性膝関節症の診断には至らなかった.疼痛の原因に内側側副靱帯が関係していると考え,初診時とX月+1wに0.5%ロピバカイン5 mlを用い超音波ガイド下に伏在神経ブロックを施行した.また,X月+2wに1%メピバカイン5 mlを用い超音波ガイド下に左内側側副靱帯へ局所投与したが,NRSは7から6と十分な鎮痛が得られなかった.

図1

膝関節X線

明らかな関節裂隙の狭小化は認められない.

そのため疼痛の原因精査を目的にMRI検査を施行したところ,内側顆の軟骨の菲薄化と内側半月板が外周への逸脱を認め初期の変形性膝関節症の診断となった(図2).また,膝窩部の腓腹筋起始部にT2強調画像で円形状の高信号域を認め,腓腹筋外側頭滑液包炎の診断となった(図3).内側側副靱帯には軽微な水腫を認めた.超音波を用い圧痛部位を精査したところ,膝窩部の圧痛部位と腓腹筋外側頭滑液包炎の部位が一致したため膝窩部の疼痛に関係していると考えた.X月+3wとX+1月に1%メピバカイン5 mlを超音波ガイド下に腓腹筋外側頭滑液包へ局所投与し,NRSは6から3へ疼痛の軽減が得られた(図4).その後の外来受診では疼痛の悪化がないためX+6月に終診となった.

図2

膝関節MRI:脂肪抑制T2強調冠状断像

内側顆の関節軟骨の菲薄化(橙色矢印)と左膝内側半月板の逸脱(赤丸),内側側副靱帯の水腫(水色矢印)を認める.

図3

膝関節MRI

a:T2強調横断像,b:脂肪抑制プロトン強調矢状断像.

左腓腹筋外側頭滑液包炎(赤丸)の所見を認める.

図4

膝窩部超音波画像(局所注射前の画像)

左腓腹筋外側頭滑液包(橙色楕円形点線)を同定し交差法で穿刺.

III 考察

変形性膝関節症は荷重や外傷が加わることで関節軟骨の破壊と滑膜炎を伴い関節機能が障害される疾患である.進行すると不可逆的であり日常生活動作に影響を与えて,メタボリックシンドロームとの関連が指摘されている3).そのため初期の段階で診断し介入することが望ましく,診断方法や疼痛の原因となる部位の同定,治療方法の検討が重要である.

変形性膝関節症の診断方法として代表的なものはX線検査によるK-L分類が挙げられる.K-L分類は骨棘の有無や関節裂隙の程度が基準となりGrade 0~4に分類され,Grade 2以上で変形性膝関節症の診断となる.しかし,変形性膝関節症初期では関節軟骨などの軟部組織の変化から生じた骨棘や関節裂隙の狭小化が認められないため,Grade 1以下でも完全に否定することはできない.MRI検査は軟部組織の評価に優れており変形性膝関節症初期の診断に有用である.しかし,撮像時間が長いことや検査費用が高価である点,体内に金属が挿入されている場合には撮影できない可能性があるなどの問題点があり初期に行うことは少ない.超音波は軟部組織の描出が可能であり,被曝のリスクがなく速やかにベッドサイドで施行できる.初期の変形性膝関節症の超音波所見としては内側半月板の逸脱や水平断裂,骨棘が挙げられる4).また,膝の屈伸運動により内側半月板の評価が行いやすくなる動的評価や,内側側副靱帯に異常な血流が観察される血流評価が挙げられる5)

本症例ではX線と超音波を用いて変形性膝関節症と診断することができなかった.その理由としては,関節裂隙の狭小化や骨棘の所見が乏しい点,内側半月板の逸脱を評価できていなかった点,動的評価や血流評価を行っていなかった点が挙げられる.内側半月板の逸脱の所見は,左内側側副靱帯へ局所注射を施行した際の超音波画像で大腿骨と脛骨間から内側側副靱帯側へ膨隆したやや高輝度な楕円状の構造物として認めていた(図5).変形性膝関節症初期ではX線よりも超音波が診断に有用となりえるため,超音波所見の特徴を理解し画像描出の技術を習得することが重要であると考えられた.

図5

膝関節内側超音波画像

内側半月板の逸脱(橙色矢印)が疑われる.

変形性膝関節症の疼痛の原因部位は一般的に関節内にあると考えられている.しかし,一定の割合で膝関節外の軟部組織にも疼痛の原因があり圧痛部位が存在すると報告されている6,7).本症例では関節内注射を繰り返し施行され効果がなかったことや,膝関節内側と膝窩部に圧痛部位を認めたことから関節外病変が疼痛の原因として考えられた.実際に圧痛部位である膝関節内側には内側側副靱帯水腫を認め,膝窩部には腓腹筋外側頭滑液包炎を認めた.疼痛の主な原因である腓腹筋外側頭滑液包炎はMRIで診断した後に超音波で同定したが,MRI施行前に超音波で診断することができればより速やかに治療を行えた可能性がある.変形性膝関節症の疼痛の原因に関節外病変が疑われる場合には,圧痛部位の確認と超音波による評価が疼痛部位の診断につながると考えられた.

変形性膝関節症の治療においてまず行われるのが保存療法である.Osteoarthritis Research Society International(OARSI)のガイドライン8)では筋力訓練や装具療法,薬物療法に加え関節内注射であるステロイド注射・ヒアルロン酸注射が推奨されている.本症例のように関節外病変が疼痛の原因である場合には関節内注射の効果が得られない可能性があるが,その他のインターベンショナル治療についてOARSIのガイドラインには記載がない.宗田らは膝痛を訴える患者の圧痛部位にヒアルロン酸の局所注射を行うことで疼痛の改善が得られたと報告している9).症例が必ずしも初期の変形性膝関節症ではなく局所投与している薬剤も本症例とは異なるが,圧痛部位を関節外症状として考えれば本症例と同様の治療を行っているといえる.そのため,初期の変形性膝関節症の疼痛の原因となりうる関節外病変にも効果が得られる可能性がある.圧痛部位に局所投与する薬剤については検討の余地があるが,関節外病変が疼痛の原因として考えられ,ガイドラインに基づく治療で効果が得られない場合は考慮すべき治療といえるかもしれない.また,圧痛部位への局所注射の際に超音波を用いることで関節外病変の同定と正確な局所投与に役立つのではないかと考えられた.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第1回東京・南関東支部学術集会(2021年1月,Web開催)において発表した.

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