2022 年 29 巻 8 号 p. 182-185
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるデュロキセチン(DLX)は中止後に退薬症状が生じることがある.長期間DLXを内服し,中止後に退薬症状と思われる幻聴を生じた症例を経験したので報告する.73歳男性,腰部脊柱管狭窄症による腰下肢痛に対しDLXを4年3カ月投与した.投与量は症状に合わせて増減し,中止前の19カ月間は最小用量の1日20 mgであった.DLX中止後7日目に足元で小鳥が鳴くような幻聴があり,内服を再開したところ幻聴は消失した.DLXの投与間隔を連日から隔日,数日と徐々にあけ,12カ月後に症状出現時の頓服のみとし,1年7カ月かけて完全に中止した.DLX中止後にさまざまな退薬症状が生じた報告があるが,幻聴の報告は見当たらない.DLXを中止する際には,本症例のような非特異的な退薬症状を呈することがあるため,患者の状態を十分観察する必要がある.
We report a case of auditory hallucination after discontinuation of duloxetine (DLX). A 73-year-old man took DLX for 4 years and 3 months for back and leg pain. The DLX dosage was adjusted in a range of 20–40 mg/day, and he took a minimum dose for 19 months before discontinuation. On the 7th day after discontinuation, he experienced an auditory hallucination that he described as birds singing by his feet. He resumed taking DLX, and the administration interval was gradually increased from every day to a few days. He stopped taking DLX completely after 19 months. Although there are various reports about withdrawal symptoms after discontinuation of DLX, no reports of this symptom have been found. The clinicians should be aware of non-specific withdrawal symptoms such as in this case.
慢性疼痛患者に使用する機会が多いセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin noradrenaline reuptake inhibitor:SNRI)であるデュロキセチン(DLX)は,投与中止後にさまざまな退薬症状が出現することから,慎重に中止することが求められる薬剤の一つである.今回DLXを長期間内服し,段階的に減薬した後に中止したにもかかわらず退薬症状と思われる幻聴を生じた症例を経験したので報告する.
本症例報告に際し,当院倫理委員会の承認(承認番号:2020–230)および患者と家族から文書による同意を得た.
73歳男性.身長149 cm,体重52.3 kg.X年12月腰部脊柱管狭窄症による腰下肢痛の治療目的で当科紹介受診した.既往歴に脊髄馬尾腫瘍摘出術,腰椎圧迫骨折,脳梗塞があった.
初診時に両足底,右足関節および右大腿外側に痛みがあり,両鼠径部のしびれ感と右鼠径部以下の感覚鈍麻がみられた.視覚的アナログスケール(visual analog scale:VAS)は40/100 mm,下肢伸展挙上テスト(straight leg raising test:SLR)は右70°左70°,大腿神経伸展テスト(femoral nerve stretching test:FNS)は左右とも陰性,徒手筋力テストでは右下肢優位の筋力低下を認めた.hospital anxiety and depression scale(HADS尺度)は不安(3/21点),抑うつ(6/21点)といずれも陰性であった.内服薬はプレガバリン150 mg/日およびロキソプロフェン60 mgの頓用であった.
前医からの処方に毎夕食後のDLX 20 mg/日を加え治療を開始した.投与量は症状に合わせて増減し20 mg/日を9カ月間,40 mg/日を8カ月間,30 mg/日を3カ月間投与した後,最小規格用量である20 mg/日を19カ月間投与した.初診から4年3カ月後のX+5年3月に内服中止を指示したところ,中止後7日目に「足元ですずめが鳴くような」幻聴が出現し,内服を再開した翌朝に治まったと患者から報告があった.DLXによる退薬症状を疑い,段階的な中止を計画した.X+5年6月より隔日20 mgの内服を4カ月間行い,その後1週間ごとに1日ずつ内服間隔を延ばしていった.内服間隔が7日となったところで再度中止を試みたが,中止後3日目に幻聴が出現し,我慢しているとイライラ感や不安感も出現したと患者が報告したため内服を再々開した.次の3カ月で徐々に内服間隔を14日まで延長したところ幻聴が出現しなかったため,症状出現時のみの20 mg頓服を指示した.20日後に1回頓服,以後2カ月間は3~7日ごとに頓服した.その後はイライラ感のみで幻聴は出現せず,頓服せずに過ごせるようになったため,最初の退薬症状出現から1年7カ月後のX+6年11月に終診とした(図1).
デュロキセチン漸減中止の経過
初診から4年3カ月後のX+5年3月にデュロキセチンを中止したところ,幻聴が出現した.毎日20 mgの内服をX+5年6月から隔日とした.内服間隔が7日になった後中止したが,症状が出現したため再度内服開始し14日間隔まで延長した.頓服指示後7カ月で終診とした.
SNRIや選択的セロトニン再取り込み阻害薬(serotonin selective reuptake inhibitor:SSRI)の退薬症状の報告は多い.DLXの退薬症状としては不安,焦燥,興奮,浮動性めまい,錯覚感,頭痛,悪心,筋痛などの報告があり発生率は6~55%とされる1).内服中止後数日以内に出現し,多くは数週間程度続くとされるが,2年間続いたとする報告もある1,2).SSRI,SNRIに関連した幻聴を含む幻覚の報告はこれまでに,SSRIであるパロキセチン中止後に幻聴と幻視の症状が出現した報告3)や,パロキセチン内服開始で音楽性幻聴や幻聴・幻視を生じた報告4,5),DLX増量後に幻視を生じた報告6)などがあるが,DLX中止後の幻聴の報告は見当たらない.
抗うつ薬の退薬症状は薬物濃度の急激な減少が主な原因の一つとされ,SNRIでDLXより半減期の短いvenlafaxineでは退薬症状の発生率が23~78%1)とDLXよりも高い.セロトニン再取り込み阻害薬の退薬症状は,①投薬を終了したことによる利用可能なセロトニンの減少した状態,②シナプス前およびシナプス後に存在する多種類の5-HT受容体やセロトニントランスポーターの脱感作が複雑に影響しあった結果,セロトニン細胞の興奮が抑えられた状態,③セロトニンによって抑制されていた青斑核のノルアドレナリンニューロンがセロトニン減少により過剰に作動した状態7),④SSRIのドパミンの増強効果が薬物中止後にも遷延して影響した状態8,9)などにより発生すると報告されている.
高齢者においては前頭葉の5-HT1および5-HT2受容体数が減少し,5-HT2受容体では結合能の低下も起こることや,視床下部におけるノルアドレナリンの濃度低下が起こること10)が報告されている.DLX中止によって5-HT系およびノルアドレナリン系の機能低下がより顕著に表れ退薬症状が起こる可能性も考えられる.
幻聴には,①統合失調症でみられる対話性幻聴,②精神疾患,脳病変,てんかん,難聴,薬物中毒などに伴ってみられる音楽性幻聴や要素性幻聴などが知られている11).統合失調症の諸症状は中脳辺縁系におけるドパミン過剰が原因の一つとされ,幻聴もその一症状と考えられている.音楽性幻聴の機序は明らかでないが,精神疾患を伴わない症例では高率に難聴を伴っており,聴覚求心路の遮断により聴覚皮質の内在性興奮が解放され幻聴が生じるとする仮説,難聴や加齢が音楽の情報処理の回路に影響を及ぼすとする仮説がある11).本症例は幻聴の既往はなく,高齢のため聴力の低下は幾分あったと思われるが,日常会話に困るものではなく耳鳴りの症状もなかった.幻聴は「自分の足元ですずめがちゅんちゅん鳴いている」とはっきり感じるものであったが,実際にはすずめが存在しないことを患者自身は認識していた.また症状には再現性があり内服再開で改善したことから,幻聴に関連する脳神経伝達過程にDLX中止が影響した可能性がある.
抗うつ薬の中止に関する英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence:NICE)ガイドラインでは漸減中止期間を「4週間以上」とし,日本うつ病学会治療ガイドラインでも「緩徐に漸減することが原則」とある.パロキセチン中止時の退薬症状防止に,最小量を一定期間続けた後中止することが必要であるという研究がある12)が至適な期間については言及していない.本例では最小規格用量の20 mg/日を19カ月継続したのち中止したところ中止後7日目に退薬症状が出現し,その後投与間隔を延ばす方法で漸減したが,完全中止までに相当の時間を要した.最終段階で頓服使用を許可したことによる患者の安心感や退薬症状に対する慣れも内服中止を可能とした要因の一つと考えられた.
1日最小規格用量まで減薬した後の減量方法については,①内服間隔を延ばしていく方法,②最小規格用量よりも少ない量に減量する方法,③半減期の長い他の抗うつ薬に変更する方法などが考えられる.DLXはカプセル製剤であり錠剤のように分割することは困難であるが,脱カプセルした顆粒を使用することで1回投与量をさらに減らし中止に成功した報告がある2).顆粒は酸性に弱く腸溶コーティングされているため,噛んだりすりつぶさずに内服させる指導を行う必要がある13).
またDLXの半減期は統計学的に優位ではないものの高齢者で延長するため14),高齢患者のDLX中止時には退薬症状が中止後数日以上経って発生する可能性もあり,長めの経過観察が必要である.
今回,DLXを漸減中止したにもかかわらず退薬症状と思われる幻聴が出現した症例を経験した.退薬症状は患者にとって不快であるだけでなく,症状の再燃や新たな疾患の発症と混同され,診断や治療を困難にする可能性がある.DLX中止の方法に関する詳細な指針が定まっていない現在,慎重かつ段階的に中止することやさまざまな退薬症状の出現の可能性について患者に十分な説明を行い,経過をよく観察することが重要であると考えられる.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.