日本ペインクリニック学会誌
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症例
直腸がん術後の難治性旧肛門部痛を複数回のくも膜下フェノールブロックで管理し得た1症例
南 ひかり安濃 英里小野寺 美子菅原 亜美神田 恵神田 浩嗣
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2023 年 30 巻 1 号 p. 5-8

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Abstract

直腸がん術後の旧肛門部痛に対し,くも膜下フェノールブロック(subarachnoid phenol block:SAPB)を繰り返し行うことでquality of life(QOL)を改善し,入院から在宅療養への移行および在宅療養の継続が可能となった症例を経験したので報告する.40代男性,直腸がんの術後に薬物療法でコントロール困難な旧肛門部痛が出現し,疼痛と薬物の副作用で在宅療養が困難であった.排尿障害を考慮して不対神経ブロックや仙骨硬膜外ブロックを行ったが効果に乏しく,排尿障害が出現した時点でSAPBを行ったところ,疼痛が軽減し在宅療養が可能になった.以降骨盤内再発や多発転移が出現したが,SAPBの効果が減弱してきたタイミングでブロックを繰り返し(計3回)行ったことで在宅療養期間を長くとることができ,かつ永眠するまで疼痛はコントロールされた.旧肛門部痛や会陰部の疼痛が薬物療法で困難な場合,SAPBが考慮されるが,効果減弱時に反復して行うことで患者のQOLの改善に寄与することができた.

Translated Abstract

We here report a patient whose longstanding refractory pain in the original anus was ameliorated by repeated subarachnoid phenol block (SAPB), improving his quality of life (QOL) and enabling transition from hospital to home care. After undergoing surgery for rectal cancer, a man in his 40s developed longstanding anal pain that was difficult to control with medication, this pain and adverse effects of drugs making home care difficult. Ganglion impar and caudal blocks, performed because of the likelihood of post-SABP dysuria, were ineffective. However, SAPB ameliorated the pain, enabling the patient to receive home care. His cancer subsequently progressed. Repeated SAPB (three times in total) on return of symptoms achieved pain control, allowing the patient to continue to receive home care until he died. Repeated SAPB contributed to improvement in this patient's QOL.

I 緒言

現在のがん性疼痛治療の第一選択は薬物療法であるが,疼痛緩和が不十分なことも多く1),追加治療としてインターベンショナル治療や外科的侵襲的鎮痛法が検討される2).その中で,くも膜下フェノールブロック(subarachnoid phenol block:SAPB)は骨盤周辺のがん性疼痛に有効である3).しかし,その効果は永続的ではなく,quality of life(QOL)の低下を招く合併症を伴うことがある.そのため,SAPBは長期予後の期待が困難である進行期のがん患者に施行されることが多いが,SAPBを複数回行ったという報告は,国内はもとより,海外においても詳細な報告はごく限られているため,実際の施行には判断に苦慮する.今回,直腸がん術後の旧肛門部の疼痛に対し,SAPBを繰り返し行うことでQOLが改善し,在宅療養が可能になった症例を経験したので報告する.

なお,本症例における報告にあたり,患者本人に説明し文書による同意を得ている.

II 症例

症 例:40代,男性.

診 断:家族性大腸腺腫症,直腸がん,上行結腸がん.

既往歴:左変形性股関節症に対し24歳時に左骨盤骨切り術.

主 訴:旧肛門部痛.

現病歴:X年2月に肛門部痛を自覚し,直腸がんの診断となった.X年4月に腹腔鏡下大腸全摘術+人工肛門造設術施行,以降術後化学療法を実施していたが,腹腔内デスモイドの増大を認め9月に入院した.腸閉塞も併発し,化学療法が変更されたが,この時旧肛門部痛の増大があり,当院緩和ケア科に紹介初診となった.

初診時現症:旧肛門部から陰嚢部にかけて,numerical rating scale(NRS)常時6~7,増悪時NRS 10,灼熱感のある,座位や仰臥位で悪化する疼痛があった.主科よりジクロフェナクNa 75 mg/日,トラマドール150 mg/日,アセトアミノフェン1,300 mg/日が処方されていたが効果に乏しく,仰臥位も座位も不可能であった.

経 過:薬物療法としてプレガバリン150 mg/日,オキシコドン速放製剤を頓服(5~10 mg/回)で開始し徐々に増量したが疼痛は増悪傾向であった.SAPBが考慮されたが,排便経路は人工肛門であったものの自力排尿は可能であり,排尿機能を維持する方針となりX年12月に不対神経ブロック(無水エタノール10 ml)を施行した.ブロック後,NRSは6から5と大きな効果は得られず経過した.この頃,メサドンが開始となり,X+1年1月には40 mgに増量となったが,常時NRS 8と疼痛は改善せず,またオピオイドによる眠気の副作用もあり臥床傾向が続いた.

X+1年7月,骨盤内再発した腫瘍が下部尿路病変に浸潤(図1)し排尿障害が出現,敗血症となり入院したことから,化学療法など積極的な治療は行わず,緩和ケアを主体とする治療方針となった.ここで,排泄に関する懸念が消失したため本人と相談したところ,SAPBを希望された.

図1

再発した骨盤内腫瘍像

サドルブロックテスト(L4/5間高比重ブピバカイン1 ml)で鎮痛効果を確認した上で,X+1年8月にL4/5間からSAPBを施行した.10%フェノールグリセリン(PG)を0.2 ml注入したが,0.1 mlが漏出したため追加で0.2 ml注入し,レスキューを内服しながら数時間座位を保持した.NRSは常時NRS 8から3に,増悪時NRS 10から5に減少し,オピオイドレスキューの回数も減少した.ブロック後は,下肢の運動/感覚麻痺や頭痛などの合併症なく経過し,ブロック12日後退院した.

退院後,3カ月ほどSAPBの鎮痛効果は持続したが,その後徐々に旧肛門部痛と左下肢疼痛(L4~S2領域)が増悪し,オピオイドやプレガバリンの増量はやむを得なかった.CTにて左の坐骨転移(図2)が判明し,ブロックの効果減弱と坐骨神経を巻き込む骨転移が疼痛悪化の原因と考えられた.X+1年12月に入院,転移部緩和照射(20 Gy/5 fr)を硬膜外鎮痛(L3/4間レボブピバカイン)および鎮静下(ミダゾラム,フェンタニル)にて施行した.照射終了日に,SAPB 2回目(L4/5間PG 0.3 ml)を施行したところ,翌日にはNRSは常時NRS 7から2に,増悪時NRS 10から4に減少し,オピオイド頓服の回数もSAPB前の半分程度に抑えられ,入院3日後に退院した.

図2

左坐骨の骨転移像

骨破壊が進んでいる.

退院後,1週間以降に左下肢痛の痛みの訴えが少なくなった上に,プレガバリンも増量なく経過したため緩和照射の効果が現れたと考えられ,また,旧肛門部痛に関してもSAPBの効果で2カ月ほどはオピオイド頓服の回数を抑えられていた.しかし,その後徐々に疼痛増悪による頓服の回数が増加した.X+2年4月には,CTで骨盤内腫瘍の増大と新たに右仙骨転移や肺転移が確認され,疼痛増悪はがんの進行によるもので,かつ余命は数カ月と考えられた.右仙骨転移および左坐骨転移部の緩和照射(8 Gy/1 fr)を脊髄くも膜下麻酔(L4/5間高比重ブピバカイン)および鎮静下(ミダゾラム,フェンタニル)に行い,4日後にSAPB 3回目(2回目と同内容)を施行した.ブロック翌日にはNRS常時6から2に,増悪時10から7に減少し,退院した.

退院後は訪問看護を受けながら在宅で療養していた.がんの進行により徐々に臥床傾向となったが,旧肛門部痛や左下肢痛の増悪はなく,オピオイドやプレガバリンの増量はせずに経過した.X+2年7月,呼吸困難で入院,6日後に永眠された.

III 考察

直腸がん術後の旧肛門部の疼痛に対し,SAPBを3回繰り返すことで良好な鎮痛を得ることができた症例を経験した.

がんは進行するにつれて,腫瘍が浸潤,増大,転移し侵害受容性疼痛が増悪する.また,術後疼痛や化学療法による神経障害性疼痛の他,長期臥床やリンパ浮腫による疼痛など,がんに関連した疼痛も出現する1).がん性疼痛薬物療法としてオピオイドがよく使用されるが,副作用として嘔気や眠気の他,幻覚,錯乱などの精神症状や知的活動が低下することもあり4),患者のQOLが低下する場合が少なくない.

オピオイドで疼痛管理が不十分な難治性疼痛に対して,インターベンショナル治療を併用することでオピオイドを減量できる可能性があり,本症例のような旧肛門部や会陰部に限局した難治性疼痛に対してはSAPBが良い適応である5).神経破壊薬であるフェノールグリセリンをくも膜下腔に注入することで神経変性を引き起こし6),長期間鎮痛効果が持続するとされている.福永らの報告7)では,会陰部痛に対するSAPBにおいて,ブロック前と比較してブロック3カ月後のvisual analogue scale(VAS)が有意に減少しており,長期的な鎮痛効果が得られた.しかし鎮痛の持続期間には個人差があり,1~2カ月が52%,2カ月以上が27%,2週間以内が14%との結果報告もある8).また,合併症として膀胱直腸障害や下肢運動麻痺のリスクがあることや,手技施行の際フェノールグリセリン注入時に痛みが生じること4),体位保持が数時間必要なことも患者にとって苦痛となり得る.このような背景から,SAPBは余命3カ月未満の患者に適しており,余命3カ月以上の患者の難治性疼痛に対しては,脊髄に対する外科的療法を考慮すべきとの意見もある8)

本症例は,合併症を考慮し永久的な膀胱直腸障害が出現した時点でSAPBを行い,効果が切れたタイミングでブロックを繰り返した.フェノールグリセリン注入時や体位保持時の疼痛は鎮痛薬の内服や持続静注で対応でき,下肢運動麻痺などの合併症も起こらなかった.がんは進行性で,腫瘍の増大や骨転移の出現で疼痛が悪化したため,メサドンの減量には至らなかったが,SAPBで局所的に疼痛緩和したことでメサドン増量の程度を抑えることができたと考える.レスキューに関しても,ブロック前はレスキューの効果が弱いうえ回数も多く副作用が強く出ていたが,ブロック後はレスキューの鎮痛効果が発揮され,内服回数も減ったため副作用を軽減することができた.

痛みの部位や程度からは,脊髄くも膜下腔にカテーテルを留置する持続鎮痛法も考慮される症例だが,感染やカテーテルトラブル(閉塞,屈曲,破損,先端の線維化など)の他,下肢運動麻痺のリスクも高い9).患者は40代と比較的若年であり,可能な限りactivities of daily living(ADL)を維持しながら自宅で過ごしたいという思いが強かった.複数回のSAPBによりQOLに悪影響を及ぼしていた旧肛門部痛を取り除くことで,患者の望む生活を送ることができたと考える.

今後,化学療法の改良などにより予後が延長する中で,SAPBが複数回必要となる症例は増えると推測される.本症例のように,ブロックを繰り返し行うことで局所的な鎮痛効果を持続させ,QOL向上に貢献できたことは非常に有益な経験であった.初回のSAPBから3カ月以上の疼痛治療が続く症例では,効果が不十分となったタイミングで痛みの評価や病態を行った上で追加のSAPBを考慮すると,疼痛コントロールが良好となる可能性がある.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会 第2回北海道支部学術集会(2021年9月,Web開催)において発表した.

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