2023 年 30 巻 10 号 p. 236-240
神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy:NA)は,肩や上肢の激しい痛みと疼痛の軽減後に顕在化する同側上肢の筋萎縮・筋力低下を特徴とする.NAの疼痛治療に神経ブロックを行った症例の報告は少ない.今回,NA患者の肩・上肢の遷延する激痛に対し,神経ブロックとデュロキセチン(DXT)による治療を行った.腕神経叢へのデキサメタゾンリン酸エステルナトリウム(DEX)投与は亜急性期の肩と上肢の痛みを改善したが,再燃した上肢の痛みには無効であった.再燃した痛みには上位胸部硬膜外ブロックが著効した.DXT内服は手の疲労感と前胸部違和感・咳嗽時痛に有効であった.NAの疼痛には多様な発生機序が存在する可能性があり,神経ブロックを含め複合的な治療戦略の蓄積が必要である.
Neuralgic amyotrophy (NA) usually causes severe pain in the shoulder and upper extremities, followed by paralysis when the pain subsides. We experienced a case of NA in which severe pain in the shoulder and upper extremities improved with nerve block therapy and duloxetine. Administration of DEX to the brachial plexus of the supraclavicular region improved subacute shoulder and upper extremity pain but had no effect on recurrent pain. Epidural block and oral duloxetine were significantly effective in recurrent pain. Pain with various mechanisms may be mixed in NA, and it is necessary to accumulate multiple treatment strategies including nerve blocks.
神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy:NA)は,一側の肩や上肢の激しい痛みで発症し,続いて患部の麻痺と筋萎縮を生じる疾患である1,2).今回,遷延する肩・上肢の激痛を主訴とし,神経ブロック療法とデュロキセチン(DXT)による治療を行ったNA症例を経験した.
本症例の報告にあたり,患者本人の承諾を書面にて得ている.
55歳男性,身長168 cm,体重67 kg.既往歴・家族歴なし.外傷・先行感染なし.職業・靴職人,右利き.
5~6年前より,右肩背側から背部の痛みを感じマッサージなど受けるも効果なく,しばらく後に自然軽快するというエピソードを数回繰り返していた.近医で受けた頚椎・胸椎MRIでは異常がなかった.X−42日より右肩と右上腕の痛みが生じ徐々に悪化したため,総合病院に検査入院した.入院後も痛みが悪化し指先まで痛みが広がった.非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)は無効で,X−25日にはMRI中に強い痛みのため迷走神経反射を生じ意識消失を起こすほどであった.アセトアミノフェン(APAP)の静脈投与はほぼ効果がなく,強い痛みが続いた.各種血液検査や画像検査で異常がなく,腫瘍や血流障害・頚椎症・代謝性疾患・膠原病は否定的であったため心因性疼痛を疑われ,疼痛治療を目的にX日に当科を紹介受診した.
初診時は激痛で顔をしかめており,右の肩・上腕外側・腋窩部背側・前腕撓側・手掌・前腕尺側に感覚異常を伴う痛みがあった(図1).痛みの強さは安静時でnumerical rating scale(NRS)6~7であり,動作時にはNRS 10となるため腕を動かさず,睡眠障害があった.所見の詳細を表1に示す.感覚異常や疼痛はデルマトームと一致せず,斑状に存在した.右の肩甲上神経,腋窩神経,筋皮神経,外側前腕皮神経,内側前腕皮神経,正中神経,尺骨神経の障害と考えられた.
疼痛部位(青)と側胸部違和感・咳嗽時痛(桃色)
【痛みの部位・性質】 ・右の肩・上腕外側・腋窩部背側・前腕撓側・手掌・前腕尺側でびりびりした痛み 【感覚検査】 ・右肩・上腕外側・腋窩部背側で痛覚過敏 ・右手掌特に第3,4,5指で触覚低下と痛覚過敏 ・いずれの部位にもアロディニアなし 【筋萎縮】 ・右の三角筋(腋窩神経)・浅指屈筋(正中神経)・背側骨間筋(尺骨神経)にごく軽度の萎縮の疑い 【筋力検査】 ・右上肢近位筋で筋力低下なし ・右の撓側手根屈筋(正中神経),手関節屈曲(正中神経),背側骨間筋(尺骨神経)でわずかに左右差あり 【徒手検査法】 ・Spurling test:陰性 ・Roos test:痛みで施行不可 ・Morley test:放散痛なし 【MRI】 ・腕神経叢炎の所見なし 【針筋電図】 ・未施行 【神経伝導速度検査】 ・右尺骨神経の運動神経伝導速度が正常下限で振幅低下,感覚神経伝導速度は正常 |
激痛が遷延しており即時的な除痛を望んでいたため,神経ブロックにて除痛を図ることとし,頚部硬膜外麻酔よりも重篤な合併症の少ない超音波ガイド下腕神経叢ブロックを選択した.リニアプローブを鎖骨上窩に置いて平行法で穿刺し,DEX 6.6 mgと0.15%ロピバカイン塩酸塩水和物10 mlを上神経幹・中神経幹・下神経幹周囲に満遍なく投与した.直後より手の温かい感覚と除痛が得られた.ブロック当日は痛みが消失したが,翌日には右上腕外側と右前腕・手に痛みが戻った.初回のブロック以降,肩の痛みは消失した.
2回目(X+14日)は,患者本人が局麻による運動障害を嫌ったため,DEXと生食を前回同様に鎖骨上窩部で腕神経叢周囲に投与した.当日より痛みが和らぎ,右手の巧緻運動が可能となったが,動かしにくさは残存した.動作時NRSは4~5へ減少して睡眠障害が改善した.握力の左右差もなくなった.この頃より側胸部の違和感と咳嗽時痛(長胸神経由来)を自覚した.3回目の腕神経叢周囲へのDEX投与(X+28日)で,上腕外側と前腕撓側の痛みが消失した.手掌と前腕尺側の痛みは動作時NRS 4~5で落ちつき,手のだるさや握りにくさはあるものの,バイクの運転が可能となった.残存した手掌・前腕尺側の痛みに対して星状神経節ブロックは無効であった.
X+60日ごろより上腕外側・手掌・前腕撓側と尺側の痛みがNRS 6~7まで再燃した.腕神経叢へのDEX投与を行うも効果がなく,X+77日にT1/2椎間より硬膜外ブロック(0.125%ブピバカイン7 ml+メチルプレドニゾロン酢酸エステル40 mg)を行ったところ,その場で痛みがほぼ消失した.X+84日,2回目の硬膜外ブロックで痛みが完全に消失した.残存した側胸部の違和感・咳嗽時痛と動作時の手の疲労感に対しDXT 20 mg/日内服を開始し翌週より30 mgに増量したところ,症状が完全消失した.DXTは8週間継続したのちに漸減し中止したが痛みの再燃はなかった.
初診時より「感覚障害の所見がデルマトームと一致しない肩・上肢の痛み」ということからNAを疑ったが,筋萎縮や筋力低下が明確ではなく確定診断ができなかった.症状完全消失後(X+152日)の握力は両側26 kg,X+473日には右32 kg左26 kgと,経過とともに右の握力の回復を認め,初診時の筋力低下の存在が明確となりNAと診断した.
今回,遷延する疼痛を主訴とするNAに対して,腕神経叢ブロック,硬膜外ブロック,DXT内服による治療を行い奏功した症例を経験した.
NAの典型例では,一側の肩・上肢に激烈な疼痛が数日~数週間(平均10週間)持続し,疼痛軽減後に同部位の筋萎縮を伴う筋力低下と感覚障害が顕在化する.強い痛みのため93.5%に睡眠障害を生じる.神経生理検査や画像検査では正常であることも多く,単独でNAと確定診断できる検査はない.診断は特徴的な臨床経過と除外診断で行う.本邦では臨床診断ガイドラインが2020年に発表されている(表2).例えば,三角筋・棘下筋が障害されても上腕二頭筋は正常であるというように,神経根や頚髄病変,腕神経叢障害では説明できない障害分布を示すことが診断に重要である2).障害好発筋は棘上筋,棘下筋,前鋸筋,菱形筋,三角筋,上腕二頭筋で,前骨間筋や後骨間筋の報告も多くある1,3).
中核項目 1.一側の頚部,肩,上肢,前腕の神経痛(数日~数週間持続)で発症する 2.神経痛の軽減後に同側の上肢の筋萎縮・筋力低下を生じる 3.腕神経叢の部分的/不完全な障害や腕神経叢の分枝の障害,またはそれらの合併が推定される 支持項目 4.ウイルス感染や罹患肢の機械的なストレス(労作,スポーツ,外傷など)が発症に先行 5.罹患肢における腱反射の減弱または消失 6.運動神経が有意であり,感覚障害は存在しても比較的軽度 7.肩甲上腕部(棘上筋,棘下筋,前鋸筋,菱形筋,三角筋,上腕二頭筋など)優位に筋萎縮・筋力低下を生じ,腕神経叢上・中部の障害あるいは腕神経叢の分枝(長胸神経,肩甲上神経,腋窩神経,前骨間・後骨間神経など)の(多発)単神経障害,あるいはそれらの合併として説明されうるが,全支配筋が障害されることはない(罹患筋のまだら状分布) 8.腕神経叢以外の神経障害(腰神経叢,横隔神経,脳神経)の合併 9.筋萎縮は数カ月~数年の経過で改善を示す(後遺症を残すことがある) 10.再発をきたす 11.家族歴を有する 12.MRIで罹患肢の神経根や神経叢に異常信号が描出される 13.針筋電図所見で罹患筋に脱神経・再支配の所見を認める 14.神経伝導検査所見で罹患肢に軽度の運動神経電動速度,複合筋活動電位の低下や感覚神経活動電位の低下がみられる.全身性ニューロパチーを示唆する初見は認められない 除外項目 15.以下の疾患が除外できること:頚椎症,肩・肘関節疾患,多巣性運動ニューロパチー,慢性炎症性脱髄性多発根神経炎,多発単神経炎(血管炎性ニューロパチーなど),糖尿病性ニューロパチー,運動ニューロン疾患,平山病,絞扼性末梢神経障害,複合性局所疼痛症候群,悪性腫瘍の腕神経浸潤,遺伝性圧脆弱性ニューロパチー 〈診断基準〉 1.中核項目(1,2,3)の全ておよび除外項目(15)を満たす症例を神経痛性筋萎縮症と診断する 2.上記に加え,支持項目(7)を満たし,支持項目(11)に合致しない(家族歴を有さない)症例を特発性神経痛性筋萎縮症(典型例)と診断する |
厚生労働科学研究費補助金 慢性の痛み対策研究事業 難治性神経因性疼痛の基礎疾患の解明と診断・治療精度を向上させるための研究班,池田修一.神経痛性筋萎縮症臨床診断ガイドライン.Peripheral Nerve末梢神経2021; 32: 172‐3より抜粋.
NAの正確な病態・治療法は確立していない.感染,機械的刺激,遺伝的要因などの複数の因子が関与した免疫機序による多発単神経炎が有力視されている.発症4週以内のステロイド投与が疼痛期間の短縮と運動障害の回復に有効とされる1,4).ステロイド以外で初期の疼痛に有効なものはオピオイドとNSAIDsの併用であり,神経障害性疼痛に用いられるアミトリプチリン,カルバマゼピン,ガバペンチンは著効例が4.3%,全く効果なしが26.1%だったと報告されている1).ペインクリニック治療指針第7版では,治療として,4週以内のステロイド,激痛にはオピオイド,神経障害性疼痛にはガバペンチノイドや抗うつ薬が推奨されている.また,急性期の痛みの緩和困難な場合に神経ブロックという選択肢が示されている5).
本症例では筋力低下が明確ではなく診断に苦慮した.NA患者246例の解析によれば,患者の約3分の1は診断困難であり,特に筋萎縮が非常に軽度の場合は「非特異的な肩の痛み」として扱われ,NAと認識されない可能性が指摘されている1).本例では治療経過中に筋力低下が存在していたことが明らかとなり,NAの臨床診断基準の中核項目3項目および除外項目15を満たし,NAと診断した.
本症例では疼痛治療として,鎖骨上窩での腕神経叢ブロックを行った.初診時に発症から6週が経過しており筋萎縮も不明確だったため,全身のステロイド治療は避けた.神経ブロックにおいて,ステロイドは神経の炎症症状や絞扼症状が強い場合に使用される6).拡散で標的細胞内に入ったステロイドがステロイド受容体と結合し,抗炎症蛋白の転写促進や細胞傷害で生じた炎症性サイトカインの転写活性を抑制する結果,抗炎症作用・免疫抑制作用を示す7).本例での初回の腕神経叢ブロックでは局所麻酔薬とDEXで肩の痛みが消失し,2,3回目はDEXのみの投与で効果が得られた.従って局所麻酔薬の効果はあっても限定的であり,ステロイドの局所投与が有効であったと考える.注入部に近い肩甲上神経・腋窩神経・筋皮神経領域の病変にはDEXが到達して速やかに抗炎症作用を発現した一方,注入部から遠位に存在する内側前腕皮神経・正中神経・尺骨神経領域ではDEXが病変まで到達しづらく,疼痛軽減に時間を要した可能性がある.
近年,NAの多くの患者(76.5%)で,最初の痛みが消失した後に疼痛の再燃を認めることが分かってきた.多くは麻痺筋または代償筋の筋骨格系の痛み,罹患部位の神経障害性疼痛であったと報告されている1).また,硬膜外ブロックや星状神経節ブロックが無効だった発症10週後のNAの疼痛に対して,脊髄刺激療法が有効であったという報告8)もある.本例での再燃した痛みにはDEX局所投与は効果がなく,硬膜外ブロックが著効した.残存した手の疲労感と側胸部違和感・咳嗽時痛は硬膜外ブロックでは効果がなく,DXT内服で消失した.以上のことから,NA慢性期の疼痛では,筋骨格系の侵害性疼痛や「痛みの悪循環」の発生・交感神経依存性疼痛・下行性疼痛抑制系の減弱など,異なる発生機序の痛みが生じている可能性があり,さまざまな治療戦略が必要と思われる.
麻痺が認められる症例での神経ブロックについては賛否が分かれる.個々の症例において適応を検討することが重要である.特に疼痛の強い症例では,慎重な手技・神経毒性を考慮した薬剤と濃度の選択を行うことにより,神経ブロックは治療の選択肢の一つとなりうる.本例では,筋力低下が軽度であったことと痛みが激烈であったことから神経ブロックを選択し,慎重に施行した.
今回,NA症例の疼痛治療を,腕神経叢へのDEX投与,硬膜外ブロック,DXT内服で行い,良好な結果を得た.NAでは多様な発生機序で疼痛が生じている可能性があり,神経ブロック療法を含めた複合的な治療戦略の蓄積が必要である.