2023 年 30 巻 11 号 p. 266-268
心原性心肺停止傷病者の1カ月生存率は12.28%,うち社会復帰率8%1)と一定数の蘇生成功例が存在するにもかかわらず,蘇生後患者の痛み治療に関する報告はほとんどない.
心肺蘇生後患者の多発肋骨骨折痛に対し,硬膜外鎮痛を有害事象なく施行し,集中治療を円滑に進めることができた1例を経験したので報告する.
今回の報告に関しては,患者から同意を得ている.
82歳の男性で,狭心症,心房細動,高血圧の既往があり内服加療中であった.自宅で胸部絞扼感を訴えたのち心肺停止となり,当院に搬送された.心電図初期波形は心室細動で,胸骨圧迫と除細動により救急車内で自己心拍が再開した.来院時の画像所見は,胸部エックス線で肺うっ血像と胸部CTで胸骨骨折,肋骨骨折(右第3~5肋骨,左第2~7肋骨)があった.心不全増悪による心停止の診断で,coronary care unit(CCU)で治療が開始された.
意識レベルの改善に伴って多発肋骨骨折による激しい疼痛を訴え,第2病日にフェンタニル持続静注が0.7 µg/kg/hで開始されたが,疼痛のため体位変換や心臓超音波検査も困難であった.また疼痛を契機に,興奮し叫ぶなど不穏となりデクスメデトミジンとフルニトラゼパムが投与されたが改善に乏しかった.麻酔科に相談があった第4病日は,集中治療領域で使用される疼痛スケールのcritical-care pain observation tool(CPOT)は5,numerical rating scale(NRS)は10,せん妄モニタリングツールであるconfusion assessment method for the intensive care unit(CAM-ICU)やintensive care delirium screening checklist(ICDSC)は4とせん妄ありの評価となった(図1).トラマドールとアセトアミノフェンの定期内服を追加すると,第5病日には安静時でCPOT 1,NRS 5と軽快し,せん妄スケールも改善した.しかし,体動時痛はCPOT 3,NRS 10と強くリハビリテーションが困難だったため,第6病日に硬膜外鎮痛を行うことにした.心房細動に対するアピキサバンは未分画ヘパリンへ置換し,穿刺4時間前に中止,1時間後に再開した.穿刺当日の血液検査は,血小板13.7万/µl,APTT 40秒(ヘパリン使用前30秒)で,穿刺直前に測定したACTは126秒であった.穿刺は,内服鎮痛薬の効果が最も得られる時間で,体位は痛みが比較的少ない左側臥位とした.Th6~7で持続硬膜外鎮痛を0.2%ロピバカイン4 ml/hにて開始すると,体動時でもCPOT 0,NRS 5と軽快し,第8病日に四肢自動関節可動域(range of motion:ROM)訓練も開始できた.第11病日に一般病棟へ転棟する際には,疼痛の訴えはほとんどなく,第13病日に硬膜外鎮痛を終了したが疼痛の悪化はなかった.
CCU治療中の疼痛・せん妄スケールとリハビリテーションの状況
評価スケールはいずれもその日の最悪値で記載した.NRSは第1病日評価不能,第10病日安静時は評価欠落あり.CPOTは4項目8点満点中3点以上で疼痛あり,ICDSCは8項目8点満点中4点以上でせん妄あり,CAM-ICUはせん妄の有無で判定.
NRS:numerical rating scale,CPOT:critical-care pain observation tool,CAM-ICU:confusion assessment method for the intensive care unit,ICDSC:intensive care delirium screening checklist,ROM:range of motion,Epi:epidural analgesia.
American Heart Association(AHA)ガイドラインでは,心肺蘇生における胸骨圧迫の重要性が強調されているが,蘇生行為関連合併症の中で最も頻度が高いのが肋骨骨折であり,31.2~50%と報告されている2,3).肋骨骨折の痛みは,消炎鎮痛薬の内服やバストバンドによる外固定で改善する症例が大半であり,区域麻酔が必要な症例は多くはない.外傷性肋骨骨折に対する鎮痛法を検討した後ろ向き観察研究では,硬膜外鎮痛を必要とした患者は他の鎮痛法の患者と比較して,高齢,骨折箇所が複数,両側性,外傷スコアが高値との報告がある4).心肺蘇生後患者においても,これらに該当する患者では,早期から区域麻酔を考慮するのが良いかもしれない.
一方で,心肺蘇生後患者に対して区域麻酔を施行する際の問題点は,止血凝固機能の異常である.不整脈や補助循環装置に伴う抗凝固薬使用,また患者の状態悪化による凝固機能障害のため,区域麻酔の施行を躊躇する状況はまれではない.しかしながら,心肺蘇生後患者のように集中治療を要する患者に対する区域麻酔の施行基準はない.本症例では,血液検査で凝固機能異常の進行がないことを連日確認し,ガイドライン5)に準じて抗凝固薬を休薬することにより,手技に伴う有害事象は生じなかった.
本症例では,硬膜外鎮痛による疼痛スケールの低下とともにせん妄スケールも改善し,リハビリテーションの内容が向上し,集中治療を円滑に進めることができた.本症例の経験から,心肺蘇生後患者の痛みを適切に評価し,時には区域麻酔併用による積極的疼痛管理を行うことは重要であると考えられた.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.