日本ペインクリニック学会誌
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症例
アピキサバン内服中の内転筋管ブロックにより5日間血腫が増大した1症例
佐々木 美圭中村 尚子内野 哲哉奥田 健太郎北野 敬明
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2023 年 30 巻 12 号 p. 275-278

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Abstract

経口血液凝固活性化第X因子阻害剤であるアピキサバンの末梢神経ブロック時の休薬は個別な対処が望ましいとされている.今回,アピキサバン内服中の患者で内転筋管ブロックを施行したところ,広範囲に及ぶ血腫がみられた症例を経験した.症例は70代女性,左膝人工関節置換術後2日目より心房細動のため内服していたアピキサバン5 mg/日を再開したが,術後8日目に下肢静脈血栓を認めたため20 mg/日に増量し,術後16日目に10 mg/日へ減量された.術後17日目に膝関節屈曲時の痛みが続くため神経ブロック療法を施行した.血栓症のリスクを考慮し,アピキサバン継続の状態で超音波ガイド下左内転筋管ブロックを行い,カテーテルを留置した.留置直後より刺入部からの出血がみられ,圧迫止血を試みたが止血困難であり,カテーテルを抜去したうえで圧迫止血を継続した.翌日,皮下出血と内転筋管周囲の血腫がみられていたが,術後22日目には血腫が臀部や膝まで増大し,貧血の進行を認め,血腫の改善に1週間を要した.本症例では下肢静脈血栓治療に対するアピキサバン増量と腎機能低下による血中濃度上昇により,遅発性出血がみられたと考えられた.

Translated Abstract

The decision to continue or discontinue apixaban, an oral inhibitor of blood coagulation factor Xa, before peripheral nerve block should be individualized. We encountered a case of extensive hematoma after adductor canal block (ACB) in a patient on oral apixaban. The patient was a 70-year-old woman who had persistent pain after left knee arthroplasty. She was taking apixaban for atrial fibrillation. The dose of apixaban was increased because she had venous thrombosis of the lower extremities after surgery. We performed an ultrasound-guided continuous ACB. Because of thrombosis, apixaban was continued before administering ACB. After ACB, we observed continuous bleeding from the insertion site and removed the catheter. However, the hematoma expanded from the adductor canal to her hip and knee. The bleeding was controlled within a week. In this case, the increased dose of apixaban for venous thrombosis and renal dysfunction increased the bleeding risk. ACB should be carefully considered for patients taking anticoagulants.

I はじめに

近年,心房細動の脳梗塞予防目的で直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)を内服している患者が増加している.血液凝固活性化第X因子(FXa)を可逆的に阻害する経口FXa阻害剤であるアピキサバン(エリキュース®)は,心房細動や静脈血栓塞栓症で用いられる.効果が速やかに現れ,半減期が短く,固定用量での投与が可能でモニタリング不要とされるうえ,重大な出血に対応するため中和薬が開発された1).そのため,末梢神経ブロックの際の休薬に関しては,患者の利害得失に応じて個別に対処することが望ましいとされている.

今回,アピキサバン内服を継続して内転筋管ブロックを行い,血腫が広範囲に増大した症例を経験したので報告する.

本症例は,患者から論文投稿の承諾を得ている.

II 症例

患 者:70代女性,153 cm,63 kg.

既往歴:高血圧,発作性心房細動,糖尿病,慢性腎不全(Grade 3).

内服薬:アピキサバン.

血液検査データ:BUN 15.6 mg/dl,Cr 1.13 mg/dl,クレアチニンクリアランス(CLCr)48 ml/分,RBC 313万/µl,Hb 10.2 g/dl,Hct 29.2%,PT-INR 1.44,APTT 66%.

現病歴:変形性膝関節症に対して,末梢神経ブロック併用(左大腿神経,坐骨神経ブロック,単回投与)全身麻酔下で左膝人工関節置換術が施行された.抗凝固薬は手術4日前からアピキサバン5 mg/日を休薬し,ヘパリン置換後に手術施行,術後2日目にアピキサバンの内服が再開された.術後8日目にD-ダイマー5.3 µg/mlの上昇がみられ,下肢超音波検査により左下肢静脈(ヒラメ静脈)血栓を認めたため,アピキサバンは20 mg/日に増量,術後16日後から10 mg/日へ減量となった.疼痛に対してはトラマドール75 mg/日,アセトアミノフェン1,500 mg/日,ジクロフェナクナトリウム50 mg屯用を使用したが,膝関節屈曲時の疼痛のため可動域制限を認め,術後16日目にリハビリテーション時の疼痛コントロール目的で神経ブロックが依頼された.

経 過:抗凝固薬休薬による血栓症のリスクがあり,アピキサバンは減量しているが,依然として出血リスクは高いと考えられた.しかし,本人から神経ブロックの強い希望があったため,術後17日目,超音波ガイド下左内転筋管持続カテーテル留置を計画した.静脈塞栓症のリスクを考慮しアピキサバンは休薬しなかったが,出血のリスクは高いことは繰り返し説明したうえで,同意を取得した.

仰臥位で超音波装置(Sonosite社X-Porte,リニアプローベ)を使用し,大腿近位1/2で大腿動静脈外側に伏在神経と刺入経路の血管をPower Dopplerで確認した.外側より平行法で17G Touhy針(八光社,硬膜外針)で穿刺し,針先描出しながら伏在神経の外側に進めた.血液の逆流がないことを確認し生理食塩水を投与,カテーテルを6 cm進めた.留置直後より刺入部から出血がみられたため30分間圧迫止血した後,カテーテルを抜去した.ところが,刺入部から拍動性の出血が持続したため,さらに15分間の圧迫止血を継続し,刺入部からの止血を確認した.超音波画像では血腫を認め,内側広筋上に存在する動脈からの出血が疑われた.6時間後に刺入部の圧迫解除し,8時間後には刺入部から出血は認めなかったが,内転筋管内で頭尾側方向に広がった血腫による硬結と同部位に一致した疼痛を認めた.外出血はなく止血はできたと判断し,アピキサバンは継続した.同日,歩行訓練,関節可動域抵抗運動のリハビリテーションが再開となった.翌日,左大腿内側の皮下出血と軽度の硬結がみられたが,それ以降は皮下出血の拡大はなかった.しかし,術後22日目,皮下出血が左大腿全周囲に鼠径部から膝内側に拡大し,超音波画像で血腫の増大を認め,リハビリテーションはいったん中止した.血液検査でHb 7 g/dlと貧血が進行したため,赤血球輸血2単位を必要とした.術後25日目,血腫は減少したが,皮下出血は大腿から下腿の後面に広範囲に残存していた(図1).術後29日目に血腫は消失したが下腿後面の皮下出血は残存し,時間を要したがリハビリテーションを再開して術後38日目にはブロック前よりも可動域は改善し退院となった.

図1

術後25日目(処置後8日目)の左大腿部の写真

皮下血腫は減少したが,皮下出血は大腿から下腿の後面に広範囲に残存.

左より大腿後面,大腿内側,大腿前面.

III 考察

内転筋管ブロックは,大腿神経ブロックの穿刺部よりさらに末梢側での内転筋管への神経ブロックである.大腿神経の大腿四頭筋支配枝は内転筋管より近位で分岐することから,大腿四頭筋の筋力低下は起こりにくいとされる.そのため,特に持続大腿神経ブロックでは内転筋管ブロックが選択されることが少なくない.抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン2)では,大腿神経ブロックではアスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)以外の抗血小板薬および抗凝固薬を服用している患者に対しては,患者の全身状態,手術の緊急性を考慮し,個々の症例で個別に対処すべきである,もしくは適切な休薬期間を設けることが望ましいと記載されている.大腿神経ブロックは浅層・血管周辺のブロックとして深部のブロックよりはリスクは低いとされているが,持続カテーテルの留置は挿入もしくは術後の抜去によって刺入部から出血するケースがあることから,単回注入に比べて相対的リスクを高めるとされている2).これまで抗血栓薬使用中の患者に対する大腿神経ブロックが,重篤な合併症を引き起こした可能性を示唆する症例報告がいくつか存在する.アスピリン内服患者に対して持続大腿神経ブロックで後腹膜血腫を認めた症例3),人工膝関節置換術に対して持続大腿/坐骨神経ブロックを行い,術後にエノキサパリン40 mg/日を投与し,カテーテル刺入部から出血とカテーテル抜去後に刺入部の腫脹をきたした2症例の報告4)などがある.抗血栓薬投与中,凝固異常の患者に対する大腿神経ブロックについての安全性は,エビデンスの構築がまだ不十分な状態であり,施行においては出血のリスクを考慮する必要がある.今回の症例では45分の圧迫止血を要し,止血に難渋したため,内転筋管ブロックでは深部のブロックとして扱うことが望ましいかもしれない.

内転筋管ブロックでは,ブロック針を大腿動脈,静脈のすぐ近くにまで運針するが,内転筋管内のこれらの血管は内側広筋や縫工筋に対して深部に存在するうえ,大腿動脈分布には多くの解剖学的変異がある5).そのため,表在性大腿動脈枝の損傷による医原性仮性動脈瘤発症の症例報告6)や,内側広筋への動脈側副枝を検出できなかったことによる,偶発的な動脈穿刺が原因と考えられる血腫や仮性動脈瘤形成の報告7)もある.また,アピキサバンで抗凝固療法中のBMI 54の肥満患者で,超音波ガイド下の内転筋管ブロック後に大腿部に血腫を発症した症例報告8)もある.すなわち,内転筋管ブロックでは伏在神経周囲の大腿動静脈だけでなく,貫通枝や筋枝の偶発的な血管穿刺が生じる危険性もあるため,穿刺前にはPower Dopplerなどで慎重に血管を確認したうえ,穿刺中の針先の描出が重要である.さらにはカテーテルを進める際も細心の注意が必要である.

アピキサバンは,FXaを可逆的に阻害する経口FXa阻害薬で,①非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制では10 mg/日投与(80歳以上や体重60 kg以下,血清クレアチニン1.5 mg/dl以上では出血のリスクが高いため5 mg/日に減量),②静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症および肺血栓塞栓症)の治療および再発抑制では7日間の20 mg/日の後,10 mg/日の投与が行われる.高リスク群の手技を施行する場合,アピキサバンは3日間の休薬期間が設けられることが推奨されている2).また,DOACを継続する場合は血中濃度がピークの時間帯を避けたうえでのブロック施行が望ましく,手術や処置による予想出血が軽度であれば,経過観察やDOAC 1回または1日分休薬し,中等度から重度であれば,休薬や必要時の輸血,Xa阻害薬の中和薬のアンデキサネットアルファやプロトロンビン複合体製剤/遺伝子組換え第VII因子製剤(保険適用外)の投与などが検討される1).本症例では心房細動に加えて,発症後1カ月以内の下肢静脈血栓を認め,血栓塞栓症のリスクが高く,抗凝固療法を継続する必要があった.一方で抗凝固療法に関する出血リスクスコアとして用いられるHAS-BLEDスコアで,高齢,腎機能障害,高血圧で3点以上と出血高リスクに相当し,さらには静脈血栓塞栓症に対してアピキサバン増量後であり出血リスクは非常に高い状況であった.そのため,出血に対して圧迫止血で対応可能であるという予想に反し止血に苦慮するとともに,想定外の出血により血腫形成をきたした.出血高リスクである本症例では,輸血も想定した大量出血の可能性があることを説明し,ブロック前に適切な休薬期間を設けるとともに,出血後には速やかに休薬するなどより慎重な対応が必要であったと反省している.

アピキサバン内服を継続して内転筋管ブロックを行った結果,数日後に血腫が広範囲に増大した症例を経験した.抗凝固薬内服患者における神経ブロック施行においては,血腫形成などの合併症と抗凝固療法の継続の必要性や抗凝固薬の投与量,患者の状態などを考慮することが必要である.静脈血栓塞栓症で高用量の抗凝固薬使用中は可能な限り神経ブロックは避け,必要な際は抗凝固薬休薬を十分に検討し,出血後は速やかに休薬するべきである.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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