日本ペインクリニック学会誌
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症例
帯状疱疹に続発した水痘・帯状疱疹ウイルス髄膜炎の2例
野口 洋原野 りか絵平川 奈緒美
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2023 年 30 巻 2 号 p. 25-28

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Abstract

症例1:卵巣がんで化学療法中の69歳女性.左第8胸神経領域を中心とした帯状疱疹にて入院加療となった.入院後に頭痛・悪心嘔吐・発熱が出現し,精査の結果VZV髄膜炎と診断された.症例2:非ホジキンリンパ腫にて化学療法中の69歳男性.右第2,3,4腰神経領域の帯状疱疹にて入院加療となった.入院後より右下肢の脱力あり,精査の結果VZV髄膜炎と診断された.免疫不全患者では髄膜炎への移行のリスクが高く,VZV髄膜炎の可能性を念頭に置き腰椎穿刺の施行を考慮するべきである.

Translated Abstract

The first case was a 69-year-old woman who was undergoing chemotherapy for ovarian cancer and was hospitalized for herpes zoster centered on the left 8th thoracic nerve region. She developed headache, nausea, vomiting, and fever, and upon closer examination she was diagnosed with VZV meningitis. The second case was a 69-year-old man undergoing chemotherapy for non-Hodgkin's lymphoma who was hospitalized for herpes zoster in the right second to fourth lumbar nerve regions. motor weakness of his right lower limb occurred, and upon closer examination he was diagnosed with VZV meningitis. Considering the possibility of VZV meningitis, and Lumbar puncture should be considered.

I はじめに

水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus:VZV)は,初感染後知覚神経節に潜伏感染し,加齢・悪性腫瘍など宿主の免疫力低下で再活性化し,脳神経・脊椎神経に沿った皮膚領域に帯状疱疹を発症する.帯状疱疹に続発する髄膜炎・脳炎の発生頻度は,帯状疱疹患者の0.2~0.5%と非常にまれである13).今回,帯状疱疹に続発したVZV髄膜炎を2例経験したため報告する.

なお,本報告は患者からの承諾を得ている.

II 症例

症例1:69歳女性,身長145 cm,体重40 kg.

主 訴:左側腹部~背部の水疱を伴う浮腫性紅斑,同部の疼痛.

既往歴:卵巣がん(術後再発,腹膜播種・肝転移),腎機能障害(クレアチニンクリアランス:14.58 ml/min),高血圧症.

現病歴:1年前より卵巣がんにて化学療法中であった.入院1週間前より左側腹部痛が出現した.その5日後より左側腹部に水疱を伴う浮腫性紅斑(図1左)が出現し,当院皮膚科を受診した.帯状疱疹と診断されたが,帯状疱疹関連痛と元来のがん性疼痛に関して疼痛コントロール不良であり,当科紹介され入院となった.診察では左第8胸神経領域を中心として痛みを伴う皮疹を認めた.痛みは数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で7~8程度であり,同部位に触覚低下も認めた.感覚過敏やアロディニアは認めなかった.

図1

皮疹の状態

左:[症例1]左胸腹部に皮疹(初診時),右:[症例2]右大腿部の皮疹(初診時).

臨床経過(図2):入院後よりアシクロビル250 mg/日(腎機能低下のため減量し使用)の点滴を開始した.化学療法に伴う易感染性のため硬膜外ブロックによる鎮痛は感染リスクが高いと考え,薬物療法を開始した.入院前よりがん性疼痛に対してフェンタニルクエン酸塩貼付剤(0.5 mg/日)とセレコキシブが処方されていたが,フェンタニルクエン酸塩は適切な使用がなされていなかった.入院後,トラマドール(50 mg/日)内服を開始して,がん性疼痛・帯状疱疹関連痛はNRS 2~3程度まで改善を認めた.入院3日目に頭痛・悪心嘔吐・発熱が出現した.血液検査ではCRP 5.1 mg/dl,WBC 4,800/µlであり,項部硬直やjolt accentuation等の明らかな髄膜刺激徴候は認めなかった.トラマドール開始後であり,トラマドール内服による副作用を疑い内服中止した.しかしながら頭痛・悪心嘔吐・発熱という髄膜炎の3徴候があるためVZV髄膜炎の合併の可能性も考え,腰椎穿刺を施行した.髄液中のVZV-DNA定量検査にて陽性であり,VZV髄膜炎と診断した.アシクロビルは390 mg/日まで増量し継続投与した.その後は頭痛・悪心症状改善し,発熱なく経過した.入院11日目にアシクロビルを含めた薬剤を被疑薬とした薬疹が出現した.アシクロビルからビダラビンへ変更し抗ウイルス薬は継続投与した.髄液中のVZV-DNA定量検査にて2回陰性を確認し自宅退院した.

図2

症例1の臨床経過

症例2:69歳男性,身長160 cm,体重60 kg.

主 訴:右下肢痛,脱力,右大腿部皮疹.

既往歴:非ホジキンリンパ腫,高脂血症,高血圧症.

現病歴:非ホジキンリンパ腫に対して当院血液腫瘍内科にて化学療法中であった.入院5日前より右大腿を中心に水疱を伴う浮腫性紅斑が出現し,当院皮膚科を受診した(図1右).帯状疱疹の診断で皮膚科にて入院加療とされ,アシクロビル点滴1,000 mg/日(腎機能低下なく減量せず使用)を開始されていた.

臨床経過(図3):入院後より右下肢の脱力があり,脳血管障害を疑い頭部画像検査を行うが明らかな異常所見は認めなかった.血液検査でCRP 4.2 mg/dl,WBC 7,500/µlであり,神経学的所見では右腸腰筋・右中臀筋・右大腿四頭筋のMMTが2~4/5と低下しており,腱反射は右膝蓋腱反射消失・アキレス腱反射消失を認めた.また筋萎縮は認めなかった.軽度の頭痛以外に髄膜炎の3徴候は認めず,項部硬直やjolt accentuation等の明らかな髄膜刺激徴候は認めなかった.皮疹の部位や神経学的診察所見からもVZV感染に伴う運動神経麻痺が疑われた.化学療法中であり発熱も認めていたことから,VZV髄膜炎の合併の除外は必要と考え腰椎穿刺を施行した.髄液中の単核球優位の細胞数上昇・髄液中のVZV-DNA定性検査陽性を認め,VZV髄膜炎と診断された.アシクロビルは1,500 mg/日まで増量し投与継続した.右下肢のズキズキとした痛みや周期的な電撃痛が認められ,疼痛の程度はNRSで8~10と強い状態であった.帯状疱疹関連痛と考えられ,トラマドール/アセトアミノフェン配合錠(4錠/日)とプレガバリン(300 mg/日)を処方されていたが,疼痛コントロール不良であり当科紹介となった.帯状疱疹関連痛に関しては,免疫低下状態であり易感染性と判断し硬膜外ブロックは行わず,薬物治療にて対応した.トラマドール(200 mg/日)とセレコキシブ(200 mg/日)とミロガバリン(10 mg/日)に内服を変更し,退院時には疼痛はNRS 3~4まで改善した.VZV髄膜炎に関しては明らかな髄膜刺激徴候なく経過し,髄液中のVZV-DNA定量検査にて2回陰性を確認した.右下肢の脱力は軽度改善あるものの残存しており,リハビリテーションにて加療を継続する方針となった.

図3

症例2の臨床経過

III 考察

VZV髄膜炎はウイルス性髄膜炎の2.5~8%を占め中年から老年に多く,その発症には糖尿病・悪性腫瘍・感染症などによる免疫機能の低下が深く関与している4).特に免疫不全患者では帯状疱疹にとどまらず,脳血管炎や髄膜炎などの中枢神経合併症をきたすことがあるとされ5),VZV髄膜炎の可能性を念頭に置く必要がある.しかしながら通常の髄膜炎と異なり,髄膜炎の3徴候である発熱・頭痛・嘔気嘔吐などの身体症状や項部硬直・jolt accentuationなどの髄膜刺激症状を呈すことは少ないとされる6).本症例1,2でも明らかな髄膜刺激症状を認めなかった.

VZV髄膜炎の診断は髄液検査で行う.髄液検査の検査項目としては一般的な細胞数・糖・蛋白に加えて,VZV-DNA・VZV-IgG,VZV-IgMの項目が必要となる.検査所見としては,リンパ球を優位とした細胞数の上昇・蛋白正常~わずかに上昇・糖正常の所見が典型的である7).VZV-DNAは感度が80~95%・特異度95%以上と非常に検出力が高く確定診断に用いられる8).しかし発症後1~3週間まで上昇しその後消失するとされ,検査時期によっては偽陰性となる可能性もある.VZV-IgG・VZV-IgMは発症後1~2週間より上昇し,その後も数カ月高値が持続するとされる.特にVZV-IgGは感度が93%と高くスクリーニングに適した検査である9).今回の2症例においてVZV-DNA検査陽性で確定診断となったが,2症例ともVZV-IgGは高値(基準値:2.0未満)で経過した(図23).VZV-IgGの検査はPCR偽陰性を防ぐ意味で有用な検査である.

VZV脳炎・脊髄炎に対する治療法は確立していないが,単純ヘルペス脳炎の治療指針に準じた治療,すなわちアシクロビル10 mg/kg,8時間ごとの点滴を2~3週間継続する6).腎機能低下患者ではクレアチニンクレアランスを参考に投与間隔を変更する必要がある.投与期間は単純ヘルペス脳炎の治療指針に準じ,本症例のような免疫不全成人例では髄液検査にてVZV-DNAが2回陰性であることを確認し抗ウイルス薬の投与を終了する10)

IV 結語

今回,帯状疱疹に続発したVZV髄膜炎というまれな症例を2例経験した.帯状疱疹における脳髄膜炎のような中枢神経への合併症はまれとされているが,文献報告では髄膜炎に伴う意識障害や運動麻痺等の後遺症に至る場合があり,常にVZV髄膜炎の可能性を念頭に置くべきである.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.

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