日本ペインクリニック学会誌
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短報
慎重なステロイド投与で適切に治療できたリウマチ性多発筋痛症の1例
神岡 翼田中 真佐藤 仁昭
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2023 年 30 巻 2 号 p. 29-31

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I はじめに

リウマチ性多発筋痛症(polymyalgia rheumatica:PMR)は50歳以上(平均発症年齢70~75歳)に好発する原因不明の炎症性疾患であり,副腎皮質ホルモン(以下,ステロイド)投与が奏功することが多い1).しかし,安易なステロイド投与は,重篤な全身疾患の診断の遅れや合併症の増悪をきたすことがある.今回われわれは,ステロイドの投与を慎重に行うことで良好な経過を得たPMRの症例を経験したので報告する.

今回の報告において,患者本人に文書で同意を得た.

II 症例

70歳代,男性.既往歴は糖尿病,脂質異常症.家族歴に特記すべきものなし.

X年1月に特に誘因なく両肩の痛みが出現し,近医整形外科にて両側肩関節周囲炎と診断された.関節内注射にて改善がないため,さらに高次の病院の紹介を受け,当該病院にて両側肩関節内への生理食塩水の反復注入および関節受動術が施行された.受動術後から関節可動域は改善したが,両肩の疼痛が遷延し左上肢の腫脹も生じてきたことから複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)を疑われ,X年2月に当院ペインクリニック内科に紹介された.

症状は両肩のこわばり感が強く,上腕部を主体とした両側上肢の痛みと両側下肢の痛みを訴えていた.全身倦怠感はあるが,食欲の低下や体重減少はないとのことであった.身体所見上,明らかな筋力低下,筋萎縮,左右差を伴う腫脹はなかった.血液検査所見では,Hb 11.9 g/dlの軽度貧血とCRP 8.47 mg/dl,赤沈1時間値89 mmと高値を認めたが,他の生化学検査に特記すべき異常はなかった.

50歳以上であること,両肩の痛みやこわばり感があること,炎症反応の上昇と抗環状シトルリン化ペプチド抗体が陰性であることなどから,リウマトイド因子は陽性であったがPMRを疑った.PMRはステロイドが有効なことが多いが,ステロイドの開始前に鑑別が必要な疾患があるためにすぐには投与を開始しないこと,痛みが軽快するまで当科が診療を継続することを患者様に説明し,トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠の内服で疼痛コントロールを行いながらリウマチ膠原病内科(以下,膠原病内科)に精査を依頼した.膠原病内科からは,消化性潰瘍,糖尿病やB型肝炎などの,ステロイドを開始することで増悪,発症する疾患の評価を行うことを提案され,当科併診の上で膠原病内科に精査入院となった.

悪性腫瘍に伴う腫瘍随伴症候群や他の膠原病疾患などを各種画像検査や血液検査を用いて鑑別診断を行い,ステロイド導入に伴う合併症の事前評価を行うと,HBs抗原陰性およびHBc抗体陽性,HBV-DNA陰性のB型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:HBV)キャリアで,再活性化のリスクがあることが分かった.鑑別診断とステロイド開始前の合併症の評価が終わった後,リウマチ性多発筋痛症と診断し,膠原病内科よりプレドニゾロン15 mg/日が内服で開始された.当科初診時にnumerical rating scale(NRS)10/10であった痛みは,プレドニゾロンの内服開始直後に6/10へ,退院時には3/10へと大幅な軽減と肩関節可動域の拡大,こわばりの軽減が認められた.そこで,トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠を漸減から中止としたが,中止後も痛みの軽減は維持された.その後,膠原病内科で外来治療に移行したが,プレドニゾロンの減量を行っていく過程で,末梢関節の疼痛の再燃やHBVの再活性化(HBV-DNA陽転化)が認められた.プレドニゾロンの増量とメトトレキサートの追加,核酸アナログ療法でそれぞれ対応し,現在小康状態を得ている.

III 考察

PMRの症状としては,肩の痛みが最も頻度が多く,頚部・股関節周囲・四肢の近位に痛みとこわばり感がみられる.症状は一般的には左右対称に出現するとされ,筋肉には圧痛があるものの筋力低下や筋の萎縮は認めないといった特徴がある.発症は比較的急速で,数日から数週間のうちに症状が出現し,持続するとされている.本症例は当初肩関節周囲炎,その後CRPSが疑われて治療が行われていたが,PMRの診断の一助となる2012年の米国/欧州リウマチ学会合同での分類基準2)表1)に準ずると,リウマトイド因子が陽性であること以外は満たしており,典型的なPMRの経過であったと考えられる.

表1 リウマチ性多発筋痛症分類基準(米国リウマチ学会/欧州リウマチ学会),必須項目:50歳以上,両肩関節痛,CRPあるいは赤血球沈降速度の異常
  超音波なし(0~6点) 超音波あり(0~8点)
45分以上持続する朝のこわばり 2 2
股関節痛あるいは股関節の可動域制限 1 1
リウマトイド因子陰性,抗環状シトルリン化ペプチド抗体陰性 2 2
肩関節,股関節以外の関節病変を伴わない 1 1
少なくとも一つの肩関節に,三角筋下滑液包炎もしくは二頭筋の腱滑膜炎もしくは肩甲上腕関節の滑膜炎(後部または腋窩部)かつ一つ以上の股関節に滑膜炎もしくは転子部滑液包炎 1
両肩関節に,三角筋下滑液包炎もしくは二頭筋の腱滑膜炎もしくは肩甲上腕関節の滑膜炎 1

超音波なしの場合は4点以上,超音波ありの場合は5点以上でリウマチ性多発筋痛症と分類する.

CRP:C-reactive protein

注:文献2より引用,和訳して改変.

PMRの治療は,ステロイドの全身投与が著効する例が多いが,ステロイドの反応性をもってPMRと診断すべきではない.また,本症例は高齢男性であったことから,他の炎症性疾患(顕微鏡的多発血管炎など),高齢発症関節リウマチ,感染症,悪性腫瘍3)を否定した上で治療を開始した.これらの鑑別を十分に行わないまま安易にステロイド投与をしてしまうと,後からの鑑別が困難になることを理解しておかなければならない.特に腫瘍随伴症候群はPMR様の臨床像を呈することがあり,ステロイド治療に不完全ながらも反応してしまうことがある4).その場合,PMRとして治療が続けられてしまい,原疾患の治療が遅れることになりかねないため要注意である.

また,長期間のステロイド投与は,糖尿病や消化性潰瘍をはじめとし,虚血性心疾患や脳梗塞などの心血管イベント,HBVの再活性化などの有害事象を生じるため,それらを念頭において治療前に対策しておくことが重要である.本症例においては,治療経過中にHBVの再活性化が生じたが,糖尿病の悪化はみられなかった.

本症例の要旨は,日本ペインクリニック学会 第1回関西支部学術集会(2020年11月,Web開催)において発表した.

文献
 
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